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破壊と創造の先にあるもの  作者: Kuko
第一章

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第三九話

 突如開始された帝国軍の攻勢をルディリア方面軍が防いでいる頃。

 総帥官邸の総帥執務室では、部屋の主である蔵人が自身にとって軍事作戦以上に難しい選択を求められる問題と相対していた。


「なあ、本当にこれを受け付けないといけないのか?」


 統合参謀本部と総帥軍参謀本部から提出された書類を忌々しそうに見つめる蔵人は、目の前に立つシルヴィアに尋ねた。


「はい。両名から提出された書類に書かれている内容は適切なものかと」

「そうは言ってもなあ……」


 蔵人はそう呟いてもう一度書類に視線を落とすと、内容を読んで嫌そうな表情を浮かべる。

 彼に提出された書類というのは、アッシュフォードと小夜の名前で今回の帝国軍の攻勢における各軍の不手際について処分を求める陳情書だった。


「主様はお優し過ぎます。この前のウォルターズの処分にも躊躇してしまって」


 処分を渋る蔵人に対し、シルヴィアは嘆息してそう言う。

 ローゼルディア王国で起きたロディアス宰相のクーデター事件におけるシルヴィア狙撃の責任について特別護衛旅団長のウォルターズ准将が自身の解任を申し出たが、蔵人がその処分を保留し続けたことから最終的にシルヴィアとウォルターズ自身が説得して解任ではなく一年間の停職という形で決着させていた。


「だが、今回はウォルターズの件とは違う。統合参謀本部も総帥軍も帝国軍の攻勢の兆候に気が付けなかったんだ。そんな中で、二人を処罰するわけにはいかないだろう」

「主様のご指摘も一理あります。ですが、帝国軍の動向の監視を担う両機関が攻勢を把握出来なかったというのも問題です。この責任を有耶無耶にしてしまえば組織の規律が乱れてしまい、組織の崩壊を招いてしまう恐れもあります」

「それは分かっているが……」


 なおも処分を渋る蔵人に対し、シルヴィアは優しく諭すように語りかける。


「主様がどのような処分を下そうと、絶対の忠誠を誓う我々がそれを不満に思うことなどありません。ですから、どうか二人の気持ちも汲んであげてください」

「……分かった。二人は一年間の減給とする。幸い初期の攻勢では我が軍に被害はなかったからこの辺が妥当だろう」

「はい。よろしいかと思います」


 蔵人の意見にシルヴィアは微笑みながら頷くと、一枚の書類を机の上に差し出す。

 この話の流れで出てくる書類とは何かと手に取って内容に目を通し始めた蔵人は、途中まで読むと苦笑を浮かべながらシルヴィアを見た。


「……俺がこの結論になることを読んでいたな」

「主様のお考えを読むことなど簡単ですから。このくらい出来て当然です」

「恐ろしい奴だ。これじゃあシルヴィの前でうかうか思案も出来ないな」


 蔵人は書類の署名欄に自分のサインを書き入れながらわざとらしく身体を震わせると、シルヴィアは妖艶に微笑んで見せた。


「それはそうと、大陸の戦況はどうなっている?」

「ルセリューとアルネにおいて帝国軍と接触。戦闘が開始されたようです」

「防衛は出来ているのか?」

「統合参謀本部からの報告では、今のところは優勢とのことです」


 シルヴィアの報告に頷いた蔵人は、サインを書き入れたアッシュフォードと小夜の処分が記された書類をシルヴィアに手渡す。


「処分の発令タイミングはシルヴィに任せる。なるべく業務に支障がないタイミングで各部門に渡すように頼む」

「かしこまりました」


 蔵人から書類を受け取ったシルヴィアが執務室を後にしようとした時、何かを思い出したように扉の前で足を止めて蔵人に向き直る。


「先程の続きですが、主様には組織における信賞必罰の講座を受けてもらうとしましょう。こうも毎回処分を躊躇されてしまっては、軍政や政務が滞ってしまいます」

「うっ……それは、反省している」

「主様が我々を家族のように思ってくださっているのは理解しています。ですが、国家というものはそれだけで回るものではありません。身内贔屓はいずれ国家の崩壊を招く恐れもあるものです」


 シルヴィアの諫言に、蔵人は表情を引き締める。

 国民全員が絶対的な忠誠を誓っている現体制化でなら今の対応でも問題ないだろうが、これから数十年が経ちこの世界の住民を受け入れるようになったとき召喚された人間と移民との間に深刻な不協和音が生まれる可能性は十分にあった。


