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第四話 緩やかに、でも確かに

「じゃあ、行って来ます」

「兄貴、傘。夕方雨降るらしいよ」


 朝になって、学校に行く前の玄関前。

 靴を履いている所にやってきた佳憐が横にかけていた傘をヒョイッと差し出してきた。

 佳憐は生徒専用のバスで登下校している。

 遠距離通学生徒の為のバス、となっているが比較的近い場所の生徒も乗せており、佳憐もそういう生徒なので朝は自分よりゆったりできる。

 今日もそれを羨ましく感じながら傘を受け取る。


「ありがと、佳憐」

「私もすぐ行くんだけど、いってらっしゃい」

「ああ、行って来ますし、いってらっしゃいな」


 そうして、その日の朝も相変わらずな日常具合で傘を持って家を出た。

 正直、その時は晴れていたから大丈夫、と思っていたが最終的には佳憐の気遣いに感謝する事となった。


「……ホントに雨だったな」


 放課後、バスから下りて停留所を出てすぐに傘をさす。

 佳憐とは違い、市営のバスは混雑したりしなかったりで少し煩わしく感じる。


「さて、帰ったらどうしようか」


 朝と同じルートのバスから降りて、頭を過ぎらせたのはその日のこれからのこと。

 家に帰ったら、ログイン回りして、それから少し何かを書こうか、それとも。

 そんな事を考えていたもんだから、自分の目の前に誰かが立ち塞がるまで気付かなかった。


「ああ、ごめんなさい……」

「いいのよ、道をふさいだのは私だったんだから」


 そこに立っていた女性、少女に既視感があった。

 顔ではなく、全体的な衣装や帽子や眼鏡、そういった特徴が記憶に引っ掛かった。

 もしかしたら、あの時の、朝の、ハンカチを落とした女の子ではないだろうか。

 だが、違っていたら失礼になるのでは……そんな微妙な小心から言葉を紡げずにいると、彼女がこちらを覗き込むように傘を傾けた。


「あれ? 私のこと覚えてない?」

「……ハンカチの、ひと、だよね?」


 恐る恐る呟いてみると、彼女は、んー、と小さく呟いた。


「ハンカチの方か。ふむ、珍しい覚え方されてた」

「珍しい?」


 あの時と同じように、雨の音を効果音、BGMにしながら言葉を交わす。

 雨が傘にぶつかる音がリズミカルで、まるで軽い心臓の音のような、そんな感じだった。


「私に会った人は大半顔で覚えてくれてるんだけど? 

 可愛い、綺麗だって世間様では評判なんだから」

「……人の顔を覚えるのは、苦手なんだ」

「ふーん。まぁそういう人もいるか。でも存在自体を覚えてくれてたのならそれでいいけど」

「……えっと、たまたま、なのかな。ここで会ったのは」

「まさか。ちょっと人に頼んで探してたのよ、貴方を。

 私はバッチリ貴方の特徴を覚えてたからね。

 右の眉毛の所に黒子がある、身長は180センチ位、髪型はセットとかされてなくて、いかにも普通で真面目に校則守ってますって感じの男の子だってね」

「……そうなんだ。自分、自分の事なのに黒子の事は知らなかったよ」


 正確に言えば、そう言えばあったかも、という程度の認識だった。


「貴方、淡白な人なのねー。自分の事なのに」

「自分でもそう思う」

「ともかく、そうして探してたのには事情があってね。

 ここで立ち話もなんだからさ、あっちの裏通りにある喫茶店で話しましょう。

 何か急ぎの用事はある? あったら後日にするけど」


 彼女のテキパキとした言葉は理知的で、かつ人と話す事に慣れている様子だった。

 それに対して自分はあまり不慣れな状況もあってしどろもどろだった。

 元々テキスト準拠、アドリブが効かない人間なのだ自分は。

 バイト先のスーパーでも、いきなり会話をふられると言葉に詰まってしまうし。

 今まさにそうであるように。


「えと、ないけど。その、ちょ、ちょっと待って。お金があるか確認するから……」

「私が奢るわ、こっちの都合で手間掛けさせるんだしね。

 とにかく問題なければ行きましょう。

 あんまり人目が付きそうな場所に長居したくないの」


 周囲に視線を配りながら彼女は言った。

 この街は全体的に少しずつ廃れつつあるので、平たく言えば人が少ないので人目はそこまで気にしなくてもいいはずだ。

 停留所近辺も、商店街が近くにある事もあり、更に言えば今は帰宅時・買い物時で少しは人の流れがあるが、それもすぐに無くなるだろう。

 彼女が何故人目を気にしているのかは知らないが無用な心配だと思う……が。

 他者の望まない事を進んでするようなつもりは自分にはない。


「分かった。なら、そこに行こう」

「助かるわ」


 そうして青い傘を傾けながら歩き出す彼女の背中を追って、自分もまた歩き出す。

 停留所から歩く事数分、商店街の裏手、というには少し離れた場所に、その喫茶店はあった。


「こんな場所あったんだ」

「結構昔からある喫茶店らしいわよ。地元の人なのに、知らないの?」

「喫茶店とか用事がないと入らないよ」

「デートとかは?」

「……生憎今の所経験がないんだ」


 一瞬見栄を張ろうかとも思ったが、その意味がないので会話の種として提供する事にした。

 口下手なのは承知だが、そういう配慮くらいは努力したい。


「それはそれは失礼しました」

「いえいえ」

「でも、そういう事なら良い場所を教えてあげられたかもね。

 ここ、コーヒーも軽食も美味しいし、静かだし、雰囲気いいのよ? 

 頼めば、小粋なBGMも流してくれるし。

 彼女が出来たらここに誘ってみたらどうかな」

「そうだね、うん。……機会があったらそうするよ」

「ふふふ」


 予定は今の所なさそうなので若干渋い表情になっていたのが面白かったのか、彼女は小さく笑った。

 そこで笑う事は人によっては不愉快なのかもしれないけど、自分にはそうではなかった。……少し不思議だった。




 ……続く。

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