第十八話
「フィンブルの冬」が発動されて一週間。
空軍の航空作戦は統合作戦本部や方面軍総司令部の予想を大きく上回る戦果を挙げており、続く反攻の主力を担う地上部隊も伝え聞こえる戦況に活気づき総司令部から前進命令が下るのを待ちわびていた。
「グラムよりヴァルハラ……応答せよ」
まだ夜も明けきらぬ頃。
北部戦線南部の後方に展開を果たした「グラム」こと第23歩兵旅団戦闘団第12野戦砲兵大隊に属する第1野戦砲兵中隊が砲兵大隊本部に呼びかけると、やや間があってから応答が入ってきた。
『こちらヴァルハラ。感度良好、どうぞ』
「こちらグラム。射撃準備完了。次の指示を請う」
『了解。しばらく待て』
期を同じくして別の地点に展開を果たした二個射撃中隊からも同様の報告が大隊本部に入り、各中隊に向けて新たな命令が伝達される。
『こちらヴァルハラ。各中隊効力射。目標二十発』
「中隊、撃ち方始め!」
「撃てぇ!」
各指揮官の号令一下、各射撃小隊が砲撃を開始した。
装備する19式装輪自走155mm榴弾砲は照準された目標に向かって砲弾を放ち、車輌の近くで待機する操作要員が慣れた動作で装填作業を行う。
「一体どうなっているんだ!?」
「助けてくれ! こんなところで死にたくねえ!」
「神よ……っ!」
奇襲に近い形でイーダフェルト軍からの砲撃を受けた帝国軍砲兵陣地では、少なからぬ混乱が生じ帝国兵たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
連日にわたる空襲から隠し通した野砲や榴弾砲で形成された砲兵陣地は、一戦も交えぬうちに砲兵もろとも吹き飛ばされスクラップと化していった。
「グラムより各射撃小隊。敵砲兵陣地の破壊を確認。目標変更、座標六八-三二。敵野営地」
上空から着弾観測を行う遠隔操作観測システムから送られた映像を基に目標の変更が指示され、射撃小隊はそれに従い砲塔を旋回させ新たな目標に砲弾を撃ち込んでいく。
三個野戦砲兵中隊による砲撃は短時間ながらも熾烈を極め、帝国軍の前線部隊は迎撃の態勢を取る暇も与えられず永遠の沈黙を強いられることになった。
「グラム最終弾着五秒前。弾ちゃあーく……今ッ」
『こちら旅団戦闘団司令部。各大隊は所定の目標まで前進を開始せよ』
『第一大隊、前進よーい……前へ!』
司令部からの命令が流れた直後、即製の陣地にハルダウンしていた16式機動戦闘車やパトリアAMV、高機動車といった戦闘車輌の群れがエンジン音を轟かせながら黒煙の上がる帝国軍陣地に向けて進撃を始める。
『警報! 二時方向に敵野砲陣地!』
『第三小隊、撃たれる前に潰せ』
『了解。小隊、目標二時方向の敵野砲陣地。榴弾撃て!』
先頭を行く機動戦闘車部隊の通信を聞き、AMVに乗る歩兵分隊の隊員たちの顔にも緊張の色が浮かぶ。
平原を蛇行しながら疾走する車輌の速度が徐々に落ち、完全に停車すると車内にブザーが鳴り響き後部ハッチが開かれた。
「下車戦闘!」
「前の奴に遅れるな! 行け! 行け!」
分隊長の声に従いAMVから駆け降りた兵士たちは、車輌の周囲に散開すると前面の警戒陣地に向けて小銃を構える。
周囲でも他のAMVや高機動車に乗っていた歩兵たちが周囲に散開し、同じように小銃を構え敵陣地に向かって前進を開始していた。
「っ!? 分隊、遮蔽物に身を隠せ!」
敵の塹壕まで一〇〇メートルを切ったとき、塹壕から複数の人影が急に現れたのを見た分隊長が咄嗟に叫んだ。