「シルヴィアの言う通りだな。講義の件はよろしく頼む。 ……お手柔らかにな」

「ふふっ。それは保証しかねます」


 そう言うと一礼して執務室から出ていくシルヴィアを見送った蔵人は、背もたれを倒すと深い溜息を吐いて改めて国家運営の難しさを痛感するのだった。



*     *      *



 ゼネルバート諸国連合領アルネ。

 前哨戦で勝利を飾ったアルネ周辺に展開するイーダフェルト・ゼネルバート連合軍だったが、敵との戦力の差は履しがたく徐々に防衛線の縮小を余儀なくされていた。


「十一時方向に敵戦車! ジャベリンを持ってこい!」

「軍曹、最後の一本を持ってきました!」


 アルネ近郊に構築された塹壕の中。

 M4を撃ち続けていた軍曹が帝国軍戦車の接近に気付き怒声を上げると、発射チューブを担ぐ特技兵が駆け寄ってきた。


「目標はあいつだ。ロックしたら撃て」

「了解!」


 狙う戦車を指示された特技兵は、ジャベリンを担ぎ直し発射指揮装置を覗き発射ボタンを押す。

 発射されたミサイルはトップアタックモードに従い高度150メートルを飛翔し接近する戦車の上部に突入すると、一瞬の間をおいて爆発炎上させた。


「二時方向から敵歩兵集団!」

「クソッ。次から次へとキリがないな……このままじゃ抑えきれんぞ」

「本部へ弾薬補給を要請しろ! 小銃弾もだが、ジャベリンが最優先だ!」

「迫撃砲編へ支援を要請!」


 数で押してくる帝国軍に対し、アルネ周辺の陣地に籠るイーダフェルト・ローゼルディア連合軍は激しい銃砲撃に耐えながら攻勢を防いでいた。

 通信機を背負う通信兵が後方に展開する迫撃砲小隊に通信を入れ、数秒後には近づく帝国兵の頭上に迫撃砲弾が降り注ぐ。


「増強一個旅団程度しかいない町に、この数は過剰すぎるだろ!」

「ちげえねえ。連中はパーティーの誘い方も知らないならず者らしい」

「本部より命令! 現時刻をもって第一防衛線を破棄。第二防衛線まで後退せよとのことです!」

「全員聞いたな! 荷物をまとめて後ろに下がる。軍曹、置き土産の用意は?」

「いつでも行けます」


 軍曹の言葉に陣地を預かる中隊長は満足そうに頷くと、部下達を一足早く後退させる。

 敵が陣地を捨てて撤退を始めたことに気が付いた帝国軍は、歩兵を突撃させて逃げる敵の追撃に入ろうとした。


「もう少し……軍曹、やれ」

「了解」


 小銃の銃床につけた鏡を見てタイミングを計っていた中尉が短く言うと、傍らにいた軍曹が応じて手に持っていたスイッチを押し込む。

 スイッチが押されると事前に設置していたM18クレイモアが一斉に起爆し、爆風と内蔵した鉄球が無防備に近い形の帝国兵達に襲い掛かった。


「ギャアァァァ!」

「痛ぇ……痛えよぉ……」

「だ、誰か、助け……」


 一瞬で作り上げられた阿鼻叫喚の光景に、巻き込まれなかった兵士達の足が止まり追撃の手が緩む。


「想像以上の効果だな」

「我々にとっては時間が稼げる好機です。早く後退しましょう」

「ああ。三十六計逃げるに如かず、だ」


 混乱する帝国軍を後目に、中尉と軍曹は塹壕を抜け出す。

 同様の仕掛けは他の陣地にも設置されており、帝国軍は後退するイーダフェルト・ゼネルバート連合軍の追撃を止めて再編を行うことになった。


*     *


「北西より接近していた帝国軍歩兵部隊が後退。再編に入るものと思われます」

「西側の帝国軍も損害多数により後退を始めました」


 アルネリア市庁舎に設けられた旅団司令部では、通信機を操作する通信兵により次々と前線の状況が報告されていた。


「各部隊、第二陣地線への後退完了」

「ゼネルバート軍第四中隊より負傷者の収容要請です」

「第三中隊が負傷者多数により、増援を要請しています」

「第二中隊より弾薬の補給要請ですっ」

「弾薬はすぐに運んでやれ。第三中隊には予備隊から一個小隊を編成して向かわせろ」


 刻々と戦況が記載されて地図を睨みながら、クレイヴは矢継ぎ早に指示を出していく。

 数に任せて押し寄せてくる帝国軍の猛攻をイーダフェルト・ゼネルバート連合軍は構築した陣地で二度にわたり撃退していたが、時間が経つにつれて徐々に損害が増えつつあった。


「負傷者の後送状況は?」

「五分後に次の便が到着します。重傷者はこの便で全員搬送させます」

「いつまで空の安全が確保できるか分からん。とにかく重篤な負傷者は優先的に後送するんだ」

「了解しました」


 アルネ自体は進攻してきた帝国軍四個師団によって包囲されつつあったが、幸運にも航空兵器はまだ進出しておらずイーダフェルト・ゼネルバート連合軍は輸送ヘリにより潤沢な補給を得ることが出来ていた。


