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破壊と創造の先にあるもの  作者: Kuko
第一章
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第十二話


 王国軍将兵が帝国軍相手に絶望的な戦闘を強いられている頃。

 王都ヴィレンツィアのウィスデニア宮殿の天藍の間では、王国とイーダフェルト両国交渉団による軍事同盟締結に向けた実務者協議が開かれていた。


「――そのような条件は断じて容認することができない。今一度、貴国に再検討するよう求める」


 国交樹立により正式に駐ローゼルディア王国特命大使となったジェイル・クレイヴは、長卓を挟み対面に座る王国交渉団に語気を強めて言った。


「それは困りましたなぁ……我々としては、最大限の譲歩をしたつもりなのですがねぇ」


 王国交渉団の代表を務めるラシダ・ル・デストレ子爵はそう言ってわざとらしく困惑した表情を浮かべると、目の前に置かれている書類を指で叩く。

 それは軍事同盟の締結に際し、王国側が提示する条件が書かれたものだった。


「譲歩……? これのどこが譲歩だと言えるのか。これは我が国の主権を脅かすものでしかない」


 白々しい態度のデストレにクレイヴは怒りを募らせるが、表情には出さず務めて冷静に反論する。

 イーダフェルト側が反発する王国側が提示した条件は以下の八ヶ条。


1.イーダフェルトは、ローゼルディア王国が要望する兵器、物資を無償で提供すること。

2.イーダフェルトは、今後外国に対する関係及び事務についてローゼルディア王国の管理指揮を受けること。

3.イーダフェルトは、今後ローゼルディア王国の仲介によらずして条約や協定を締結してはならない。

4.イーダフェルトは、総帥閣下の下にローゼルディア王国から派遣された統監を置くこと。

統監は、イーダフェルト首都に駐在し総帥閣下に内謁する権利及び必要と認められる地域に統括官を置く権利を有する。

5.イーダフェルトは、ローゼルディア王国の推薦する政治、経済顧問を雇用すること。

6.イーダフェルトは、ローゼルディア人に対し土地の所有を認めること。

7.イーダフェルトは、指定する諸鉱山の採掘権をローゼルディア人に認めること。

8.イーダフェルトは、ローゼルディア王国に対し年間五〇〇万クラールを安全保障費として納めること。


 同盟締結にかこつけて王国側がなにかしらの条件を出してくることはイーダフェルト側も予想しており、兵器の提供や無償の資金援助などできる限りの支援案が考えられていた。

 だが、実際に王国側から提示されたのはイーダフェルト側の想定を遥かに上回る属国化しようとする意図が透けて見えるほどの乱暴な要求だった。


「主権を脅かすとは心外ですなぁ。我々は貴国を対等な相手として交渉しているつもりなのですが」

「対等? この条件のどこに対等と思える要素があるのか?」

「これらの条件は貴国を帝国の脅威から守るため我が国の優秀な人材を派遣することで、防衛力を増強させようと思ってのこと。貴国の主権を脅かすものではありません」


 デストレは表情を変えることなく、飄々とした態度でクレイヴの質問に答える。

 王国側はここまで強硬な態度に出た理由は、イーダフェルトが新興国であることと軍事同盟の締結を急いでいることにあった。

 このイーダフェルトの動きを自国の軍備に不安があるからだと王国側は予想し、多少強引な条件を提示しても仕方なしに受け入れるだろうと考えていた。


「――貴殿はそう言うが、これらの条件はどう見ても我が国の主権を奪おうとするものに他ならない。我が国としては、条件が見直されるまで交渉を一時中断としたい」


 クレイヴはそう言うと、ほかの外交官たちに目配せし書類を片付け天藍の間を後にしようとする。


「わかりました。条件については見直すとしましょう。ですが――」


 デストレはそこで言葉を区切ると、席を立とうとしているクレイヴに薄笑いを向けながら話を続けた。


「帝国が早々に貴国へ侵攻しなければよいですなぁ」


 デストレとしてはイーダフェルト側の動揺を誘い交渉を早くまとめようという魂胆だったが、予想に反しクレイヴは穏やかな笑みを浮かべていた。


「ご心配には及びません。我が国の守りは鉄壁です。帝国程度では我が国の土を踏むことも叶わないでしょう」



 予想外の反応に唖然とするデストレたちを尻目に交渉団を連れて天藍の間を後にしたクレイヴは、そのまま仮の大使館となっている天青宮に帰った。


「――まさかあそこまで非常識な条件を提示してくるとは思わなかった」


 天青宮に戻り談話室に交渉団の主だった人間を集めたクレイヴは、肘掛付きの椅子に座り溜息混じりに言った。


「王国から見れば確かに我々は新興国だが、本当にあんな条件を我々が受け入れると思っていたのなら笑いものだな」

「閣下の仰るとおりです。王国側には、我々が外交も知らない野蛮人に見えているのでしょう」


 ひとりの外交官の言葉にクレイヴも苦笑を漏らすが、表情を引き締めなおすと部屋にいる全員の顔を見回した。


「だが、このままというわけにもいかんだろう。連中の態度を変えさせることが必要だ」

「そうは言っても、あの態度を変えさせるのは至難の業かと」

「確かに。あの子爵の口振りからして、我々が同盟締結を急ぎすぎたことが裏目に出たようです」


 別な外交官が後悔を滲ませながらそう言うと、クレイヴも険しい表情を浮かべ頷いた。

 イーダフェルト側が軍事同盟の締結を急いでいたのは帝国軍の本土侵攻を恐れているからというわけではなく、王国が帝国に占領されることで大陸進出への足がかりがなくなってしまうことを危惧してのことだった。


