第三十話
港湾都市フェルジナ。
イーダフェルトを出撃した総帥軍陸軍第一機動旅団は同地に駐屯する叛乱軍守備隊を掃討し、王都ヴィレンツィア開放のための橋頭堡としていた。
「――さて諸君、ここからどうするかだな」
接収し臨時司令部となっている領主館の居間で第一機動旅団長キャメロン・ミッチェナー准将は、召集した同旅団の幕僚達を前に意見を求めた。
「どうすると言われましても……」
「我々に課せられた任務はヴィレンツィアの開放。それに向けて動くしかないのでは?」
「と言っても、確かに敵の数を考えればどうするか悩ましいところだ」
ミッチェナーの言葉を受けた幕僚達は、机の上に広げたローゼルディア王国の地図を前に唸る。
幕僚のひとりが言うように第一機動旅団に課せられているのは叛乱軍に占拠された王都ヴィレンツィアの開放だが、旅団全体で四千名程度の自軍と敵軍の戦力差を前に幕僚達も慎重にならざるを得なかった。
「ここから王都まで車輌を使えば二日か三日の距離だ。強行軍でどうにか行けないか?」
「道中には確認出来ているだけでも五ヶ所に砦があるんですよ? それらを迂回したとしても王都とその周辺には三万から四万の叛乱軍が配置されている。こちらが少なくない損害を受けるのは目に見えています」
「ヘリボーンと地上進攻を合わせたらどうだ? これなら迅速に王都を開放することが出来るだろう」
「隊員や物資を運ぶヘリの数が足りません。一時的な確保ならともかく、叛乱軍からの解放となると地上部隊もほぼ同時に王都へ到達することが必要となります。下手すればマーケットガーデン作戦の二の舞です」
喧々諤々の議論を交わしながら、幕僚達は王都開放に向けた作戦案をいくつか出す。
幕僚達が王都開放に際して障害と考えているのが街道に五つ築かれた砦の存在であり、一部の砦は村落を取り込む形で築かれているため空爆で吹き飛ばすというわけにもいかなかった。
「人間の盾か……連中も厄介なことをしてくれるものだ」
「連中は我々の戦い方を見てきているからな。その対策もしっかり考えていたってわけだ」
「ここの防衛のことも考えると、やはり我々だけで王都開放は荷が重い。追加で派遣されてくる第二、第三機動旅団の到着を待って王都へ向かうべきでしょう。それまでは部隊を複数の戦闘団に再編し、フェルジナ周辺地域の安定化に努めるべきかと」
「一先ずの方針は決まったな。海側の守りについては海上作戦群にお任せします」
「お任せください。フェルジナ近海には一隻たりとも近づけさせません」
ミッチェナーがそう言うと、会議に参加していた第一海上作戦群司令官ジェフリー・カレル少将は鷹揚に頷いて見せる。
「それでは、我が部隊は複数の戦闘団を編成し、周辺地域の安定化を――」
ミッチェナーが今後の方針をまとめ会議を解散させようとした時、オペレーションルームとして使用する隣室から士官のひとりが飛び込んできた。
「何事だ!?」
「会議中失礼します! 周辺海域を警戒飛行中のE-2Dがフェルジナから南西五十キロの海域を航行する敵艦隊を補足しました」
「ついに来たか。それで、敵艦隊の規模は?」
「中型艦四隻、小型艦八隻の艦隊を前衛に、その後方には輸送船と思われる艦船が十隻以上とのことです」
士官はそう言うと、走り書きしたメモをミッチェナーに手渡した。
「中型艦と小型艦……我が国が王国へ供与した防護巡と海防艦か?」
メモに目を通したミッチェナーは、それをカレルに渡し尋ねる。
王国海軍にはイーダフェルトから軍事強化の一環として改修の行われた防護巡洋艦と海防艦が供与されており、叛乱軍には供与する艦艇の大半が参加していた。
「十中八九、我が国が供与した艦艇でしょう」
「それでは、海軍にこの艦隊の対応をお任せしても?」
「了解しました。水上戦闘群から第五水上戦群と第三駆逐隊を出しましょう」
カレルはそう言うと、同席していた幕僚に指示を出し沖合に停泊する重巡洋艦を基幹とする水上戦群とミサイル駆逐艦が基幹の駆逐隊を出撃させるよう命じる。
