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破壊と創造の先にあるもの  作者: Kuko
第一章
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第三一話

 フェルジナで叛乱軍を迎え撃っている頃。

 敵艦隊発見の報せを受けフェルジナを出撃した第五水上戦群と第三駆逐隊は、順調な航海とは裏腹に迎え撃つ敵艦隊への対応を巡り司令部の中で意見が分かれていた。


「――これまで通り、対艦ミサイルによる攻撃を行うべきです」

「いや、あんな旧式艦に対艦ミサイルは勿体ない。艦砲による攻撃で十分だろう」


 第五水上戦群旗艦である改高雄型重巡洋艦「高鈴」の士官室では、水上戦群と駆逐隊の幕僚達が集まり二派に分かれて議論を交わす。

 一方の幕僚はこれまでの戦術通り対艦ミサイルによるアウトレンジ攻撃を主張し、もう一方は艦砲による砲撃を主張していた。


「弾薬節約のためだけに艦隊を危険に晒すべきではない。アウトレンジからの対艦ミサイルによる攻撃が確実です」

「馬鹿な。いくら回収されているとはいえ、旧式の砲しか装備していない艦艇が脅威になり得ると? 射程、命中精度どちらを取っても我々の方が勝っているではないか」

「その慢心が命取りになる。脅威が低くとも確実な手段を選ぶべきだ」


 互いに主張を譲らない幕僚達は痺れを切らし、上座で静かに様子を見守っていた第五水上戦群司令多賀谷永泰大佐に視線を向けた。

 多賀谷は深く息を吐き出すと、幕僚達を諭すように話し始める。


「……対艦ミサイルであれば確実に敵艦隊を葬ることが出来るだろう。だが、今回の相手はイーダフェルト本国で即席とはいえ訓練を受けた王国軍将兵だ」


 多賀谷の言葉に、対艦ミサイルでの攻撃を主張していた幕僚達も押し黙る。

 今こちらに向かっている艦艇に乗艦するのはイーダフェルト本国で訓練を受けた王国海軍将兵であり、第五水上戦群も演習の仮想敵として参加していたため思うところがあるのも事実だった。


「――諸君らは時代錯誤というかもしれないが、相手に敬意を払い砲戦で相手してやろう」

「……分かりました。大佐がお決めになったのなら我々に言うことはありません」

「ええ。弟子に我々の練度の高さを見せつけてやりましょう」


 黙っていた両派のリーダー格だった少佐がそう言うと、他の全幕僚も続いて頷いた。


「皆の賛同に感謝する。では、直ちに準備にかかれ」

「「「はっ!」」」


 幕僚達は勢いよく席から立ち上がると、慌ただしく会議室を出て敵艦隊との砲戦に向けた準備に取り掛かる。

 士官室に一人残った多賀谷も席を立つと、CICの一層上に設けられているTFCCに向かった。


「主席幕僚、敵艦隊の現在位置は?」

「艦隊から北東二十キロの位置を航行中。誘導砲弾であれば余裕で射程範囲です」

「ふむ……」


 主席幕僚の報告を受けながら自分の席に腰を下ろした多賀谷は、大型ディスプレイに表示されている情報を睨みながら唸る。


「敵はまだこちらを見つけてないか」

「はい。敵が我々を視認するには時間がかかるかと」

「なら攻撃は控えよう。通常砲弾の射程距離まで敵艦隊との距離を詰める」

「よろしいのですか?」

「我々の姿を晒さないとフェアじゃないだろう」


 多賀谷の言葉に苦笑した主席幕僚は、控えている通信幕僚に多賀谷の言葉を命令に直し各艦に伝達する。

 「高鈴」を先頭に重巡洋艦四隻とミサイル駆逐艦四隻は単縦陣のまま、近づく敵艦隊に向かっていくのだった。


      *      *


「気が乗りませんな」

「ああ……」


 イーダフェルト軍に占領されたフェルジナ奪回を命じられたローゼルディア海軍第二艦隊旗艦「ルヴァンシュ(旧防護巡洋艦「浪速」)」の艦橋で艦隊司令長官ジェルヴェ・ケレルマン中将は、隣に立つ参謀長の言葉に気の抜けた返事をした。


