もし異世界転移を絶対に信じない男が異世界転移をしたら
突然だが、あなたは異世界を信じられるか?
俺は信じている。なぜなら地球人がいるんだ。ほかにいてもおかしくはないだろう。だが、もう一つ質問だ。異世界転移は信じるか?
異世界転移は、まぁ俺の話を聞いている奴は全員その概念を知っているだろう。魔法人で呼ばれたり打ち出の小づちで飛ばされたり、VRMMOをプレイしていたら...みたいなやつだ。
もし信じている奴がいれば、子供にサンタの不存在を突きつけるかのようで、非常に申しわけないのだが、信じていない。大半の人は常識人だから、実際にはそんなもの存在しないと分かっているだろう。
そのうえで、「異世界に行ったら何したい?」と聞かれたならば、まあ多少真剣に考えないこともない。
しかし実際にそんなことがありうると思うかと問われれば、勿論答えはNOである。
なぜ俺がそんなはそんな話をいきなり始めたのか。
それは電車の中で眠っていたら、いつの間にか魔法陣の中に立っていたからなのだ。
「勇者様が現れたぞ!」「召喚は成功した!」
「これで魔王を倒せる!」「ようやくだ...」
「ついに全人類の悲願が...!」「ああ、神よ。これで悪夢は終わるのですね。」
何やら周りが騒がしい。しかも召喚やら勇者やら、ここが異世界であることを殊更に示そうとするかのような安直なワードを使って何やらおっしゃっている。頭のおかしい連中だ。テレビ番組で誘拐紛いのことなどせん。そうなると何処ぞのなんやらの神の預言者なんぞに誑かされたカルト集団の一味に違いあるまい。もう怒るを通り越して哀れに思えてくる。
「静粛に!」
あの中で一番偉そうに玉座にふんぞり返った爺が、叫ぶ。あいつがこのカルトの教祖か。周りが静まっている。
「すまぬな。いきなりのことで驚かれただろう、勇者殿。余はナーロプ王国の国王、ゼンニン・デ・スゴーイである。」
何を言うかと思えば王というか。馬鹿らしい。名前までふざけてやがる。しかしこいつらに従わんと俺の命が危ない。已むを得ん。下らん道化に付き合わざるを得ない。しかし、下手に出れば扱き使うだろう。初対面で大体の立場は決まるからな。舐められんようにしないと。
「いえいえ、それより私を勇者と呼びましたがどういうことですかな。皆目見当もつきませぬ。どういうことなのか説明してくださらぬか。」
不敬と切り捨てられんが、ヘコヘコ遜っているようには見えないよう注意して見極めなければならぬ。面倒だな。
「勇者殿はこの世界を救うメシアとなられるのだ。もっと気安く話してもらってもかまわぬ。」
そうか、もっと行っても大丈夫か。
「では遠慮なく。で、いったい私は何をすればよいのか。勇者や魔王といきなり言われてもあいにく今まで縁のない言葉であるからな。」
「そうであるか。余も迂闊であった。これ、宰相、勇者殿に説明せよ。」
なにやら禿げ男が国王と自称する教祖に深々と一礼して俺の前へ出てきた。こいつはカルトの重鎮だろう。No.2か。
「僭越ながら私からご説明させていただきます、勇者さま。私、ナーロプ王国で宰相を務めさせていただいておりますシュテファン・フォン・リヒター でございます。早速ではございますが、この世界は滅亡の危機にございます。魔王が15年前に現れたからなのでございます。奴らは、我ら相克の民を脅かしております。伝承によりますと、この世界にはしばしば魔王が生まれ、この世界を滅さんと悪逆非道の限りを尽くし、人間を脅かすのです。しかし聖典によると、信心あらば、勇者が天界より遣わされて悪魔を討ち人々に平和をもたらす、とあります。そこで、千人のいけにえと1か月の祈祷を神に捧げましたところあなた様が表れたのでございます。」
