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DAYS  作者: 無暗道人
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 嫌になるくらい、かんかんに陽が照っている日の、一番暑い頃だった。

 何でも屋に、一人の客が訪ねてきた。そいつはこの暑いのに丈長のコートを着た、若い男だった。


「店の者はいるか?」

「はーい。いらっしゃい」


 コレットが勝手に応対に出る。


「ほう。こんな所に若い娘とは、掃き溜めに鶴だな」

「なにが鶴だ。そんな奴、いいとこ郭公(かっこう)だ」


 ノースロップの皮肉が通じず、コレットはきょとんとしている。


「なるほど、郭公か。しましまあ、大抵の女は郭公だろう」


 客の男には、通じたらしい。


「それで、なにがお望みだ。なんでも有るぞ。有る物ならな」

「ソーントン殿の紹介だ」

「兄貴の。そうか、そっちの客か」


 ノースロップが金を受け取ろうとしないから、せめて客を寄越してやろうとでも言うのだろうか。好意自体はありがたいが、やはり余計なお世話だ。

 ともあれ、客は客だ。


「おいコレット。店番頼むわ。どうせ客なんて来ねえだろうが、もし来たら適当な値で売っとけ」


 そう告げて、客を促して歩き始めた。


「悪いな。あの娘が勝手に居つきやがったから、話はどこか別の場所でしなきゃなんねえ」

「私は別に構わない。それこそ、誰に聞かれても」

「まあ、こっちの商売仁義みてえなもんだ」


 あてもなく、適当に歩いた。暑いからか、往来に人通りはあまりない。


「それで、なにがお望みだ?」

「ある貴族の陰謀を潰したい。そのために必要な物を、その都度欲しい」

「貴族の陰謀?」

「ごろつきや、もっと性質の悪い連中を集めて、いろいろと企んでいるらしい。まずは、それについての正確な情報が欲しい」

「そんくらいなら、二、三日くれりゃ大体のことは掴めると思う」

「頼む。代金は、言い値で払う」

「吹っ掛けやしねえさ。金のためにやってる訳じゃねえ」

「ありがたい」


 周囲に気を配りながら、依頼について具体的な話を聞いた。今の所はやはり、そう大層な仕事ではなさそうだ。


「聞かないのだな」

「なにが?」

「私が何者で、なんの目的でこんなことをしているのかと」

「余計な詮索はしねえさ。単に、興味がないってだけなんだがな」

「知らないうちに厄介事に巻き込まれるかもしれない、とは考えないのか?」

「そのときは、そのときだ」


 投げやりに応えた。こんな問答をするのも面倒くさい。黙って仕事をしてやるのだから、それでいいではないか。


「変わった男だ。私が言えた義理でもないが」


 独り言のように、男が言った。


「ともあれ、頼む。三日後に受け取りに伺おう。それで構わないか?」

「ああ」

「もし、なにかあって私が行けなかったら、代わりの者を行かせる」

「どうやって見分ける?」

「タイタスの使い、と名乗らせるよ」


 タイタス。それがこの男の名か。なんとなく、聞き覚えがあった。なんであったかとしばし考える。


「もしかしてお前、『掃除屋』か?」

「いまさらそれを聞くか。まあ、そう呼ばれているな」


 タイタスが笑った。

 『掃除屋』タイタスと言えば、世間では正義の味方としてもてはやされている。

 金には目もくれず、悪事を働いている連中を潰して回る正義の味方と、庶民に大人気のヒーロー様だ。しかし、その素顔はあまり知られていない。

 情報を買うのに『掃除屋』を語る意味があるとも思えないから、本物なのだろう。


「へえ、あんたがねえ。人は見かけによらないというけどねえ」


 ノースロップは自然と笑みを浮かべていた。ただし、あまり好意的なものではない。

 本気で正義の味方のつもりなのか、それとも他になにかあるのか知らないが、どのみち自分には彼の考えと行動は理解できないだろう。

 その理解できないことを、見下し、冷笑するような気分がどこかにある。無駄なことを、まあご苦労なことだ、という気持ちが一番近いだろう。


「笑いたければ笑え。気にはしない」


 タイタスが言う。それを聞いた途端、すっと冷たくなった。

 タイタスの言葉には、なにも感じられなかった。信条を馬鹿にされた怒りも、なんと言われようと信念を変えないという強い意志も、なにもない。

 ただ、どうでもいい。そんな投げやりな感じがした。それは深い所。それこそ、彼がこれからやろうとしていることさえも、どうでもいい。そんな深いとこから湧いてくる、虚無の響きがあった。