塹壕から姿を現した帝国兵たちは、分隊員たちの姿を見ると照準もそこそこに小銃を乱射した。
「衛生兵! こっちに来てくれ!」
「応射だ。応射しろ!」
「敵は少数だ。落ち着いて対処しろ!」
他の分隊でも戦闘が始まったのか至る所から叫び声と銃声が聞こえてくる。
車輌の陰に身を隠した者や伏射の姿勢を取り態勢を立て直した隊員たちが応射すると、塹壕に籠る帝国兵たちと銃撃戦が繰り広げられた。
「伍長、あの塹壕に擲弾を撃ち込め。擲弾の着弾と同時に塹壕まで前進するぞ」
「「「了解」」」
帝国兵は盛んに撃ち続けていたが、接近したAMVの銃架に搭載されたM2重機関銃の一連射を受けた一人が文字通り弾けた。
仲間の無残な姿に他の帝国兵たちが怯んだ一瞬、MK13 40ミリグレネードランチャーを付けたMK16を装備する伍長二人が塹壕に向けて40ミリグレネードを発射する。
「行くぞ!」
擲弾が炸裂し帝国兵の沈黙を見た分隊長が叫び、全員が塹壕に向かい走る。
塹壕の中で小銃を構え直そうとする比較的軽傷だった帝国兵を分隊長が一連射で倒し、拳銃を抜こうとした兵士も別の隊員によって即座に無力化された。
「クリア!」
「気を抜くな! 次の制圧に向かうぞ!」
塹壕の制圧を確認し、分隊は別の陣地に向けてまた走り出す。
他の分隊でも敵陣地の制圧が進められており、一部の塹壕では早々に降伏した帝国兵の武装解除が行われていた。
『こちら第三分隊。敵野営地前面に到達。人影は確認できない』
「こちら第二分隊。我々も敵野営地に到達、これより捜索を開始する」
『第三分隊了解。こちらも前進する』
別の分隊とのやり取りを終えると、分隊長は無言で合図を出し焼け爛れた天幕の並ぶ野営地へ足を踏み入れた。
「警戒を怠るなよ。どこに帝国の連中が潜んでいるかわからんぞ」
一団となり四方に銃口を向けながら捜索を続けたが、帝国兵を見つけることは出来なかった。
「拍子抜けでしたね」
「ああ。あっけないものだな……」
3等軍曹と話していた分隊長が黒煙が燻ぶる天幕に目をやると、逃げ遅れたと思われる帝国兵の死体が転がっていた。
しばらく分隊は警戒したままその場に待機していると、同じく野営地を捜索していた第三分隊が姿を現す。
「そっちはどうだ。誰かいたか?」
第二分隊長の問いかけに、合流した第三分隊長は首を横に振った。
「誰もいません。砲撃で全滅したにしても死体の数が少なすぎます」
「同感だ。だとすれば、生き残りは後方に逃げたか」
「ええ。そう思います」
二人が話していると、無線機から小隊長の声が流れる。
『第三小隊追撃やめ。繰り返す、これ以上の追撃は認められない。各分隊は予想される敵の反撃に備え防衛陣地の構築に移れ』
「ということだ。分隊、陣地構築に取りかかれ」
居並ぶ部下に分隊長は手短に告げる。
隊員たちは猿臂を振るい小銃用掩体の構築に取りかかり、来るであろう帝国軍の反撃に備え各々が与えられた仕事に精を出すのだった。
* *
一方でイーダフェルト軍の攻撃を受けた第81歩兵連隊の上級部隊である第38師団司令部では、情報が錯綜し深刻な混乱に陥っていた。
「進攻した敵は王国軍で間違いないのか?」
「敵の進出位置の特定を急げ。このような状況では手の打ちようが……」
「しかし、対応策を取らねば敵はここにも来るぞ」
明け方近くに第81歩兵連隊司令部からもたらされた敵襲の急報。
連日の空襲によって憔悴していた帝国兵たちにとって絶え間なく続く砲撃はわずかに残っていた士気を挫くには十分な効果があり、連隊長を含む司令部要員はもとより寝床から起き出した兵士の多くが持ち場と装備を放棄し後方へ逃げ出した。