「海軍本部の連中は未だ我が軍の方がイーダフェルトより優越していると考えている。彼らの映像をあれだけ見たのにおめでたいことだ」


 ケレルマンは出撃前に海軍本部で行われた会議を思い返し、憮然とした表情を浮かべる。

 前線指揮官を除き海軍本部にいるほとんどの人間が宰相派の貴族となってしまったことで、現実を見ず自国の優位性を誇るだけの組織に成り下がってしまっていた。


「我が艦隊の出撃をイーダフェルトはすでに把握しているだろうな」

「はい。彼らの偵察能力は我々の遥か上をいくもの。我々がどう動こうと彼らの手のひらの上でしょう」

「海軍本部のボンボン共が思い描くように、無事にフェルジナまで行ければいいがな」


 ローゼルディア王国海軍首脳部はフェルジナを占領したイーダフェルト軍の海上戦力を二線級のものであると判断し、第二艦隊の戦力でも十分対抗できると考えていた。


「おやおや、司令長官ともあろうお方がそんな弱気では困りますなぁ」


 そう厭味ったらしく言いながら艦橋に入ってきたのは、海軍本部から督戦官として派遣されてきたルネ・カンファン准将だった。


「准将……弱気ではない。単に事実を述べただけだ」

「それは尚更困ります。閣下にはフェルジナに居座る敵海軍を水底に沈めてもらわねばならないのですから」


 カンファンはケレルマンの態度に、嘲笑交じりの言葉を吐く。

 宰相派に連なる貴族の子息というだけで准将という地位に就いたカンファンは、他の海軍首脳部と同じく自軍の優位性を疑っておらずケレルマンや参謀長のイーダフェルト贔屓とも取れる態度を快く思っていなかった。


「連中から供与されたというのが気に食いませんが、我々もあの蛮族と同じ力を得たのです。何を恐れる必要があるでしょうか?」

「純粋にそう思えている貴官が羨ましい限りだ」

「うん? 私は本当の事しか言っていませんよ。司令長官、あなたも海軍に留まりたければ言葉に気を付けることですね」


 イーダフェルト本国での訓練に参加していないカンファンの大言壮語に、ケレルマンと参謀長は一瞬だけ侮蔑の視線を向ける。


「本作戦に失敗は許されぬ。対空、対水上監視を厳とせよ」


 ケレルマンが何よりも恐れていたのは、イーダフェルト海軍の艦艇が装備する対艦ミサイルによるアウトレンジ攻撃。

 「ルヴァンシュ」以下、ローゼルディア海軍の艦艇には十五センチ単装砲と十二センチ単装砲、対空用に二十ミリ機関砲が搭載されていたが、音速に近い速度で迫る対艦ミサイルを防ぐには頼りないものだった。


