105.炎の龍
ヴァンサンの巨大な爪がウィノーラめがけて振り下ろされようとする──まさにその瞬間、
「リリア!」クロアの声が飛んだ。
咄嗟に振り向いたリリアの視界に、一本の剣が空を裂いて飛んでくるのが見えた。クロアが投げてよこしたエルフの剣──柄の部分にツル植物あしらわれている特徴的なデザイン──をジャンプして両手でガシッと掴む。
「ありがとう、クロちゃん!」
そのままリリアはウィノーラに覆い被さろうとしているヴァンサンの前に飛び込んだ。
──キィィィンッ!
ヴァンサンの爪とリリアの剣が激突し、火花を散らした。その衝撃に地面がひび割れる。
「大丈夫、ウィノーラさん! 下がって!」
「ヴァンサン……なぜ……」ウィノーラはショックで動転している。ヴァンサンが自分を亡きものにしようとした事実を受け止められないでいた。
ウィノーラを背にかばいながら、リリアは息を整える。そして、剣を天に掲げると、低く呟いた。
「我が内なる炎よ、剣に宿れ──ダイナグールド!!」
次の瞬間、剣から巨大な火柱が天へと噴き上がった。灼熱の魔力が周囲の空気を揺らし、ヴァンサンの悪魔の翼さえもその熱にひるませる。
「うわっ……まぶし……」ルイーズが思わず目を覆う。
「すっごいしー……リリアちゃん、火の精霊とでも契約してるの!?」エスメラルダも唖然としていた。
リリアの瞳に燃え盛る炎が映る。自らの魂ともいうべき炎を纏った剣を中段に構えた。ジリジリとつま先で土を探る。魔物との勝負は常に一瞬だ。特に強敵であればあるほど先手がものを言う。リリアは剣を持つ腕を絞った。一部の隙もない勇者の構えだ。
「これが、勇者か……」クロアは先ほどまではただの小娘風情だったリリアの豹変っぷりに驚きを隠せない。街をまるごと飲み込もうとする闇の魔力を放つ悪魔に対して一歩もひかない姿は勇者そのものだった。
次の瞬間、ヴァンサンは空気を大量に吸い込むと、咆哮を上げた!
地鳴りのような轟音とともに突風が吹き抜けていく。
「ひいいぃいぃいいい!!!」ルイーズが悲鳴を上げた。
だがその時──
「お願い!!」
ウィノーラの声が届いた。
「勇者リリア、お願い! 彼を……私のヴァンサンを葬らないで!!」
リリアの動きが止まった。
リリアは剣を握る手に力を込めたまま、声を上げなかった。
──分かってる、そんなことは。葬りたくなんかない……でも……
彼女の目の前には、人の心を失い、破壊と殺意に満ちた異形の存在が立ちはだかっている。今ここで斬らなければ、誰かが死ぬ。
──どうすれば……どうすればいいの……?
リリアの心の中で、勇者としての責任と、友人としての想いがせめぎ合っていた。
──くる!
リリアは目を見開いた。
ヴァンサンはリリアめがけて、闘牛の牛のように突進してきた。頭の先には邪悪な闘気をまとった2本の角。
リリアの体は咄嗟によけようと反応したが……
──ダメ! 私が盾にならないとウィノーラさんが……。
もうヴァンサンは目と鼻の先まで迫っている。そして、邪悪な角が容赦なくリリアの身体を貫こうとしている。
──間に合わないかも!
リリアは身体を反転させて、炎に包まれた剣で弧を描いた。そのまま角をめがけて振り下ろす。リリアは角を切り落とそうとしたのだ。
ドドドォオオオオオオオオオン!!
凄まじい音とともに土埃が舞った。
右側の角はスッパリと切り落とされていたが、左側の角は……
リリアの脇腹にめり込んでいた!
「リリアちゃん!!」エスメラルダが叫んだ。
「グ、グブッ!」リリアは口から血を吐いた。脇腹からも血がしたたり落ちている。
さらに、
「グオオォオオオオオオオオン!!」ヴァンサンが角をリリアの身体から引き抜くと、傷口が開いて大量の血が飛び散った。
一瞬、リリアがよろけて倒れ込みそうになった。
「リリア!」クロアが駆け寄る。
しかし、クロアは間に合わない。
ヴァンサンは右腕をロシアンフックのようにして無情にもトドメの一撃をリリアに向けて放った。
その瞬間、リリアの剣の炎がガソリンを注いだように暴れ狂い、まるで意思を持っているかのように、ヴァンサンの体を包んだ。それはまさに“炎の龍”。
「ダイナグールド級の火炎魔法、古文書には火柱しか書かれてないけどね、これは私のアレンジなの、フフ」リリアは痛みに顔を歪めながらも少し口元を緩めた。
「すご……」ルイーズは大きな岩の後ろに隠れながらもリリアの一挙手一投足に目が話せない。
“炎の龍”に縛られたヴァンサンは、虫を追い払おうとする熊のように悶え苦しんでいる。
「オッケー! リリア、もう少し頑張れ!!」クロアが叫んだ。
クロアはヴァンサンの周囲を大きく駆け巡る!やがてその軌跡は魔法陣の形の光となって浮かび上がった。
「封印完了だぜ!」
またたく間に魔法陣の真ん中にヴァンサンを追い込んだ。魔法陣は悪魔を封印するもの。つまり、生捕りに成功したのだ。
「でかしたで、クロちゃん!!」ルイーズが飛び上がって喜んだ。
その姿をぼやける視界の端でとらえたリリア。薄れゆく意識の中でつぶやいた。
「よかったぁ……」
ドサッ──
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