舞踏会の夜 パトリックside
舞踏会の最中、黙々と仕事をこなしていると元騎士団長マリウス様の息子であるヨハン様に声を掛けられた。
「セシルがパウラを連れてったんだ。あんまり良くない雰囲気で俺がいると余計ややこしくなりそうだから、様子を見てきてもらえないか?」
騎士団の家系であるレイカールト侯爵御子息にお願いされて断れる使用人などいる訳がない。
畏まりましたと頭を下げれば、ヨハン様は「何かあれば止めて欲しい。」と付け加えた。
それはセシル様のことではなく、パウラ様のことだろう。
万が一セシル様がパウラ様に危害を加えたりでもしたら、パウラ様はいとも簡単にセシル様を殺しかねない。
いや、そんなことをする人ではないことはこの数週間でわかっているのだが、殺すつもりはなくとも、振り払った拍子にセシル様がぽっくり逝ってしまう可能性は極めて高い。
訓練所でのパウラ様を見たブラム様は陛下にこう報告した。
「パウラ殿は国の一つや二つ簡単に滅ぼせる力を持っていると思われます。敵対関係になるのだけは避けた方がよろしいかと。」
かつて慧眼のブラムと呼ばれた男がパウラ様の力をそう計ったのであれば、本当にそうなのだろう。
国の一つや二つ簡単に滅ぼせるのなら、いっそのことフランメ王国を滅ぼして欲しいものだ。
下らないことを思いつつ、私は2人が向かったと言われる方向に向かう。
セシル・スミット。
この方は平民にして、稀有な回復魔法を扱える少女だ。
その為去年、貴族のみ入れるストレーガ魔法学園に特例として入学したらしい。
性格は聖女の如く優しいそうで、仲のいいローベルト殿下の推薦で、ヴィルベルト殿下は彼女を今回の舞踏会に招待したそうだ。
一体どこまで本当なのかはわからないけれど。
そしてそんな方が何故、パウラ様と良くない雰囲気になるのだろうか。接点なんてあるはずがないのだが。
人気のない建物裏に2人の姿を発見した。
既に会話は始まっていて途中からになってしまったが、茂みに隠れそっと聞き耳を立てる。
「ーーーだってこの世界の主人公は私!ヨハンもヴィルベルトもローベルトもユリウスもレイナウトもパトリックも!全部私のモノなの!だから邪魔しないで!!」
私の名前?それに王子殿下方やヨハン様、それに宰相の御子息と神童と呼ばれる伯爵家の御子息…。
何故このメンバーがセシル様のモノなのだろうか?
名前しか知らないような相手に自分のモノ扱いされるのがこんなにも腹立たしいとは。
眉間に皺がよる。
とは言え怒りよりも仕事をこなさねばならないので、また耳を澄ます。
少し聞き逃してしまったが、この様子なら問題は無いだろう。
「ーーー良かったら日本について語り合いませんか?もうあんまり覚えてないですが。」
ニホン?何か共通の話題があるのだろうか。
「は?嫌よ。私は彼らを攻略するのに忙しいの。思い出話なら1人でして。…あぁ、後。もし貴方が彼らの誰かに恋をしても、無理よ。諦めてちょうだい。だって彼らは絶対私に恋をするんですもの。」
聖女の如しと呼ばれる女性とは到底思えない言葉と態度をセシル様は見せる。
どちらかと言えば悪女だ。
話している内容もおかしなもので、彼らというのは先程語られたメンバーのことを言うのだろうが、何故セシル様を恋い慕うのか。
しかも絶対とまで言いきった。
本当に腹立たしい。
「何言ってるのかわからないのですが、帰っていいでーーー」
諦めの表情が見えるパウラ様を遮り、パウラ様を連れこの場を去ろうと姿を現す。
その姿を見て喜んだのはセシル様だった。
喜ばれる要素がわからないが彼女は途端に伏し目がちになり、瞳を潤ませる。
その姿に庇護欲をそそられる男も多いだろうが、先程の姿を見ている件と、自立の出来ない女性に興味が無い私は何も感じない。
