第二七話
蔵人とオーフェリアが宮殿を抜け出した後、ロディアスは自分の私兵と掌握している王国軍部隊を使い女王派に属する貴族や官僚を拘束し宮殿を自分の支配下に置いていた。
「王都正門の封鎖完了!」
「官庁街も制圧!」
「近衛師団の主だった指揮官も拘束。各連隊もそれぞれの兵舎に拘束しました!」
「今夜のうちに抵抗する可能性のある組織の指揮系統を完全に潰せ。早朝までに政府中枢を掌握するのだ」
パーティー会場だった大広間から玉座の間へ場を移したロディアスの元には、一斉に動き始めた各部隊からの報告が次々と入ってきた。
玉座の間に運び込まれた王都の模型には味方を示す青い駒と敵勢力を示す赤い駒が置かれており、報告が入るたびに赤い駒の数が減っていく。
「宮殿から逃げた陛下と小僧はまだ見つからんのか」
玉座に腰を下ろすロディアスは、あちこちに指示を出している配下の貴族に尋ねた。
「宮殿を出て市中に逃げ込んだのは兵が確認しているのですが、それ以降の消息はまだ……」
「怪我人を連れているからそう遠くへは行かんだろう。兵達には市中をくまなく探すよう厳命せよ」
「かしこまりました」
「城壁外にも騎兵連隊を出し、王都の外へ出ようとする者は何者であろうと拘束せよ。抵抗するなら殺しても構わん」
ロディアスの命令を聞いた貴族が伝令に言い聞かせて玉座の間から送り出すと、また別の伝令が部屋に入ってきて情報が更新されていく。
「イーダフェルトの武器庫から奪った武器は護国軍に優先して配備せよ。他の部隊は王国武器庫にあるものを回せ!」
「主要街道の封鎖も急げ。夜が明けるまでに全ての主要街道に兵を配置するのだ」
貴族や高級武官達は模型や書類に目を通しながら次々と指示を出し、宮殿だけではなくヴィレンツィアの政府中枢もロディアスの手に落ちつつあった。
「――閣下、ウジューヌ様がお越しになりました」
「おお、よく参られた。貴殿のお陰でこの計画が進められたようなもの。感謝いたしますぞ」
豪奢な服を着た男が玉座の間に通されると、その姿を見たロディアスは玉座から立ち上がり男に感謝の言葉を述べる。
「いえいえ。これもひとえに閣下がこの国の行く末を憂う思いがあってのこと。このウジューヌ、閣下の思い描く国になるまで支援いたします」
「それは何とも心強い。貴公には武器や物資の支援から軍事顧問の手配まで色々と世話になっている。もうしばらくお言葉に甘えさせてもらいますぞ」
男の申し出にロディアスは嬉しそうな表情を浮かべてそう言った。
男の正体は以前からロディアスと付き合いのあるキュビエ商会の会頭であるウジューヌ・キュビエであり、今回のクーデターに加担している大商人のひとりだった。
「それで、祝いの言葉を言うためだけにここに来たのではないでしょう」
ロディアスがそう言うと、キュビエは鷹揚に頷いた。
「閣下の国造りのさらなるお手伝いをと思いまして、我が商会を含め閣下と志を同じくする各商会の私兵を提供いたします」
「それはありがたい。それで、その数は?」
「全商会合わせて二万近くになります」
「それだけの軍勢を集めてくれたとはありがたい。貴公達の戦力も有効に使わせていただこう」
そう言ってもう一度礼を言うと、ウジューヌは恭しく頭を下げて玉座の間を退室した。
「兵の提供はありがたい話ですが、いささか面倒ですな」
「商会の兵には王国軍武器庫にある武器を渡しておけ。あくまでも最新兵器は護国軍への配備を優先するのだ。兵の再編も任せる」
「はっ。かしこまりました」
側近に指示を出し玉座に座り直したロディアスは、模型の状況を見て王国が自分のものになっていくことに笑みを浮かべるのだった。
* *
装備を整えてセーフハウスを出た蔵人達は、下水道から王都郊外へ出ると隠し倉庫からGMVを出して整備や給油など出発の準備を進めていた。
「あと五分で整備と給油を終わらせろ。敵がここまで捜索に来るのも時間の――『お前達、そこで何をしている!』――思ったより早かったか……」
背後からした声に、ウォルターズは思わず溜息を吐いて呟く。
ウォルターズが振り返ると、そこには馬に乗りM1カービンを肩にかけた騎兵が五騎こちらに鋭い視線を向けていた。
「准将、どうしますか?」
「下手に動くな。こっちの準備が整うまで私が時間を稼ぐ」
銃を構えようとする部下を制したウォルターズはそう言うと、小銃などの目立つ装備を置いて人の好さそうな笑みを浮かべながら騎兵に近づいた。
「これはこれは兵隊さん方。こんな夜遅くにどうなさいました?」
「それはこっちのセリフだ。こんな夜中に王都の外でコソコソと何をしている?」
「我々は商人でして、明日の移動に向けた用意をしていたところでございます」
「まあいい。ならば、後ろの連中と荷物を改めさせてもらうぞ」
