あの日に
魔王クロース・ロイ・シュヴァルツヴェルトの名を貰ってまだ14年、しかしあの日から俺の人生は狂いに狂って今に至るのだ。
「それでは魔王様、お気を付けて。」
「ああ。それにしても意外と早かったな。ここまで。あいつもなかなかやるな。本当に、こんなことになるとは。」
「元々はご自分の提案ですけどね」
「わ、分かってるが、あいつにここまで出来るとは想定外だった。」
── 1週間前
目の前の男は今にも膝から崩れ落ちそうだ。魔王である俺との戦いで、俺の火属性魔法を何回も受けている。これ以上はこの男の命に関わる。しかし、どうせ止めても戦うだろう。なぜならこの男は人間で最も善に溢れ、正義のために戦う力を持った戦士である、勇者なのだから。
よくもまあ、1人でここまで来れたものだ。この城にはいくつものトラップを仕掛けたはずだが。しかし、このような実力でなぜ1人で来ようと思ったのかも疑問だ。
「いい加減諦めろ。もうその体で戦うのは不可能だ。もうお前の攻撃も、人族の村人の攻撃と対して変わらんだろう。」
「...そんな事、分かってるさ。ただ、ここで辞めるのはお前に悪いからな。ここまで来たのに、こんだけ仲間がいるとは思わなかったけど、意外と良い奴だな、魔王様は。」
今この瞬間にもこいつは確かに殺されてもおかしくない。それはこいつの言葉通り、この部屋には100人近い部下がいる。だがしかし、彼らは絶対に手を出さない。この1VS1の対決は、この俺が望んだからだ。不思議な気分だった。こいつがここに来た時、鼓動が踊りとても楽しい気分だった。そして何故か邪魔をして欲しくないと思った。
「ふっ。変な勇者だ。魔王にそんなことを言うとは。まあ、それは俺も同じか。敵である人族の、それも勇者にこんな風に正々堂々と戦っているのだからな...。さあ、早く諦めて国へ帰れ。これ以上続ければ、俺はお前を倒す」
「.......どうして、そんな顔をするんだ。」
?、はて、俺は今どんな顔をしていたのだろう。
「戦っていてずっと思ってたが、お前の攻撃はとても戦うことを好んでしているように感じなかった。──お前は本当は戦いたくないのか?」
...そう...だったのだろうか。こいつが来た時に俺は、誰も手を出さないよう言った。俺はこいつと1VS1で戦いたかったからそうしたのだ。
でも、それは違ったのかもしれない。こいつを殺したくなかったから。他の者なら確実に殺しているだろうこいつの命を、俺が戦うことによって守ろうとしたのか。
たった一つの疑問であるにも関わらず、幾千の思考をしているほどに困惑していた。
そして静寂が続き、俺は部下たちに願い出た。
「お前たち、一旦この部屋から出て貰えるか。少し、時間をくれ。」
これには勇者も周りの部下も驚いていた。
「なりませんクロース様!流石にそれは危険です!」
一番最初に反対してきたのは魔王軍の副騎士団長ヴィンダッハだった。
「お前の気持ちも分かる。大丈夫だ、油断はしない。少し話をするだけだ。もしかしたら、この戦いも死者が無いものになるかもしれん。」
すると、副騎士団長の隣にいた男が、
「分かってやれ。大丈夫だ、我らの王がこういっているのだ。皆、一旦この部屋を出るぞ。転移魔法を使う。.........頼んだぞ、『ロイ』。」
―シュイーーンッ。
そうして皆をどこかに転移させた。魔法を使ったあの男はアウグス。古くから俺についてくれている、簡単に言うとNo.2だ。そんな奴が言うからみんなも何も言わないまま転移魔法で飛ばされた。まあ、何も言わせないくらいさっさと転移したんだが。
── そうしてこの部屋は、魔王と勇者、という信じ難い状況になった。
