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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
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98 - 棚上げ

 時差と僕が表現するそれは、けれど地球上で用いられているような、東京とベルリンでの時差だとか、そういうものとは違う。

 概念そのものが違うんだから別の呼び方をするべきなんだろうけど、その別の呼び方が思いつかなかったので時差と呼んでいるだけだ。

 単に時間差とか?


 ともあれ。

 この世界と地球の間の時差だとか、僕が言うところの『世界を跨いだ時差』と言うのは、時間の流れに関する差、だ。


 この世界と地球上の一秒が、同じ一秒だとは限らない。

 事実僕は最初の異世界で一年近くを暮らしたのに地球上では二週間程度しか経過していなかったし、二度目の異世界に至ってはもっと長い時間を滞在したのに、地球では数秒に過ぎなかった。

 このあたりは一応、僕達を異世界にポンポンとばしてくやがっている連中が配慮してくれた結果らしい。


 本当に配慮してるなら、そもそも異世界に送り込むのをやめて欲しいんだけど……。


 で。

 今回もこの世界に飛ばされる直前、その時差の存在は一応伝えられてるんだけれど、具体的にこの世界の何秒が地球の何秒なのかまでは判明していない。


 ただ、僕が移動してから洋輔による世界を越えたツッコミを入れ始めるまでにやや時間が掛かっていること、その後の再現実験を経て必要と分かったものを整えるまでにも時間が掛かりすぎている。

 こっちの一日は地球の一日よりも早いようだ。

 二度目の異世界ほど極端な倍率では無いというのは当然として、最初の異世界と同じか、あるいはもうちょっと緩やかなくらいかもな……。


 具体的にはこっちで一年は経ってるけれど、地球では数週間から一ヶ月……みたいな。

 冬華、ソフィア、そして渡鶴といったフルサポートがあり、かつ学校周りは日お姉さんやクロットさんの手助けもあるって考えると、洋輔が『まとも』なルートで錬金術を習得するまでは一ヶ月。

 最初の異世界と同じで、この世界の一年が地球の二週間程度だとすると、僕はあと一年ほど待つ必要がある。

 裏を返せば、洋輔からのリアクションがいつ頃あるのかでも大体の時差に目星は付けられるわけだ。


 まあもちろん、洋輔が思いのほか根を詰めている可能性もあれば、割と錬金術処では無い何かに陥ってる可能性もあるから、参考程度だけど。


 洋輔が洋輔の居ない僕の動きを想像しきれないように、僕も僕の居ない洋輔を想像しきれないんだよね――それはまだ、僕と洋輔がしっかりと『別の個体』であるという証拠であるはずで、喜ばしいことに違いは無いのだけれど。


 ふう。

 拠点の屋敷、その大きなお風呂で長風呂をして、全身がゆったりとしたところで億劫だけれどお湯からあがり、タオルで一応水気を取りつつ熱風できっちり乾燥させて、脱衣所へ。


