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破壊と創造の先にあるもの  作者: Kuko
第一章
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第二九話

 王都ヴィレンツィアは未だ多少の混乱があるものの、市井の人々の生活は表向き落ち着きを取り戻したかのように見えた。


「何!? 我々に金を払えだと!?」


 飲食店の露店が多く建ち並ぶ中央通りで、灰色の軍服を着た兵士の一団が店主と思われる男に怒声を浴びせる。

 事の発端は、治安維持と称し王都を練り歩く宰相派の私兵の一団が露店で売られていた串焼きを勝手に食べてそのまま立ち去ろうとしたことだった。


「は、はい……お食べになった分のお代を支払っていただきませんと」


 露店の店主は、か細い声だがはっきりとした口調で主張する。


「貴様ぁ、王国のために命を捧げる我々に金を払えと言うか!」

「で、ですから、食べた分のお代をいただきたいだけで……」

「帝国やイーダフェルトといった脅威から王国を守護する我々に対して、奉仕の心が貴様にはないのか!」

「もしや貴様、帝国かイーダフェルトの手先だな!」


 私兵は無茶苦茶な理論で店主の胸ぐらを掴み引き倒すと、彼を一緒にいた同僚達と囲んで殴る蹴るの暴行を加え始める。

 他の露店の店主や買い物客はその光景に眉を顰めながらも、自分が巻き込まれないように見て見ぬ振りをするしかなかった。


「ひっ。も、申し訳ございません。お代は結構でございます。ですからこれ以上はご勘弁を……」

「ふんっ。最初からそう言っていればいいのだ。残りも罰金代わりに貰っていくぞ」


 リーダー格の男がそう言うと、部下達は店先に並べられていた串焼きを全て掻っ攫いその場を後にした。


「――何が王国のために命を捧げる、だ。権力を笠に着て好き放題やっているだけじゃねえか」

「おい、滅多なことを言うな。話が連中の耳に入ったら、反乱分子だ何だと難癖付けて牢獄へ連行されちまうぞ」


 粗暴な笑い声を上げながら露店を後にする私兵達の後ろ姿を見つめる市民のひとりが吐き捨てるように言うと、隣にいた友人と思われる男が慌てて宥める。

 事実、クーデター初期に宰相の発表に対して疑問を口にした市民が宰相派の私兵や王国兵に連行されるといった光景が至る所で繰り広げられていた。


「構いやしねえよ。この国を帝国の脅威から救ってくれたのは、イーダフェルトの軍人さん達だろう」

「まあ、そうだけどさ。宰相様の発表だと陛下のお命を狙ったと言っていたが、本当だろうか……」

「どうだろうな……おっと、これ以上話し込んでいると本当に連れて行かれちまうな。じゃあな」

「ああ」


 そう言って別れて中央通りを離れる市民の姿を遠巻きから見つめいていたフードを被った一組の男女は、再び歩き出し一軒の何ら変哲のない建物の中に入る。

 廊下を進んだ男女が一室に入ると、そこには王国の水準では不釣り合いな数台のノートパソコンや無線機が置かれ壁には色々書きこまれた王都の地図が貼られていた。


「ミレン、クーパー戻りました」


 男女はそう言ってフードを取ると、壁に貼られた地図を見つめている女性に近づいて声をかけた。


「ご苦労さま。それで、市内の様子に変わりは?」


 声をかけられた女性――王都での情報収集を担当する国家情報局王都事務所長の御藤菜摘一等情報官は、市内での情報収集を終えて帰ってきた部下を労いつつ報告を求めた。


「変わりありません。大城門はじめとする各城門は封鎖され、市内の要所は小銃を持った王国兵が分隊から小隊単位で押さえています」

「そう……」


 報告を聞いた御藤は再び壁に貼られている地図に視線を移すと、顎に手を当てて何かしら思案に耽る。


「脱出できなかった大使館職員については?」

「捕らわれた大使館職員ですが、全員が暗殺計画に関わったとしてシュルーズ監獄へ投獄されたようです」


 クーデターの翌日、政府中枢を掌握した叛乱軍は宮殿近くに建てられたイーダフェルト大使館を包囲し中にいた大使館職員約五十名を拘束していた。


「まさか、今日明日で処刑ということはないでしょうね」

