101.悪魔さがし④
リリアとルイーズが振り返ると、入り口に立っていたのは、小柄な老紳士だった。眼光だけ異様に鋭い。
「今、もどったよ。テッサ。今日も疲れたよ」老紳士は老婆に話しかけた。
「……シチューを用意しているよ。お腹が空いただろ?」
「で、この人たちは?」
「……あんたを探してるみたいなんだよ」
「お嬢さん方、何か御用で?」
「あんた、悪魔やろ?」ルイーズは単刀直入に言った。
「師匠! ちょっといきなり過ぎない?」
「時間ないんや。挨拶とか抜きで本題に入るで。リーリちゃん、聖水や!」
「わかった! 悪魔め! 正体を現しなさい!」リリアはそう言うと、カバンから聖水の入った小瓶を出して、男にかけた。
「うわああああ!!!!」男は悲鳴を上げた。
「これはエルフのローダ様が精製した聖水。あなたの皮膚を焼き尽くすわ!」
「ざまあみぃ!!」
「わああああ!! 皮膚が……皮膚がただれるぅうううう……って、こんな感じかい?」痛みに悶えていたと思われた男は、居住まいをただし、おどけるように言った。
「は?」リリアはその光景がにわかには信じられなかった。
「エクソシストごっこだろ? 今、流行ってるのかい?」
「……そ、そんな……悪魔じゃないの?」リリアが言った。
「いや、リーリちゃん騙されちゃダメや。こいつが悪魔に決まっとる! お前、おばあちゃんを騙して近寄ったんやろ? 乙女心を弄ぶなんて最低やで!!」
「あっはっは、この私が本物の悪魔なわけないだろ? ただの商人さ」男はそう言うと、ハート型のペンダントを見せた。「こういうのを売りに来たんだよ。ここじゃ、恋愛運が上がるって謳うだけで飛ぶように売れるんだ」
「マジ!? このおっちゃん、ただのノリがええだけやん!!」ルイーズが叫んだ。
「ご、ごめんなさい!!」リリアは頭を下げた。「勘違いです、本当になんとお詫びをしていいやら……」
「ハハハ、いいよいいよ。僕も結構楽しんじゃったしさ」
「おっちゃん、ホンマにゴメンな」
「君たち、本当に悪魔を探してるんだ?」
「そうなんです。悪魔に騙されて死にかけている人がいて……私たち、なんとか助けたくて」
「……騙されたって?」老婆が口を開いた。
「そうなんです。マドンジェラの実を食べさせられたみたいで」
「ああ、ヴァンサンのことか?」男が言った。
「おっちゃん、何か知ってるん?」
「知ってるもなにも……君たちが探してる悪魔はそこにいるよ」男の目の先にいるのは……
「えー!!」リリアとルイーズは声をシンクロさせた。
「おばあちゃんが悪魔なん?」ルイーズが声を震わせながら言った。
「……そうだよ」老婆の目が緑色に光った。
「ひぃ!」ルイーズがリリアの後ろに隠れた。「うわ! そういう展開アリなん!?」
「テッサ、話してあげなよ」男が言った。
「……仕方ないねえ。これが私の本当の姿さ」老婆の頭にバッファローのような角が生え、爪は魔物のように伸び始めた。背中からはコウモリのような羽が生えてきた。
「ぎゃあああああ!!」ルイーズが悲鳴を上げた。
「すでにおばあさんの魂は悪魔に奪われてたってことみたいね」リリアはいたって冷静に言った。
「リーリちゃんって時々、めっちゃ頼もしいんやけど、なんなん?」
「まあ、任せといて」リリアは動けないルイーズを庇うようにして前に出た。そして、聖水の入った小瓶を手に取った。
「……あなたたち、勘違いしてるね。私は悪魔に魂を奪われたわけじゃないよ。生まれた時から悪魔さ」
「そうなんだ、テッサは元から悪魔なんだ」男が言った。
「おっちゃん、彼女が悪魔で平気なん?」ルイーズが訊いた。
「ああ、僕は悪魔のテッサを愛してるんだ」
「意味わからん! 全く意味わからん!!」
「……」リリアは黙っていた。見た目は正真正銘の悪魔なのに、老婆からは邪悪なオーラが全く感じられない。
──どういうこと? こんな無防備な相手に聖水なんて投げつけられないよ……
リリアは手に持った小瓶をぎゅっと握りしめた。
「お嬢さんたちは悪魔は無条件に邪悪な存在だと思ってるのかい?」男が言った。
「そうや!」ルイーズが即座に答えた。
「私もそう思います。っていうか常識だし……」リリアも口を開いた。
「ハハ、まあ仕方ないか。悪魔って見た目が怖いしね。それに確かに悪事を働く悪魔が多いのは事実だからね。ただ、みんながみんなそうじゃないんだよ。テッサみたいに、優しくて清らかな心を持つ悪魔だっているんだ。っていうか、そういうい悪魔の方が多い。テッサの息子さんだってそうだよ」
「あ、あの死んだような目をしとった息子さんも悪魔なんや……」
「……私は夫と息子と三人でこの街にやってきたのさ。三人で真面目に働いてためたお金でこのホテルを買い取ったのが20年前のことさ。人間社会で人間のように暮らすのが夢だったんだ。夫は人間が大好きだったんだよ。地域にも馴染んで楽しい生活が続いたよ。本当に幸せだった。でも、夫は十年前に悪魔祓いと名乗る男に殺された。何も悪いことをしていないのに。ただ悪魔っていうだけで焼き殺されたんだよ」
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