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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
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97 - 目指すべき最果て

 ライアンとフランカ、そしてリーシャが知りうる範囲で――陰陽の国という二つの国家の姿がいよいよ、見えてきた。

 それは探し求めた月の魔法や黒床の神子に関する情報でもあり、だからこそ思いがけない方向からそれが差し込まれたなあとは思っても、不思議と納得する部分さえあった。


 陰陽の国。

 ドアとバードの二つの国は、元々とある大きな国家から離反した小集団に過ぎなかった。


 ドアは現代においてメーダーの砂漠地帯、バードは現代においてアカシャの中部地帯に位置しており、離反元の大きな国家というのは、当時豊穣の国リコルドと双璧を為したとさえ言われる静謐の国トウザル。

 このトウザルという国は現代で言うリコルドの前身国家にあたり、悪政に嫌気を刺した小集団はトウザルの東西で同時に離反。

 西側を陰陽の国ドア、東側を陰陽の国バードとしてなし崩しで成立させると、この二つの国家は即座に同盟を結び、いろいろな国に大使館を建てた。


 その大使館の一つがプラマナの旧アルガル地方にあり、これがアルガルヴェシアの前身となる――なぜ大使館がアルガルヴェシアという実験都市になるんだと思ったんだけど、どうやらこの世界において大使館というのは『街』単位で設置されるんだとか。

 つまりこの場合、プラマナ国のアルガル地方に、飛び地という形で陰陽の国の領土がぽつんとあったと考えれば良い。


 陰陽の国は、けれど必ずしもドアとバードは円満ではなく、しばしば対立は存在したという。それでもこの二つの国は結局、最後まで致命的な破綻を迎えることは無く、ギリギリの所で踏ん張り続けた。

 そんな二つの国と特に国交があったのは、クラ、メーダー、そしてプラマナの三国家。

 当時のラースやリコルドとはそれほど国交が深くはなく、離反元であるトウザルとの仲は言うまでも無いし、それとは別ながらヴァルキアとも相性が極めて悪かったという。


 で、陰陽の国はその成立から消滅まで、常に小国としてそこにあった。

 彼らは勢力拡大に興味を示さなかったのだ。

 なぜならばドアには月の魔法があったし、バードには星の魔法があったから。

 領土自体に興味が無かったわけでは無い。

 ただ、領土がどうしても欲しくなったならば、すぐに、そして簡単に手に入れることができる状態だったから、急いで増やす必要が無かったと言うだけで。


 けれど月の魔法は脅威として、世界から認識され始める。


 最初に陰陽の国と距離を置いたのはクラだった。

 といっても、クラに関しては最初から、それほど距離が近かったわけでは無い。何せクラでは当時から内戦が多かったのだ、異国についてはそれほど興味も無かったらしい。


 次に距離を置いたのはメーダーだった。

 メーダーは発達を始めた『道具』の技術を研鑽する中で、月の魔法と呼ばれるドアのその魔法が危険なものだと考えられ始めたからだ。


 そして――プラマナは表面上、それらの動きに同調する形で距離を置いた。

 ただし、プラマナは陰陽の国への支援も兼ねて、豊穣の国リコルドを告発したのだ。


 その告発された罪こそが第一の咎と表現されるものであり、『第七の魔法』、月の魔法とよく似た効果を持つ領域と魔力によって発動されるルナティックというものの行使で、これによってリコルドは未来の可能性を垣間見、最善の選択をし続けていた。

 それだけであれば告発しても意味は無かったのだけれど、ルナティックには一つ大きな問題があった。それは未来の可能性を垣間見た分だけ、未来の可能性が失われるという代償である。


 これはつまり、その段階では数千数万という未来があったとしても、最終的には三つだとかの選択になり、どころか場合によっては一つになってしまい、その確定した一つの未来を見ると同時にそれ以外の未来の可能性は消滅する――それは単にルナティックという技術が破綻するだけでは無く、場合によっては世界の終焉さえも呼び出しかねないという危険性で、これをプラマナは何重にも告発することで世界はついに動く。

 リコルドを終わらせる。

 そしてリコルドがこれまで行使したルナティックを『無かったことにする』ために、そしてルナティックという技術の痕跡ごと消し去るために。


 結果、リコルドはただ一方的に、世界中の軍によって滅ぼされた。

 そして滅ぼされた後、ルナティックという技術が復活しないようにと歴史の書き換え、リコルドという国家への情報操作が世界的に行われた。

 これを、大編纂と呼ぶ。


 この結果、リコルドという国家はその存在ごと廃され、それでも国家が存在したという記憶毎消し去ることは不可能だったため、情報に濃淡を付けつつ記録を書き換え、正確な歴史は闇に葬られた。