「軍団規模の敵軍が反攻を開始……!」
這々の体で師団司令部に辿り着いた連隊司令部員が報告したときには、敵の規模は軍団規模にまで膨れ上がっていた。
実際に81連隊を攻撃したのはわずか一個大隊程度の戦力だったが、周辺の状況がわからない不安と恐怖が彼らに敵戦力を誤認させてしまった。
「浮足立つな!」
不意に轟いた怒声によって、右往左往していた幕僚たちはその場で足を止めた。
怒声を発した第38師団フォルセル・ギル・クラナッハ中将が作戦台の前に立つと、落ち着きを取り戻した幕僚たちもその周囲に集まる。
「初報はすでに聞いた。幕僚長、偵察隊は出しておるのか?」
「はい閣下。81連隊から急報を受けた直後、五個偵察隊を編成し前線付近の偵察に出しました」
後方の補給処が壊滅し各部隊との通信状態も完全ではない第38師団だったが、将兵の士気は比較的高く保たれており各隊の備蓄する物資から計算すれば最低でも一会戦程度の戦闘は可能だと司令部は考えていた。
「こちらに合流した81連隊の再編成はどうなっておる?」
「撤退する際に散り散りになっていたようですが、二個大隊を再編中です。大半の装備を野営地に置いてきたせいでばらつきはありますが……」
「戦えるのか?」
「はい閣下。戦闘自体は可能です」
幕僚長の言葉に、クラナッハは机の上に広げられた戦況図を睨みながら考え込む。
「閣下、まずは戦線を下げて態勢を立て直しましょう。軍団規模の大軍を我が師団だけで迎え撃つことは不可能です」
81連隊からもたらされた情報を鵜呑みにした幕僚が進言した瞬間、クラナッハは額に青筋を浮かべ進言した幕僚を怒鳴った。
「馬鹿者が! 軍団規模の大軍がどこから湧いたというのだ? 81連隊からの情報は誤報である。我が師団は後退した81連隊の再編を終え次第、野営地奪回のため反撃を行う!」
クラナッハの決断に不安を覚える幕僚もいたが、直後に戻ってきた偵察隊から81連隊野営地を攻撃した部隊は多く見積もっても一個大隊程度で現在も同地に留まっていることが報告される。
「諸君決まりだ。我が師団は再編した81連隊を主力に前進、野営地の奪回を目指す。例の新兵器は使えそうか?」
「はい。すでに調整も終えていますので、いつでも動かせます」
「よろしい。全部出せば目立って空から攻撃を受ける可能性もある。どれ程の能力がわからんが、一個小隊を81連隊に同行させよ」
「了解しました」
再編を終え反撃の準備を準備を整えた81連隊は、数十輌の装甲車輌と新兵器を伴い第38師団司令部を出撃。
こうして、開戦から初となるイーダフェルト陸軍と帝国軍との本格的な地上戦の下地は整えられた。
* *
帝国軍の野営地を確保して三時間。
上空を警戒監視していたOH-1から帝国軍接近の報せに、第23歩兵旅団戦闘団の兵士たちは構築された小銃掩体に飛び込み担当する区域に小銃や機関銃を向けた。
「おいおい、この世界はいつからSFになったんだ?」
哨所で双眼鏡を覗いていた二等軍曹は、半ば呆れた口調で呟いた。
帝国軍は装甲車輌に加え矩形の胴体に頭と腕を付けた人型兵器を前面に押し立て、その後方から小銃を持った歩兵部隊が続いていた。
「全高は六、七メートル。速度は二、三十キロといったところか」
「そうですね。まあ、十八メートルある人型兵器じゃないだけマシですよ」
