8月の七夕
夏休みに入ると親族が集まりキャンプをするという恒例行事があった。
僕はお盆や正月など年に何度か集まる退屈な親族での集まりがあまり好きではなかったのだけどこのキャンプは違う。
僕に自意識というものが芽生えると同時にそのキャンプに出席していた親戚の女の子に恋をしていたからだ。
昔は仲よく遊んでいたが、自分は何の特技もない、地味で暗いものだと認識するようになってからはなんだか声をかけにくくなってしまっていた。
そんなわけで親しく話ができるわけではなかったのだがそれでも君と交わす軽い会話が楽しみで仕方なかった。
少しでも親しくなれないかなんて射幸心にも似た努力や勇気とはかけ離れた望みをもってキャンプ場に向かった。
キャンプ場について親戚と軽い挨拶や世間話を交わしている間も宝くじの当選発表を待っているような気持ちで過ごしていた。
そんな待ち遠しい気持ちで迎えた君との再会は、あまり良いものではなかった。
どんな景色よりも目を引く、他の色を塗りつぶしてしまうような黒髪は派手な金髪に
長い年月をかけて樹脂が化石化したような美しい琥珀色の目は、加工物の宝石のようなカラフルな色に
本来の役割を認識させてくれるどこか生物的に感じる大きい耳には穴が開いていた
僕の中の『君』が『女』に変わり始めていることに僕の顔も心も何だか下を向いてしまっていた。
「なんで下向いてんの、相変わらず暗いね」
そう笑いながら言う君は去年のままで少し安心した。
僕はそのままの僕を見てくれる君が好きだった
暗くて地味なままの僕を暗くて地味だと見てくれる君が。
日が昇っているころはテントを張ったり、川で水を浴びたり
日が沈み始めるころにはBBQをした。
みんなが楽しみにしている行事がすべて済んだ後、僕の楽しみにしている恒例行事はある。
夜が深くなりみんなが疲れ眠りにつく頃、テントを抜け少し離れた場所で月明りを読書灯代わりに本を読み、それを見つけた君と空を眺め他愛のない話をする。
僕はそれだけを楽しみに364日間を過ごす。
日付は七夕ってわけじゃないけれど織姫を想う彦星のように。
内容が全然入ってこないくらい緊張しながら本を読んでいると
「読書より私と話そうよ」
君が首を掻きながらそう僕に声を掛けながら隣に腰を下ろす。
蚊に刺されたのであろう赤く腫れている首筋の虫刺されが何だかほかのものに見え少し暗い気持ちになりつつも、楽しみにしていたこの時間に僕の心は体温が上がった。
「綺麗だね」
都会外れの暗い山の中で強く光る星を見て君は言う
君を見ていた僕は心で強く相槌を打ちながらも卑屈なこの口から出てくるのは皮肉だけだった。
「ほかに光ってるものがないってだけさ」
そんな会話を続けながら、仰向けになり沈黙のなか星を見ていた。
満たされているような、満たされていないような気持ちのままぼんやりと空を眺めていると一筋の流れ星が空を切るように通った。
流れ星を見た僕はこう願った
「どうか、彼女に想い人なんてできませんように」
僕を好きになってほしいというのが理想なのだがあまりにも現実的に感じられない僕は、いっそ君への満たされているようで満たされていないこの想いが変わらないものになることを願った。
君は流れ星をみて何を願ったのだろうなんて考えていると
「流れ星に願いを言うと叶うのは、消えるまでの一瞬で言えるほどの心からの願いだから自分自身がうまくいくように行動ができるよねって話らしいよ」
と言った
じゃあ僕の願いは叶いそうにない。
僕が望んだのは不変で、変化じゃないのだから。