選択肢ミス
「もう、立てる?」
「あぁ。行こう。」
深く息を吐いたあと、ローベルトは立ち上がる。
キリッと澄ました顔をしているが、先程まで腰が抜けていた奴だ。
「馬車はこっちだ。」
慣れた様子でローベルトはすたすたと歩いていく。
そしてエントランスと思わしき場所に着くと、そこには既に2つの人影があった。
「…セシル、ヨハン…。」
気まずそうな表情でローベルトが2人の名前を呟いた。
一方パウラはエントランスから見える外に、馬車を見つけ早く帰りたい一心で歩を早めた。
そして、2人の横を通り過ぎようとすると、ヨハンに襟を掴まれる。
「うわっ!」
「待て待て待て。」
ヨハンは手を離すと、不満そうな顔でパウラを見る。
「…あぁ、別れの挨拶的なあれですか?それでは御機嫌よう、お暇します。」
一礼をしてまた馬車へと向かおうとすると、今度はセシルに腕を掴まれる。
「お待ち下さい、パウラ様!」
何故か少し勝ち誇った笑みのセシルがパウラを止める。すぐに腕は離したが、そこにヨハンの追撃が来る。
「ローベルトを連れてテラスから落下した奴が何を普通に帰ろうとしてるんだ?」
苛立たし気な声に助けを求めるべくパウラはローベルトに視線を移す。
「…ごほん。ヨハン、あれには理由があったんだ。パウラをそう責めてやるな。」
「り、理由って、まさか…。」
「そう、そのまさか、だ。お前達が、その、熱烈に、キ、キスを、していた、から。」
耳まで赤くしながら言葉を紡ぐローベルトに、ヨハンは目を見開き首を振った。
「あれは違っ!!事故なんだ事故!セシルが足を滑らせて!それで!!」
ヨハンはローベルトと違い赤面はしていない。
むしろパウラに誤解されたくなく焦って真っ青だ。
「そうです、ローベルト様!あれは事故なんです!」
(フフ、逆ハールートに行くまでの第1イベントヨハンと事故チュー!!そしてここでローベルトはヨハンに嫉妬するのよ!そして取り合われる私を見なさいパウラ!!)
セシルはローベルトに駆け寄り、その胸に縋る。
最早セシルの通常フェイスなんじゃないかと言うくらい多用される、瞳を潤ませて、上目遣いの名付けてウルルンフェイスをした。
いつもならこれでローベルトは狼狽える、しかも今回のイベント(笑)通りならローベルトは嫉妬するはずなのだか、ローベルトは苦笑した。
「隠さずとも構わない。友人が恋人同士だと言うなら俺はそれを祝福するまでだ。それよりセシル。あまり他の男に気安く触るとヨハンが嫉妬するぞ?」
ローベルトは縋っていたセシルをするりと退かした。
「…は?」
嫉妬どころか祝われてしまったセシルは困惑の表情を露わにする。
「おい、ヨハン!本っ当に事故だ!誤解するな!俺とセシルは付き合ってない!」
「あ、そ、そうなのか?う、うん、わかったよ。」
ヨハンの圧にローベルトが若干引いている。
仕方ない。
今までのヨハンは怒ることもあれど、基本笑顔スタイルが多かったというのに、今は真っ青になりながら鬼の形相で訂正しているのだ。
長年の友人の知らぬ一面にビビるのも無理はない。
「それで……帰っていいですか?」
空気を読まずぶっこむのは当然パウラだ。
「俺とセシルは何も無い。それをわかってるか。」
パウラは肩をがっしり掴まれ、目を合わせられる。
「わかりましたよ。事故ですね。はい。」
「そうだ!わかったんなら、いい。」
「ローベルトもわかった?事故チューだからね。今後からかったりしちゃダメだよ。」
「あぁ、わかっている。」
パウラが必死のヨハンに観念し、ローベルトにも念押しをしてあげようとしたのが裏目に出た。
ヨハンは目を数度瞬く。
困惑していたセシルも目を見開いてパウラを凝視した。
「………何で、呼び捨てなんだ?それに敬語も………。」
尋ねられたパウラではなく、ローベルトが花が綻んだように笑い説明した。
「パウラに尊敬と感謝の念を込めて、そうしてもらったんだ。」
