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執事パトリック


湯浴みを終え、問題が発生した。

そう、服だ。

彼女が着ていたのは狂人達から剥ぎ取った、汚い洋風な男物の服、あるいは汚いローブだった。

だが用意されていたのは、清潔感溢れる煌びやかなドレス。


顔を顰め、嫌だと彼女が告げるとメイドは慌てて他の服を用意した。

この世界では男物の服だと思われる服を用意される。ワイシャツにズボン。そしてブーツ。


そして湯浴みを終え案内された食堂で出された料理を凝視した。

かつて彼女が暮らしていた日本でフレンチと呼ばれていた、テーブルマナーの必要そうな料理が並んでいた。


(久々にこういう、芸術的な食べ物見たわ…。)


彼女が主に食べていた食事は、狂人の肉、狂獣の肉、化け物の肉。

勝手に侵入した家に置いてあった腐っている可能性の高い食べ物。

そして極稀に言葉の通じない普通の人間が差し入れてくれる、ほんのちょっぴり野菜の入った味の薄いスープと固いパンだけだった。


「さあ、貴公の戦績を称えて、乾杯しよう!」


先程彼女を馬に乗せてここまで連れてきた陛下は、にこりと微笑んで彼女を見た。

だが生憎、顔の見分けがつかない彼女にとってはそれが誰なのか分からなかった。

彼女にとって他人の顔の見分けがつかないのは今更なことなので、さして気にはしていない。


「あの。私の戦績って、何ですか?」


料理に手をつける前に陛下に尋ねる。


「君が倒してくれた、あの数千の兵達だよ。」


「……兵?」


(あいつら兵だったのか…?)


彼女は狂人だと思って攻撃してましたとも言えず、陛下の言葉を待っていた。


「気づいていなかったのか?だが、まぁ、戦績に変わりはないからな。我が国グラキエースと隣国フランメが毎年小競り合いをしているのは知っているだろう?彼等はフランメの兵士だったんだ。しかも今年は小競り合いの範疇を超えた人数を送り込んで来て、頭を抱えていた所に貴公が来てくれたという訳だ。」


(お、おぉ。長い。)


「して、貴公の名前を伺いたいのだが…?」


彼女は今更になって名乗っていないことに気づき、少しだけ慌てた。


「あ、私の名前は…!…名前、は…。…名前?」


死にゲーの世界にいた普通の人間は言葉が通じず、彼女は1度たりとも名乗っていなかった。

そして遥かな時をそのまま過ごしてしまい、彼女は完全に自分の名前を忘れたのだ。


(え、待て待て、名前だぞ?名前。ほら、自分の名前はぁ…あ、あれ?忘れた?)


「どうかしたのか?」


陛下は訝しげな顔をして、彼女を見る。

そして何か閃いたように口を開いた。


「いや、すまない。他人の名を聞く時は自分からと言うものだな。私はグラキエース王国国王アデルベルトだ。」


(国王ってことは…、さっき馬に乗せてくれた人か!!)


顔の認識が出来ない彼女について、簡単に説明すると、馬がずらりと並んでいる感じといえば分かるだろうか。

いや、馬でも顔の違いがわかる人もいるかもしないが、ほとんどの人間が馬の顔を見ても、次会った時にはその馬だとわからないだろう。

毛色や身につけている物で判断出来なくもないが、今まで見分ける必要がなかった彼女がそれを始めるのはもう少しだけ先の話。


話を戻す。


アデルベルトはさぁ、どうぞ、とでも言うように穏やかな笑みを浮かべる。

焦りながら彼女も口を開いた。


「わ、私は、その、名前を、忘れました……。」


自分で言いながら自分で凹み始めるおかしな彼女にもアデルベルトは穏やかな笑みを崩さない。

流石国王。ポーカーフェイスの能力が高い。


「そうか、深い事情は聞くまい。だが貴公を呼ぶ際に困ってしまうなぁ。うむ、ではパウラと呼んでも構わないかね?」


唐突に命名され彼女は首を傾げる。


「パ、パウラ…ですか?」


「あぁ、娘が産まれたらパウラと名付けようと思っていたんだ。生憎娘は産まれなかったがな。嫌かね?」


「あ、いや、構いません。」


(パウラ…。)


新しく付けられた名前にパウラの顔が綻ぶ。


そのパウラの顔に穏やかな笑みを浮かべていたアデルベルトは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「それで、褒賞を与えようと思うのだが、何が欲しい?望むものを言いたまえ。」


欲しい物、という言葉にパウラは考え込む。


「安全な家、とかですかね。」


(好きな時に清潔なベッドで寝れたらどれほど素晴らしいか…!)