「あちらは我々が泣きついてくるまで条件の見直しも交渉の再開言い出さないだろうな」

「はい。彼らのあの態度を折ることのできる一手があればいいのですが……」


 次回以降の交渉方針について全員が頭を悩ませていると、ノックの音に続いて正規軍の制服に中尉の階級章を付けた士官が駐在武官ジェフ・エルゴード中佐に近づきなにかを耳打ちし一枚の紙片を手渡した。


「……ほう」


 メモを一瞥したエルゴードは意味ありげに含み笑いを浮かべると、士官に下がるよう命じる。


「中佐……?」

「朗報です。以降の交渉では、王国側も態度を改めざるを得ないでしょう」


 そう言ってエルゴードから差し出されたメモを受け取ったクレイヴは、書かれている内容に思わず目を見開いた。


「これは……確かに、これならば我々が交渉を優位に進めることができるな」

「閣下……?」

「諸君、王国軍がセアン地方とセーヴィス沖で敗北した。詳細は不明だが、王国軍は全軍の七割を失ったとのことだ」


 クレイヴの言葉に、エルゴードを除くその場にいた全員が色めき立った。


「軍事力の大半を喪失したならば、彼らも態度を改めざるを得ない……!」

「ああ。上手くいけば、今後の交渉を我々が優位に進めることもできる」

「そのとおりだ。この世界の通信技術から考えて王国側がこの報せをするには数日かかる。その間に我々はこちらから提示する条件を詰めるとしよう」

「「「はいっ」」」


 それから五日後――。

 クレイヴたちの予想したとおり、王国側から交渉再開の打診が入る。

 交渉の席に着いたデストレたちはこれまでの尊大な態度が嘘のように低姿勢になり、先に出していた締結の条件もあっさりと取り下げられた。

 その後の交渉も多少は難航したが、王国は派遣されるイーダフェルト軍が駐留する土地の提供、イーダフェルトは王国に対する武器や資金の援助という形で条件がまとまり軍事同盟が締結されたのだった。



      *      *      *



 総帥官邸地下の国家危機管理センターでは、施設の運用を担当する総帥府職員のほかに閣僚や正規軍及び総帥軍の幹部たちが集められていた。


「総帥閣下並びに副総帥閣下、御入来!」


 総帥府職員の声がセンター内に響き渡る。

 扉が開かれ入室した蔵人とシルヴィアが着席すると、国家安全保障会議の開始が進行役の職員から告げられた。


「――では、現在の戦況から報告をお願いします」


 アッシュフォードが頷くと、円卓に座る全員の手許に据え付けられた情報端末にルディリア大陸の地形図が映し出される。


「王国軍の国境要塞線を突破した帝国軍は、大別して五つの部隊に分かれました。主攻は中部を進む三十個師団相当の三十万。主攻の助攻として沿岸部の掌握を目指す八個師団相当の八万。東部地域の掌握を目指す十個師団相当の十万。占領地域の警備を目的とする四個師団相当の四万。さらに奪取した国境要塞線には、戦略予備と思われる八個師団相当の八万が存在します」


 説明に合わせ帝国軍を表す三つの矢印が動き始めると、青色で表示されていた王国の領土が次々と帝国領であることを示す赤色に塗り替えられていく。


「対する王国軍の動きですが、王国中部のセアン地方に防衛線を敷き帝国軍を迎え撃つ形を取っていました。ですが、帝国軍の侵攻を押しとめることはできず僅か一日で防衛線は突破されました。さらに王国海軍主力が港湾都市セーヴィス奪還のために出撃しましたが、同都市に駐留していた艦隊の迎撃によりセーヴィス沖で壊滅しました」

「王国軍が存外脆いな……それだけ帝国軍が強いということか?」

「その点については、こちらをご覧ください」


 アッシュフォードがそう言うと、端末の画像が切り替わり衛星画像が映し出される。

 それは帝国軍と思われる野営地を撮影したものだったが、その一画に並べられたある兵器の姿に蔵人たちは驚きで目を見開いた。


「これは……戦車か?」


 蔵人の呟きに応えるように、アッシュフォードは端末を操作し新たな画像を表示させる。


「今表示した画像は、王国に潜入中の残置諜報員が撮影したものになります」

「姿を見れば見るほど二式砲戦車に似ているな」


 蔵人は頭に浮かんだ兵器の名前を口にすると、アッシュフォードも同意するように頷いて見せた。


「仰るとおり、外見だけを見れば閣下がいた世界の兵器――旧日本陸軍の二式砲戦車に酷似しています。ですが、画像を詳細に分析したところ砲の口径などに差異があることが判明しました」

