第二八話
ローゼルディア王国でのクーデターから二日後。
救援に来たヘリで第四空母打撃群旗艦「ジョン・F・ケネディ」に逃れた蔵人は、同艦で半日休息を取るとその日のうちにCMV-22オスプレイでイーダフェルト本土に向かっていた。
「……ゕ……か……閣下」
「――うぅん? ウォルターズ、どうかしたのか?」
「お休みのところ申し訳ありません。あと五分でヴィーザル基地に到着します」
「もうそんな時間か」
ウォルターズの呼びかけで意識を覚醒させた蔵人は、欠伸をひとつして窓の外に目を向ける。
蔵人の眼下に広がるのは、ヴィレンツィアとは違い現代的な高層ビルが建ち並ぶイーダフェルトの姿だった。
「これがイーダフェルトの街並み……」
「これ程巨大な建物と都市は見たことがありません……」
「ええ、そうね」
対面の座席では、同乗するオーフェリアとアレクシアが窓にへばりつくようにしてイーダフェルトの街並みに圧倒されていた。
「ウォルターズ、この後の予定は?」
「官邸に戻り次第、国家安全保障会議になります。今回のクーデターに関する最新情報と対応について報告される予定です」
「そうか……連中には犯した罪に相応しい最期を遂げさせてやらなければな」
二人が話している間に基地に近づいたオスプレイは、固定翼から垂直離着陸モードへとエンジンナセルの角度を変えて基地の一画にあるヘリパッドへと高度を落とし始める。
ヘリパッドに着陸したオスプレイの後部ランプドアが開き蔵人達が外に出ると、小夜を先頭に整列する総帥府と総帥軍の高官が出迎えた。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
「ああ。出迎えご苦労」
「オーフェリア陛下、ようこそイーダフェルトへ。私は総帥軍――貴国の近衛のような組織で長官を務めます雅楽代小夜と申します」
「初めましてウタシロ長官。ローゼルディア王国女王のオーフェリア・ファン・クラウベルです。本来であれば別な形で貴国を訪問したかったのですが……」
「このようなことになっては致し方ありません。情勢が安定するまで我が国でお過ごしください」
そう言って柔らかい笑みを浮かべる小夜だったが、よく見ると目は笑っておらず整列する高官達も険しい表情を向けている。
それに気づいた蔵人は、さりげなく小夜とオーフェリアの間に割って入った。
「ここで立ち話をしていても仕方がない。陛下も慣れない移動でお疲れだろうから、早く宿泊場所にご案内して差し上げろ」
「これは失礼しました。私の部下が宿泊場所までご案内しますので、あちらの車輌にお乗りください」
「ありがとうございます。――シノミヤ閣下はこれからどうなさるのですか?」
「私はこれから今後の対応を検討する会議に出席します。大陸に派遣している我が軍の将兵達を救わなければなりませんから」
「厚かましいお願いだと重々承知していますが、その会議に私も出席させていただけないでしょうか」
そう言うオーフェリアの声には切実な響きがあった。
今後の自国の運命を左右するであろう会議に出席したいという思いは蔵人も理解できたが、小夜と一瞬顔を見合わせて首を左右に振る。
「申し訳ありません。会議では我が軍の運用に関することも議論しますので、同盟国とはいえ他国の人間を参加させるわけにはいきません」
「そう、ですか……」
「オーフェリア陛下、そろそろお車の方に」
オーフェリアを急かすようにリムジンに乗せて宿泊場所である迎賓館に送り出した小夜は、蔵人に向き直ると改めて恭しく頭を下げた。
「ご主人様、よくぞご無事で……」
「お前達が迅速に動いてくれたおかげだ。本当によくやってくれた」
「もったいないお言葉です」
蔵人からかけられた感謝の言葉に、小夜や整列する高官達は感極まった表情を浮かべる。
「だが、まだ終わったわけじゃない。舐めたことをしてくれた連中に地獄を見せてやる」
「「「はっ」」」
蔵人の決意に全員が力強く頷くと、ヘリパッドの近くに駐車していたサバーバンに乗り込み総帥官邸に向かった。