「とにかく、三日後だな。その後も、いろいろと調達してほしい物ができるかもしれないんだな?」


 まるで逃げるように話をそらした。心なしか、早口になる。


「ああ。ここで前金を渡しておく」


 そう言ってタイタスは、ノースロップの手に金を握らせた。

 タイタスと別れて店に戻ると、心なしか整頓されていた。


「お帰り。ねえ、箒くらいないの?」


 コレットがガラクタを並べ直しながら聞いてくる。


「ない。それよりお前、勝手にいじるんじゃねえよ。訳分からなくなるだろうが」

「どうせ滅茶苦茶に積んであるだけで、どこになにがあるかなんて分からないでしょ」

「あれで分かりやすいように並んでるんだよ」

「うわ、片付けできない人の見本みたいな言い訳だ」


 これ以上なにか言い争うのも煩わしくて、舌打ちをして諦めた。どこになにがあるか分からなくなったところで、どうせ困りはしない。

 三日後、特に問題も起こらなかったようで、タイタス本人が情報の受け取りに来た。


「頼んでおいたものは?」

「用意してある。外で話そう」


 横目でコレットを見て、外に出た。この辺りは路地が入り組んでいるので、人目をはばかれる場所には事欠かない。

 タイタスに依頼された、ある貴族の悪事に関する情報は、相当なものが集まっていた。情報を売り買いする連中にもネットワークというものがあり、それを使えば大抵の情報は集められる。

 タイタスの言った通り、その貴族は性質の悪い連中を密かに抱えて、かなりあくどいことをやっていることがはっきりした。


「ちょっと調べただけどこれだけ出るんだから、深く突っ込めばもっといろいろ出てくるだろうな」

「いや、いい。具体的になにをしているかは、それほど興味がない」

「ふうん。裁きを下すに値する悪党かどうかしか、興味がないってか」

「そんな大層なものじゃない」


 そう言ったタイタスの言葉は、やはりどこか虚無の響きがあった。

 この男は、本当に正義の味方なのだろうか。それを意思しているのだろうか。

 もしそのつもりがないのだとしたら、なにか彼を動かしているのだろうか。普段、他人に興味は持たないが、彼はあまりに不可解な男だった。


「どんな連中がいるかは、分かるだろうか?」

「聞かれると思って、もう調べてある。チンピラ・ごろつきみたいな連中はいくらでも。そいつらを指揮している二人組がいる。ブタみてえな奴と、ネズミみたいな小男だ。もっと上にも誰かいそうな感じだが、そこまではよく分からねえ」

「十分だ。雑魚ごとその二人をぶちのめせば、親玉も出てくるだろう」

「おいおい。一人で殴り込みでもするつもりかい?」


 冗談のつもりで、笑いながら言った。


「そのつもりだが?」


 さらりとタイタスが言う。笑いが固まった。


「正気か?」


 どれほど腕に自信があるか知らないが、相手は両手の指では足りないほどいる。その上、正々堂々など薬にもしたくないような連中ばかりのはずだ。


「まあ、さすがに丸腰はきついかもな。武器になる物とか、売ってないか?」

「うちは武器屋じゃねえぞ。チェーンとか、工具とか、武器というより凶器になりそうな物ならあるが」

「なら後で、適当に買って行く」


 どうやら本気で単身殴り込みをするつもりらしい。しかし相手はただのやくざ者の集団ではない。バックには結構な権勢を誇る貴族が付いているのだ。そこへ真正面から喧嘩を売るような真似をするなど、正気の沙汰ではない。


「お前、頭がおかしいのか?」


 思わずそう尋ねていた。


「どうだろう。ひょっとしたら、そうなのかもしれないな」


 タイタスが低く笑った。

 ノースロップは頭を振った。分からない。この男のことが、本当に分からない。分からなければ分からないで放っておけばいい様なものだが、どういう訳か気になる。

 店に戻り、タイタスが商品を物色している間にも、ノースロップはそれをずっと見ていた。

 この男の言葉はどれもどこか空疎で、行動は無謀としか思えない。それなのに、なにもかも投げやりで、どうでもいいと思っている様には見えない。むしろ猛烈に、なにかに突き動かされているように思える。


「なあ、お前。あいつ、どう思う?」


 コレットが水を持って来たので、受け取りついでにそう聞いてみた。


「走ってる。思い切り、どこかに向かって」


 しばらくタイタスを見つめて、コレットがそう答えた。


「まあ、そんな感じだよな」


 軽い失望を抱きながら、応えた。それくらいのことは、言われなくても分かっている。


「なにに。どこに。どこにも向かって。ううん、違う。あれは」


 口の中でぶつぶつと、コレットがつぶやき続けている。


「無に向かって走っている、かな?」


 無に向かって走る。そんなことが出来るのか、と思った。無とは、死とも違うのだろう。

 どこも目指していない。なんの目的もなく、ただ走っている。いや、目的はあるのかもしれない。しかしそれが無だとしたら、消えてなくなろうとしているということか。自分が生きた痕跡さえも残さず、最初からいなかった人間になろうとしているのか。