「――それにしても連中の艦が炎を噴き上げながら海面に没する光景を早く見たいものだ」


 陶酔するカンファンを無視し、ケレルマンは水平線に双眼鏡を向ける。

 その瞬間、「ルヴァンシュ」の左前方を進んでいた丁型海防艦「第8号」――ローゼルディア王国海軍呼称「エクラ」の艦中央がいきなり爆発した。


「何が起こった!?」

「護衛艦『エクラ』爆発! 詳細不明!」

「『エクラ』に被害状況を問い合わせろ! 付近の護衛艦は『エクラ』と協力して艦の消火だ!」


 炎上する「エクラ」を前に慌ただしさを増す「ルヴァンシュ」の艦橋だったが、間髪入れずに今度は

「ルヴァンシュ」の右後方を進んでいた護衛艦「アルノ」の周囲に水柱と直撃したことを示す火柱が上がった。


「閣下、これは……」

「うむ。これはイーダフェルト軍による攻撃だ。見張り員、周囲に敵艦の姿はあるか?」


 「エクラ」や「アルノ」の爆発がイーダフェルト軍の艦艇による艦砲射撃だと確信したケレルマンは、マスト上部の見張り所に繋がっている伝声管に向かって尋ねる。


『周囲に敵艦は……いました! 一時方向に敵艦隊を視認ッ!』


 見張り員の報告した方向に双眼鏡を向けると、小さくではあるが砲煙と思われる白煙を出す艦艇らしきものが確認できた。


「ミサイルを使わずに砲で攻撃だと……?」

「どういうことでしょう? 我々を所詮旧式艦を使う連中と侮っているのでしょうか?」

「いや、これは彼らなりの敬意の表れだろう。敵の指揮官も粋な真似をしてくれる」


 イーダフェルト側の意図を察したケレルマンが笑みを浮かべていると、蒼白な顔をしたカンファンが掴みかからん勢いで詰め寄ってくる。


「司令長官、我が艦隊は撃たれてばかりではないか!? 何故早くこちらも攻撃しない!?」

「まだ距離があります。我々の砲では敵艦隊に届かないのに無駄弾を撃つ必要はないでしょう」

「うるさい! これは命令だ。敵艦隊に向けて砲撃を開始せよ!」

「……主砲、牽制で構わん砲撃始め。機関、最大戦速。とにかく、こちらも敵艦隊の射程に入るよう近づくのだ」


 ケレルマンの命令に応じ「ルヴァンシュ」以下、四隻の防護巡洋艦と六隻の海防艦は増速し砲撃を続けるイーダフェルト軍に向かっていく。

 海防艦に先駆けて防護巡洋艦四隻の搭載する十五センチ砲が砲撃を開始するも、ケレルマンの指摘通り放たれた砲弾はイーダフェルト艦隊の手前に落下する。


「護衛艦『メール』被弾! 炎上中!」

「巡洋艦『ティグア』被弾、大破炎上!」

「護衛艦『ルゼ』敵弾直撃! 炎上、往き足止まります!」


 敵艦隊に近づく間も敵の攻撃の手が緩むわけではなく、「ルヴァンシュ」の艦橋には次々と僚艦の被害報告が入ってくる。

 「ルヴァンシュ」や他の防護巡洋艦、海防艦も砲撃を続けているが、敵艦に命中する気配はなく徒に自軍の被害が増えていくだけだった。


「何をしている!? 敵にいいように嬲られ、こちらの被害が増えるばかりではないか!」

「――これが彼らの力です。宰相派の方々はこんな簡単なことも理解できず、彼らを敵に回したのですか?」


 喚くカンファンに、ケレルマンは冷静にそう返した。

 自国の優越性と宰相派の正統性を信じて疑わず生きてきたカンファンにとってケレルマンの言葉は侮辱でしかなく彼に掴みかかろうとしたが、艦橋近くに敵弾が着弾する。


「クッ……各部、被害状況を報せ!」

「か、閣下、あれを……!」


 参謀長の手を借りて身体を起こしたケレルマンに、幕僚の一人が驚愕の声とともに艦橋の一画を指差す。

 ケレルマンが視線を向けると、そこには被弾した際に飛び散った砲弾片が胸に深々と刺さり絶命したカンファンの亡骸があった。


「……閣下、これで我らを縛る鎖はなくなりましたな」

「これ以上の損害は無益です。降伏を……!」

「うむ……戦闘旗を降ろし白旗を掲げよ。敵艦隊にも発光信号で降伏することを伝えよ」


 海戦が始まってから一時間。

 フェルジナ奪還のために派遣されたローゼルディア海軍第二艦隊は、二隻の防護巡洋艦と四隻の海防艦を失い敵に損害を与えることなく上陸する予定だった一万の陸軍兵共々降伏した。