 プラマナの援助もあって一時は免れた陰陽の国に対する危険視は、しかし少々違った方向にも作用してしまった。

 リコルドのルナティックが危険視されたように、月の魔法や星の魔法だって危険なのではないかと、そう認識され始めたのだ。

 本来ならばその危険視さえさせないためにルナティックを完全に闇に葬り去る予定だったのだけれど、その思惑は外れていた。


 結果――月の魔法を特に危険視した世界は、第一の咎人であるリコルドと同じ要領で、陰陽の国ドアを第二の咎人と指定しこれを滅ぼす。

 リコルドとは異なり小国で会ったが故に、それはリコルドよりも更に一方的で、小国とは言え豊かな自然を持った国がそのまま砂漠に変じてしまうほど過酷なものだったのだという。


 しかしこのとき、咎人としてドアを排除しようとしたが故に、世界は一手遅れていた。

 ドアは己が滅ぼされることを理解するや、月の魔法を使って異界に逃避したのである――その異界はこの世界にありながらこの世界とは違った見方の場所にある。

 それは夢の世界であるとも言われるけれど、より厳密に正しい表現をするならば、『この世界の別階層』にあるそうだ。

 ともあれ、ドアはその全てでは無く、ごく一部ではあったけれど、重要な場所は逃がすことに成功し、世界はそれを追撃する術を失った。


 尚この時滅ぼされたのはドアだけだったのだけれど、同時期にバードもこの世界から消滅していた。

 結果、空っぽになった旧アルガルはプラマナが再度接収し、そこに移転すると同時に『アルガルヴェシア』という名前でその実験都市は再スタートを切ったのだとか。


 ――そして、ここまでの事情をアルガルヴェシア出身であるライアンとフランカが知っていて、教えてくれたわけだけれど、だからこそドアが結局滅ぼされた理由はそこなのだろうとも思う。

 ルナティックという技術を残したのは他ならないプラマナだったのだろう。アルガルヴェシアの前身である実験都市にこっそりと残したのでは無いか。

 そしてその結果完全な忘却には至らず、ドアは滅ぶことになったと。


 バードが同時期に消えたのは、ドアによる逃避の指定の問題かもな。

 ドアを逃がす、じゃなく、陰陽の国を逃がす、とでも指定してしまっていたとか。


 で、当然だけれど、二人は『第三の咎人』を知らないという。


「バードはリリを世界を違えるために呼んだ……」

「勇者や賢者には、ドアが働きかけている……ねえ」


 教えて貰っているばかりではなく、僕は船上で邂逅したそれに関する情報を伝えていた。

 同時にあの時、明確に僕に向けられていた謡いも合わせて。


 その結果、二人が出した推論はというと、


「第三の咎はまだ起きていない。ただ、近い将来に起きるんだろうな。その上で『咎人』――つまりはリリだが、リリは最果てを求めるらしい」

「私達的に、最果てというと占星術(リリック)が連想されるのよね。運命操作を行う魔法。どうなの、リリ。習得したいとか、そういう感じはある?」

「覚えられるならば覚えたいというのは確かにありますけど……。ぶっちゃけ、今更それに頼らなくても、別の方法で手段はもう持ってるので」

「……それはそれで問題のような気もするが」

「安心してください。さすがに運命操作となると、ちょっと僕一人では実現が厳しいので」


 それに運命を操作すると言うより世界を書き換える感じだし……。

 呪文(スペル)はどうも苦手分野なんだよな、全く使えないわけじゃ無いんだけど、どうしても行使が上手く行かないというか。


「ただ、別の最果てには興味がちょっとあるんですよね」

「別の最果て?」

「空に」

「はあ。……空を飛びたいとか?」

「それはもう出来ます」

「だよなあ。俺たちにだってできたし」


 ある程度マジックなりミスティックなり、自由度のある魔法を使える魔法使いにならば空は飛べるのだ、この世界。

 だからこそ飛行船とかが奇怪なもの扱いされてるんだろうなあ。


 じゃなくて。


「僕が気になってるのは、空に何か、奇妙な痕跡がある事です」

「奇妙な痕跡っていうと、雲かしら?」

「いえ、もっと遠くに。それこそ星と星を結ぶ線のように、どうにも僕にとっての凶兆が見えている。その意味を、僕は知りたいんです」

「……つまり、リリが目指しているのは空どころか、空の向こう。星々の揺蕩う虚無の海、その先ということかしら?」

「それは解りません。事実そうなのかもしれないし――単にそう関連付けられているだけなのかも。星座って概念、この世界にありますか?」

「一般的じゃ無いがな。コンパス座とか」


 …………。

 一般的じゃ無いってそういうドマイナーって意味……か……?


