森での出来事
あの会食から早1週間。
パウラは久しぶりの穏やかな日常を過ごしていた。
その日常の中にエドガールの元へ行くという予定も入っているが。
しかし、今日はエドガールの元へ行く日ではない為、パウラは暇を持て余す。
エドガールの元もそうだが、元々パウラが理解していなかっただけで、城外に出る許可は簡単に降りる。
そして王位奪還の件から城での行動範囲の許可が下り、基本的に宝物庫やそういった類の場所以外ならパウラは好き勝手に行動できるようになった。
「あぁ、そう言えば、城の裏に森があったなぁ。」
グラキエースの王城の裏には森が広がっている。グラキエースの王族は嗜みとして、ほとんどそこで狩りを行う。
魔物は定期的に騎士団が見回り退治しているためいないが、一応獣がいる為、森にはあまり人が寄り付かない。
「森の中で寝たら気持ちよさそう。」
ただその一心で、パウラは森に向かった。
木々の間から差す神秘的な光を浴びながら、パウラはうっとりと目を細める。
しばらく歩き、花畑のような平地を見つけパウラは寝っ転がった。
その内うとうとと微睡み始め、すやすやと寝息を立て始める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
パシッ
「…んん?だれ?」
パウラは何者かの腕を掴む。
目の前には金髪碧眼の少年がいた。
顔がよく分からないパウラでも、体格からそれが子供であることはわかる。
「…なんでこんな所に子供が?」
「それは僕のセリフです。」
「いやいや、私子供じゃないし…。」
「子供とかそういう話ではなくーー」
話している途中で少年はパウラが持っている斧に目がいく。
そして納得したような表情でもう一度パウラを見た。
未だにパウラは会食等のイベント以外では体から離さず持ち歩いているのだから、恐ろしいものだ。
ゆっくりと起き上がり欠伸をしながら、うーんとパウラは伸びる。
「品がありませんよ。」
少年は険しい顔でパウラを諌めた。
「森で品とか言われてもねぇ。」
「仮にもここは王城の一角なんですから。」
「誰もいないし、気にしないでよ。」
「僕がいます。」
パウラは目をこすり、少年を見る。
「君、結局誰?使用人の子供とか?」
首を傾げるパウラに少年は少し目を見開き、楽しそうに口角を上げた。
「えぇ。そうですよ。母が城で侍女をやっています。」
「…名前は?」
「ラン………です。」
名前の後のおかしな間にパウラは怪訝な顔をする。
まるで何かありますよと言わんばかりの間だ。
しかし、一瞬不思議に思ったものの寝ぼけているパウラにはそれを追求する頭は無い。
「そちらは?」
「名乗る程の者ではありませんよー。」
名乗らせておいて名乗らないのも酷いもんだが、パウラは少し目が覚めたからこそこう言ったのだ。
未だに城ではパウラを怖がる使用人は多い。
パウラに会ったとなれば、ランは森の立ち入りを禁止されるかもしれない。
(遊びたい盛りに森に行けないってのも可哀想だし…。)
パウラの返答にランは呆れ顔をする。
「まぁ、いいです。」
「…お腹空いたなぁ。」
パウラはよっこらせという掛け声と共に立ち上がり、近くの木に生えていた果物をもぎ取った。
そして、プラムのような形の真っ赤な果物をかじる。
「ん、モグモグ、意外と、モグ、美味しい。」
種の無いその果物をパウラがぺろりと平らげると、ランは目を見開き、信じられないものを目撃したかのようにパウラを見る。
「…食べたいの?」
「いや、あ、あの、それ、猛毒の果物ですよ…?」
「………え。」
(あ、なんか舌痺れてきた気がする。)
「すぐに医者を呼んできます!!」
ランが走り出すのをパウラは腕を掴み止めた。
ランの体ががくんと止まる。
「大丈夫、うん、多分、こんくらいなら大丈夫な感じする。」
(舌が痺れてるだけだし…。お腹は壊すかもだけど。それに何より、森で勝手に果物食べて医者にかかるなんて恥ずかしすぎる…。)
「ほ、本当ですか…?その果物は1つで巨大な魔物をも殺せる毒ですよ…?」
「森危険だな、おい。」
そんな猛毒の果物がそこら辺にあってはたまったものでは無いのだが、排除されないのには理由がある。
基本森に出入り出来るのは一部の人間だけなので、その果物があることを知っている。そして何よりまず森の果物を食べない。
「でも本当に大丈夫そう。まぁ、毒矢とか刺されてたし、毒は慣れてるから安心して。」
「ど、毒矢…。それなら、良いんですが…。」
良いと言いつつもランは心配そうな瞳をパウラに向ける。
無造作にランの髪をわしゃわしゃと撫でると、パウラは再び寝転がる。
「ちょっ、やめてくださいよ!」
「まあまあ。…それで、ランは森に遊びに来たの?」
「え、いえ、ここが1番静かなので。」
「あらまぁ大人びていらっしゃる。」
「今日に限っては違うようですがね。」
「おい待て。」
聞き捨てならないと、パウラはランを睨んだ。
睨むと言っても、微睡んでとろんとしている目じゃ怖さも何も無い。
「この状況、静かとは到底言えないでしょう。」
「ランが起こさなければ静かだったよ。」
「はぁ。…何だか僕も眠くなってきました。」
「一緒に寝ようよー。」
寝返りを打つパウラにランは呆れ顔を向ける。
「ここ、魔物はいませんが、獣はいますよ。」
「大丈夫大丈夫。危険感知能力は優れてるから。守ってあげるって。」
「…そこまで言うなら。」
渋々と言った雰囲気を出すランだが、その顔は満更でもなさそうだ。
しばらくすると、2人の寝息が静かな森に聞こえ始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すっかり、明るい日差しからオレンジ色混ざる夕方の明かりになった頃。
別れ際に森の入口でランが尋ねた。
「また、森に来ますか?」
「うん〜。想像以上に良い場所だったし、また来ようかな。」
「いつですか?」
「えぇ、どうしようかな…。」
「今日は水の日ですよね。なら、また次の水の日に来てください。」
この世界の曜日は、日本の曜日に酷似している。
それはやはり日本で作られた乙女ゲームの世界だからだろう。
月曜日は月の日。火曜日は火の日。水曜日は水の日。木曜日は木の日。金曜日は金の日。土曜日は土の日。日曜日は光の日。
日曜以外は全てそのまま。
大変覚えやすい。
曜日についてパウラは先日エドガールに教えられたのだが、残念なことに日本での曜日の順番や名前をパウラがうろ覚えだった為、結果的にあまり覚えやすくはならなかった。
ちなみにエドガールの授業がある日は光の日だ。
「了解。じゃあね〜。」
「はい。ではまた。」
2人は別れの挨拶をして、バラバラに帰っていったのだった。