* *
「――総帥閣下、御入来!」
総帥官邸に入り専用のエレベーターで地下に降りた蔵人が危機管理センターに足を踏み入れると、センターにいる全員が一斉に敬礼を送る。
「各々の仕事に戻るように」
答礼しながら蔵人がそう言うと、職員達はそれぞれの仕事を再開する。
そんな光景を視界の隅に収めながら危機管理センターの中央にコの字型に設置された会議机に腰を下ろすと、蔵人は自ら国家安全保障会議の口火を切った。
「――まずは感謝の言葉を言わせてほしい。クーデターの発生から僅かな時間で本当によくやってくれた。今、私がここにいられるのは諸君達が尽力してくれたおかげだ」
『閣下、礼には及びません。我々は自分たちの仕事を果たしたまでです』
統合参謀本部からリモートで会議に参加するアッシュフォードがそう言うと、危機管理センターにいる小夜や各参謀達も同意するように頷く。
「頼もしい言葉だな。――では、早速本題に入るとしよう」
「はい。では、国内の状況から報告いたします。――保安参謀」
小夜が指名すると、左側の列に座っていた参謀が頷いた。
「――国内の状況としましては、クーデターの一報を受けた直後から軍警察を第二種警戒態勢に入らせています」
「我が国に留学している王国軍士官達はどうしている? まさかそのまま野放しというわけではないだろう」
ローゼルディア王国軍の再編に伴いイーダフェルトには近現代戦を理解した士官養成のため、王国陸軍士官二〇〇名と王国海軍士官一〇〇名を各士官学校に受け入れていた。
この士官達が宰相と繋がっている可能性を懸念する蔵人だったが、それを払拭したのはリモートで参加しているアッシュフォードだった。
『もちろんです。一報を受けた三十分後には、憲兵隊が各士官学校を奇襲し陸海軍士官三〇〇名を拘束いたしました。現在は、一時的な措置として第三管理島の捕虜収容施設で監視下に置いています』
アッシュフォードの言葉に合わせて大型モニターにウィンドウが開かれると、収容所内で生活する王国軍士官の写真が表示された。
「彼らに不審な動きは?」
「今のところそのような動きは見られません。何名かを聴取しましたが、彼らは女王派に属する士官のようです」
「そうか……彼らを中心にした正統軍を編成することも可能そうだな。国内の状況は分かった。肝心の大陸の状況はどうなっている?」
国内の報告を聞き終えた蔵人の言葉に頷いた小夜は、オペレーターに指示を出し大型モニターにいくつかの画像を表示させた。
「王都に潜入させている諜報員の報告では、クーデター軍は官庁街を制圧。主要な地区にも部隊を配置し王都を完全に掌握しているとのことです」
「王都に派遣していた総帥軍はどうなった?」
蔵人が尋ねると、小夜は少しだけ表情を曇らせる。
「まず宮殿に派遣していた特別護衛旅団分遣隊ですが、『ヴェルサイユ陥落』の符号及び全員のバイタル信号が途絶し全滅を確認しました。また、王都近郊のヴィレンツィア駐屯地から『コロッセオ陥落』の符号を受信したため全滅したものと思われます」
「ということは、王都周辺で動かせる我が軍の戦力はないということだな」
「その通りです」
クーデターの規模から覚悟はしていたが、小夜から聞かされる被害の大きさに蔵人は表情を歪め組んでいた手に力を込める。
「――王都ではクーデターの翌朝に、イーダフェルトがオーフェリア陛下の謀殺を図ったと発表があったようです」
「早速プロパガンダ工作か。その発表に対する市民の反応は?」
「これまでの我々の活動を見てきた市民たちの大半は発表を鵜吞みにせず、情勢を見守る姿勢のようです」
「それはよかった。これで王国民からの支持まで失ってしまえば、クーデターの鎮定が泥沼化する可能性があったからな」
小夜の報告を受けた蔵人は安堵の声を漏らす。
王国民まで敵に回ってしまえば、事態を鎮静化させるどころかイーダフェルトが大陸へ進出する大義を失ってしまうところだった。
「アッシュフォード、正規軍の状況はどうだ?」
