第三八話
ゼネルバート諸国連合エールス地方クサルヴェ。
エヴラスの国境線を突破した攻勢作戦の主力である帝国軍第15軍は、奪還地域の治安維持についていた諸国連合軍の軽微な抵抗を排除しながら作戦の第一目標であるクランハウを目指して進撃を続けていた。
「杢保湯、三時方向の敵陣地。弾種、榴弾!」
「装填よしッ!」
「撃てッ」
『こちら第二戦車中隊。敵陣地を突破。至急、装甲歩兵を派遣されたし!』
撃ち出された砲弾は機関銃や小銃で抵抗を続けていた陣地に命中し、中にいた諸国連合兵は呆気なく吹き飛ばされる。
楔型の隊形をとる戦車部隊は目につく諸国連合軍の陣地を破壊しながら前進を続け、彼らの後に続いてハーフトラックが猛スピードで進出してくると黒煙が上がる陣地近くで停車した。
「下車戦闘!」
「前の奴に遅れるな! 行け! 行け! 行け!」
後部ハッチが開かれ分隊長の怒声を浴びながらハーフトラックから降車した帝国兵達は、砲撃によって吹き飛んだ諸国連合軍の陣地に近づく。
壕内には先程の砲撃で傷を負いながらも生き延びた数名の連合兵がおり、彼らは帝国兵の姿を認めると両腕を上げて降伏の意を示した。
「た、頼む、こっちには重傷者もいるんだ」
「――気にするな。やれ」
懇願する諸国連合兵を一瞥した分隊長が無感動な声でそう言うと、帝国兵達は言われるがまま引き金を引く。
「ギャッ!?」
「ま、待て! 我々は降ふ――ガッ!?」
「う、撃たないで――ギャッ!?」
「今作戦で捕虜を捕る必要はない。投降してきた連合国兵は全員殺せ」
「「「はっ」」」
この壕だけではなく、他の壕でもハーフトラックから降車した帝国兵達が壕内に銃口を向けて生き残った連合兵を掃討する銃声と絶叫が響く。
一帯の掃討を終えた帝国兵達は、再びハーフトラックに乗り込み先を行く戦車部隊の後を追う。
「諸国連合軍も我々の部隊の前ではたいしたことありませんな」
指揮車型のハーフトラックに搭乗する若年の幕僚は、前進を続ける戦車や装甲車輌を誇らしげに見つめながら傍らに立つ壮年の指揮官に言った。
「ここまでは、だ。作戦は始まったばかりで、我々が占領しなければならない地点は多い。浮かれるのも程々にしておけ」
「はっ。申し訳ありません」
話しかけられた指揮官は、幕僚に対してそっけなく言った。
前進を続ける配下の部隊から視線を外した指揮官は、遮那に設置されている折畳み式テーブルの上に広げられた地図に視線を落とす。
「先行させている偵察大隊はどこまで進出している?」
「リッセ手前まで進出しています。大隊からの報告では、テルセからリッセ間に諸国連合軍の姿は確認されていないとのことです」
「いない? まさか我々の攻勢に怖気づいて逃げたのか……後続の第三五方向歩兵師団に前進するよう要請しろ。同師団でテルセからリッセ間の後方連絡線の安全を確保させる」
「了解しました」
頷いた士官の一人が通信機を操作する通信兵に近づくと、指揮官の言った命令を後続の師団に伝達させる。
「この作戦はとにかく速度が命だ。このままリッセまで進出し、同地で燃料等の補給を行う。司令部には航空輸送艦を寄越すよう伝えておけ」
「了解しました」
「車輌を出せ。我々も前進するぞ」
指揮官の言葉で運転手は指揮者のエンジンを始動させると、指揮車もリッセを目指す装甲車輌の車列に交じり進み始めるのだった。
* *
ゼネルバート諸国連合エールス地方エルネ
ゼネルバート諸国連合を構成する都市国家のひとつである第一都市スホールデンに続く重要な要衝であるアルネには、同地に駐留する諸国連合軍の第四連隊に加えて帝国軍の攻勢を受けて急派されたイーダフェルト軍第31歩兵旅団戦闘団が防衛線を構築していた。
「――それでは、始めるとしようか」
接収したアルネ市庁舎の会議室で第31歩兵旅団戦闘団クライヴ・ラッセル大佐は、自分が率いる旅団戦闘団の幕僚と諸国連合軍第4連隊の面々を前にそう告げた。
「――情報参謀、帝国軍の動向は?」