「断言は出来ませんが、その心配はないかと。宰相達も彼らを今後の我々との交渉を有利に進めるための人質と考えているようです」

「楽観視しては駄目よ。連中の考えがいつ変わるか分からないのだから」

「はっ。申し訳ありません」


 御藤はそう言うと、再び市内に出ていた男女に視線を向けた。


「市民の動きはどうかしら?」

「市内を練り歩いている宰相達の私兵に不満が溜まっています。彼らの横暴さも相まって先日発表した内容を疑う者も増えているようです」

「イーダフェルトに悪感情を抱く者が少ないというのは救いね。各員、引き続き指示があるまで情報収集にあたるように。早瀬、総帥府に現状の続報を送信しなさい」

「了解」


 無線機を操作する部下にそう命じた御藤は、指揮所となっている部屋を出ると奥の部屋に向かう。

 部屋に入ると、ピッピッという電子機器の音が響く中に複数の管が繋がれた状態でベッドに寝かされたシルヴィアの姿があった。


「先生、副総帥閣下の容体は?」

「容体は安定しています。一先ず峠は越えたと見ていいでしょう」

「そう。副総帥閣下が目を覚まされるまで気を抜かないようお願いします」

「分かりました」


 もう一度シルヴィアに視線を向けた御藤はそう言って部屋を後にすると、再び指揮所となっている部屋に戻り諜報活動の指揮に専念するのだった。



*     *      *



 国家安全保障会議終了後、蔵人は秘密裏にアッシュフォードや各軍の長といった建国最初期のメンバーからなる国家最高統帥会議を招集した。


「ここに来るのも久しぶりね」

「そうですね。最後に開催されたのは確か統合参謀本部の設立に合わせてアッシュフォード閣下が統合参謀本部議長に、私が作戦総長に推薦された時でしょうか」


 総帥執務室に隣接する小会議室に通されたウィンスレット空軍大将や衛藤海軍大将は、久々の会議の開催について話し込む。

 五分程すると会議室の扉が開き、小夜を連れた蔵人が入室し全員が立ち上がろうとするのを手で制しながら上座に腰を下ろした。


「会議終わりに召集して申し訳ないが、応じてくれたことに感謝する。今日この会議を開いたのは、計画をさらに一段階先に進めることについて検討したいと思ったからだ」


 蔵人がそう切り出し背後に控える小夜に目配せすると、彼女は黙って頷きそれぞれの前に数枚の書類を配布する。

 資料を受け取り内容に目を通したアッシュフォード達は、書かれている内容に思わず息を飲んだ。


「ついにこの時が……」

「確かに、今の状況を考えれば絶妙なタイミングと言えなくもありませんが……」


 書類を机の上に置いた各軍の長は、思い思いの感想を漏らす。

 資料の右上には赤字のスタンプで「極秘」の文字が押され、表題には「ローゼルディア王国併合計画」と書かれていた。


「――閣下がお決めになったことならば異論ありませんが、今の時機とした理由をお聞きしても?」

「今回のクーデターによって王国の政治中枢は壊滅的になった。これはクーデターが鎮定されてもしばらくは権力の空白が続くだろう。そんな好機を利用しない手はない。嫌な言い方になるが、我々には王国に無理難題を押し付ける権利があるだろう」


 蔵人がそう言うと、他の者も納得したように頷く。

 同盟を結び軍事支援や軍の派遣により帝国の侵略から国を救ったにも関わらず、副総帥の暗殺未遂という凶行に走った王国に要求を突きつけるのは当然と言えば当然であった。


「では閣下、計画の詳細について説明していただけますでしょうか?」

「ああ。小夜、頼む」

「かしこまりました。――まず、王国の現状はイーダフェルトの保護下にあると言っても過言ではありません。帝国の兵器に対抗するため我が国から軍事支援を受け、経済や物流に関しても一定程度を我々に握られています」


 会議室の壁に埋め込まれたモニターの電源を入れた小夜は、先に転送していたデータを画面に映し概要から説明を始める。


「――我々はクーデターの鎮定という大義名分の下、堂々と王都に軍を進ませることが出来ます。クーデター鎮定後も軍は王都に駐留し、しかる後にローゼルディア王国併合宣言を行い我が国の一地方としてローゼルディア王国を併合します」

