第三話
島内の開発を終えて三ヶ月。
本島の周囲に存在する島嶼の調査と開発まで終わらせた蔵人は、自分の住居と仕事場を兼ねた官邸の五階にある執務室で黒革のリクライニングチェアの背に身を預け休息を取っていた。
「失礼します。主様、ご依頼されていた報告書を……申し訳ありません、ご休憩中でしたか」
「構わないよ。報告書を見せてくれるか」
「はい。こちらになります」
身体を起こした蔵人は差し出された報告書を受け取り矢継ぎ早に目を通していくと、満足そうに何度も頷いて見せた。
「ほとんどが目標に達したか……これなら次の段階に進めても問題ないだろうか?」
「はい。必要な準備は整っていますので問題はないかと」
シルヴィアの答えに、蔵人は大きく頷いた。
「――段階を次に進める。アッシュフォードたちに連絡を頼む。場所はここの会議室でいいだろう」
「かしこまりました」
一礼し蔵人の執務室に併設された自分の執務室へ戻ったシルヴィアは、机上に置かれた電話の受話器を取り統合参謀本部へ連絡するのだった。
* *
――二十分後。
招集に応じ官邸三回の会議室に集まったアッシュフォードを始めとする各軍の長は、部屋の中央に置かれた黒檀の長卓に着席した。
「――急な呼び出しにもかかわらず、集まってくれたことに感謝する」
「感謝されるには及びません。閣下が望まれれば、我々はいついかなるときでも駆けつけましょう」
蔵人から告げられた感謝の言葉に対しアッシュフォードが微笑みながらそう言うと、同席するセムズワースとウィンスレットも首肯する。
「ははっ。それは心強いな。今日ここに集まってもらった理由だが、俺はこの本島を中心とした国家を建国したいと考えている」
「国家、ですか……?」
「そうだ。これから本格的に動き出せば、遅かれ早かれこの世界の国家や勢力と接触することになるだろう。そうなった場合、我々も国家であった方が交渉等がやりやすいだろう」
蔵人が個そう言うのも、一ヶ月前から開始された哨戒機やUAVを使用した長距離偵察によって大陸と思われる陸地に複数の都市や町が確認されたことが理由だった。
提案を聞き、顎に手を当て考えていたアッシュフォードは納得したように頷く。
「閣下の仰るとおり国家と交渉するには、我々も国家であった方がいいですね」
「空軍も異論ありません」
「陸軍も賛成です。軍にも名前を付けてやらんと恰好がつきませんからな」
アッシュフォードが賛意を表すと、セムズワースとウィンスレットも同様の意見を述べる。
三人の同意が得られたことで、蔵人は会合をそのまま建国する国家の国名を決める検討会へと移行させた。
「――ほかに案のある者はいるか?」
少し疲れた様子の蔵人の問いかけに手を上げる者は誰もいない。
検討会が始まってから三時間以上が経過し、長卓の上には参考の書籍やこれまでに提案された国名の案が書かれた紙の束が山積みにされていた。
「うーむ……ここまで難航するとは思わなかったな」
「閣下、今日のところはここまでにしませんか? このまま続けたとしても良案は出ないかと」
頭を抱えながら唸るセムズワースの姿を見たアッシュフォードは、分厚い辞典を閉じ蔵人に進言する。
「そうだな。今日はここまでにして、また明日――」
アッシュフォードの言うとおり、これ以上続けても案が出ないと蔵人も考え明日に持ち越そうとしたときシルヴィアがおもむろに口を開いた。
「フェルト……イーダフェルトはどうでしょうか?」
「イーダフェルト……確か、北欧神話のアースガルズが創られる場所か」
「はい。北欧神話ではありませんが、神によってこの世界に転生された主様の国家としてふさわしい名前かと」
シルヴィアの案に、アッシュフォードたちも賛成の声を上げる。
「いい国名じゃありませんか。我々もその案に賛成です」
「よし。では、満場一致により建国する国家名はイーダフェルトとする」
蔵人が宣言すると、シルヴィアたちから拍手が起こる。
目標を達成したことで蔵人が検討会を閉めようとすると、セムズワースは手を挙げ発言の許可を求めた。
「どうした?」
「国名は決まりましたが、国家の指針はどういたしましょう?」
「指針……?」
セムズワースの言葉に、蔵人は問い返した。
「国家として動くのならば、遮二無二動くというわけにはいきません。閣下がイーダフェルトをどのような道に導くか定めた指針が必要でしょう」
「なるほど。国の指針か……」
セムズワースの意見に納得した蔵人は椅子に深く腰掛け腕を組むと、四人に見守られながら思案に沈み始めた。
「どう導くか、か……改めて考えると難しいな」
蔵人は腕組みを解くと、眉間にしわを寄せて呟いた。
数ヶ月前まで一介の高校生だった蔵人にとって、国の指針を決めるというのは並大抵のことではなかった。
「主様、そんな深刻に考えなくともよいのですよ」
唸りながら頭をひねる蔵人の様子に、隣で見守っていたシルヴィアが助け舟を出す。
「主様がこの世界でどのように生きたいか言ってくだされば、我々がそれを形にすることができます。例えば……世界征服などいかがでしょう?」
「世界征服か……ありがちな目標だが、実行するとしたら物騒すぎやしないか?」
「いいえ。征服のやり方にもいろいろあります。武力はもちろん、経済的、文化的といったやり方で我々の影響下に置くこともできるでしょう」
「なるほど。そういうやり方もあるか……」
シルヴィアの意見を聞いた蔵人は納得顔で頷くと、こちらに視線を向ける四人に向かい厳かな声で告げる。
「我が国の指針を世界征服とする。馬鹿らしい指針だと思うだろうが、この世界に存在する全ての国家をイーダフェルトの影響下に置く」
「閣下が決めたなら我々はそれに従うまでです」
「誰にも閣下を馬鹿にはさせません。この世界の全てを閣下の下へ捧げましょう」
「ええ。この世界の人間にイーダフェルトの名を轟かしましょう」
蔵人の宣言に全員が同意し、この日は今後の方針を策定し会は解散となった。
――検討会から半年後。
憲法を始めとした各種法律の制定や国家運営に必要となる行政機関の設置が完了すると、蔵人は「イーダフェルト」の建国を宣言した。
この宣言により、蔵人は国事国政全権を掌握するイーダフェルト初代総帥に就任。
総帥直属の機関として政務の輔弼や各省庁の統括を担当する総帥府と即応性を高めた陸海空軍三軍からなる総帥軍が設立され、副総帥兼総帥府総裁にシルヴィア、総帥軍長官に雅楽代が就任するのだった。
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