「つまり形は似ているが、この世界で製造されたまったくの別物ということか」

「当たらずも遠からず、と言ったところでしょうか」


 アッシュフォードの含みのある答えに、蔵人は首を傾げる。


「議長、勿体ぶらずに結論を述べなさい」


 業を煮やしたシルヴィアが憮然とした口調でそう言うと、アッシュフォードは神妙に統合参謀本部で出した結論を語り始める。


「二式砲戦車との差異も確認されていることから、この世界で製造された兵器であることに間違いはないでしょう。ですがこの世界の技術レベルを考慮すると、閣下のいた世界の知識を持つ者の介入があったと予想されます」


 その言葉に場が一層どよめくが、蔵人はどこか納得した表情を浮かべる。


「俺という事例があるんだ。ほかにもこの世界に来た人間がいてもおかしくないか」

「はい。突拍子もない予想に聞こえるかもしれませんが……」

「いや、大いにあり得る話だ。だが、これだけの近代兵器を使うなら兵站も相当なものだろう」

「閣下の仰るとおりです。偵察画像を分析したところ、帝国領内には鉄道線が整備されていました。占領した王国領についても、国境要塞線と港湾都市セーヴィスを起点とする野戦軽便鉄道の敷設が始まっています。さらには、輸送型航空艦も運用されているようです」

「敵も兵站の重要性がわからないほど馬鹿ではないということか……帝国軍は今も進撃を続けているのか?」


 蔵人の問いに、端末の画像が再び地形図をメインとしたものに切り替えられた。


「帝国軍はセアン地方の防衛線を突破後、侵攻を停止しています。理由としては兵站線の整備が考えられていますが、別の要因として我々が王都を奇襲した空中艦隊を壊滅させたことも関係していると思われます」

「そうか。あの戦闘もそれなりの意味を持ったか」


 話を聞いた蔵人は、誇らしげな表情で頷く。


「両軍の動きについては理解した。それで、我が軍はどうなっている?」

「すでに第18空挺師団の一個旅団戦闘団が現地入りし、同盟に基づき提供されたプロヴィル近郊の土地に駐屯地の設営を進めています。二週間以内に同空挺師団の残りの部隊、二個歩兵師団及び一個防空砲兵旅団を増派します。海軍は二個空母打撃群が大陸沖合に展開しており、王国に対して迅速な航空支援が行える態勢を取っています。空軍ですが、王国に飛行場が存在しないため駐屯地に隣接する飛行場の完成を待ってからになります」


 アッシュフォードが説明する都度、地形図に拠点位置や部隊規模が表示され詳細な情報を蔵人たちに与える。


「で、最終的に投入する戦力の規模は?」

「陸軍は三個軍団を編成し、先遣隊として派遣した空挺師団を含む九個歩兵師団と四個機甲師団、三個航空旅団を派遣します。海軍はルディリア方面艦隊として二個空母打撃群に加え二個戦術打撃群、五個水上打撃群。海兵隊は三個海兵師団、二個海兵航空団。空軍は先程言いましたとおり飛行場が完成次第、新たに編成した一個航空軍を派遣します」


 派遣計画の全容を聞いた会議参加者は、そのスケールの大きさに溜息を漏らす。


「それだけの規模となると、戦力の集積には時間がかかりそうだな」

「仰るとおりです。まだ概算の段階ですが、今述べた戦力の集積が完了するのに半年程度の期間が必要になると見込んでいます」

「王都の守りはどうするつもりだ? 空中艦による奇襲が再びないとは言い切れないだろう」

「その点については、総帥軍の雅楽代長官から説明していただきます」


 アッシュフォードがそう言うと、雅楽代が頷き話を引き継ぐ。


「王都の防衛については、警備態勢構築の関係から総帥軍が担うことになります。王都近郊にはすでに駐屯地を設営し、増強一個大隊が駐屯しています。また、王都防空のためにNASAMS及びMML、C-RAMを装備する一個防空砲兵旅団が展開中です」

「総帥軍がこの戦争で果たす役割は?」

「今後の話になりますが、総帥軍は正規軍が奪還した地域の治安維持を王国軍と共同で行う予定です」

「王国軍と共同で? 彼らの戦力はすでに無きに等しいのではないか?」


 これまでの報告を聞き王国軍の内情を不安視する蔵人の問いに、小夜は情報端末を操作すると

画面に銃火器などの兵器が記載された表を映し出した。


「この表は?」

「王国へ供与を予定している兵器一覧表になります。供与後は、半年間の教育と訓練を行い十個

師団の編成を目指します」

「なるほど。それなら共同で総帥軍や正規軍とも事に当たれるか」


 小夜の説明に納得した蔵人は何度も頷く。

 その後も粛々と会議は進められ、数度の質疑応答を終えたところで蔵人が会議の解散を告げて各々危機管理センターを退出するのだった。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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