フランメ王位奪還②
フランメ現国王が居る自室へと向かう。
いくら夜とは言っても、まだ眠ってはいないだろう。
道中には幽閉されている部屋から出ているフランシーヌを捕らえようと動く兵もいたが、王城に潜んでいるフランシーヌ側の兵達に静かに捕えられる。
フランメ現国王の自室につき、部屋を開ける。
「…誰だ?」
国王は机に向かい書類を整理していた。
窓から差し込む月明かりに照らされる国王は、まだ30代半ばと言ったところだろう。
フランメの元国王と国王の年齢は15離れていて、その母親も違う。
むしろ、フランシーヌと国王が夫婦と言われても、何ら不思議はない年齢差だ。
フランシーヌも国王も独身だが。
「フランシーヌでございます。」
書類を置くと、国王はフランシーヌを見据え小さく笑う。
「そうか、謀反か。」
呟いた国王の瞳はまるで全てを見透かしているかのように落ち着いていた。
その瞳にフランシーヌは眉間に皺を寄せる。
「驚きませんのね。」
「まあな。」
「パウラさん、お願いします。」
謀反だと言うのに慌てもせず堂々と構える国王に少し苛立ちを感じたのか、その言葉に少し怒りの色が見えた。
「…………。良いんですか?」
パウラは国王を真っ直ぐに見つめそう言う。
「?勿論です。」
何故今更になって尋ねてくるのかとフランシーヌは怪訝に感じる。
「いえ、フランシーヌ様ではなく。フランメ国王、それで本当に良いのですか?」
国王は少しだけ目を見開いたが、すぐに元の表情に戻り、1度頷いた。
フランシーヌは自分の知り得ない所で会話をされているようなそんな気分になり、やきもきとする。
「パウラさん、どういうことですか?」
「……ゆっくりと会話をして、殺さないのか?ならば私とて抵抗するぞ。」
そう言うと国王は腰に下げている剣を手に取り、パウラに切りかかる。
パウラは手でそれを払い、国王ごと剣を壁へと弾き飛ばした。
軽い軽い力だ。壁は壊れることも無く、国王も全身の強打程度で済んでいることだろう。
「ぐっ…!………そうか、お前が、先の件の。」
数分もすれば動くと思うがまだ体が動かないようで、座り込みながら、国王はそれだけ言って目を閉じる。
その表情はトドメを刺せ、と雄弁に語っていた。
(舞台から降りるのは、楽だよね。…でも降りられない舞台もある。貴方の舞台はこれで終わりでも、命を終わらす権利などあるのかな。)
死んでも死んでも繰り返す生など、地獄の舞台だ。
死ねば降りられる舞台なら、本当に楽なことだ。
パウラは複雑な表情で国王を見下ろす。
彼の今までの行動の真意も全て見透かした瞳をして。
フランシーヌがつかつかと国王の元へ歩み寄って行く。
そして国王に継がれるその宝剣を高々と振り上げた。
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「……ん。」
瞳をゆっくりと開けたフランシーヌにパウラは少しだけ微笑みかけた。
「起きましたか。」
「私…。」
「フランメ現国王を殺した後気絶してしまわれて。でもご安心ください。王都も城も全て制圧は終わりました。」
「ここは、私の部屋…?」
「運ばせて頂きました。あと、すみません。血が着いた服も勝手に変えました。」
その言葉にフランシーヌは自分の服を見る。
ドレスからネグリジェに変わっていた。
「…構いません。それで、叔父は死んだのですよね。」
「はい。」
「剣を振り上げた所までは覚えているのですけど…。その後がサッパリで。」
頬に手を添え、眉間に皺を寄せる。
「本当に直後に気を失われたので仕方ないですね。亡骸は勝手に片付けましたが、何か使われる予定はありましたか?」
「あ、いえ、ありません。ありがとうございます。それで制圧が終わったと言いましたが今は一体何時頃なのですか?」
「明け方より前くらいですかね。後は朝になったら、フランシーヌ様が国民に宣言をして、ひとまず終了です。まあ、もう一眠りして下さいよ。」
そう言って、布団を掛け直すパウラにフランシーヌはやんわりと笑って再び深い眠りへと落ちていった。
パウラはそれを見届けると、フランシーヌのバルコニーから魔物に乗り、王都から離れた森へと向かった。
森の入口付近の切り株に腰掛けていたのはフランメ国王だ。いや、既に元国王と言うべきか。
「…何故逃がした。」
元国王は眉間に皺を寄せ、苦々しくそう尋ねる。
「てっきり、全て話すのかと思ってました。その上でフランシーヌ様に選択させるのかと思いきや何も言わないんですから、困りましたよ。フランシーヌ様を騙して貴方を殺させるなんて真似させられませんし。かと言って私の言葉じゃ信用してもらえるか微妙だったので。」