「斥候と思われる大隊規模の部隊がリッセに到達しました。輸送型航空艦の存在も確認しており、帝国軍は同地で補給を行うものと推測されます」
情報幕僚がそう言ってプロジェクターを起動させると、スクリーンに数隻の航空艦が着陸し兵士達が大量の木箱やドラム缶を荷下ろししている様子が表示された。
ラッセルは嶮しい表情を浮かべると、諸国連合軍の軍服を着た佐官に目を向ける。
「リッセまで来たか……バシュレ大佐、クサルヴェ周辺に展開していた部隊は?」
「クサルヴェの本部とは連絡が途絶えました。報告によると帝国軍は捕虜を捕らず、降伏した将兵は全員殺しているのとのことだったので本部もおそらく……」
諸国連合軍総司令部から各地駐屯する部隊はアルネに後退するよう命令が出ていたが、正義感の強い一部の部隊はこれに従わず各々の駐屯する地域で帝国軍に備えていた。
沈痛な表情を浮かべる第4連隊長バシュレ大佐の報告に、ラッセルは表情を変えないよう努めて情報幕僚に声をかけた。
「帝国軍がここに到達するとしたら、いつ頃になりそうだ?」
「帝国軍機甲部隊の進攻速度と補給状況を考慮すれば、早ければ二日後には到達するでしょう。リッセのように大隊規模の部隊を先行させるのだとしたら、明日にも接敵する可能性があります」
「リッセで確認された大隊規模の戦力は?」
「戦車一個小隊の増強を得た機械化歩兵大隊だと思われます。追走する本隊は、二個戦車連隊を中核に機械化歩兵連隊、自走砲連隊その他の部隊から構成されます」
「我が軍並みに充実した編成だな」
情報幕僚の報告に合わせてスクリーンには、無人偵察機から撮影された帝国軍の装甲車輌が列をなしている様子が映し出される。
画像を見た諸国連合軍側の幕僚は大いに動揺し、イーダフェルト軍側の幕僚達も予想よりも充実している帝国軍機甲部隊に息を飲んだ。
「画像にある師団の後方にも数個師団が確認されており、一部の師団はテルセからリッセ間に展開し後方地域の確保を行っている模様です」
「迅速な補給に後方連絡線の確保か……この方面の指揮官は外連味のない用兵をする奴だな。で、我が軍の防衛態勢はどうなんだ?」
ラッセルの尋ねに、作戦幕僚は端末を操作する士官に目配せして陣地の配置を記載したアルネ周辺の地図をスクリーンに表示させた。
「各中隊は、当初の計画に基づいてアルネ郊外に防御陣地の構築を完了しています」
「機甲師団を含む数個師団を歩兵旅団と連隊で迎え撃つ、か……我ながら正気の沙汰とは思えん作戦だな」
ラッセルの自虐気味な呟きに彼の人となりを知る幕僚達は苦笑するが、諸国連合軍の幕僚達は不安の色を一層深くする。
その様子見たラッセルは、慌てて諸国連合軍の幕僚達の不安を払しょくするために作戦幕僚に話を振った。
「ま、まあ、こっちにも勝機がないわけではない。そうだろう、作戦幕僚」
「現時点に至るまで輸送トラックやヘリによるピストン輸送で、ジャベリンを始めとする十二分な量の対戦車火器を各陣地に配備出来ました。構築した陣地と組み合わせることで、進攻してくる帝国軍にも痛烈な打撃を与えられるでしょう」
作戦幕僚の言葉を聞いて安堵した表情を浮かべる諸国連合軍の幕僚達を見たラッセルは、次の議題に話を進める。
「アルネに居住する住民達の避難だが……バシュレ大佐、進捗はどうですか?」
「居住する住民の7割の避難を完了しています。残りの住民も避難の準備は出来ているのですが、トラックの数が足りず順番待ちをしている状況です」
「やはりヘリでの輸送は難しいですか?」
「ええ。やはり空を飛ぶということに懐疑的な住民が多く……」
問われたバシュレ大佐は、嶮しい表情を浮かべながらそう答える。
当初アルネに居住する住民の避難には武器弾薬の輸送を終えて空になった輸送トラックとヘリを使用する予定だったが、住民の大半が輸送ヘリに搭乗することを拒んだため輸送手段がトラックに絞られてしまっていた。
「分かりました。司令部へトラックを増派するように要請しましょう。兵站幕僚、調整を頼む」