敵艦隊への対応も行ったことで改めて会議を解散させようとすると、再びオペレーションルームと繋がる扉が開かれ別の士官が駆け込んできた。
「どうした? 敵艦隊の件ならすでに報告を受けているぞ」
「べ、別件の報告です! 内陸部を偵察中だったUAVが敵地上部隊を発見しました」
「何っ!?」
「それで敵の位置と規模は?」
ミッチェナーに尋ねられた士官は、机の上に広げられた地図の上に敵を示す赤い駒を置く。
「敵地上部隊は一個師団規模の約一万五千。北西八十キロの街道をトラックなどの車輌を使用し進軍中です。現在の移動速度だと、二時間程度でここに到着します」
「海と陸からの挟撃ということか……こちらの防衛陣地の進捗は?」
「およそ七割といったところです。土嚢とヘスコ防壁を使用した簡易的なもののため、大規模な攻勢を受ければ長くはもたない可能性が……」
工兵幕僚からの報告を聞いたミッチェナーは頷くと、カレルに視線を向けた。
「少将、空母艦載機による空爆をお願いしても?」
「勿論です。敵に対空火器の存在は確認できているのか?」
「詳細は不明ですが、UAVからの映像を見る限り対空火器の存在は確認できませんでした」
「そうか……」
士官の答えを聞いたカレルは、険しい表情を浮かべる。
イーダフェルトによる軍事支援の中には、銃火器や車輌だけではなく帝国軍の航空兵器に対抗できるように自走対空砲やMANPADSといった対空兵器も多数供与されていた。
「空対地ミサイルなら射程外から攻撃できるのでは?」
「車両に分乗している敵を狙うには空対地ミサイルでは効率が悪い。JDAMによる爆撃の方がいいでしょう」
「なるほど。我々も防衛陣地の構築を急げ。時間的に構築が間に合わない箇所については、装甲車輌を壁にしても構わん」
「「「はっ」」」
ミッチェナーが言い終わると、幕僚達は慌ただしく動き始める。
会議終了から十五分後、翼下のハードポイントにGBU-32(V)2/Bを搭載した二機のF/A-18Eが航空母艦「蒼鶴」を発艦しフェルジナに迫る叛乱軍へと向かった。
* *
「ミッチェナー准将、先程発艦した攻撃隊から敵地上部隊への爆撃に成功したと連絡が入りました」
「そうですか。これで残りの脅威は海から近づく連中だけか……そちらの状況については?」
「第五水上戦群と第三駆逐隊が迎撃に向かっています。彼我の戦力を見ても難なく撃破することが出来るでしょう」
カレルから報告を受けたミッチェナーは、地図所の街道に置かれていた赤い駒をどけると海側の駒に目を向ける。
「油断大敵という言葉もあるが、確かに我々と王国海軍の戦力差を考えると障害にはなり得ないか」
「ええ。一先ずの脅威は去ったと考えていいでしょう」
ミッチェナーとカレルが話していると、深刻な表情を浮かべた士官が扉を勢いよく開けて入室してきた。
「どうした? 海上で何かあったのか?」
「第六監視所から緊急入電! 北東五キロにある森林地帯から旅団規模の敵部隊が現れました!」
「何っ!?」
「馬鹿なっ!? どういうことだ!?」
士官の報告に驚愕の声を上げた二人は、敵が確認された位置に視線を向ける。
「街道とは別ルートでフェルジナに近づいていたのか。確かに、森林地帯を通れば我々の監視の目から逃れることも出来る」
「しかし、それだけのために一個師団を囮に使うとは……」
自軍の損害を気にしない敵の作戦に、カレルは思わず驚嘆の声を漏らす。
ミッチェナーやカレルは知る由もないが街道を進んでいたのはロディアス支持の豪商が提供した私兵であり、その装備も王国軍の武器庫に保管されていた旧式総部が主であることから使い捨ての戦力として今回の作戦に投入されていた。
「防衛陣地に戦闘配置を命じろ。射程に入り次第、榴弾砲によるアウトレンジ攻撃を行う」
「はっ」
哨所からの報せとミッチェナーの命令を受けた兵士達は各々に指定された区画へ向かい、担当範囲に向けて小銃や機関銃を構える。
その後方では、榴弾砲や迫撃砲を操作する兵士達が慌ただしく行き交い砲撃の命令が下るのを待っていた。