 今日はこの後屋敷に行かなければならないので、身に付けるズボンとシャツは外出用。

 更にその上から、ハイゼさんに貰った羽織のようなマントを纏い、鏡でざっと全身を確認。

 なんか……、もうちょっとセンスが欲しいな……、今度コーディネートを考えて衣服は作り直そう。


 尚、残念なお知らせとして、クラにも下着は無かったのでノーパン生活は一年近くなっている。


 どうやらこの世界、本格的にパンツとかそういう概念が無い。

 布オムツは広くあるし、紙オムツもクラでは実用化されてるほどなんだけど。


 ビジネスチャンスを感じる……、でもお金稼いでも意味が無いからな……。


「リリ、そろそろ時間よ」

「うん。ありがと、リーシャ」

「どういたしまして」


 と言っている間に時間になっていたらしい。

 いつまでももたついているとみたのか、リーシャがアラートを出してくれたので素直に従い、拠点の共用スペースへ。

 三つ並んだ錬金鍋の前にはリーシャとフランカが並んでいる。

 ライアンはロニの面倒を見るお仕事なのだ。


「私かリーシャのどっちかなら付き添いできるけど、要る?」


 フランカは気を利かせてそう聞いてくれるけれど、僕は首を横に振る。


「予定の上では帰投した三将を迎える会だけど、実際には軍議に近いと思う。56人の今後の扱いもそこで決めるし、ハイゼさんも出るみたいだから」

「そう。今の私達じゃあ役に立てないわね……」

「役に立つ立たないというより、あっちが困るよ。一応僕以外の四人は『一般人』って話になってるからね」

「それもそうか」


 実際には一般人と思われては居ないだろうし、実際一般人とはかけ離れてるんだけどね……。

 というわけで支度を済ませたら、


「いってきます」

「気をつけて」

「行ってらっしゃい」


 2月上弦5日。

 少なくともこの拠点の中は、平和だった。


    ◇


 ただし屋形の中はといえば、平和とはかけ離れていた。


 時間通りに屋形の謁見の間に向うと、その殆ど直後に三将が静かにやってくると、僕を見てそれぞれ一回ずつ頷いた。

 例の56人についての報告書は読んでくれたらしい。


「集まったな。まずは三将の帰還を喜ぼう。兵にも損失らしい損失無く此度はよくやり遂げてくれた」

「有り難きお言葉」


 集まるやいなや入ってきた御屋形様は座る前にまずそう言うと、それに対応する形で三将を代表して御屋形様に答えた。

 御屋形様が着席した後、僕達も合わせて着席――とりあえず、ここまでは既定路線。


「恩賞は必ずや与えよう。その働きに正しくな。その上で――今回の表面的な軍事行動とは別に行った『大掃除』の結果についてだが、それぞれ報告は読んだな?」

「はっ」


 三将の声が重なる。


「全く対処をしていなかったわけでは無いのだがな。まさか56人も捕まるとは……。しかもその全ての勢力まで割り出しは終わり、どのような情報を漏らしてきたのかもリストアップが完了している。本来ならば本国に売りつけてやるところだが、ここまで情報が得られた以上、そしてそれ相応の手段を取っている以上、この全員には退場して貰う他ないと考えている。三将に異議はあるか?」

「異議、とはまた別の点で一つ」

「うむ。ワッシャー・ホーマン、何かな」

「その56人。全て罪ありとは同意しますが、この街において家庭を持つ者も多い。彼らにはどう説明をなさるつもりか?」

「正直に答えるしかあるまい。そのものは何処から送り込まれた間者だった、それに利用されたのだと。それで納得する者達のほうが少数であるにしてもな。もはや生かして戻すわけには行かぬ」


 それは言わば、損切りの宣言だった。

 事実、今回の一件において今更間者を解放するわけには行かない――少なくとも生きた状態で渡すわけには行かない。


「返すにしても死体にしてからだ。幸いリリ・クルコウスは上手くやった――上手くやりすぎたとも言うが、身体的な怪我は最小限に抑えている。それこそ拘束していた手首や足首に多少痕跡が残るくらいだ。死体であれば返しても問題は無いと考えている」


 実際、問題は無い。

 死体の記憶や物体の記録に干渉する魔法が存在するかどうかに関してはハイゼさんはもちろん、アルガルヴェシア組にも確認済み――その上で『存在しない』と断定を貰えたので、返却には問題ないとの立場を御屋形様も取った形である。


 ……実のところ、御屋形様は最後までなんとか生かして解放する手段も模索していたようだけれど。

 それが優しさではなく、関係悪化を好まないという政治的な意図だとしても、人の心を持っているという事なのだろう。


 好ましくもあり。

 けれど弱点でもあり。

 そこがサムとの違いなんだろうなあ、と思う。


「少しの間、キヌサ・ヴィレッジは空気が淀みましょうな」

「そうさな」


 けれど他に手が無いのも事実。

 結局、三将は御屋形様の方針を是とした。


「リリ・クルコウス、間者達の殺害方法は決まっているか?」

「苦しませるのは好みではありません。それにあまり大きな怪我をさせると返却時に困りましょう。毒を使います」

「よろしい、その件は任せよう。間者の一掃に関しては布告を出す。その布告の後、ハイゼと共に遺体の返還手続きを取ってくれ」

「はっ」


 モアマリスコール……か。

 まともに使う日が来るとは正直、それほど思わなかった。


「その上で三将に問う。リリ・クルコウスに一定の権限を与えたいと思うが、何が妥当か」

「以前にも述べましたが、将としておいても兵が続きますまい。しかし此度のような仕掛けや仕事においては、これまでキヌサが欠いていた部分をただ一人で穴埋めしうる逸材なれば。長らく空席となって居た御庭番、隠密の長としてはいかがか」