「悪いのだが、私にはそのようなおぞましい存在を倒すような力が備わっているとは思えない。どういうことか。」
「実は、魔王本人には何ら力を持っておりませぬ。魔王は魔族共を使役して、我ら人間を攻めております。魔族は魔王の生きている限り決して諦めることがございません。長引く戦乱に我らも消耗してしまいいかに我らの勇猛なれど、疲労も大きく徐々に戦線も後退しております。」
いかん、欠伸が出てきた。しかしNo.2は続ける。
「では魔王を討てばとお思いになれたかと思われますが、しかし、魔王は、実際の肉体が存在せず我々では討伐できませぬ。魔王を倒せるのは同じく肉体を超越した勇者様しかおられないのでございます。」
話を聞いて奇妙に思う。肉体を超越する?どういうことか。
「貴公の話によれば私は肉体を超越しているらしい。しかし、私はここにいるではないか。納得のいく説明をして欲しいのだが。」
No.2は言う。
「勇者さまは、天界から参られたのですぞ、まさか、肉体が、世界観の移動に耐えられるはずもございません。すなわち勇者様は、現在精神体なのでございます。」
「すなわち、私に魔王を討伐しろというわけだな。」
「その通りでございます、勇者さま。」
「それが終われば私は帰れるのか。」
「天界より使者が参られると書かれております。」
茶番に付き合ったら返してもらえるらしい。まあ、頭のいかれた連中のことなどあてにもできんが。しかし、教祖には皆心酔していると見える。こんな法螺話を信じるなんてな。
「しかし、忠誠心の篤いことだな。私だったら逃げてしまいそうなものだが。」
「勿論でございます。今現在一番心苦しいのは将軍で在らせられた弟君を戦で亡くされた国王陛下自身でございますから。」
大方、教祖が弟を殺したのだろう。ますます信用できんな。気を付けなければ殺されるかもしれん。
その後もNO.2が何やらグダグダと30分以上話し続けた。が、どうせカルトのシンパの言うことだ、ろくなものではあるまい、と思ったので聞き流していた。
「......というわけで魔王を討伐していただけないでしょうか。」
「委細承知した。必ずや魔王を倒して進ぜよう。」
涙を流し感謝を告げるNO.2を教祖は下げると、口を開いた。
「よろしくお願い申す。」
話が終わった後、俺は召使に連れられてこれからしばらくここを使ってよいと部屋を渡された。しかし、この屋敷は広い。大きな組織なのだろう。ばれないのが不思議だと思う。
この部屋も恐らく監視されている。カメラは見当たらないが、あからさまに無いだけで、盗聴器やカメラがあるに違いない。はぁー、気を緩めるわけにはいかないな。
夕方になった。召使から準備が出来たから来てほしいといわれた。食事かと思ったので、
「体調がすぐれない。ここまで持ってきてくれ。」
と頼んだ。カルトの瘴気に中てられるのはごめんだ。仮病を使おうと思った。すると召使は、
「お医者様をお呼びいたしましょうか。」
と聞くので、早くしてほしい俺は
「その必要はない。それよりもなるべく早く頼む。」
すると召使は只今と言って、走っていった。
しばらくして召使がまた扉の前にやってきてノックをした。
「只今連れてまいりました。入ってもよろしいでしょうか。」
...どういう事だ。連れてくるとは何だ。まさか医者を呼んだのか。
「どういうことだ。医者ならいらぬといっただろう。」
「いえ、魔王を連れてまいりました。」
「......」
「えっと、入ってもよろしいでしょうか。」
「......」
「やはり、お医者様をお呼びいたしましょうか。」
「......いや、いい。それよりもなぜ魔王がいる。」
「......?お聞きになれませんでしたか。魔王は、亡き将軍殿下とその忠臣12人によって捕縛されております。代償は軽くございませんでしたが。」
