王位奪還作戦会議
「こんばんは、パトリック。」
読んでいた本を閉じ、懐にしまう。
「セシル様は、いらっしゃらないのですね。」
「今頃魔法学園の寮でぐっすり眠ってるよ。それよりまず、その物騒な物は懐にでもしまってほしいな。」
パトリックが手に持っている短剣にパウラは視線を移した。
「手放せとは言わないんですね。」
「どちらにせよ問題は無いからね。」
パウラにとって、パトリックが武器を持とうが持つまいがその差は微々たるものなのだ。
パトリックは持っていた短剣を地面に放った。
「…それで、全てお見通しという訳ですね?」
「……まあね。」
「パウラ様はお強いだけでなく、頭もよろしいのですね。」
「いや頭が良いというか…知力のステータスが…………まぁうん。とりあえずこういう事はぱぱぱって解けちゃうだけ。」
知力のステータスは死にゲーの世界では魔法の威力が向上したが、ここでは単純に知力として使われもするらしく、今のパウラは化け物じみた頭の回転を使えるようになっていた。
「私を捕まえますか?私も騎士団程度なら逃げてみせたのですが、パウラ様が相手では瞬殺されてしまいますね。」
パトリックは自嘲気味にフッと笑った。
深い溜息をついてパウラは頭をかく。
「私は正直どっちでもよかったんだよ?」
「…どっちでもいい?」
「私の見えない所なら誰を殺そうと情報を流そうと、別に私には関係ないし。流石に目の前でやられたら止めるけど。」
「………。」
「今日ヨハン様にこの国の騎士道精神?みたいなもの教えられたんだよね。『騎士は王の盾であり、剣である。』これだけなら在り来りなんだけど『王は騎士の鎧である。』ってのがあるんだって知ってた?」
「存じ上げております。」
何が言いたいのかわからないそんな顔でパトリックはパウラを見る。
「意味わかる?」
「騎士は王を守り、王も騎士を守ると言うような意味合いだったと思いますが。」
「そうそう。まぁ、まんまだけど、つまり言いたいのはね。これって言い換えが出来ると思うんだよ。」
「言い換え、ですか。」
「うん。使用人は主人を守り、主人は使用人を守る。みたいにね。だからさ、さっきのセシル様みたいになっちゃうけど、私がパトリックを守るよ。」
その言葉にパトリックは目を見開く。
先程から意味のわからない言葉の連続にパトリックは笑顔を消し、険しい顔をした。
「何をーーー」
「私の執事パトリックであり、フランメ王国、元第1王子パトリック・フォートリエ。貴方に提案があります。」
微笑むパウラの瞳は、久しぶりにギラギラと獣のように光っていた。
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翌日、国王アデルベルトの執務室。
そこに居るメンバーは、グラキエース国の最重要人物である国王アデルベルト。この国の頭脳と言われる宰相マウリッツ。騎士団長、慧眼のブラム。そして、フランメ王国元第1王子パトリックとパウラだ。
パウラだけ肩書きがないのが少し可哀想ではあるが、この中の誰よりも優れている(死にゲー世界のステータスのおかげ)のは言わずもがなだ。
パウラは全員を見渡す。
「近いうちに私はフランメ王国現国王の首を取ります。」
「つまり、戦争を起こすということか?」
低く険しい声で、ブラムは言葉を口にした。
しかし、そのテンションと真逆にあっけらかんとした声をパウラは出す。
「戦争にもなりませんよ。」
「パウラちゃ…貴公にとっては相手にもならないかもしれないが。しかし侵略した後の反発を考えると…。」
「何か勘違いをしていらっしゃるようですが、私、いえグラキエース王国はフランメ王国を侵略する気はありません。そうですよね、陛下?」
「あぁ。我々はフランメ王国を侵略するのでは無く、フランメ王国新国王の派閥に力添えをするのみだ。」
アデルベルトの言い放ったその言葉にマウリッツもブラムも目を見開いた。
「新国王、とは、まさか、フランメの旧王族派閥に肩入れをするつもりですか?しかし、フランメの元第1王子は既に処刑されています。生きている王女の方も幽閉されていると聞きますし、一体誰を新国王に立てるのですか…?」
先に口を開いたのはマウリッツだ。
その表情は正しく困惑の一言に尽きる。
「その話は間違っています。」
マウリッツとブラムが声の主を振り返った。
