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城へご案内


事の起りは数時間前。


彼女はいつも通りの日を送ろうと、宛もなく道を彷徨い歩いていた。


何物も写らない虚ろな瞳に一筋の光が差し込む。

珍しく彼女は何事かと少し目を見開いた。

その視界の先、道の果てにはこの世界に随分と不似合いな草原が広がっている。


そして何よりこの夜の世界とは真逆の明るい陽の光がその草原を包んでいた。

道と草原が境界線のようにくっきりと明暗が別れている。


彼女は不自然に思うことすらせず歩を進めていた。


(…日光なんて、いつぶりだろう。)


陽の光を浴び、青空に輝く太陽を見上げ目を細める。

その眩しさすらも彼女にとっては嬉しくてたまらないのだ。


久々の上機嫌で彼女は留まることなく進み続ける。

すると、目の前に武器を持った何千という人々を見つけた。


(…なんだ、ここも結局アイツらいるんだ。)


折角の上機嫌に水を差され、苛立ちを感じながら彼女は背負っている斧に手をかける。


(でも、人数が、ちょっとまずいな…。)


死にゲーあるあるで、雑魚敵でも大勢に囲まれるとすんなり死ぬ。

ステータスが既に異常な位になっている彼女でも、大勢の見知らぬ地の敵に囲まれるのは流石に危険視するものがあるのだ。


(少しずつ削っていくかな…。)


彼女が思案していると、彼女の存在に気づいた数人が警戒しながら近づいてくる。


「まぁ、死んだら死んだだ。」


近づいて来た数人を容赦なく彼女は斧で切り裂いた。

そして彼女も信じられない出来事が起こる。


彼女が斧を振るったその瞬間、近付いてきていた数人だけでなく、その数十メートル後ろにいた数千の敵の1部を全て薙ぎ払ったのだ。


「…………は?」


意味がわからず、彼女は呆然と自分の斧を見た。

視線の先にある斧は愛用している何の変哲もないただの斧だ。

そしてもう一度視線を敵に向ける。

未だに起き上がらない敵達は、気絶しているのか、それとも、死んだのか。

数千の1部、数百という敵が1度の攻撃で戦闘不能になったことに彼女は口の端を釣りあげた。


(ここ人数かなり多いけど、雑魚しかいないんだ。これならサクッと殺して、お昼寝出来そう。)


彼女は斧を手に、敵の郡勢へと突っ込んで行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



あらかた片付け終わり、彼女は1つあくびをした。


「やっぱり良い天気だなぁ…。」


青空を仰ぎながら彼女は満足そうな顔をする。

そして寝場所を探そうと、邪魔な死体を蹴飛ばしながら歩き始めた。


少し歩いた先で彼女は顔を顰める。

何故なら数十人の敵がまた前方から現れたからだ。


「まだいたのかよ…。」


再び彼女は斧に手をかけた。

すると前方で馬に乗っていた壮年の男が、馬から下りこちらへと1人で歩み寄る。

周りの人間は男が1人で歩み寄ったことに焦り、慌ててついていこうとするが、片手で制止された。

彼女の射程、数メートル手前で止まり、声を張り上げた。


「お聞きしたいことがある!!」


(何こいつめっちゃうるさい敵だな。こんな挑発みたいな感じで…。お聞きしたいことってなんだよ、こっちは眠いんだよ!!)


そこで彼女は違和感を覚えた。


(お聞きしたいこと?が、ある?ん?言葉…、なんでわかるんだ??あれ?あの敵日本語喋った??え??)


混乱して頭を押さえると、男が再び声をかけた。


「この状況は貴公によるものだろうか?」


「ぇ、は、い。」


レベルは上昇しても、人と話すことや関わることが極端に減った彼女のコミュニケーション能力は下がり続け、今やほぼ皆無と言っていい。

そのコミュ力で返事が出来ただけ頑張っている。


そして彼女の返事に男は険しい顔をした。


「貴公は一体何者だ?」


尋ねられた意味がよく分からず彼女は小首を傾げる。

(何者って言われてもなぁ。)


「いや、質問を変えよう。貴公は我々と敵対する意思があるか?」


敵対という言葉を聞いて彼女は渋い顔をした。

彼女にとっては敵が襲ってきたから応戦しただけの事。

まだ襲ってきていない敵だとしても彼女は殺すが、それは彼女の存在に気づいた後必ず襲ってくる奴らだからだ。


(意思疎通が出来るならこいつらは狂人じゃないのかな…?ならいいや。さっさと眠りに行こ。)


「普通の人を、襲うつもりは無い、です。眠いので、失礼します。」


彼女がくるりと踵を返し歩き始めると、男がまた声を張り上げる。


「待ってくれ!貴公に敵対意思が無いのであれば、我が国で貴公の戦績を称えさせてはくれないか?」


(我が国?戦績?)