ふわふわの毛布に包まれ眠る自分を想像し彼女はうっとりとする。


「安全な家、か。ならばいっそのこと事王城に住むのはどうだね?」


「は?」


パウラから呆けた声が漏れる。


(いやいやいや、得体の知れない人間を王城に住まわせるってセキュリティ的に問題あるでしょ!?)


「君の考えは分かる。身元の分からない人間を王城に住まわせるなんて、と思っているのだろうが、こちらも君の戦力をこの国に留めておきたい。」


「つまり、国が必要な時に、戦えということですか?」


少し真剣な面持ちをしたパウラに、アデルベルトも真剣な表情をした。


「どのくらいの頻度で、私は戦わねばならないのでしょうか?」


「貴公を侵略に使うつもりは無い。あくまで防衛の為。国が攻め込まれる頻度を言えと言われると難しいが、1、2年に1度と言った所だろうか。」

「わかりました、お願いします。」


パウラが食い気味に即答する。


(ほぼ毎日戦ってた身からすれば、最高だぁ!!)


「そ、そうか、そう言って貰えて良かったよ、早速手配しよう。」


話が纏まったにも関わらずパウラは少し不安気な顔をした。


「ここではもしかして、お金を使って商売とかしていますか?」


「?それはもちろん。王都は特に栄えているよ。」


頭を押さえ、パウラは考え込んだ。


「王城に住むにあたっての費用はいくらでしょうか?」


その言葉にアデルベルトは困った顔で笑う。


「いやいや、貴公に金銭を要求するつもりは無い。むしろ欲しい物はなんでも用意しよう。」


アデルベルトが提案している内容は、魅力的でニートにはもってこいの内容だが、パウラはうまい話に首をかしげた。


「そこまでするメリットが私にありますかね…?」


「あるとも。それについては、そうだな、パトリックに聞くと良い。ほら、もう料理が冷めてしまう、食べてしまおう。」


有無を言わさぬ笑顔でそう促し、パウラは料理に手をつけ始め、ようとしたのだが、生憎テーブルマナーなど、彼女が日本にいた頃もしていなかったので、彼女は料理に手をつけられなかった。


「どうかしたのかね?」


「……テーブルマナーが、ちょっと。」


「構わないとも。この場には私と貴公だけだ。貴公の好きなように食べればいい。」


その言葉に苦笑を返しつつ、パウラは自分の持ちうる限りの丁寧な作法で食事を取った。


(…なんか、なんだろ、変な味。)


勿論、狂人や狂獣の肉に比べれば美味しい事は間違いないのだが、それでも急なフレンチはパウラの口に合わなっかたようだ。


(まぁ、食べれないことは無いけど。)


ぱぱっと味わうことも無く、パウラは料理を胃に満たしていく。

食事を全て終え、ふぅ、と一息つく。


「パウラ付きの執事はパトリックにしようと思うが異論はあるかね?」


「パトリックさんですか…?」


それは一体誰だとパウラが聞く前に、パトリックと思わしき人物が待機している使用人の列から1歩前に出た。

パトリックは灰色の髪を後ろの方で1つに結んでいて、眼鏡をかけている、青年だ。

その瞳の色は淡い紫の色をしており随分と淫靡な雰囲気がある。

顔は端正に整っていて、パトリックが前に出ただけで女の使用人の中には顔を赤らめる者もいた位だ。


だが、顔が識別出来ないパウラには理解出来ないが。


「先程我々を案内してくれた執事だ。聡明でとても役立つ。貴公の存在がどれ程の価値なのかも、彼が教えてくれる。どうだい?」


「私は誰でも構いません。」


興味無さげなパウラの声に、ほんの少しだけアデルベルトは肩を落とした。


大方、パウラにこの国に好印象を与えるべく、聡明で同じ年頃の見目の良い使用人を、と思ったのだろうが、聡明はともかく、見目に関しては前述の通りだ。非常に残念な結果である。


「パトリックと申します。パウラ様よろしくお願い申し上げます。」


パトリックが極上の笑顔を浮かべる。

しかしパウラの表情はピクリとも変化しない。


「迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします。」


挨拶を終えるとパトリックはパウラをこれから生活する部屋へと案内しようとした。

食事の間に手配を済ませるとは流石国王だ。

アデルベルトに挨拶をしてパウラは廊下を歩く。


(うーん、やっぱり眠いなぁ。この後寝て平気かなぁ。)


食堂にまだ残っているアデルベルトが今後のことを思案している中、パウラは呑気にそんなことを考えていたのだった。



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