「ここまで想定通りに防衛できているが、このままだと少し厳しいか……」

「クライヴ大佐、我々が不甲斐ないばかりに申し訳ない」


 険しい表情を浮かべるクレイヴに対し、隣にいたバシュレがそう言って頭を下げる。

 彼の率いる第四連隊が守備する地区では負傷者が続出し、第十一歩兵旅団戦闘団の予備部隊から増援を受けて戦線を維持している状況だった。


「何を言います。貴軍の戦いぶりは尊敬こそすれ非難するつもりはありません」

「ですが、このような戦況になってしまったのは我々が……」

「それは貴軍の守備区域を帝国軍が執拗に攻め続けただけのこと。貴軍の部隊には何の落ち度もありません」


 クライヴはそう言うと、バシュレに頭を上げるよう促す。

 近代戦に不慣れなゼネルバート軍の守備する区域が脆弱と見た帝国軍は、その区域に攻撃を集中させてゼネルバート軍に出血を強いていた。


「第二線陣地まで防衛線を下げたことで、多少戦力に余裕が生まれました。我が軍の二個中隊を貴軍の防御陣地に回しましょう」

「ありがたい。イーダフェルト軍の部隊も加わってもらえれば、帝国軍の攻勢も持ち堪えられます」


 帝国軍が戦力の再編を行っているようにイーダフェルト・ゼネルバート連合軍も部隊の再配置を検討していると、通信機を操作する通信兵と上司である士官が何やら話し込み走り書きしたメモを持ってクレイヴに近づいた。


「どうした。前線で何かあったのか?」

「はっ……西側陣地より報告です。四名の帝国兵が白旗を持って近づいていると」

「白旗を持った帝国兵だと?」

「降伏しに来たとも思えませんし、軍使の可能性がありますな」

「同感です。兵達には近づく帝国兵に攻撃をしないよう厳命しろ」


 バシュレが予想した通り近づいてきた帝国兵は軍使であり、彼らは司令部から出向いた作戦幕僚に一通の封筒を手渡した。

 司令部へ戻った作戦幕僚から封筒を受け取ったクライヴは、封を切り中に入っていた文書の内容を確認すると笑みを浮かべながらバシュレに文書を回す。


「なるほど。降伏勧告ですか……」


 内容に目を通したバシュレはそう唸る。

 書かれている内容は要約するとアルネは帝国軍装甲部隊によって包囲されており、このまま抵抗を続けるのであれば慈悲もなく殲滅する。帝国軍はイーダフェルト・ゼネルバート連合軍の奮戦に敬意を表し名誉ある降伏を勧告する。というものであった。


「――して、帝国軍への返答は如何?」

「そうですな……作戦幕僚、確かこういう時にぴったりな言い回しがあったと思うが、分かるかな?」

「勿論です。文面はそのままでよろしいですか?」

「ああ。頼む」


 二人の意味深なやり取りが気になったバシュレは、横から作戦幕僚の書く返答の内容を見てその意味をクレイヴに尋ねた。


「――という話があるんですよ」

「それはいい。この返答を帝国兵が見れば目を丸くするでしょうな」


 意味を聞いたバシュレは、腹を抱えて大きな声だ笑う。

 クレイヴは返答の内容に誤りがないことを確認すると、再び作戦幕僚を返答を待つ帝国軍軍使の下へ向かわせた。


「お待たせしました」

「全くだ。貴様らが採るべき道はひとつしかないのにこんなに待たせるとは。まあいい、返答の内容は分かりきっているが見せてもらおうか」

「はい。こちらになります」


 作戦幕僚から差し出された封筒をひったくるように奪った軍使は、書かれている回答内容を予想して文面に目を通す。


「……は?」


 文面を見た軍使は予想していた答えと違ったことに、思わず間抜けな声を漏らす。

 返答は彼らが望んでいた「降伏を受諾する」という文面ではなく、紙の真ん中にただ一言「NUTS」と書かれているだけだった。


「……これは、貴様らの言葉で降伏するということか?」

「ああ。貴軍には難しい言い回しでしたね。簡単に言えば全員ぶっ殺してやるから、グダグダ言ってねえでかかってこい。です」


 作戦幕僚の言葉に軍使は一瞬呆けた表情を浮かべると、みるみる顔を赤くさせてワナワナと全身を怒りで震わせた。


「いいだろう。その言葉を後悔しながら死ぬがいい!」


 そう吐き捨てて自軍へと戻る軍使を見送った作戦幕僚が司令部で事の一切を報告すると、話を聞いたクレイヴは満足そうに頷いて見せた。

 この件が前線の各部隊にも伝えられると逸話を知るイーダフェルト軍将兵は笑い、ここまでに虐殺された仲間の仇を取ることに燃えるゼネルバート軍将兵の士気を大いに上げたのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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