そこには優秀な執事パトリックが控えている。
「元第1王子は処刑されてはおりません。世間にはそう知れ渡っておりますが。」
「何故それをお前が知っているんだ…?」
ブラムは眉間に皺を寄せ、パトリックに尋ねる。
「私が元第1王子パトリック・フォートリエだからです。」
驚愕の表情を2人は露わにした後、顔を顰めた。
フランメの元第1王子が執事として王城にいるということはつまり、パトリックは内通者であったと2人には簡単に予測できてしまったからだ。
だが2人は何も言わずパトリックの言葉を待った。
「そして私の姉、フランシーヌ・フォートリエは旧王族派閥、そして私の人質として幽閉されながらも、着々と貴族を味方に取り込んでいたそうです。いずれ来たる王位奪還の日の為に。」
1つの国の未来がガラリと変わる。
それを決めることが出来る立場にいることを理解し、ブラムとマウリッツの瞳がギラりと光った。
「今やフランメの貴族の半数以上が私の姉についています。あと一手、姉は決定打になるその一手を待ち望んでいました。そして今、その決定打になりうるグラキエース王国の力をお借りしたいのです!お願い申し上げます!」
パトリックが頭を深く深く下げる。
「クッ、クク、フハハハハ!」
ブラムの豪快な笑い声が執務室に響く。
「いや、陛下の前で申し訳ない。だがしかし、歴史の1ページ変わるであろう出来事にこの歳で関わることが出来るとは!陛下、私ブラムは陛下の御心のままに!」
マウリッツはそんなブラムを見て苦笑する。
「私もこれ以上の好機を逃す理由は無いと思います。フランメ王国のあの愚かな国王を引きずり下ろしましょう。」
2人の意向を確認し、アデルベルトはうむと頷いた。
「パトリックよ。我々グラキエース王国は貴公と貴公の姉フランシーヌ・フォートリエによる王位奪還に全面的に協力することをここに誓おう!!」
高らかにアデルベルトが宣言する。
「ありがとうございます…!」
その感動の一場面に、不似合いな気力のない声でパウラは水を差す。
「えー、それで、簡単な作戦説明です。まず私が王城に押し入りフランメ国王の首をフランシーヌ様と一緒に取ります。その後はフランシーヌ様側の貴族とグラキエース王国で城及び王都を制圧してもらいたいと思います。詳しい戦術とかはブラム様に一任しますのでよろしくお願いします。」
「あいわかった。」
ブラムは力強く頷いた。
あの戦術談義に花を咲かせるヨハンの祖父なら、簡単に制圧してしまうだろう。
しかし、マウリッツは首を傾げる。
「…フランメの王女と共に首を取る必要があるのですか?どちらかと言えば新国王になるパトリック殿と共に行った方が良いのでは?」
マウリッツの言葉にパトリックは首を振った。
「いいえ。王位を継ぐのは私ではなく、姉であるフランシーヌです。貴族を取り込みこの舞台を揃えたのは全て姉です。私はその事実すらつい昨日まで知りもしませんでした。」
「…どういうことだ?王女と2人で企てていたことではないのか?」
ブラムも怪訝な顔でパトリックを見る。
「今まで私と姉が会う際は、叔父…現国王の息のかかった者が監視をしておりました。なのでそのような話をする方法もなく、最も私が信用されていなかった可能性もありえますが。ともかく先程話したことは昨日パウラ様とフランメの王城に忍び込み初めて知った事実です。」
姉が今まで1人努力していたことを露ほども知らずに、ただ内通者として叔父の言いなりになっていた自分に、パトリックは腹が立つと同時に自分の愚かさが恥ずかしくなり、拳をきつく握った。
だがブラムはそんなパトリックの様子とは違うことに首を傾げる。
「…昨日?グラキエースの王都からフランメの王都はそこまで遠くはない…。とは言っても2日はかかるはずだが?」
「それは…、パウラ様が…。」
パトリックはちらりとパウラに目線を向ける。
「足の速そうな獣を捕まえて乗っかっていきました。片道1時間ちょっとで着きましたよ。もう野に返しましたが。」
「パウラ様。あれは獣ではなく魔物です。」
パトリックは否定の為か、記憶を思い出したくない為かブンブンと首を振る。
それ程恐ろしい移動時間だった訳だが、その話はまた別の話。
「どっちでもいいよ。ともかく、フランメ王国王位奪還頑張りましょー!おー!」
その掛け声に皆一様に困惑しつつもパウラの真似をしておずおずと片手の拳を挙げたのだった。