次期騎士団長ヨハン
「ここが騎士団の訓練所…!」
簡単に言うと訓練所というより演習場に近いようで、訓練所はコロシアムのような作りをしていた。
パウラが目を輝かせながら、辺りをキョロキョロと見回しているとパトリックが現騎士団長と共にパウラの元に戻ってくる。
「ブラム様。こちらがパウラ様でございます。」
ブラムと呼ばれた、ご老人(と言うには体格が良すぎる)はにこりと微笑む。
「騎士団長のブラムだ。まぁ、マリウスの代わりに務めているだけだけどね。君の話は聞いているよ。」
「パウラです。今日はよろしくお願いします。…代わり、なんですか?」
パウラがこてんと首を傾げるとブラムは微笑みながらパウラの頭を撫でた。
「マリウスは私の息子でね。私はマリウスの前に騎士団長をやっていたんだよ。今はマリウスの息子、つまり私の孫に当たるのだが…。孫が育つ数年の間だけ騎士団長を務めると言う話になってね。」
(ん?孫?てことはおじいちゃんなのかこの人?)
「御歳いくつですか?」
「はは、早いもので65になるよ。」
65歳という年齢にパウラは目を見開いた。
「65!!良い体格してますねぇ。」
そう、ブラムは年に似合わず、ムッキムキなのだ。
「これでも元…、あぁいや騎士団長だからね。鍛えているんだ。……パウラちゃんと言ったね?私の孫も君と同じくらいの年齢なんだ。仲良くなれると嬉しいよ。」
(私の年齢とか私もよくわからんですけどね。)
「では、ブラム様。後のことはお任せ致します。私はこれで。」
恭しくパトリックは頭を下げた。
「え、パトリック帰るの?」
「仕事がありますので。ブラム様、あちらの件もよろしくお願い致しますね。」
「あぁもちろんだとも。」
頷くブラムをパウラはきょとんと見上げる。
まさか自分の戦力を再確認されるとはパウラは到底思っていない。
パトリックが訓練所にくるりと背を向け元の道を戻っていくのを見届けるとブラムは優しい笑みでパウラを見る。
「さぁ、それじゃあパウラちゃん。早速始めようか。」
「あ、いや。ちょっと待って貰えますか。」
始めようとするブラムをパウラは慌てて制止する。
「どうかしたのかい?」
「ちょっとの間だけ1人で斧を振らせて貰えませんか?嫌な予感がするので…。」
嫌な予感。
それは敵が来るとかそう言った類のものでは無い。
パウラは草原で吹っ飛ばされた数十メートル先の敵を思い出したのだ。
(あの弱さが基準なら、騎士の皆さんをうっかり殺しちゃうかもしれないし…。)
うっかり殺してしまった後、どんな説教を受けるのかと考えてパウラは1つ身震いをした。
そして斧を握り、誰もいない壁数メートル手前で軽ーく斧を振る。勿論壁に当たらないようにだ。
「よいしょ。」
ドゴゴゴォォォオオオ
「あ……嫌な予感……的中した…………。」
斧に触れてもいない、分厚い壁はボロボロと崩れ、コロシアムの外の景色が見えるようになってしまった。
「!!?」
その光景を見たブラムは口をあんぐりと開け、驚愕している。
「さ、流石、数千の兵を殺したというだけあるのだな…!」
独り言を言っているブラムを背にパウラは思案する。
(これ、訓練なんかしたら建物壊れちゃうよ…。ってかなんで建物もこんなに脆弱なんだよ!?)