そう言って車輌を整備する警護官達の元へ行こうとする騎兵部隊の隊長の前に、ウォルターズは笑みを崩さずに立ち塞がる。
「まあまあ、そんな急がなくてもいいではありませんか」
「そこをどけ! 我々の邪魔するというのならここで撃ち――」
のらりくらりとしたウォルターズの態度に苛立った男がM1カービンを向けようとした瞬間、乾いた音が響き男の頭部に数ミリ程の穴が開いた。
『准将、車輌の用意が整いました。総帥閣下もすでに乗車されています』
「分かった。援護を頼む」
『了解』
無線で部下とのやり取りを終えたウォルターズは、隊長が殺されて慌てふためく騎兵達を尻目に待機しているGMVに向けて走り出した。
「ま、待て! 逃げるな!」
「構わん。あいつを撃ち殺――ガッ!?」
「銃撃ッ!? 狙われてるぞ!」
走り出したウォルターズを狙おうと騎兵達がM1カービンを構えようとした途端、GMV付近に待機していた警護官達が小銃を撃ち始める。
突然の銃撃に騎兵達は再び混乱し、その場に伏せることしか出来なかった。
「お待たせして申し訳ありません。出せ」
「はっ」
ウォルターズの一言でGMVは一気にスピードを上げて走り出し、騎兵が追いかけてこないことを確認すると合流地点である教会跡に向けて針路を取った。
* *
「報告いたします! 陛下とイーダフェルト総帥を偵察に出ていた騎兵が発見いたしました!」
伝令から報告を聞いた瞬間、玉座の間に詰めいていた貴族や高級武官は色めき立った。
「ようやく見つけたか!」
「その位置は? どこで陛下とあの小僧を見つけた?」
「王都から五キロ離れた地点で発見したとのことです。一行は騎兵部隊と短時間戦闘した後、南東に向けて車輌で逃げ去ったと」
伝令が模型の前で黒い駒を動かしながら説明すると、周りに集まった貴族達は対応について協議を始める。
「連中はどこに行くつもりだ? 向かうなら南西にあるイーダフェルト軍の基地の方が安全だろうに」
「混乱して道を間違えただけではないか?」
「いや、何か考えがあってのことだろう……む、奴らの行く先に廃墟となった教会があるか」
ひとりの貴族の発言に、全員の視線が模型の一点に集中する。
「廃教会か……地理に疎いならばわかりやすい場所に向かうか」
「だがそこに行ってどうする? そこにイーダフェルト拠点があるわけでもないだろうに」
「あのヘリコプターとか言う乗り物が来るのではないか?」
貴族達の意見がまとまり始めたのをロディアスは、わざとらしく咳払いすると全員の視線を自分に集中させる。
「陛下達は廃教会まで行き何らかの方法で脱出する算段であろう。廃教会に近い位置にいる部隊はいないのか?」
「第三歩兵連隊と第五騎兵連隊がおります」
「ならばすぐに向かわせよ。こちらからも増援の兵を送れ。何としても二人の身柄を押さえるのだ」
「「「はっ」」」
ロディアスの発した命令は無線で王都郊外を警戒していた連隊に通達されると、廃教会に向けて各部隊が移動を開始した。
* *
――隠し倉庫を出発して三時間。
廃教会に到着した蔵人達は、車輌から降りて周辺を警戒しながら自分達を回収する予定のヘリが来るのを今か今かと待っていた。
「こちらブリュンヒルド。回収地点にて待機中」
『ヤタガラスからブリュンヒルドへ。到着まで四十分』
「了解」
救援ヘリとの通信を終えたウォルターズは、警護官達に指示を出していた蔵人に近づく。
「閣下、ヘリは四十分後に到着します」
「そうか。このまま何事もなく時間が経ってくれればいいが……」
蔵人がそう呟くのとほぼ同時、周囲を警戒していた警護官のひとりが叫ぶ。
「十一時の方向、複数の車輌が接近!」
警護官が報告した方向に蔵人が双眼鏡を向けると、砂埃を上げながらジープやトラックといった車輌がこちらに近づいてくるのが見えた。
「……味方の地上部隊が来たとかじゃないよな」
「あれは王国へ供与した車輌です。十中八九、宰相側に属する軍で間違いないかと」
「総員、戦闘配置。救援が到着するまで持ちこたえるぞ」
蔵人がそう言うと、乗ってきたGMVを教会の前に並べ警護官達が隠れるための盾とさせた。
「シノミヤ閣下……」
「オーフェリア陛下、敵が近づいています。廃教会の外には絶対に出ないでください」
「わ、分かりました」
「教会の二階にも狙撃手を置け。敵の様子はどうだ?」
「トラックに乗っていた兵を降ろし整列させています」
警護官から報告を受け、再び双眼鏡を叛乱軍の方に向ける。
トラックから続々と降車する兵士達の手にはM1ガーランドが握られており、横隊を形成した歩兵と一緒に前進するジープの助手席にはM1919機関銃が据え付けられていた。
