106.陰謀論
朝の光が白いカーテンをやさしく透かしていた。木造りの天井には緻密な蔦の彫刻が施され、柔らかな風が香草の匂いを運んでくる。
「……ここは……」
リリアはまばたきを繰り返しながら天井を見つめ、ゆっくりと体を起こそうとした。
「ダメだしー、まだ寝てなきゃ!」エスメラルダがすかさず駆け寄ってきて、ふわふわの枕をリリアの背に当てて支えた。
「リリアちゃん、気がついたん? よかったぁ〜〜〜」ルイーズが目を潤ませながら笑顔を見せる。
部屋の中は木漏れ日と静けさに包まれ、まるで時間がゆっくり流れているかのようだった。
「ここは……?」
「エルフの森、マヌーフにある宮殿の一室。クロちゃんのおばあちゃん、えっと、なんて名前やったっけなあ?」
「ローダさんだし」
「ああ、ローダさんや、ローダさんが取り計らってくれたんよ。エルフの治療技術ってマジでスゴいで!」ルイーズが嬉しそうに言う。
「みてみて」ルイーズが木の葉に包まれた瓶を差し出した。「人間の世界じゃ見たことない薬草から作った回復薬。どう?効くっしょお?」
「うん、体も軽い……びっくりするほど」
「なんせ、あんた三日も寝とったからなぁ。クロちゃんなんか、あれ以来ずっとヴァンサンさんのそばから離れてへんで。封印は安定しとるけど、念のためにって」
「クロアが……?」リリアは少し驚いたような顔をした。
その名を聞いた途端、記憶の濁流が一気に戻ってきた。炎を纏った剣、悪魔と化したヴァンサン、ウィノーラの涙、そして……自らの血で染まった土。
「ヴァンサンさん……」
「うん。今は大人しくしとるけど、やっぱりまだ魔力が完全に沈静化したわけやないから、あの子も気が抜けへんねんて」
「……どうして、彼はあんな風になっちゃったのかしら」
リリアは天井を見つめながら、ぽつりと呟いた。
誰もすぐには答えなかった。
部屋を包む静けさが、彼女の疑問の重さを物語っていた。
「やっぱヴァンサンにマドンジェラの実をわたしたっちゅう悪魔のおばあちゃんの仕業やろか?」
「違うと思うんだ。あのおばあちゃんがそんなことするとは思えない」
「まあ、私もそう思うわ」
「それにきっとマドンジェラの実をかじっただけじゃあんなことにはならない。あれはただの悪魔じゃなかった……師団長クラス……」
リリアはヴァンサンの角が身体をつらぬいた時の痛みが蘇るような気がした。
「師団長?」
「悪魔のボス、いやNo.2みたいな感じかな?」
「おそろし……かなわんな、世界が滅びるで」ルイーズが肩をすくめた。
「とにかく陰謀がある気がしてならないの」リリアはふと窓の外を見た。
──と、そこに人影が。
「ぎゃあああ、誰かのぞいてる!」リリアは叫んだ。それもそのはず、リリアは包帯を巻かれただけの半裸姿だったから。
「見てない見てない!」男の声がした。
「クロちゃん? クロちゃんやろ?」ルイーズが言った。
窓の外でクロア木立から姿を現して、後ろ向きに歩いて窓に近づいてくる。
「そ、そうだよ。俺だよ……」
「アンタ、のぞきは犯罪やで! ローダさんに言いつけるで!!」
「ちょ、ちょっと待て! ばあちゃんは勘弁してくれ、頼む!! それに俺はのぞき趣味はねえんだ。ホントだって! リリアに伝えておきてえことあって来たんだ。タイミングだ!そう、タイミングが悪かっただけだって!!」
「うそつけ!ど変態!」ルイーズは容赦なく言い放った。
が──
「ルイーズ、クロちゃんはそんなやつじゃないしー」と言ったエスメラルダがポッと顔を赤らめた。
「あんたまさか?」ルイーズが目を丸くして言った。
「ううん、違うしー」
「……惚れたな」
そう、ルイーズはヴァンサンの一撃からかばってもらって以来、クロアにトキめいてしまっていたのだ。
「そんなんじゃないしー」「いや、間違いないわ」
そんな押し問答が15分続いた後、宮殿のバルコニーで四人で話すことになった。
リリアはローダが用意してくれた花柄のワンピースを着せてもらい、すっかり上機嫌になっていた。
「すごくいい生地、柄もいいし! サイズぴったりだし、私のためにつくられた感、ハンパない!」
エルフの縫製した最高級のワンピースにうっとりしているリリアの横で話は進んでいた。
「ってか、クロちゃん、あんたヴァンサンさんの見張りしとったんやないん?」
「ああ、それは姉ちゃんが……。あんな姿でも側にいてえんだろ」
「で、話ってなんなん?」
「単刀直入に言う。恐らくヴァンサンがあんなことになったのは陰謀だ」そう言うと、クロアは声をひそめた。「恐らく、黒幕はエルフの内部にいる」
「えー!!!」
「どうしてそう思うの?」と聞いたエスメラルダだが、その目は不必要にハートになっている。
それを横目で見て、ルイーズが「あちゃあ」と手で額を叩いた。
「悪魔のばあさまからもらった実を食ったくらいじゃ、ああはならねえ」
「それは、私もそう思う」いつの間にかリリアもちゃんと会議に参加していた。
「じゃどうしたら人間があんな強大な闇の力をもてるのか。そこで俺は思い当たったんだ。そういや昔、マヌーフの森のエルフ総出で名のある悪魔と戦ったなってさ。まさにヴァンサンと同じくれえの魔力だった。そん時はホント戦争だったぜ。やっとのことで星のかけらに封印してマヌーフの森のはずれの祠に閉じ込めておいたんだ。そして、今その祠に行ってみたら、ねえんだよ。悪魔を封印した星のかけらが」
「星のかけらって?」エスメラルダが聞いた。
「人間が言う宝石みてえなもんだ。こんぐれえの大きさの光る石さ」クロアは握り拳をつくって見せ、話を続けた。「きっとヴァンサンは封印されていた名のある悪魔に体をのっとられたんだ。そして、そう仕向けられるのはエルフしかいねえ。なぜなら、祠の入り口はエルフにしか見えねえし、エルフ以外の立ち入りは森が拒否する」
「なんてことなの……森の賢者であるエルフがそんなこと……」リリアは驚きを隠せない。
「エルフが賢者だと? 笑わせんな。エルフの世界なんてよ、コネやら出世争いやらでドロドロだ。とくにウチはばあちゃんが元老院の議員だからよ、スキャンダルを起こして失脚させようって野郎がいてもおかしくはねえ。とにかくこれは、マヌーフの森の議会が絡んだ陰謀だ」
「ちょ、ちょっとアンタ正気? いきなり陰謀言われても……怖すぎるで」ルイーズが困り顔で言った。
「こんなこと言ったら、俺、マヌーフじゃもう居場所なくなるかもしれねえ……でも、黙ってたら、もっととんでもねぇことが起きる」
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