「異議無し」

「同じく」

「うむ――リリ・クルコウスよ。今このときより、御庭番としてその地位を与える。俸禄は後ほどハイゼから受け取れ」

「ありがたく」


 御庭番ねえ……、江戸時代だったかの諜報関係、だったかな。

 ……忍頭とか言われなくて良かった、と安堵しているのは内緒。


「さて、ここまでは良いな。では次の本題に入る。今後のキヌサという勢力をどう持っていくか、それについてを話し合いたい」


 これは要するに、兵力を少しでも減らし、軍備を解除して平時体制に移行したい――という御屋形様の方針を変えるという意味である。

 というのも、さすがにこあも大規模に間者が入っていた以上、平和ボケはしていられない、だそうで。


「軍備を今少し整えたいのだが、三将に問おう。これ以上の軍備的な増強は可能か?」

「これ以上人数を増やすのは些か厳しいかと。現時点でも限界点の寸前であれば」

「そうか。となると、砦や陣屋の普請か……」

「場所には気をつけなければ為りますまいな。下手に建造すれば、相手を刺激するのみにも成り得ます」


 おさらいすると、キヌサの全兵力は一万二千。

 キヌサという勢力の大きさ・人口からするとこの数は確かにぎりぎりを、やや越えているくらいなのだ。

 これ以上徴兵することは難しい――遣ろうと思えば出来るだろうけれど、生活を犠牲にすることになるし、そうなれば足下が崩れてしまう。


 だから軍備を増強するとなると、兵の数では無く質や施設によるものに限られる。


 施設とは御屋形様が言ったとおり、砦や陣屋。

 自分たちが有利に戦うことの出来る場所を用意しておくというものだ、もちろん他勢力の近くに置かなければあまり意味は無いけれど、他勢力の近くに置くと言うことはその勢力に『今から攻め込みますよ』と受け取られかねないのだから、慎重にやらなければならない。


 次に兵士の装備の更新。

 現在、キヌサが採用している一般的な装備はというと、革をベースに急所を金属で守るポイントアーマーに鉄の槍、もしくは鉄の剣と鉄の盾、あるいは長弓。

 これは支給品であって、個々で自前の鎧や武器を使う事は許されている。


 比較的扱いが簡単である槍は使い手が多く、剣と盾はそれほど人気が無い。

 一方で弓は専門性が高いとはいえ、常に育成しているそうだ。そりゃ遠距離から攻撃できる方が便利になので当然だけど。


「鉄の武器の格を上げるとなると……」

「鋼ですな……」


 さて相場を見てみよう。


 鉄の槍、クラ金貨600枚。

 鋼の槍、クラ金貨2400枚。


 そのコスト、実に四倍である。

 というか槍は未だマシな部類で、鉄の剣がクラ金貨500枚程度であるのに対して、鋼の剣になるとクラ金貨3000枚と六倍になる。


 鉄製の武器でも支給しているだけ『かなり恵まれている』とは思うけど、鋼製の武器を支給するというのはちょっと現実的では無いというか……、他の大名貴族は喜ぶだろうな、キヌサは放っておけば軍事費で自滅すると。


「鎧のほうはどうなるのだ?」

「現行の革鎧からランクを上げるとなると、ラメラーアーマーになりますな……」


 さて再び相場を見てみよう。


 ポイントアーマー、クラ金貨550枚。

 ラメラーアーマー、クラ金貨1800枚。


 一見するとあれ、そこまで高くない、と見えないこともないんだけど、とんでもない。

 三倍になってるから。

 しかも、


「価格的な問題はもちろん、手入れが恐ろしく増えます故。兵としては複雑になりましょう」

「で、あるか」


 とまあ、三将は『太刀風』ケン・シーリンが指摘したとおり、とにかく手入れに手間が掛かる。

 ……それでもチェインメイルとかと比べるとマシなんだけど。


 それに手入れはたしかに……まあ、ちょっと看過出来ないレベルに大変にはなるけど、その分怪我は大分減るだろう。

 そこを考えれば、兵としても一概に嫌だとは言えないと思う。

 喜びもしないだろうけど……。


「他勢力の装備状況からしても、既にキヌサの装備は『恵まれている』部類なれば、これ以上のランクを実現することは困難かと」

「だがな、普請をするにも結局は金が掛かる。その上で他大名の警戒を買うよりかは、同じ額を出しても装備を調えた方が良い――兵の再編も少なくなるだろうからな。この件は持ち越しか……、そうさな、今月の末までは特に行動の予定は無い。三将は各々余暇をとり、軍の引き締めを行うと同時にどのような強化を行うかを考えておけ」


 結局有効的な結論は出せず、今日はこのあたりで解散と言う事にするらしい。

 御屋形様がそう棚上げをしたことで、三将はそれぞれ顔を見合わせ、平伏した。


「三将は下がって良いぞ。……ああ、リリ・クルコウスには一つ、確認したいことがある。少し残って貰いたい」

「はい」


 …………?

 なんだろう。


 僕だけでは無く三将も疑問に思ったようだけど、下がれという命もあってか、大人しくはけて行く。

 そして三将が去った後、御屋形様は僕を見据えていった。


「ミズイに忍び込めるか」


 と。

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