「え、そうだったの?どっちでもいいような念を込められたなぁ。」
笑って言うパウラにローベルトはコロッと表情を変えジト目を送る。
傍から見ても仲の良い2人の姿がそこにはあった。
このやり取りにヨハンもセシルも動揺する。
ヨハンは自覚していないパウラへの恋心から。
セシルはローベルトがパウラに攻略されたのかという疑惑から。
「………俺も。」
ボソリとヨハンが俯いて小さな声でつぶやく。
その呟きはパウラの耳には届かない。
「なんて言いました?」
「俺も、そうしろ!!」
「…え、呼び捨て、タメ口ですか?」
「そうだ!」
「別に構いませんけど…。じゃ、これからはそうします。それでは、本当に帰りたいので、肩離してくれませんか?」
だが、ヨハンはその手を離さない。
むしろ掴む力を強めている。
「名前、呼んで。」
なんだこいつ面倒くさいな、と思いつつも断る理由もなく、パウラは名前を口にする。
「…ヨハン。」
自分から頼んだのに、ヨハンは名前を呼ばれると俯く。それはニヤける顔を隠すためだ。
「もう1回。」
「ヨハン。」
「…もう1回。」
「……かえーーー」
「いい加減にして下さい!!!」
帰るわ、面倒くさいという言葉はセシルの言葉によって遮られた。
そしてセシルは言いながらヨハンの腕をパウラから引き離す。
ヨハンとローベルトはその行動と言葉に驚き目を見張った。
すぐに正気に戻り、セシルは顔を真っ青にして慌て始める。
「あ、いや、違くて。あの、パウラさんも帰りたがっていますし、本日はこの辺りでいいんじゃないでしょうか?」
「ありがとうセシル様。帰ります!」
願ってもない話を出され、パウラは瞬間に一礼してダッシュで馬車に乗った。
パウラが急かしたのか、馬車は驚きの速さで動き始め、一同が呆然としている間に馬車は見えなくなった。
取り残されたローベルトはこの空気をどうすれば良いのか、困惑する。
1番最初に口を開いたのはセシルだ。
「ヨハン様。邪魔をしてしまってごめんなさい、でもあのような場、誰かに見られたら誤解されてしまいますし…。」
私は悪くない、そう言いたげなセシルとヨハンは一切目を合わさない。
「……別に誤解されたって。」
不満げに呟いたヨハンの声は、誰の耳にも届かなかった。
「何度も名前を呼ばされて、パウラも迷惑そうだったのは事実だ。」
「……まぁ、確かに。」
まだ些か不満は残っているようだが、ヨハンは渋々と頷く。
「あ、ヨハン様、ローベルト様。」
ローベルトの助け舟にすっかり調子を取り戻したセシルはヒロインらしく手のひらをパンと合わせてふふっと笑う。
「…どうした?」
ローベルトが首を傾げると、セシルは笑みを深める。
「私も、パウラ様のようにお二人の事を、その、呼び捨てにしても、構いませんか?」
頬を赤く染めて、もじもじとそう言うセシルは乙女ゲームヒロインとしては100点。
しかし、ゲームでもそうだが好感度が低い状態ではしてはいけない選択肢があるものだ。
ゲームでも現実でも恥ずかしい結果になることは目に見える。
「…セシル。確かに俺達は仲が良いが…、流石に俺を呼び捨てにするのは、周りの貴族からセシルが反発を喰らうだろうし、悪いが許可できないな。」
ローベルトが困った顔でそう告げる。
平民が王子を呼び捨てなど、許されることではない。
「そ、そうですよね。すみません…。えっと、ヨハン様はーー」
「うーん、それこそ学園内で変な噂が立ちそうだし…。悪いな。」
ヨハンからも否定の言葉を告げられ、パウラは顔を赤くする。
(…なん、でよ!!あの女が良くて、なんで私がダメなのよ!?許せないこんな屈辱!!)
セシルは頬を痙攣させながら、あとずさる。
「フ、フフ、それじゃあ、私も、失礼しますね。」
「あぁ、また授業で。」
「じゃあな。」
パウラと違い、いとも簡単に別れを告げられ、セシルは背を向ける。
自室に向かいながら、セシルの心の中はパウラへの憎悪で埋まっていった。