102.悪魔になりたくて
悪魔の姿になった老婆だったが、その表情から大切な家族を理不尽に奪われた悲しみがリリアには伝わってきた。
「臆病なんです、人間は。臆病だから偏見を持つし差別をする。私もされたことがあるからわかります。忘れられないですよ……あの目……みんなが私を拒絶する視線。心が焼かれるようでした」
「……そうかい。あんたも苦労したんだね」
「おばあさんたちはあの目を恐れて、必死で人間社会にとけ込もうとしたんですね。なのに……すみません」
「……あんたが謝ることはないよ」
「いえ、私も偏見を持たれたことあるのに……差別を受けた側の人間なのに、色眼鏡を捨てられなかったから」
「しゃあないと思うで」ルイーズが口を挟んだ。
「師匠」
「だって悪魔、怖いもん。見た目が完全にヤバいやろ。怖がるな言うんは無理筋や」
「……そうだよ。人間が悪魔を怖がるのは仕方ないことだよ。でもね、たまにいるのさ。私のダーリンみたいに、全てを知っても受け入れてくれる人が」
老婆は緑色に光る目を彼氏に向けた。
「おっちゃん、カッコええわ! 見直したで!」ルイーズが老婆の彼氏の背中を叩いた。
「僕はただのお調子者さ。な〜んにも考えてないもの」
「それはよーわかるわ」
「ちょっと師匠! 失礼過ぎ!!」
「悪魔だろうが何だろうが僕にはどうでもいいんだ。とにかくテッサは底抜けに優しいからね」
「ほんならなぜ、おばあちゃんはヴァンサンを悪魔にしたん?」
「……頼まれたんだよ、ヴァンサン本人に」
「本人にぃ!?」リリアは思わず大きな声を出してしまった。
「おばあちゃん、どういうことなん? 私、全然意味わからへん」
「……悪魔になれば人間よりずっと長く生きられるからさ。そしたらウィノーラとずっと一緒にいられるだろ?」
「確かにそうやけど……」ルイーズが首を傾げる隣でリリアが叫んだ。
「ロマンチック!」
「リーリちゃん、ロマンチックて……」
「おばあさんはウィノーラさんのことも知ってるんですか?」
「……私はウィノーラとも友達なんだよ」
「そうだったんですね」
「というか、そもそもヴァンサンにウィノーラを紹介したのがテッサなんだよ」
「うわ、またスゴい展開や」
「……ウィノーラは言ってたよ。もう人間の恋人は作らないって。自分より先に死んでいくのを見たくなかったんだよ。ウィノーラは恋人を何人も見送ってきたからね」
「でも、ヴァンサンさんと出会い、恋に落ちてしまった!」リリアの興奮が言葉に乗っかっている。さっきからリリアは変なテンションだった。
「……そういうことさ」
「運命って、避けられないものなんですね……」
今度は遠い目をして、しっとりとリリアは言った。テンションの変化が激しい。
「……先週のことさ、ついにウィノーラは姿を消したよ。これ以上ヴァンサンを好きになるのが怖いってね。ヴァンサンの死を見届けなければならない運命に恐怖を覚えたのさ」
「それでヴァンサンさんはマドンジェラの実を食べたんですね」
「人騒がせなやつやな! もう!! おかげで、こっちははるばる来てんのに、マッチングサービスが受けられんようになってしもた」
「師匠は市場でカボチャ運んでた人とデートするからいいでしょ!」
「そやった。私にはカボチャの王子さまがおったんやった、やったー! バンザーイ!」
「……私も止めたんだよ。下手すると死んじまうからね。だけどヴァンサンが、無茶いうからさ」
「おばあさん、ヴァンサンさんはかなり厳しい容態なんです」
「そや。ほっといたら危ないで。根拠がないわけやない。私、医者やから分かるんや」
「何かいい方法を知りませんか?」
「……ないんだよ。申し訳ないけどね。もうヴァンサンの生命力に賭けるしかないんだ」
「そんな……」
「……ウィノーラは一体どこに消えちまったんだ。ウィノーラが隣に付いててやれば大分違うだろうにね」
「愛の力ですね!」
リリアは瞳をらんらんと輝かせて言った。
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