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水曜日のパン屋さん  作者: 水瀬さら
第1章 雨とマスクとクリームパン
10/44

5月9日(水) 晴れ 2

 そのあともさくらさんのお手伝いをして、パンを三つ買った。お父さんとお母さんと私の分だ。

「今日もありがとうね」

 さくらさんが店の前まで送ってくれる。

「あの……」

「ん?」

 私はさくらさんに聞く。

「また来週も……来ていいですか?」

「なに言ってるの。来ていいに決まってるじゃない」

 さくらさんがくすくすと笑う。私は少しほっとする。

「じゃあまた来週も……来ます」

「うん。待ってるよ。芽衣ちゃん」

 手を振ってさくらさんと別れた。


 パンを大事に抱えて坂道を下りる。今日はまだ早い時間だ。下校時の生徒たちに会うことはない。それでも誰にも会わないように、うつむきがちに早足で歩いていたら、坂の下からのぼってくる人影が見えた。

「あ……」

 坂の途中で立ち止まる。コンビニの袋を揺らしながら、坂道をのぼってきたのは音羽くんだった。


「なんだ、お前か」

 音羽くんも立ち止まる。

「今日はひとりで帰れるのか? おうちに」

 ちょっと意地悪っぽく言った音羽くんが、にやっと口元をゆるませる。

「だ、大丈夫です! ひとりで帰れます!」

「あっそ」

 音羽くんが私から顔をそむけて歩き出す。私はその背中を呼び止める。

「あのっ!」

「なんだよ?」

 面倒くさそうに振り返った音羽くんに、私は言った。

「私、来週も来ます。雨が降っても、降ってなくても」

 音羽くんはじっと私の顔を見たあと、ふっと笑ってつぶやく。

「へんなやつ」

 そして私に背中を向けて、歩き出そうとして足を止めた。


「お前さぁ、名前なんだっけ?」

 振り返って私に聞く。

「芽衣です。黒崎芽衣」

「ふうん。で、俺の名前は知ってる?」

「し、知ってます」

「言ってみ?」

 やだな。すごく緊張する。

「森戸……音羽くん」

「だったらそう呼んで。『あのっ』とかじゃなく」

「あ、はい」

 私が姿勢を正して答えると、音羽くんは「へんなやつ」ともう一回言って、笑った。

「ああ、じゃあこれ、芽衣にやる」

「え?」

 音羽くんがガサガサとコンビニの袋をあさる。

「あった。これこれ。手ぇ出して」

 恐る恐る手のひらを差し出すと、音羽くんはその上になにか小さな物をのせた。

「コンビニのクジで当たった。芽衣にやるよ」

 私は手のひらの上を見る。ビニールの袋に入ったそれは、ヘンな顔をした猫のキャラクターがついたキーホルダーだった。いま流行の『ブサカワ』ってやつか。


「かわいーだろ?」

 音羽くんは全然心のこもってない声でそう言うと、おかしそうに笑って、また歩き出そうとする。

 かわいくないけど。かわいくないから、いらないんだと思うけど。でも音羽くんが私にくれた。私のことを、ちょっとでも気にしてくれた。

「あのっ……」

 声をかけてから、言い直す。

「お、音羽くん!」

 音羽くんが振り返る。振り返って私を見る。

「ありがとう」

 私の声に、音羽くんはにやっと口元をゆるませる。

「それ、お前に似てるよな?」

 あわててマスクを押し上げて、キーホルダーをぎゅっとにぎる。

 『ブサイク』のほう? まさか『カワイイ』のほうじゃないよね?

 音羽くんは満足そうに笑いながら、コンビニの袋を揺らして、遠ざかっていく。

 そんな音羽くんの背中を見送ってから、私は坂道を駆け下りた。


「芽衣ー、パン買ってきてくれたのね?」

 リビングのソファーで本を読んでいたら、キッチンからお母さんの声が聞こえた。

「うん」

「あ、今日はクロワッサンだ。おいしそう!」

 お母さんの嬉しそうな声。それを聞いて、私も嬉しくなる。自分で作ったわけじゃないけど。

 膝の上で本を閉じた。いつものトートバッグにそれをしまう。そのバッグには、さっき音羽くんからもらった、ブサカワ猫のキーホルダーが揺れていた。

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