      *      *      *



 クーデターから三週間。

 王都ヴィレンツィアのウィスデニア宮殿はクーデター成功後の祝賀ムードはとうに消え失せ、逆に王都へ迫るイーダフェルト軍の対応を巡り貴族や高級武官が慌ただしく出入りしていた。


「報告! アーヴィル方面に展開していた第三軍団壊滅!」

「ベランジェ伯、アレンヌで戦死!」

「イーダフェルト軍、コルス城砦を陥落させました!」


 次々と報告される敗戦の報に、数日前まで愉悦に浸っていた貴族達は顔を青褪めさせる。

 そんな貴族達を玉座で見下ろすロディアスも悠然とした態度を取っていたが、その表情はどことなく焦りの色が浮かんでいた。


「何故だ!? 何故、連中はここまで早く対応することが出来るのだ!?」

「予想では一ヶ月は軍事的な行動は出来ないはずなのに……」


 イーダフェルト軍の迅速な動きに、貴族や武官は狂乱したように叫ぶ。

 蔵人の後見人であると考えらるシルヴィアが倒れたことでイーダフェルト内の権力構造が崩壊し、同国内の権力闘争が始まり王国に対する対応は遅くなり最低でも一ヶ月はイーダフェルト軍も動けないだろうと考えていた。

 だが、貴族達の楽観的な予想を裏切るように文字通り蔵人が一から創り上げたイーダフェルトで権力闘争は発生せず逆に法律に則りシルヴィアの権限移譲が行われクーデターへの報復が迅速に行われていた。


「カンブレス方面に二個旅団を送れ。このままだと防衛線の維持が困難になるぞ」

「フェルジナから進軍してくる敵への対処も必要だ。対峙している第三軍が崩れれば、連中は何の障害もなく王都へ進軍してくるぞ」


 右往左往するしか能のない貴族とは違い、武官達は玉座の間に置かれた巨大な戦況表示板を前に今後の対応の協議と指示を飛ばす。

 特に対応が迫られているのは、イーダフェルト軍が拠点としているルドルフォアを進発し宰相派軍の拠点を次々と開放している部隊と港湾都市フェルジナを進発し王都を目指している部隊の二つだった。


「ルドルフォアの部隊には遅滞戦闘を続けさせ、敵に出血を強いらせればいい。彼の部隊の目的はここではなく宰相軍の討滅と見て間違いない。問題は、フェルジナからここに向かっている部隊の方だ」


 ひとりの武官はそう言うと、王都へ続く街道の上に置かれた敵軍を示す赤い駒を睨む。


「街道上にある砦や城砦は全て陥落すると考えていい。となると、進軍してくる敵をどこで待ち受けるかだ」

「敵の陣容について分かっていることは?」

「敵は戦車や装甲車を主体とした機甲部隊とのことだ。すでに二個旅団掃討の部隊がフェルジナを進発している」

「……であるならば、レテイユで待ち受けるのが最適でしょう。距離的にも軍を動かしやすく、工兵を総動員すれば全軍が潜むだけの陣地を構築できます」


 全員が頷き方針が固まろうとしたとき、それに待ったをかける人物がいた。


「――貴官らは我々の輝かしい歴史に泥を塗るつもりか?」


 玉座で会議の様子を見ていたロディアスは、憮然とした口調で武官達に告げる。


「閣下、真正面からイーダフェルト軍に挑むのは無謀でございます。ここは、敵にバレぬよう陣地に潜み乾坤一擲の反撃を行うしか……」

「そのような弱気でどうする! 必勝の信念で挑めば、イーダフェルト軍とて敵ではないわ。とにかく、待ち伏せは許さぬ。一大会戦にて敵を打ち破り、王国の輝かしい歴史の一ページとするのだ!」


 ロディアスはそう言うと、それ以上武官達の言葉に耳を貸すことは無かった。

 このロディアスの命令により取れる戦術が制限された新生ローゼルディア王国軍は、自らが最良としていたレテイユではなく空爆による無駄な損失を避けるため王都近郊のフォールヴィル高地で決戦を挑むことになる。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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