「了解しました」
ラッセルの言葉に、バシュレは安堵の表情を浮かべながら頭を下げる。
「では次に――」
その後も弾薬の備蓄量や補給といったアルネ防衛に関する報告と指示が続けられ、会議が終了したのは一時間後のことだった。
* *
アルネ郊外に構築された防御陣地からさらに五キロほど離れた地点に設けられた戦闘前哨陣地では、16式機動戦闘車一輌の増強を受けた歩兵中隊が帝国軍の先遣隊を待ち構えていた。
「大隊本部の話だと、今日にも敵さんここに来るって話でしたな」
「ああ。予想だと戦車の増強を得た装甲偵察大隊らしい」
ダックインしたAMVの横に掘られた塹壕で双眼鏡を覗く中尉は、隣で小銃の点検する一等軍曹の言葉に答えた。
代わり映えしない景色に中尉も監視を切り上げようとしたとき、微かに遠くからエンジン音のようなものが聞こえた気がして再び双眼鏡を覗く。
「中尉、どうしました?」
「いや、何かエンジンみたいな音が聞こえたよう……な……」
「中尉……?」
言葉が途切れてしまった中尉に、曹長は小銃を点検する手を止めて視線を向ける。
中尉は双眼鏡を街道に向けたまま固まっており、僅かに見える彼の表情はみるみるうちに嶮しいものに変わり始めた。
「帝国軍を視認! 戦車三輌を先頭に装甲車が街道を進攻中!」
「戦闘配置! 戦闘配置!」
「本部へ報告だ。帝国軍先遣隊を視認。それと敵の数だ」
「了解!」
中尉が叫ぶのとほぼ同時、少し離れた位置にダックインしていた16式機動戦闘車のエンジンが始動し砲塔が動き始める。
兵士達も塹壕に駆け込むと各々が持つ小銃や軽機関銃を構え、AMVが搭載するM2 12.7ミリ重機関銃にも兵士が張り付いて近づく帝国軍に銃口を向けた。
「戦車が四輌にハーフトラックが二、四……六輌か。装甲偵察大隊のさらに先遣隊だな」
『目標、一時方向の敵戦車。弾種、HEAT……てぇッ!』
16式機動戦闘車の砲撃は、今まで抵抗らしい抵抗を受けず進攻してきた敵戦車の正面装甲を易々と貫いて炎上させた。
突然の攻撃で僚車を撃破された戦車の砲撃はまとまりに欠け、ハーフトラックが搭乗する兵士を降ろし前哨陣地に向かわせる。
「戦車はまだ混乱しているが、歩兵をこっちに向かわせるとは敵の指揮官も中々優秀な奴ですね」
「そうだな。車輌が混乱している内に潰せるだけ潰す。歩兵は他の陣地に対応させろ」
「了解」
中尉の言葉に曹長も頷き、担いだジャベリンの照準を敵戦車へと合わせる。
「ロックしました」
「撃て」
曹長の発射したミサイルは寸分たがわず敵戦車に直上から突入すると、戦車の上部装甲を貫き一輌目と同じように炎上させた。
さらに機動戦闘車の砲撃によって一輌の戦車が撃破され、小銃や軽機関銃による弾幕を浴びる帝国兵を援護するため前進しようとしたハーフトラック二輌をジャベリンで葬り去った。
「こちら戦闘前哨。敵戦車三輌、ハーフトラック二輌、敵歩兵多数を迎撃」
『こちら大隊本部。これ以上の戦闘は許可できない。戦闘を中断し、離脱せよ』
「了解。撤退のお達しだ。各員、急いで車輌に乗り込め!」
「急げ! 早くしろ!」
「各班長は乗車後、班員の点呼!」
大隊本部から撤退の命令が下ると、兵士達は戦闘を切り上げてパトリアAMVに乗り込んでいく。
弾幕が止んだことで帝国兵達が突撃するが、乗車する兵士達を守るためにパトリアAMVに搭載されたM2重機関銃が射撃を続ける。
「一号車、全員乗車!」
「二号車も全員乗車を確認!」
「三号車確認!」
「よし。MCVを殿にずらかるぞ!」
指揮官がそう言うと、砲塔を後ろに受けたMCVが殿となり前哨部隊は猛スピードで撤退する。
一方の帝国軍は軽微である者の戦車やハーフトラックが撃破されたことを警戒して進攻を止め、アルネでの前哨戦はイーダフェルト・ゼネルバート連合軍に軍配が上がった。
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