「......すまない。聞き漏らしていた。」
初耳だ。ここまで御膳立てして何の意味があるのだろうか。このカルト集団は何か変だ。
まあいい。一応終わったら返してもらえるらしい。魔王役には悪いが、自分の命のほうが大事だ。
「わかった。入れ。」
「かしこまりました。失礼いたします。」
召使が入ってきた。召使は魔王らしい女が入った檻を台車に乗せて運んでいる。
「これで悲願が叶うのだな。」
召使の声しかなかったが、教祖とNO.2,それに何人かの人物が俺の部屋にやってきた。感慨の深そうな顔をしている。
「檻よりこいつを引っ張り出せ。」
教祖は召使に命じた。
「はい、只今。」
召使は魔王と呼称される女を檻から出すと羽交い絞めにする。
「今のうちに魔王を殴り殺すのです。」
もがく魔王を押さえつける召使は、俺に言う。こんなに簡単に済む魔王退治をなぜ俺がやらにゃならん。そもそも召使は触れているではないか。
「殺せないといっただけですよ勇者さま。別に触ることも殴ることもできます。ただダメージが通らないだけで。」
「...」
すると魔王を演じる哀れな女は、召使の拘束を解くのをあきらめると、俺に命乞いを始めた。
「私を殺さないでくれ。私は魔王ではない!惑わされるな!」
「信じてはいけません、勇者さま!こいつは勇者さま以外には殺せないことを知ってだまくらかそうとしているのです!
「...」
もう何も言えなかった。下らなさすぎる。もう王家の力とか言って、教祖自身が殺せばよかったじゃないか。なんで俺を誘拐してまで勇者を作ろうとするんだ。
「何を迷っているのですか勇者さま。早く、世界を平和にするのです。このうちにも外で魔王の手先と戦っている臣民が死んでいるのですぞ!」
「...」
俺は腹を括った。もうこの哀れな女を殺さぬ限り、責め立てられるのだと。俺はこぶしを握って、
一つ
「痛い、痛い!頼む、許してくれ!」
二つ
「も、もうしないかりゃ、ゆりゅしてぇえええ!」
三つ
「ゆりゅじでぇえええぐぅうだぁあざぃいいいいいい!なんでぼずづがぁああありゃあああああ!」
四つ
「なんれ!らんれ、ゔぁたじだげがぁああ」
五つ、六つ、七つ
俺はもう無心で殴り続けた。なんで俺が人を殺さにゃならんのだ!俺が泣きたい!俺は悪いことしたってのか!
八つ、九つ
「ぎぼぢいぃ~い!もっどぉおおお!!びょっろぢれぇええ!!」
十!
「わたしぃいいい!しあわせぇっしあわせぇっ!!」
女は死んだ。
男は消えた。
魔族たちは、勢いを失い、討伐されていった。
半年後、首都が陥落し、魔族は降伏した。
勇者が魔王を討伐して数日後、戦勝祭が行われた。
「ありがとう。感謝してもし足りない。勇者自身にそれを告げられないのが非常に残念でならない。余は決心した。この勇者のつかんだ平和を壊すわけにはいかない!」
国王は魔王を倒した勇者の前に涙を流し誓った。
「勇者に誓おう!王国は平和を守ると!勇者万歳!」
「「「「「勇者万歳!国王万歳!」」」」
それから5年が過ぎ、国王は、勇者広場と名付けられた広場で演説をしていた。
「勇者がこの世界に平和をもたらしてくださった。そのことを忘れ、かの帝国は我々が革命を支援したと言いがかりをつけている!」
「「「「帝国は敵だ!」」」」
「平和を乱す帝国は悪魔だ!平和を守るために我々は立ち上がらなければならない!これは聖戦である!」
「「「「帝国は悪魔だ!王国万歳!聖戦万歳!」」」」
「帝国は魔族の生まれ変わりに違いない!魔族許すまじ!」
「「「「そうだ!帝国許すまじ!魔族許すまじ!」」」」
人々は平和のために結束した。
そして15年後、二千人の生贄と、、、