聞き慣れない単語に彼女は再び顔を顰めた。


「え、っと…。」


「すぐに馬を用意する。馬は乗れるだろうか?」


彼女が言葉を紡ぐ前に矢継ぎ早と男が言葉を発する。

困ったと内心思いつつ馬という単語にすぐさま首を振った。


「そうか…。では、こちらに乗れば良い。」


男は穏やかに笑い、自分の前を指し示した。

その行動に驚いたのは、彼女ではなく周りの者達だ。


「陛下!!?このような得体の知れない人物を陛下の傍に置くなど!!」


(陛下…って…確か王様だよね?すんごい偉い人じゃん。そうなるわ普通。)


陛下と呼ばれた男はひらりと片手を上にあげ、言葉を発した男を睨んだ。


「我が国に利益をもたらした者を、私は心からの感謝を捧げたいのだ。」


そう言うと陛下は彼女に近づき、彼女を馬に乗せた。

陛下の前にすっぽりと収まった彼女は、ポーカーフェイスで動揺した。


(なんで乗せられとんじゃぁい!?いや、でも、さっきの敵からして考えれば振り払ったら死んじゃうかも知んなかったし!!どうしろって言うんだ!!?)


そのまま彼女は状況に流され、城まで連れていかれる。


城を見て彼女は絶句した。


(ここ、多分、新たな異世界だ……。)


煌めく光を反射している美しい城など、彼女のいた死にゲーの世界にはある訳無かった。

城は見たことが無いわけではなかったが、その多くが気味の悪い像にまみれているような悪趣味な城だった。

おまけに敵がどこからでも湧いてくるような、最悪の環境。

間違っても光を反射している美しい建物ではない。


中に入って、彼女はまた絶句した。


光は城内を明るく輝かせ、なんと神秘的で美しいことか。

遥か昔、日本で持っていたスマホで見た世界遺産を彼女はうっすらと思い出していた。

そして何より、どこもかしこも清潔感がある。

血塗れの城内とはかなり違う。


城内から案内をしてくれている執事が彼女の反応を見て、きらりと意味ありげにメガネを光らせた。

そしてある程度まで進むと、陛下や周りの者とはここで別れ、部屋には彼女1人が連れていかれる。

部屋にいた数人のメイドが恭しく頭を下げた。

が、その顔は青ざめているようにも見える。


「湯浴みとお召し物の準備が出来ております。」


震えた声でメイドは彼女にそう告げる。


(湯浴み…?別にまだそこまで汚くないよなぁ。)


そう思い近くにあった鏡を見つめる。

鏡には全身返り血で真っ赤に染った彼女が映っていた。


(うん…やっぱり、まだ全然綺麗だよ。)


「湯浴みの必要は、ないかと?」


彼女がそう言うと、メイドは怯え切ってしまい、何も言えない。


すると部屋の入口に立っている、先程案内をしてくれていた執事が口を開いた。


「お言葉ですが、そのお姿でお食事となりますと、少し不都合がございます。是非とも湯浴みをお願いしたいと存じます。」


「はぁ…、分かりました。」


小首を傾げながら彼女が答えると、執事はさっと部屋から出ていった。

そしてメイド達が怯えながらも彼女の湯浴みを手伝おうと、動き回る。


「え、いや、自分で、あ、斧は!」


取られた斧を奪い返すと、メイドは失礼しましたと勢い良く頭を下げた。


「あ、の、別に良いですけど、これだけは、ダメです。お風呂、自分で、入ります。」


彼女はそれだけ伝え、浴室へと向かって行った。

常識的に考えれば浴室に武器など錆びてしまうのだが、流石死にゲーの世界の武器だ。

耐久値はあれど、血や水で簡単に使えなくはならない。


湯浴みをしながら彼女はぼーっと思案する。


(お風呂なんて、いつぶりだろう。)


流石の彼女も血でどろどろになり、異臭がしてくる頃には体を清潔にしていた。

しかしその方法は湯浴みではない。

極稀に侵入した建物に浴室っぽい物があった時は彼女はそれを使用していたが、基本的には川の水で体を洗っていた。


(お風呂って気持ち良かったんだなぁ…。)


うっかりと眠ってしまいそうになる事で彼女は自分が昼寝をしようとして、こんなことに巻き込まれたことを思い出した。


(というか、ここ、新たな異世界だよね?あそこには絶対にこんな建物ないし。それに日本語喋れてたし…。)


「だけどまだ絶対そうだとも言いきれない…。」


異世界だと断定して警戒を甘くすることは出来ない。

そう考えた彼女は、置いてある斧をぐっと握るのだった。



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