108.エルフの政治②
「こんなところで何をしているのですか? ローダが大変なときに」ジェラルディン議長は無表情で言った。
「……どういうことでしょう?」
ジェラルディンはゆっくりと歩を進め、円形の議場の中央で立ち止まった。星のモザイクが、彼の足元で淡く光っていた。
「ビルバッキオの悪魔の件、問題になっているんですよ。ローダに責任を問う声が上がっています」
「ばあちゃんの責任じゃないでしょう。あれは……ヴァンサンが……」
「だが、その男はローダの娘と関係を持っていたそうですね。しかも人間だ。無関係とも言えないでしょう?」
「人間との恋愛を禁ずる法はないはずです」
「ふむ、たしかに。だが嫌悪感を抱くエルフが大勢いるのも事実。今しがた、ローダの辞任を求める署名が提出されました」
クロアの目がわずかに揺れた。
「当然のことでしょう。あのレベルの悪魔が暴走し、下手をすればこの森も巻き添えになっていました。危機を呼び込んだ者には、それ相応の責任があります」
その言葉に、ルイーズがぐっと一歩前へ出た。
「ちょっと待ってよ、じいさん! その悪魔を封印したんは、ここにいるリリアちゃんとクロアやで!? 街を救ったのはこの2人やんか!」
ジェラルディンはぴくりと眉を動かしたものの、すぐに笑みを浮かべた。
「あなたは……人間でしたね。気を悪くしたのなら申し訳ありません。だが、人間の街を救おうが、それは我々エルフには関係ないことです。これは、エルフ社会を危険に晒した“責任”の話なんですから」
「なんやそれ……」
ルイーズが唇を噛んだその横で、クロアは静かに拳を握っていた。
「クロアルダ君。……ローダの元へ行ってあげなさい。今ごろ、王家に泣きつこうとしているかもしれませんからね。はっはっは」
と、再び扉がぎいいと開いた。顔を出したのは、ひょろりと痩せた中年のような見た目のエルフだ。
「ジェラルディン議長、議員が集まりました」
「アーチャー議員、わかりました。すぐに行きましょう」アーチャー議員と呼ばれた男にそう言うと、リリアたちの方に向かってジェラルディンは言った。
「これから、ローダの罷免決議なのですよ。おそらく全会一致でしょう。アッハッハ。では、失礼を」
そう言って、ジェラルディンはゆっくりと去っていった。そして、後に続いたアーチャーが一瞬だけクロアの方を見たのをリリアは見逃さなかった。その視線が不気味なほど冷たく、リリアの心をざわつかせる。
そして、扉が閉ざされた。その余韻が議事堂の空気を重く震わせている。
「なに、あのじいさん……わかりやすく悪人やん! あれでもエルフなん?」
ルイーズは怒りに頬を紅潮させ、ぎゅっと拳を握った。
「今回のことだって、あのじいさんが黒幕だと思うしー」エスメラルダも怒りを滲ませていた。
「そうや、間違いないわ!」鼻息を荒くする2人の横でリリアは黙って立っていた。
「クロちゃんもそう思わない?」エスメラルダが聞いた。
「そうかもしれんけど、正直わからん。ただ……」
「?」エスメラルダは恋する乙女の顔でクロアの顔を覗き込んだ。
「アーチャーって呼ばれたやついただろ? あいつがさっき言った証言者だ」
「え? あのスカイブルーから淀んだ紫になった?」ルイーズが驚いて言った。
「ああ」
「証言者、えらい出世したみたいやな。議員やて」
「議長におべっか使ったんだと思うしー」
「そやそや」
「議員になる前、クロちゃんが証言を聞いた時は何をしていたの?」リリアが久しぶりに口を開いた。
「今の俺と一緒だ。番人だ。俺は森だが、あいつは……祠だ」
「祠って? もしかして星のかけらがあったとこ?」リリアが聞いた。
「……そうだ」クロアは何か考えながら、ボソリと言った。
「決まりやな。あの2人が黒幕や」ルイーズが言った。
「……証拠だ。証拠がいる」クロアは独り言のように言った。
「一緒に探そ! クロちゃん!!」エスメラルダが拳を前に突き出して言った。
「あ、ああ……」
「ねえ、クロちゃん」リリアが寄り添うように声をかけた。
「アーチャー議員のオーラの色、どんなだった? 今、見えたよね?」
「それを聞いてどうする?」
「ただ、聞きたいだけ。それでどうするとかはないけど……」
「私も気になるわ」ルイーズも会話に入ってくる。
クロアは口をへの字に曲げていた。そして、少し考えてからこう言った。
「……スカイブルーだよ」
「うそやろ……」ルイーズは頭を抱えた。
お読みいただきありがとうございます!
もしよかったらブックマーク、感想、レビュー、評価などいただけると大変励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。