『正規軍も一報を受けた直後に第一種警戒を発令しましたが、味方だと思っていた王国軍が次々と反旗を翻したため敵味方の識別に混乱をきたしています。今のところ安全が確認されている地域は、我が軍の拠点があるルドルフォアと海軍の拠点である港湾都市レアラスだけです』
「そこまで酷いか……待て、安全が確保されているのがルドルフォアとレアラスだけということは物資集積所を設けていた地域はどうなった?」
『王国領内に設置した三ヶ所の物資集積所は、警備を王国軍に任せていたということもあり全て奪取されたようです』
小夜やアッシュフォードから知らされる状況の悪さに、蔵人は椅子のリクライニングに身体を預け深い溜息を吐いた。
「状況は今までで一番最悪というわけか……クーデターに呼応した部隊については割り出せているのか?」
「はい。現地諜報員からの報告によりほぼ特定出来ています。クーデター軍は新生王国軍の五個師団に加えて宰相派貴族や豪商の私兵、王国海軍も加わり総兵力は十万以上となっています」
「数だけは揃えてきたな……それで、王都掌握後の動きは?」
蔵人から尋ねられた小夜が再びオペレーターに合図を出すと、大型モニターの表示がローゼルディア王国の地図に差し変わった。
「クーデター軍は王都に続く主要街道を封鎖し、要所や村落をヘスコ防壁を用いた簡易的な砦に変えて我々の反抗に備えています」
「国境の状況は? 今回の件で帝国軍に攻めてきそうな気配はあるのか?」
『国境付近に展開する帝国軍に動きは見られません。ですが、防壁要塞守備隊の中にも宰相派の部隊がいるため鎮圧に時間を要しています』
「帝国軍に動きなし……これを幸いと言うべきか、敵の何かしらの策略と見るべきか」
報告を聞いた蔵人は、机の上を指で叩きながら思案に耽る。
帝国でも王国の政変について何かしらの情報を得ているはずだが、この好機に軍を動かさないというのは不気味に思えて仕方なかった。
「まあいい。目下の目標はクーデターの鎮定であることに変わりはない。各軍の鎮定に向けた動きはどうなっている?」
「総帥軍は第一機動旅団を載せた輸送隊群と第一海上作戦群が港湾都市フェルジナに向かっています」
『正規軍はルドルフォアと防壁要塞に戦力を集結中です。部隊の再編が完了次第、叛乱地域の鎮定に取り掛かりたいですが……』
そこまで言って、アッシュフォードは言葉を詰まらせた。
「どうした?」
『先程も言った通り、物資集積所を奪取されたため弾薬などの物資が心許ないと現地司令部から報告を受けています』
「そうか。それなら俺が端末を持ってルドルフォアに……」
「「「『『『いけません!』』』」」」
そう言いかけた途端、小夜やアッシュフォードが血相を変えて蔵人の提案を否定した。
蔵人としては自分の能力を活かした良案だと思っての発言だったが、全員からの鬼気迫る否定に気圧されてしまう。
「あんな目にあって何を考えているのです! これ以上、ご主人様を危険な目に遭わせるわけにはいきません!」
『小官も雅楽代閣下の意見に同意します。閣下は少し自重くださいませ』
「わ、分かった。今俺が言ったことは無かったことにしてくれ。だが実際問題、不足する物資はどうするつもりだ?」
蔵人が全員を見回しながら尋ねると、アッシュフォードが口を開いた。
『レアラスとルドルフォア間の輸送網は我が軍によって安全が確保されています。時間はかかりますが、レアラスを新たな補給拠点として物資の集積を行うしかないでしょう』
アッシュフォードの言葉に、蔵人も一応納得したように頷く。
「それしか方法はないか。――先程も言ったが、目下の目標は王国からクーデター勢力を排除することだ。舐めたことをしてくれた連中に、我々の怒りを何倍にもしてぶつけてやれ。以上だ」
「「「『『『はっ』』』」」」
蔵人の話が終わると、モニターに映る統合参謀本部の参謀達も一斉に立ち上がり断固たる決意を漲らせて応えるのだった。
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