 やはり、理解できないことだった。だが今は、それを冷笑する気にはなれない。そして、なぜか目が離せなかった。心配しているというのとは、違う。

 タイタスは結局、三十センチほどのチェーンと、工具をいくつか買って去って行った。本当にあれを携えて、殴り込みをかけるのだろうか。

 タイタスが何でも屋から情報と武器を買って行ってから、二日経ち、三日経った。

 彼がその後どうなったか、分からない。情報屋のネットワークを使えばなにか分かるだろうが、それを知ってどうするのだ、という思いがそれを止めた。

 落ち着いてよく考えれば、彼が無に向かって突っ走っているというのは、想像にすぎない。しかし、そうとしか思えなくなっていた。

 人生に絶望した老人ならともかく、まだ二十代であることは確実な彼が、無に向かって走れるものなのか。

 間違いなく彼は、異常者だ。しかし、なぜか気になる異常者だった。

 タイタスの素性を調べようと決めた。あくまで、興味本位の暇つぶし。そう自分に言い訳して、情報屋のネットワークを、初めて自分の為だけに使った。

 しかし、彼に関する情報は、ほとんどなにもなかった。あったとしても、こんな悪事を潰したらしい、という様な、『掃除屋』としての彼についてばかりだった。

 もっと、彼の根源的な部分が分かる様な情報が欲しい。求めて得られない分、その思いが強くなっていった。

 あまり使いたくない手を使うことにした。『品物』を仕入れ、とある廃品回収業者を訪ねた。

 廃品の山の隣に立つ小さな家の戸を叩くと、痩せた老人が現れた。


「なんか引き取って欲しいのか?」

「いや、買いの方だ」

「どこで聞きつけたか知らねえが、うちの売り物は安くねえぞ」

「金はない。代わりにこれがある」


 『品物』を見せた途端、老人の目の色が変わった。

 やっていることはノースロップと同じ様なものだが、この老人とは可能な限り関わらないようにしていた。麻薬をやっているのだ。

 ノースロップもたまに扱うことがあるが、売り手と買い手の間を『配達』するだけで、深く関わることは避けていた。


「前金としてこれだけやる。欲しい情報があれば、この五倍は出そう」


 耳かきで(すく)ったような量だが、この『品物』としては決して少なくないはずだ。


「なにが知りたい?」

「『掃除屋』タイタスの身の上」

「『掃除屋』か。『掃除屋』ねえ」


 老人がにやにやしている。


「なんだ」

「いや。物好きなもんだなと思ってな」

「否定はしないさ。それで、知っているのか?」

「ああ、知っているさ」

「なら、もったい付けずに教えろ。知ってることを全部だ」

「へいへい。まあ、上がって座れ」


 家の中に促されたので、入って玄関に座った。


「稲妻強盗って知ってるか?」

「聞いたことはあるな。たしか、夫婦の強盗じゃなかったか」

「そうさ。夫婦そろって強盗殺人を繰り返した、おっかねえ夫婦さ」

「とっくの昔に死刑になったはずだろう。なんの関係がある?」

「それが大有りでね。『掃除屋』は、稲妻強盗夫婦の子さ」

「なんだと?」

「子供の頃、どこだかの孤児院にいたことははっきりしてる。そこを出てから『掃除屋』として名が知られるまでの間、どこでなにをしていたのか分からねえが、確かなことだ。これはそこらの情報屋じゃあ、十年かかっても掴めねえだろうな」


 そう言って老人は、自分の優位を誇る様に笑った。


「孤児院にいた頃の『掃除屋』は、どんな奴だった?」

「大人しいいい子さ。表向きはな」

「裏の顔があった?」

「裏の顔ってほどでもねえが、ときどき容赦がなかったそうだ。めったに喧嘩もしないが、一度おっぱじめると相手をボロ雑巾みたいにしたって話だ」

「他には?」

「なにも。ちょっと不自然なくらい、なにも起こさない子供だったって話だ。良くも悪くもな。今も大して変わらねえんじゃねえか。『掃除屋』として悪党を叩き潰した話は聞いても、それ以外どこでなにをしてるか、さっぱり聞かねえ男だからな」


 確かに『掃除屋』タイタスの、『掃除屋』としての噂以外を聞いたことがない。ある種の有名人である以上、面白おかしい噂話の一つもあってもよさそうなものだというのに。


「世話になったな。約束の品だ」


 小さな袋に入った『品物』を渡すと、老人と飛びつくようにそれを手に取った。

 『掃除屋』タイタスが正義の味方に固執するのは、悪名高い犯罪者夫婦の子という負い目の反動だろうか。それならば、分かりやすいと言える。

 ただ、それだけにしては執拗と言うか、そこまで正義の味方であることに固執する必要もないように思える。

 こればかりは本人の心のあり方次第だろうから何とも言えないが、親が犯罪者だから、ということ以上の理由があるような気がする。

 ともあれ、知りたいことのいくらかは知ることが出来た。

 だが、知ったことでかえって『掃除屋』タイタスに対する興味は強まった、と言うしかない。

 いや、興味という言葉では正しくない。なぜか、気になる。なぜか、目が離せないのだ。それは単に興味があるというのとは、まるで違う。目をそらそうにもそらせない、なにかの強制力がノースロップに働いている。

 一体なにが、ノースロップにそうさせるのか。本当に知りたいのは、そこだ。タイタスのことを調べたのも、それによってなぜ彼から目が離せないのか知りたかったからだ。

 その目的は未だ果たせず。どうやらもうしばらく、彼のことを追わずにはいられないようだ。

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