「こんなことならもっと射程の長い武器も持って来るべきだったな……狙撃手はジープを優先的に狙え。機関銃を撃たせるな」
『了解』
「まだ引き付けろ……撃てぇ!」
蔵人が号令すると、警護官達による射撃が開始される。
パーティー会場から這う這うの体でここまで来た連中だと思い込んでいた兵士達は、イーダフェルト側からの激しい反撃に混乱した。
「な、何で敵からこんな攻撃が――グアッ!?」
「機関銃、何をしている! 奴らを牽制――ギャッ!?」
「りょ、了か――ガッ」
兵も指揮官も関係なく銃弾の雨によって次々と倒れていき、ジープに乗車していた兵士も廃教会の二階に上がった警護官の狙撃で絶命する。
「閣下、敵が退いていきます!」
「撃ち方止め!」
予想外の損害にたまらず後退する叛乱軍の姿を見た蔵人は、射撃を止めさせると安堵したように大きく息を吐いた。
「まず第一波は凌げたか……」
「はい。ただ、我々がここにいるということを知られましたから時間との勝負になります」
「そうだな。今のうちに弾薬の分配も済ませておけ」
「了解しました」
蔵人とウォルターズはそう話していたが、宰相派がすでにこの地に向けて二個連隊の他にも続々と部隊を送っていることなど知る由もなかった。
――戦闘開始から二十分。
一時は優勢に戦闘を進めていた蔵人達だったが、態勢を立て直した叛乱軍の圧倒的な兵力を前に押され始めていた。
「一名負傷! 一名負傷!」
「クソッ。残弾が少ない。誰か弾をくれ!」
GMVを盾とした陣地内では警護官達の悲鳴にも近い報告が飛び交い、傷を負っていない者の方が少なくなっていた。
「閣下、お下がりください。このままでは閣下の身が危険です」
「そんな悠長なこと言っている場合か! このままだと俺の身どころか全員揃ってあの世行きだ」
「二時方向から新手接近!」
「こっちも手が離せない! 誰か対応できるものはいないか!」
警護官の報告した方向を見ると、ジープを先頭に一個分隊ほどの兵士が近づく。
叛乱軍も数度にわたる攻撃で学んだのか、一ヶ所からの攻撃ではなく廃教会を半包囲し一斉に突撃してくる戦術に変わっていた。
「……閣下。比較的軽傷な警護官二名を付けますので、ここからお逃げください」
「おい、急に何を言い出す」
「このままでは閣下の言われたとおり全滅です。我々が時間を稼ぎますので、オーフェリア陛下を連れて救援ヘリと合流してください」
覚悟を決めたウォルターズの顔を見た蔵人は、悲痛な面持ちで叫ぶ。
「お前たちを残していけるものか! 絶対に全員で生きて本土へ帰るんだ!」
「閣下、もうそのようなことを言っていられる余裕はないのです。おい、閣下を――」
ウォルターズは蔵人と議論するつもりはなく、無理矢理にでも蔵人とオーフェリアを逃がそうと事前に決めていた淵の警護官に蔵人を連れて行かせようとしたとき――
陣地に近づいていたジープが突如爆発し、追随していた歩兵も吹き飛ばされた。
「「えっ?」」
蔵人とウォルターズが唖然としていると、上空から爆音と共にMH-47G1機とMH-60L2機が姿を現した。
「撃ちまくれ! クソッタレ共を総帥閣下に近づけさせるな!」
「チヌークはLZに着陸し総帥閣下を回収しろ。露払いは我々が引き受ける」
『了解』
いきなりの事態に敵味方どちらも困惑する中、駆け付けたMH-60Lは搭載するM134ミニガンやキャビンに乗る兵士達の小銃で地上を掃射し近づいていた叛乱軍を一掃していく。
「間に合ってくれたのか?」
「ええ。どうやらそのようです」
MH-60Lが叛乱軍を追い立てる様子を眺めていた蔵人が呟くと、ウォルターズも安堵した声音で答える。
そんな二人の前にMH-47Gが着陸すると、カーゴランプが開かれ数名の兵士が周囲を警戒しながら蔵人に歩み寄った。
「総帥閣下、お迎えに上がりました」
「ご苦労。教会の中にオーフェリア陛下がいらっしゃる丁重に機内へご案内しろ」
「かしこまりました」
「撤収だ! 全員機内へ乗り込め!」
蔵人が叫ぶと、警護官達はシールズの援護を受けながら次々と機内に乗り込んでいく。
「陛下はこちらにお座りください。もう間もなく飛び立ちます」
「ありがとうございます」
蔵人と一緒にチヌークのキャビンに入ったオーフェリアはトルーパーシートに座るが、初めて乗るヘリにどこか落ち着かない様子だった。
「閣下、全員の収容を確認しました!」
「よし。離脱しろ!」
蔵人が叫ぶや否や、チヌークは地面を離れる。
MH-60Lに護衛されながら敵の手が届かない所へ逃げられたことに安堵した蔵人は、緊張の糸が切れたのかトルーパーシートへ座り込むと空母へ着くまで束の間の休息を取るのだった。
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