エドガールのその後
エドガールをグラキエースの村周辺に送り届け、またフランメの城へとパウラは戻る。
(…身元不明のおっさんが急に村に行って生きていけるのか?)
置いてきてしまったはいいものの、よくよく考えれ心配になってきたパウラは、若干顔を青くする。
(いや、でも、国王だし。そういう才能、うんあるよ、うん。)
「…だ、大丈夫だよねー?鳥ちゃん!」
乗っている魔物の頭をそっと撫でると、その魔物は嬉しそうに鳴き声を上げた。
(近いうちに様子見に行こ…。)
パウラとて自殺ならともかく、生きようとしていたのに野垂れ死なれていたら寝覚めが悪い。
そんなことを考えているうちに、フランメの城へと着く。
既に空は明るみ初め、夜がしばしの別れを告げている。
(そろそろ、時間だね。)
フランシーヌの部屋へと戻ると、既にフランシーヌは起きていて侍女と身なりを整えていた。
「おはようございます。フランシーヌ様。」
バルコニーから部屋へと入り、パウラはほほ笑む。
「パウラさん!起きたらどこにもいないものですから、心配致しました。出掛けられていたんですか?」
「はい。ちょっと野暮用が。」
「この後私は民の前で演説があるので、移動しますが、パウラさんはどうされますか?」
「…私はフランメの民でも騎士でもないですしね。同席するのはグラキエースの王族だけで十分でしょう。帰ろうと思います。」
「…いっそのことフランメに来てくださったら良いのに。」
ぼそっと呟いたフランシーヌのその表情が、エドガールとまるかぶりしていてパウラは苦笑する。
「考えておきますよ。」
その言葉にフランシーヌは表情を明るくした。
「ええ!楽しみにしております!…それで褒賞という名のお礼をしたいのですが、それはフランメが少し落ち着いてからでも良いでしょうか?」
「勿論です。…私は褒賞なんて結構ですと言いたいところですが、貰える物は貰っておきますね。それじゃ失礼します。」
パウラは魔物の背に乗り、バルコニーから飛び立っていく。
「本当に、ありがとうございました!!」
背中越しにフランシーヌの声が聞こえ、パウラは口角を上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フランメの件から早二日。
事態は色々と落ち着いた。
フランシーヌは民に国王として認められ、昨日正式に戴冠式を行い王位についた。
そして内通者の件。
これに関してはお互い様なので、パトリックその他諸々の内通者はこれからの友好の為にも、何の罪にも問われずフランメに返された。
勿論フランメにいたグラキエースの内通者もだ。
実際、グラキエースはフランメの2代前の国王を殺害しているのでお互い様なんてレベルではないのだが、今のところはその全ての罪をエドガールが被っているので、問題ない。
そしてパトリックはフランメが落ち着くまであちらでフランシーヌの手伝いをするらしく、フランメに戻ってしまった。
「必ず!2ヶ月以内に戻って参ります!他の執事を付けないように!」
パトリックは戻る前念を推すように何度もこう言い、パウラはうんざりしていた。
特に執事がいなくとも、パウラの生活は変わることがないからだ。
身の回りに常に人がいるかいないか、どちらでも良い所かいる方が気疲れするというもの。
それに、戻ってきたとしても、流石に隣国の王族を執事にすることは出来ないだろう。
よってパウラは
(自由だーーーー!)
と、たった2日でこの解放感を感じていた。
しかし、この後パウラにはあまり嬉しくない予定が入っている。
とは言ってもまだ先だ。
今はお昼過ぎだが、予定は夕食の時間なのだから。
パウラはフランメの件でバタバタと慌ただしいグラキエースの王城を抜け出し、エドガールを送り届けた村に向かう。
勿論、道中で捕まえた獣に乗ってだ。
村に着き、宛もなく歩いていると人集りができていた。
「なんだろ?」
トテトテと野次馬根性でその人集りに寄っていくと、その中心にはエドガールがいた。
周りを囲っているのは何人もの女性とその母親や父親らしき人物だ。
「うちの娘を是非嫁にしてくれ!」
「いやいやうちの娘を!」
「私を貰ってください!」
王族というのは総じて見目がいいのかもしれない。
グラキエース国王とて、歳をとってはいるがその顔立ちは実に端正だ。王妃は年齢不詳の美貌で、王子達は言わずもがな。
フランメもパトリックやフランシーヌを見ればわかるように美男美女だ。
そして例に漏れず、エドガールも見目が良い。
エドガールは瞳は紫だが、髪はフランシーヌやパトリックと違い白髪ではなく、少し金の色味があるプラチナブロンドだ。
その髪を短髪のオールバックにしている。
(わぁ、すごい。)
エドガールのモテモテ具合に若干引きつつ、パウラはその場を後にしようとした。
ガシッ
腕を掴まれる。
(いやいやいやいやいやいやいやいや。)
恐る恐る後ろを振り返るとそこには素敵な笑顔で微笑むエドガールがいた。
「パウラ、やっと来てくれたか。」
周囲の視線がパウラに刺さる。
「エドガールさん、この子は…?」
「私の妻です。」
ぐっと腕を引き、エドガールはパウラの肩を抱きかかえる。
そしてその言葉にパウラは驚愕を隠せない。
「「「妻!?」」」
「えぇ、妻とこちらで落ち合う予定だったのです。…駆け落ちですから、まだ妻と呼ぶのは些か早いかもしれませんが。」
エドガールははにかんだ笑顔でパウラを見つめる。
(この人、演技力えげつない!!)