「歩兵装備に大砲……あれは九四式山砲だな」
「我が国が供与した装備品です。やはりこの部隊がフェルジナ奪還の主力と見ていいでしょう」
「だろうな。だが、装甲車や戦車の類が見えないか」
敵地上部隊の上空を飛ぶドローンが撮影した映像を見ながら、敵の装備を確認したミッチェナーの言葉に隣に控える作戦幕僚が答える。
「装甲車輌は虎の子として温存する気か?」
「准将、敵砲兵に動きあり。陣地構築を始めました」
「突撃前に準備砲撃するつもりか。こちらの榴弾砲の射程にはすでに入っているな?」
「はい」
「――始めよう」
パソコンから視線を上げたミッチェナーは、作戦幕僚の方を見て短くそう告げた。
* *
「連中は今頃慌てふためいているでしょうな」
「敵は囮を壊滅させて油断しているはずだ。そんな連中の頭上に砲弾の雨をお見舞いし、歩兵の突撃で一気に片を付ける」
「移動の最中は見つからないか緊張しましたが、ここまでくると楽な作戦でしたな」
簡易司令部としているタープの中で作戦を詰める司令官や幕僚の声には余裕があり、イーダフェルト軍の裏をかくことが出来たと考えていた。
「砲の用意はまだか?」
「はっ。あと少しで完了するとのこと」
司令部から離れた位置では、砲兵隊によって九四式山砲の射撃準備が進められる。
歩兵部隊も準備射撃後の突撃に備えて前進を始めており、新生王国軍の勝利は揺るぎないものと思われた。
「敵は未だフェルジナに閉じこもているのか?」
「そのようです。フェルジナの周囲には防壁と土嚢が積み上げられており、籠城するつもりでしょう」
「馬鹿な連中だ。籠城したとしても、我らと海からの挟撃で勝機はないというのに」
幕僚のひとりの報告に、他の幕僚達はイーダフェルト軍側の愚行を嘲笑する。
すでに出撃している艦隊には海兵一個大隊が同行しており、防護巡洋艦がイーダフェルト軍の輸送路を遮断し陸と海から挟撃する作戦だった。
「艦隊の存在を知らなければ仕方ないことだ。連中が我々に気を取られていれば、海からの一撃は一層威力を増す」
「会議中失礼します! 砲兵隊、射撃準備が完了しました」
「よし。では、歴史も文化も浅い田舎者どもに王国の偉大さを知らしめてやると――」
伝令の報告を受けて司令官が射撃を命じようとした時、滑空音が響きその後に続いて砲兵陣地があった辺りが爆発が起こる。
いきなりのことに唖然とする司令部だったが、断続的に起きる爆発に敵からの明確な攻撃であると認識するのにそう時間はかからなかった。
「ば、馬鹿な!? 我々よりも早く攻撃してきただと!?」
「砲兵の被害を報告せよ! 生き残っている方はすぐに撃ち返せ!」
「歩兵も突撃を開始せよ! 敵の砲が目標を変える前にフェルジナに突撃するのだ!」
司令部の命令を受けて、前進していた歩兵達が歩調を速めフェルジナの陸側を囲むヘスコ防壁に殺到する。
砲の照準が間に合わないと踏んでの行動だったが、いきなり複数の爆発が起こり歩兵達の身体が宙を舞った。
「馬鹿な!? あんなに早く照準を修正しただと!?」
イーダフェルト軍の動きに、司令部の幕僚達は驚愕の声を上げる。
彼らは知る由もないが、突撃する歩兵達を吹き飛ばすのは砲兵を制圧したM777 155mm榴弾砲ではなく120mm迫撃砲RTだった。
「第三大隊壊滅! 第二中隊から後退要請!」
「狼狽えるな! とにかくフェルジナに入ることが出来れば敵も容易に――」
次々と舞い込んでくる凶報に対して司令官が改めて突撃を命じようとした時、ドローンで司令部の位置を特定したM777から放たれた155mm砲弾が司令部の数メートル上で炸裂し司令部にいた全員を叩き潰した。
司令部が壊滅した後も榴弾砲や迫撃砲による砲撃で混乱した歩兵達は防衛線への突撃を続け、待ち構える総帥軍兵士の銃列によって無残な躯を晒すことになるのだった。
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