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水曜日のパン屋さん  作者: 水瀬さら
第6章 桜の花の咲く頃に
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1月16日(水) 雨 1

 みぞれ混じりの冷たい雨が、朝からずっと降っているというのに、この教室の中はぬるま湯につかっているようなあたたかさだった。

「この二番の問題わかる?」

「うーん、わからん」

「芽衣は?」

 目の前に差し出された問題集を見る。

 あ、この問題、やったことがある。

「えっと……たしかこういうときは……」

 シャーペンでノートに数字を並べる。

 こんな問題を解いたって何の役に立つのだろうと思うけど、たぶん今の私たちには必要なことなんだろう。


「あっ、なるほど!」

「芽衣、数学できるじゃん」

 私はあわてて首を振る。

「そんなことないよ。前に教えてもらったことがあるから……」

 音羽くんに。

 昼休みの教室。受験を一か月後に控えた私たちは、今日も机の上に問題集を広げている。


 二学期から私は少しずつ、この教室に登校できるようになった。最初に教室に入ったときは、ものすごく緊張して手足が震えた。一学期、別室登校しかしていなかったせいで、まるで転校生のような気分だ。知っている顔はいたけれど、私から話しかけることはできないし、周りも私に気を使っているようだった。

 でも私には目標があった。高校受験をして合格すること。そのためには二学期の内申が重要だってことも知っていた。

 朝、登校すると、うつむいたまま自分の席に座り、真面目に授業を受け、休み時間は本を読むことに集中した。周りの視線や声が気になったけど、目標のためだからと、心の中で何度も自分に言い聞かせた。放課後は、授業の遅れを取り戻すために、塾にも通い始めた。

 一度にあんまり頑張り過ぎたせいか、熱を出して、また一週間学校を休んでしまったりしたけれど。

 そして再び登校した時、ふたりの女の子が声をかけてきた。


「黒崎さん、本、好きなの?」

 私は驚いた。普段、私に声をかけてくれるクラスメイトなんて、いなかったから。

 彼女たちは、同じ塾に通っている子たちで、最近塾でもよく会っていた。だけど一度もしゃべったことはない。

 私が小さくうなずくと、ふたりは私を囲むようにして聞いてきた。

「黒崎さん、休み時間は、いつも本読んでるよね?」

「なんの本、読んでるの?」

 戸惑いながら本の題名を告げると、ふたりは悲鳴のような声をあげた。

「あっ、私もそれ読んだ! おもしろいよね!」

「私も! その作者さんのは、全部読んでるよ」

 あ、私もだ。

「黒崎さんとは趣味合うかも」

「今度一緒に図書室行こうよ」

 さらに戸惑いつつも、私はふたりの前で、もう一度うなずいていた。


 それから彼女たちとは、いつも一緒に行動することになった。そのおかげで、学校に行く辛さが、少しだけ減った。

 話しているうちに、志望校が同じだということもわかり、さらに距離が縮まった。昼休みには問題を出し合ったり、一緒に図書室へ行ったりした。

 その反面、すごく不安もあった。またこの子たちに、突然無視されたら……私はきっと立ち直れない。


 三人で廊下を歩いている時、愛菜ちゃんたちとすれ違った。愛菜ちゃんたちは、私をちらっと見たあと、くすくすと笑い合っていた。

 息をするのが苦しくなって、気持ちが悪かった。私のことを笑っているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私は大きく息を吸い込んでから、それを吐く。

 そしてそんなとき、私は音羽くんの言葉を思い出す。

『ほっとけよ、そんなやつら』

 それができれば、苦労はしないけど。でも音羽くんの声を思い出すと、少し安心する。私はひとりじゃないんだって、思えるから。


 それに最近思うのだ。愛菜ちゃんたちには突然無視されて、どうしてなのか意味がわからなかった。怖くて、その理由を聞くこともできなかった。

 でももしかしたら、そうなる前から私たちの仲は、すでにぎくしゃくしていたのかもしれない。

 愛菜ちゃんたちが話しているアイドルの話や、カッコいい男の子の話。私はあまり興味がなくて、いつも上の空だった。そんな私の態度やふと口にした言葉が、愛菜ちゃんたちを怒らせてしまったのかもしれない。

 だけどあのまま興味のない話を、興味のあるふりをして笑顔で聞いているのも、きっと辛かったと思う。愛菜ちゃんたちとはいずれこうなる運命だったのでは、と考えるようになった。

 廊下で愛菜ちゃんたちに会うと、やっぱり今でも胸が苦しくなるんだけれど。

 そしてこれからもずっとその傷は心のどこかに残って、時々思い出したように、ちくちくと刺さってくるのだろう。

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