「あ、あの、助けて下さい。この方がいきなり私をここに連れ込んで。」
「………。」
無言の私にセシル様は上目遣いをして擦り寄ってきた。
気分が悪い。
いくら特例で魔法学園に所属していて、殿下の舞踏会に来ているからと言っても所詮は平民。
振り払うことなどいくらでも出来るのだが。
そこまで思い、私はちらりとパウラ様を伺う。
想像通り、「あー眠い、帰りたい。」と今にも言い出しそうな、全く興味のない顔でこちらをぼんやり眺めている。
自分の使用人に女がすり寄っている状況に少しくらい焦ったり、嫉妬してくれないものかと思ったが、パウラ様にそんなこと期待するだけ無駄だと気づき、私はセシル様からするりと距離をとる。
「このような祝いの場で問題を起こすのは、よろしくないかと。今宵は何も無かった、ということで宜しいでしょうか?」
にこりと笑顔をセシル様に向けると、セシル様は顔を赤くしてこくりと頷いた。
「それでは、会場まで戻りましょうか。」
そうパウラ様に言ったつもりが、何故かセシル様が元気よく返事をする。
「……そうですね。セシル様も会場までお送りしましょう。」
お前じゃない、と遠回しに言ったつもりだったが、全く気づいていないらしく、セシル様はもじもじとしながら言葉を紡ぐ。
「あの、パトリック様。」
「…なんでしょうか?」
セシル様の様子が気色悪く、若干の鳥肌を感じながらも、笑顔を崩さないよう努める。
「私…、パトリック様を救えると思うんです!」
「ぶふぉっ。」
吹き出した方向を見ると、パウラ様がそっぽを向き口を押さえ肩を震わせていた。
その様子をセシル様は鬼の形相で睨んでいる。
「…救える…ですか。特に困ってはいませんが?」
困っていてもセシル様に救われるつもりは無い。
「知ってます!私、全部、知ってるんです!」
全部。
それが何を意味するのか、私はすぐに勘づく。
しかし、こんな少女がそれを知るはずもない。
一瞬だけその言葉に無表情になったが、すぐに笑顔に戻す。
「そうでしたか。それはそれは。ですが今は…。」
ちらりとパウラ様を目線で見やるとセシル様はわかりましたとでも言うようにブンブンと頷いた。
そして既に笑いが収まったらしいパウラ様は、その顔に意味ありげな笑みを浮かべていた。
パウラ様とセシル様を会場に連れていくと、パウラ様は待ってましたとばかりに国王陛下と王妃殿下に連れていかれる。
これはきっと長い話になるだろう。
そして残ったセシル様にそっと耳打ちをした。
「この舞踏会が終わった後、先程の場所にもう一度来て貰えませんか?」
セシル様は瞳を輝かせ顔を赤く染め、頷いた。
その姿に虫唾が走るのを感じるが、それを噛み潰し女性が喜ぶ蠱惑的な笑顔を浮かべその場を去った。
ただ1人、この笑顔で近づこうが、触れようが表情ひとつ変えず、いやむしろ嫌そうな表情をする女性を私は思い浮かべた。
ーーーーーーーーーーーーー
舞踏会が終了し、私は先程セシル様とパウラ様がいらっしゃった人気のない建物の裏に向かった。
もし、彼女が本当に全てを知っているなら、始末する必要がある。
流石に城内で事を運ぶのはリスクが大きいが、魔法学園のセキュリティを考えるとそちらの方が厄介なことになる。
セシル様をその場で始末するか、城外の内通者に任せるか、それは彼女が知っているという情報による。
何も知らなければ、上手く躱して終了。
これが一番面倒が少ないので楽だ。
少し知っている程度なら、その場で始末して城外の者に処分を任せる。
そして、もし本当に全てを知っているなら、その情報源を探るべく彼女を城外の者に拷問させた後に始末する。
そんな事を考えつつ目的の場所に辿り着くと、そこにはセシル様はいなかった。
代わりにいたのはーー
「こんばんは、パトリック。」
建物に凭れながら本を読んでいたパウラ様だった。