互いに軽口を叩く兵士たちだったが、人型兵器の両腕部には砲と機関砲が装備されており近づかれると脅威になることは間違いなかった。
引き続き帝国軍の監視を続けていると、不意に甲高い滑空音が響き反射的に空を仰ぐ。
音の正体は哨所からは確認できないが、前進した第12野戦砲兵大隊の装備する19式装輪自走155mm榴弾砲からは発射された砲弾だった。
「あれ、榴弾砲でやれますかね?」
「さあな。そもそも砲兵の狙いはあのデカブツじゃなくて、その後ろをついてきている歩兵だろう」
二等軍曹の言う通り、砲弾は人型兵器の頭上を飛び越え後ろをついてきていた歩兵部隊の隊列を襲う。
『司令部より各哨所へ通達。各班は現持ち場を放棄し、第一線陣地に合流せよ。繰り返す、哨所は放棄せよ』
「やっと指示が来たか。よし、敵さんがこれ以上近づく前にさっさとトンズラするとしよう」
「了解です」
素早く装備をまとめた二等軍曹たちは、哨所から這い出ると後方に構築されている第一線陣地へ向かった。
構築された各壕では戦闘準備が整えられており、AMVの銃架から取り外したM2重機関銃やMK19が三脚に設置され帝国軍に向けられていた。
「――撃ち方始めッ!」
射程に入った瞬間、各壕は小隊指揮官の号令で射撃を開始した。
防弾能力のない戦闘服しか着ていない帝国兵は無謀な突撃によりバタバタと倒れ屍の山を積み上げていくが、人型兵器や装甲車輌は銃弾を弾き第一陣地線に近づいてくる。
「デカブツに当たってるはずなのに止まらねえ!」
「馬鹿! 12.7ミリでもあの図体で装甲が施されてたら豆鉄砲だ。効くわけがない」
「――ジャベリン用意! 未知の兵器が相手だ油断するな!」
小隊長の指示で兵器分隊のジャベリンチームがFGM-148ジャベリンを担ぎ接近する人型兵器に照準を合わせる。
「撃て!」
命令に従い二発のジャベリンが人型兵器に向けて発射された。
ジャベリン発射後、対戦車特技兵は命中を見届ける暇もなく傍らの弾薬手と共に次弾の装填に取りかかる。
「命中! 人型兵器一体、撃破しました!」
「ジャベリン二発で撃破か……無線手、司令部へ報告だ」
「了解」
他の壕でもジャベリンによる攻撃が始まり、人型兵器や装甲車輌がみるみる数を減らしていく。
「小隊長! ジャベリンの残弾がありません!」
弾薬手の報告に小隊長の表情が固まる。
各小隊の攻撃で十二体いた人型兵器を二体にまで減らしたが、装甲車輌まで狙っていたことが災いし小隊で保有しているジャベリンを使い切ってしまった。
「他の壕の残弾は?」
「どこも同じです。予備弾含めジャベリンは使い切ったとのこと」
「クソ。あと二体だというのに……グスタフを用意しろ!」
苦渋の表情で小隊長が命じる。
配備されているM3E1カールグスタフは射程が七〇〇程度しかないため、そこまで接近を許すと人型兵器の射程に入る可能性もあり小隊にも少なからず被害が出ることが予想された。
「危険だが射程ギリギリまで奴を引き付け――」
カールグスタフを担ぐ兵士に小隊長が命じていたとき、上空を一発のミサイルが通過し人型兵器の胴体に命中する。
壕にいた全員がミサイルの飛んできた方向を振り向くと、二機のAH-64Eアパッチガーディアンが前進を続ける帝国軍に襲いかかった。
こうしてイーダフェルト陸軍と帝国軍による初の地上戦はイーダフェルト側に軍配が上がり、帝国軍は貴重な戦力を減らしただけで野営地の奪還に失敗したのだった。
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