頭を整理し、また魔王らしく上品に、冷酷に、そして強者らしく振る舞う。
「さて、勇者よ、さっきは俺の攻撃がどうたらと言っていたな、お陰で俺も色々と考えることが出来た。そして思い出すことも出来た。」
「へー、何を。」
「お前の攻撃も、とてもとても憎き相手にするような攻撃には感じなかった。つまり、お前も俺と同じで、この戦いを望んでいない。違うか?」
さっきまで呑気だった表情が、少し笑いながらも悲しい目をした複雑な物になった。
「そうだな、その通りだよ。俺はアンタを倒したいなんて思ってないし、そもそも憎き相手とかでもない。...勇者だから、勇者は魔王を倒さないといけない。今までは自分の国を守るために必死で戦った。散々、褒められた。でも、やっぱりこうなっちまった。」
やはり、まだ他の人間は魔人を恨んでいるのか。
と思ったのだが、
「でも、誰も魔王を殺したいなんて思ってないんだ。本当は。ただ、勇者は魔王を倒す、という固定概念みたいなのがみんなあるんだよ。」
「なんだと?そんな馬鹿な、人間は昔、我々魔人に何をされたか忘れたか!」
「実はあれは俺ら人間が悪かったらしいんだ。なんでも、当時のバカな勇者が魔法を暴発させて魔王を暴れさせちゃったらしいぜ。」
── それは大昔、まだ人間と魔人の国が別れていなかった時があった。当時にもまだ勇者は存在した。役目は世界の平和の維持、自国の発展だった。しかし、当時の勇者は世界の平和などに興味が無く、名誉だけを欲しがりなんの意味もなく魔物を狩っていたらしい。
そんなある時、その勇者にとってはとても幸運な、しかし世界からは最悪の出来事が起きた。当時の魔王の暴走だ。勇者にとっては地位と名声を得るチャンスと考えただろう。しかし、いつも害のない魔物を狩っていた勇者はもはやただの戦士でしかなく、呆気なく負けたのだった。されど魔王の暴走は続き人間には多大な被害が出た。これをきっかけに人間も魔人に対して敵という認識を強めていき、戦争があり、自然と国が別れていった。
──しかし、これには裏があった。この魔王の暴走は当時の勇者による自作自演に近いものだった。自分の強さをなかなか認めない魔人に対し、魔王と戦って証明してやろうと魔王に魔法を見せると言い、自分を敵だと認識させる魔法を使ったのだ。普通なら魔法にかかったとしても勇者本人に対してだけなのだが、魔法の鍛錬すら怠っていたヘタレの勇者には上手く魔法を制御できず失敗してしまったのだ。ただの失敗なら効果も付与されないのだが、ヘタレと言っても勇者は勇者。魔力量は圧倒的に多く、それを暴発させてしまった為に、本来、自分だけをターゲットにするのだが生命体のほとんどがターゲットになってしまったのだ。勇者が倒され魔法が切れた魔王は、仲間であるはずの人間と魔人、いわゆる人族を自らの手で傷つけたことにショックを受け、城から出なかったという。
しかしこの話は魔人族が過去の魔人の重臣たちの記録から調べたもので人間は知らないと思っていた。どうせ言っても信じないだろうと、人間との干渉を今まで魔人族は避けてきたのだ。まさか、知っていたとは。となると、やはり人間の方も我々と同じ考えだったのだろう。ならば俺と勇者が戦う必要は100%無くなったわけか。
「知っていたのか。」
「逆にお前も知ってたのかよ!」
それから色々と話を聞くと、今の人間は特に魔人を何とも思っていないらしい。同じ人族であり元同胞という認識らしい。ならば話は簡単だった。
「よし、和睦をしようじゃないか。勇者よ。」
「というか本当に、お前、この城のトラップはどうした。ものすごい数があるはずだが。」
「ん?そんなのなかったけど?」
「...え?」
これも勇者の強運だった事をロイが知るのはもう少し先の話だ。