「信用してもらえないのは、私もだろう。」
「まあ確かに。…とりあえずここから先は国王ではない貴方の人生を生きてください。ここからは死のうが、どうしようが私は介入しません。あぁでも、ぶっ飛ばしちゃったのもありますし、国外の村や街までは送ってあげますよ。」
国王はその言葉に苦笑しながら、しかし真剣な瞳でパウラを見据えた。
「それで、お前はどこまで知っているんだ?」
「………どこまでと言われましても。」
「…例えばあの姉弟の両親、つまりフランメ元国王と王妃の死は。」
「昔の事ですし、私もその現場を見たわけじゃありませんので、全て推測ですけど。まず、10年前までフランメはグラキエースに従属しているような関係でした。しかしそれを対等な関係にまで戻したのが貴方です。」
「………あぁ。」
短く返事をして頷く。
フランメはグラキエースに従属していた。
力としては対等であったはずなのに、欲の無く、お人好しな国王が続いたせいもあり、フランメはグラキエースに言いなりになっていて、フランメの民の暮らしはどんどん悪いものになっていった。
「従属を受け入れない貴方という王弟の存在はグラキエースにとってはさぞ邪魔なものだったでしょう。しかし、ガードが堅い貴方を雇われた刺客達は殺すことが出来なかった。」
昔を懐かしむように、目を細め国王はふむと顎を撫でる。
当時は暗殺されかけるなど日常茶飯事でむしろ何も襲われないとそれはそれで不安になる程だ。
「そして、殺せないなら貴方の権力を削ごうと、フランメ元国王の殺しの罪を着せた。」
当時フランメ国王が元国王を殺した証拠は異様な程に揃っていた。
なぜならそれは全て仕組まれていたからだ。
「ただそこでまさかの誤算が生じました。貴方の人望がグラキエースが予想したそれを遥かに上回っていたからです。結果として、貴方が国王の座に着くというグラキエースとしては最悪の事態に陥った訳ですよ。そして、力関係は対等にまで戻され、小競り合いまで始まり、最強の騎士団長まで暗殺された。グラキエースも欲を出し過ぎたんだと思いますよ。馬鹿ですよねぇ。」
くつくつと国王は笑う。
「自分の所属する国を馬鹿とは。くくく。」
「所属ったって、数週間前からですから。」
その言葉に国王は目を見開いた。
「グラキエースの騎士ではないのか?」
「いや、さっき言った小競り合いに巻き込まれただけですよ。それでたまたまグラキエース国王に拾われたんです。…そう言えばあそこにいた人達フランメの兵だったそうですね。」
「あぁ、お前に壊滅させられた軍のことか。」
「…謝りませんよ。襲う気満々ではありましたが、襲ってきたのはそっちです。」
国王は鼻で笑う。
「あれは小競り合いと言っても戦争だ。死ぬのは仕方がない。……話を戻すが、先程の件、そして私が何故王位についていたかについてもまだフランシーヌやパトリックには言わないでおいてくれ。」
「秘密って苦手なんですよね…。」
渋い顔をしたパウラに国王は苦笑する。
「数年してフランメが落ち着いたら、私から話そう。」
「のこのこ死んだはずの貴方が現れたら、すぐ殺されちゃいますよ。」
「その時は守ってくれ。」
「ええぇ。」
パウラは露骨に嫌そうな顔をする。
「お前名前はなんて言うんだ?」
「パウラです。グラキエース国王に付けてもらいました。」
「…本名は?」
「本当に忘れました。」
「では姓は?」
「無いです。」
「なら私が付けよう。……ローズだ。パウラ・ローズ。」
付けられたローズの姓にこてんとパウラは首を傾げる。
「薔薇、ですか?」
「あぁ。フランメの国花だ。」
「フランメの人間じゃないのに良いんですか?」
「グラキエースの人間という程でもないのだろう。それならあんな性悪国より、フランメに来い。」
「フフ、性悪国。…まあ考えておきますよ。それで、私貴方の名前聞いてません。」
「隣国の国王の名くらい知ってるだろう。」
「一応、知ってますが、なんかこういうのって普通名乗るのが常識じゃないですか?」
「エドガール・フォートリエだ。」
「…もう国王じゃないし、エドガールさんでいいですよね?」
エドガールは、呼ばれ慣れない名に一瞬嫌そうな顔をした。
「で、エドガールさんはどこの国に行きたいんですか?」
ふっと不敵に笑うとエドガールは楽しそうに国の名を告げた。
「グラキエースだ。性悪国の民になるのも悪くない。」
「あいあいさー。」
魔物の背に乗り、2人はグラキエースに向かうのだった。