彼女が死にゲーの世界にいた頃、あちらの世界の建物はまず壊れることがなかった。
稀にボスが壊して向かってくることはあれど、どんなに家に武器を振りかぶっても壊れないのだから、耐久性に優れた建物だったのだろう。
片や独り言、片や考え事。
そんな様子で2人が突っ立っていると、訓練所の休憩室の方から人が走ってきた。
「爺ちゃ…団長ー!なんかでかい音が聞こえたけど大丈夫かー?」
走ってきた人物は、赤褐色の短髪に、蜂蜜色の瞳の青年だった。
その顔立ちはきりりとしていて、しかし、甘さがある、女の子にはさぞやおモテになるだろう顔立ちだった。
「お、おお。ヨハン、来ていたのか。いや何、パウラちゃんが想像以上にすごくてなぁ。」
「……パウラちゃん?」
一体誰のことを言っているのかとヨハンは首を傾げる。
ブラムの隣には誰もいない。
「あぁ、あそこにいるよ。」
ブラムが指さした方向には壊れた壁と土煙が舞っていた。
土煙が薄れていくと、その中に突っ立っている少女がいる。パウラだ。
「ど、どういうことだ?」
普段のヨハンなら「崩れた壁の近くに女の子なんて危険だ」とかいって助けに行っているのだが、何分その助けるべき女の子がバカでかい斧を持っているのだ。行動より先に情報が欲しくなるのも当然だ。
「うむ、パウラちゃんの一振で壁がああなったんだよ。」
感心したように顎を撫でるブラムにヨハンはポカンとする。
「パウラちゃん!こちらにおいで!孫を紹介しよう!」
ブラムがそう大声でパウラを呼ぶと、パウラは一気に現実に戻り、タタタっとブラムの元に戻った。
「これが私の孫のヨハンだ。次期騎士団長でもある。」
孫がそれほど可愛いのか少しデレっとした顔をして、ブラムはヨハンを紹介した。
「パウラです。よろしくお願いします。」
(この人が、話に出てたお孫さんか!そっくりですね、とか言った方がいいのかな…?でもこれで全然似てなかったら申し訳ないし……。)
頭の片隅でそんなことを考えながらパウラがぺこりと挨拶をすると、ヨハンは首を傾げる。
「でも爺ちゃ…団長。なんでこんな所に女の子が?」
「この子は先日の数千の兵を殺したその人だよ。」
「…………は!??」
「信じられないのも無理はない。伝わる話だけだと、屈強な男だと思うからなぁ。私は陛下から直に聞いていたから知っていたが。」
ヨハンは信じられないものを見るような目で、パウラを凝視する。
「改めて、ヨハン・レイカールトだ。よろしくな。」
凝視しながら差し出された手をパウラはとる。
「はい!」
パウラはいい返事を返しつつ、ヨハンの目の色と髪の色を必死に覚えていた。
「そうだ、ヨハン!パウラちゃんと手合わせしてみないか?」
「!?」
驚いたのはパウラだけだった。
ヨハンはそうなるよなと言ったふうに腰に下げていた剣に手をかける。
(まてまてまてまてまて、お孫さん殺したら流石にまずいよね?!まずいよね!!?)
「いや、あの、さすがにそれは……。」
「対人戦は慣れてるんだろ?」
「違、そういう事ではなく…!止めよう!とにかく!」
「ほら、始めるぞ。」
ヨハンはパウラの言葉なんて無視し、一方的に開始宣言をした。
諦め半分で流されるまま、パウラはヨハンと手合わせすることになる。
「さ、武器を構えろよ。」
パウラは片手に下げていた斧を地面に置いた。
「どういうつもりだ?」
「私なりの抵抗ですのでお気になさらず。どうぞどこからでも掛かってきてください。」
(前の世界のステータス的には素手でもそこまで弱くなかったけど、斧使うよりはマシだよね…。マシであって!てかなんで本物の武器使って手合わせすんだよ!?)
「俺には素手で十分ってことか?舐められたもんだな……。行くぞっ!!!」
振りかぶってくるヨハンの動きは速い。
パウラが倒した草原の兵達とは比べ物にならないくらい速い。
だが、遅いのだ。いや遅すぎると言っても過言じゃない。パウラが長年暮らしていたあの世界の敵はこんなスピードじゃない。
そして振りかぶった後の隙もまた然り。
(私があっちの世界行って、死んだのが3.40回目くらいの時はこんな感じだったなぁ。)
昔を懐かしむように目を細めた後、パウラはヨハンの剣を躱しつつ思案する。
(殺さないで、勝つ方法。いや殺したら多分アウトだもんね。うーん。)
ヨハンは次々に剣技を繰り出す。
身体の構造的に躱しきれない剣をパウラは手でちょいっと払う。
するとヨハンは剣共々吹き飛ばされていく。
(こりゃまずいな。…身動き取れなくなったら勝ちとして、馬乗りで拳振り上げたら勝ちになるかな?………おけそうしよう!!)
どうするかを決定した後、パウラは地面を軽めの力で殴った。
ドゴオオオオオン
轟音が轟き、土煙が舞う。
地面にはクレーターが出来ていた。
足場が崩され、転んだヨハンにパウラはすかさず馬乗りになり、拳を振り上げる。
「…参った。降参だ。」
悔しそうな弱々しいヨハンの声が聞こえ、パウラはぱっとヨハンの上から退いた。
土煙が落ち着き、何があったかと覗き込むブラムにヨハンは「ぼろ負け。」と肩を落として苦笑したのだった。