パウラとしては言いたいことは沢山あったが、流石にこの取り囲まれている状況に若干の同情を覚え、空気を読み口を閉ざした。
「…そ、そうだったのですか。」
「駆け落ちじゃあ仕方ないねぇ。」
「うっ、うう。」
落胆の色が濃い村人達は、しょんぼりしながら各々の家や仕事場に戻って行った。
それを見届けると、エドガールはパウラの腕をとり一件の家に向かう。
そのまま家に入ると、パウラをソファに促した。
「…この家は??」
「丁度よく先日出ていった村人がいたらしくてな。その家を買った。」
「…お金は??」
「城から持ってきていないと思ったのか?」
「わぁお。」
たった2日で既に生活基盤が整っているとは思わずパウラは口をぽかんと開いた。
(お金ってすごいわ。)
「あ!それより、勝手に妻にしないで下さいよ!」
「あの状況でそれ以上の最善策が浮かばなかった。」
「モッテモテでしたものね。」
「…嫉妬か?」
エドガールは片眉を釣りあげ、面白そうにパウラに尋ねる。
「えぇ、羨ましい限りですよ。私もあんなにモテモテになってみたいです。」
ブンブンと頭を振り肯定するパウラにエドガールは、苦笑した。
「そういう意味ではなかったんだがな。」
ボソリとそう呟くと、エドガールはキッチンで魔法を使いお湯を一瞬で沸かした。
「コーヒーと紅茶どちらがいい?」
「コーヒーで。…手慣れてますねぇ。」
「身の回りのことも出来ない者が国王などやってられんだろ。」
「流石です。」
コーヒーが2つ運ばれてくる。
「ミルクはあるが砂糖はないんだ。どうする?」
「ブラックで大丈夫です。」
「…お前には苦いと思うが大丈夫か?」
若干心配そうな表情でエドガールがそう尋ねた。
(そんなこと聞かれるの、日本でも子供の時くらいだなぁ。)
「平気ですよ。むしろブラックの方が好きです。」
そう言ってパウラはカップを手に取りコーヒーを飲んだ。
かなり久しぶりのコーヒーに顔が綻ぶ。
(美味しい…。落ち着く…。)
「…それで、何の用だ?」
「いや野垂れ死なれていたら嫌だなぁと思って来たんですが、心配無用でしたね。」
家を見渡しながら、パウラは呆れ顔をする。
どうにか生きて行けるどころか、この家は地主レベルの家だ。
「まあな。…フランメの様子はどうだ?」
「フランメどころかグラキエースもバタバタです。まだまだ落ち着くには時間が掛かりますよ。」
「そうか。…これからのフランメとグラキエースは互いに対等な立場で協力し合って行けるだろうな。」
「えぇ、そうですね。エドガールさんが10年頑張っていらっしゃいましたから。簡単に従属的な立ち位置には戻らないと思いますよ。」
エドガールは満足そうな表情でコーヒーに口をつけた。
「そう言えば、私の事はどう処理したんだ?遺体がなければ怪しまれるだろう?」
「乗ってた魔物に食わせたって言って押し通しました。」
「…魔物に。」
何を想像しているのか、エドガールの顔が少し青ざめた。
ふるふると首を振り、その想像を追い払うと、エドガールはパウラを見る。
「お前には私からも礼をしなければな。」
「…皆さん何かとお礼したがりますよね。」
アデルベルトと言い、フランシーヌと言い、エドガールと言い。
王族とはお礼がしたい生き物なのだなぁとぼんやりパウラは考えた。
「感謝しているってことだよ。それで、何か欲しいものはあるか?とは言ってもそこまで高価な物はやれないが。」
「うーーーん。」
頭を掻きながらパウラは唸る。
直にフランシーヌからも褒賞が与えられる。
パウラは貰える物は貰うなんて言ったが、安全な家、もとい寝床を確保したパウラに今欲しい物は特にない。
「うーーん、あ、じゃあ、この世界の常識的なの教えて貰えませんか?」
「は?」
「私世情に疎くて、城にある本を読んで知識は得ようとしたんですが、かなり専門的な物しかなかったんですよ。元国王なら常識も知ってますよね?」
「まあ知ってはいるが。」
「じゃあそれで。1週間に1回くらい来るので、色々教えてください。」
「…それでいいなら引き受けよう。だが。」
エドガールは自分の首にかかっていたネックレスを外す。
そしてパウラとの距離をエドガールはすっと詰めるとシャラリとネックレスをパウラの首に掛けた。
「…なんですか、これ?」
「装飾具などあまり興味はないんだがな、昔これだけは気に入って買ったんだ。」
「それを、何故私につけてるんですか?」
「お前にやる。売るなりなんなり好きにしていい。常識を教えるだけじゃあ不釣り合いだからな。」
「いやいや、大切な物ならいりませんよ。」
外そうとするパウラの手をエドガールが押さえる。
「気にするな、村でそんな物着けていたら目立って仕方ないからな。」
ふっと今まで見たこともないような柔らかい表情で微笑むエドガールの顔は、どんな女性でもイチコロだろう。
パウラが顔を認識できないのが非常に、非常に残念だ。
「はぁ、そこまで言うなら貰っておきます。」
その後暫くパウラはこの世界の常識について教えて貰っていた。
そして時間が五時近くなり、パウラはエドガールの家を出る。
「それじゃまた近々来ますね〜。」
「あぁ、気をつけて。」
森で待たせていた魔物に跨り、パウラは王城へと帰っていった。
そして、王城へ着き、メイド達に身支度を整えてもらいながら、パウラは深いため息をつく。
(あぁ、面倒だなぁ。)
それも仕方ないというものだ。
何故ならこの後、パウラは、初めましてのローベルト、そしてあのセシルと夕食を共にしなければならないのだから。