「雅楽代閣下、質問よろしいでしょうか」


 そう言って手を上げたのは、セムズワース陸軍大将だった。


「併合するとして、現地の統治をどうするのかお聞きしたい。下手をすれば我が国の統治に反感を持つ国民がゲリラ化し、アフガンやイラクのように泥沼化する可能性も……」

「現地には総督府を置き、税制や法律も我が国の制度に徐々に移行させていきます」

「現地総督の人選は? 懐柔策をしたとしても、支配者が変われば反感を抱く者もいるでしょう」

「その点については問題ありません。総督にはオーフェリア陛下に就いていただこうと考えています」


 小夜がそう言うと、全員が驚きの表情を浮かべる。

 併合する国の王を総督に就けるというのは確かに反発を押さえられるだろうが、併合される国の統治者に総督を任せるとは聞いたことがなかった。


「確かにそれならば反発は少ないと思いますが、可能なのでしょうか?」

「オーフェリア陛下には俺から説得する。多少反発も予想されるが、あの国がしでかしたことを考えれば要求を飲まざる得ないだろう」

「いささかオーフェリア陛下が哀れですね。下の者のやらかしで国を失うんですから」


 ウィンスレットがそう言うと、蔵人を含めた全員が神妙に頷く。


「それでは、王国併合は異論なしということでいいか?」

「「「異議なし」」」


 全員の賛同を得て会議を解散させた蔵人は、そのまま小夜を連れてオーフェリアの滞在先である迎賓館へと向かった。


「シノミヤ閣下ッ! 王国は、我が国はどうなっているのですか!?」


 正面玄関の重厚な鉄扉が迎賓館職員の手で開かれ玄関ホールで蔵人を待ち構えていたのは、悲痛な表情を浮かべたオーフェリアだった。


「まずは落ち着いてください。説明しますので、ここではなく部屋の中で話しましょう」

「そ、そうですね。取り乱してしまいました」


 蔵人に宥められたオーフェリアは、顔を赤くしながら迎賓館の中に入った。

 職員の案内で応接室に入った二人は、対面式に置かれている一人掛けソファーに座りそれぞれの後ろに小夜とアレクシアが控える。


「それでシノミヤ閣下、王国の状況ですが……」

「端的に言えば最悪の一言に尽きます。宰相派は自分達に反対する貴族や国民を拘束し、牢獄へ投獄しているようです」

「何ということを……」


 蔵人から聞かされた王都の状況に、オーフェリアは口元を手で覆い端正な顔を歪ませる。


「そ、それでイーダフェルトはどうなさるのですか?」

「――各軍にはクーデターの鎮定を命じました。すぐにという訳にはいきませんが、必ずや叛乱軍を掃討することでしょう」

「心強いお言葉です。この御恩には必ず報いるとお約束しましょう」


 蔵人の言葉を受けて、オーフェリアは安堵の表情を浮かべて言う。

 その言葉を聞いた途端、蔵人は視線を鋭いものに変えるとオーフェリアの許を訪れた本題を切り出した。


「――閣下、我が国は貴国の併合を要求します」

「えっ?」


 突然言われた言葉に、オーフェリアは言われたことを理解できず蔵人の顔を見つめる。


「も、申し訳ありません。今、閣下は何と申されたのでしょうか?」

「我が国は貴国を併合したいと言いました。これが宰相から王国を取り戻す条件です」

「そ、そんな……いくら何でもその要求は度を越えています」


 いきなり自国の併合を要求されたオーフェリアは、目を吊り上げると蔵人を睨むようにして言葉を返す。

 そんなオーフェリアに反論したのは、蔵人ではなく後ろに控える小夜だった。


「度を越えている? 惜しみない支援をした我が国は、貴国に裏切られ多数の将兵と副総帥閣下まで重傷を負わされたのです。何をもって度を越えているというのでしょう? むしろ怒れる我が国が貴国を滅ぼさないことを感謝すべきではないでしょうか?」

「そ、それは……」


 小夜の反論に、オーフェリアは視線を落とし声も尻すぼみになってしまう。


「小夜、言い過ぎだ」

「はっ。失礼しました」

「ですが陛下、今の彼女の言葉は私の気持ちと考えてもらって構いません。私としてはシルヴィアを害したあのクソ野郎共々王都を吹き飛ばしてしまいたい」


 顔をみるみるうちに青くさせていくオーフェリアに、蔵人は裁判官が被告人に判決文を読み上げるがごとく話を続ける。


「だがそれではクーデターに関係ない無辜の民まで巻き込んでしまうので、このような提案をしているのです」

「……併合しても我が国の民を無下に扱わないと約束していただけますか?」

「当然です。というより、併合した後も陛下には統治をお願いしたいと考えています。統治に必要な人材はこちらから出しますが、統治者は王国をよく分かっている貴女が適任でしょう」


 蔵人からそう言われたオーフェリアはしばらく膝の上に置いた手を見つめた後、決意を固めた目を蔵人に向けて口を開いた。


「……分かりました。貴国の要求を受け入れます」

「ご決断感謝します。詳細な話は後日、外交担当者も交えてするとしましょう。では、今日はこの辺り

で失礼します」


 蔵人はそう言ってソファーから立ち上がると、顔を俯かせ肩を震わせるオーフェリアとアレクシアを残し迎賓館を後にするのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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