 いやまあオリュンポス十二神とかが出てくるとは思って無いけども。


「なるほど。だとしたら、その星座に概念を関連付けて作られているだけかも知れません。具体的な原理は現状なにもわからない。ただそれが僕にとっての凶兆、僕に対する害意であることに違いは無い――だからこそ、僕はその最果ての答えを探して、確かに世界を歩き回ることになるのかもしれない」

「だとすると、あなたが最後に対峙する賢者は……、ディル。いえ、本名で呼んだ方が良いか。『Case.39(サンク)』、ワイズフール・アルガルヴェシアでしょうね」

「もっとも、対峙するだけだ。必ずしも戦うとは限らないし、戦うとしてもリリが負けることは絶対に無い」

「絶対ですか?」

「ああ、絶対。だってアイツ、確かに賢者って言われてもおかしくないほどに魔法使いとして完成品だけどそれだけだからな。魔法を問答無用で無効化する道具を簡単に作り出すお前にはどうやったって勝てないよ。相性がそもそも致命的だからな」


 ああ……まあ、確かに。

 魔法使いとしてのディル翁は正直、手段を選ばないならどうとでもできるからな。


「だとしたら、対峙するというのはディルがお前に何かを提案すると言うことになる。その直前、第三の咎に対する賢者の動き方からして、恐らく第三の咎は近く起きるんだろう。それに対処する過程で異界……ドアかバードが現実世界に帰ってくるのかもしれないし、そもそも現在進行形で咎は起きているか既に『起きた後』で、それへの対処として異世界からリリが呼び出されて居るというのが今なのかもしれない。このあたりは判断が出来ないな……」

「そうね。後者で読み解いた方が自然ではあるんだけど、第三の咎が今のところ影も形も無いというのが不気味だわ。となると前者かしら……どちらにしても、最後はリリとディルが対面して、ディルはリリに何かを提案する。少なくともそこは『運命』として、恐らくはバードの占星術が導いたんでしょう」


 だとすると――世界を違えるために僕が呼ばれている事も踏まえれば、ディル翁から僕に対する提案は退去、本来の世界への帰還だろうなあ。


 それに……もう一つ気になる事がある。

 というか、最果てというワードには、もう一つ意味がある。


「あの。もう一つ確認したいことがあるんですが」

「何かしら」

「この世界ってダンジョン、ありますか?」

「ダンジョン?」

「自然発生する迷宮です」

「いえ。聞いた事無いわね。というか何それ、結構な怪奇現象じゃ無い?」

「そうだな……迷宮を作ることはあっても、勝手に産まれる迷宮というのは聞いた事が無いぞ」

「そうですか……」


 それはまあ、当然なのだ。

 僕が言うダンジョン、迷宮は、言わば『自然が錬金術の影響を受けた結果産まれるもの』なのだから。

 そしてこの世界には僕が持ち込むまで錬金術と言う概念が存在しなかったし、発生のしようが無かったのだろう。


 だとすると……思いもよらず、僕は正解をしていたのかも知れないな。


「お二人には。というより、リーシャにも……それと、将来的にはロニにも、錬金術は覚えて貰った方が良さそうですね」

「……その理由は?」

「僕が今、それを目指しているわけではありませんが……。『最果て』というワードが関連しうるもう一つの概念があるんです」


 最果ての(コンティネンタル)祭壇(アルター)

 僕という異世界の分子を消化し、この世界の勇者がこの世界を変えるための、この世界から最も遠く、僕の世界に最も近い場所。


 ああ――なるほど。

 僕はそこを目指し、そこから観測するべきなのか、と、二人に説明しながら、僕は不意に思い至る。


 そしてそれが終わった後に賢者と対峙して、僕はそこで消費されることを選ぶのかな?

 どうだろう。案外いい線という気はする。


 ただ、時間が掛かるな。

 のんびりやっても良いという確信を得るためにも、地球との時差を知るのが先決になりそうだ――要するに。


    ◇


 洋輔。

 錬金術の習得、急いでね――そっちには冬華も居る。

 僕とは違ってちゃんと教えられる人が。だから、これは絶対名無茶振りでは無いはずだ。

 ……ま、僕も苦手な魔法を頑張るからさ。

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