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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
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96 - インテリタクト

「おに、という呼称はしらないな。ただ、確かに似たような概念はあった。アルガルヴェシアにおいてはそのまま、『怪異』と呼んでいたよ。異彩として産み出すには向かないとして破棄されたという記録があったと記憶している」


 結論から言おう。

 キヌサ・ヴィレッジの北に現れた怪異(おに)は、街からまだ結構な距離がある段階で探知できたため、討伐作戦は極めてスムーズに完遂し、一時間すらも掛からない間にハイゼさんが率いる対応部隊が討伐せしめた。


 見せて貰った死体は基本的には人間そのものだったけれど、『身体に魔物の力を埋め込んだ』という表現の理由は一目で分かった。

 読んで字のごとくという言葉がまさに適切で、僕が見た個体は腹部、胸部、そして左腕に魔物の血肉が外科手術的に埋め込まれていたのだ。

 埋め込む場所には何重もの意味がありそうだったけど、さすがに死体から読み取れることは少なかった。

 尚、死体からはそれ以上の情報が読み取れそうに無かったので返却。

 その場で火葬されていた。


 で、拠点へと帰ってきてご飯を食べる中でそんな怪異(おに)というものを知っているかと問いかけてみると、案の定ライアンが先の解答をしてくれたという流れである。


「アルガルヴェシアで研究していた怪異は、ええと、意識はどんな感じだったの?」

「意識?」

「うん。人間のものなのか、魔物のものなのかって感じ」

「そりゃ人間の、が答えで良いはずだよ」


 そんなものか。


「埋め込む部位によって効果や効力が変わる、とかは?」

「鋭いな……。まあ、概ねの場合埋め込まれた部位によって効果が増減したり、調整できるはずだ。腕に魔物の腕を埋め込めば、その腕を魔物の腕のようにしならせたり伸ばしたりできるようになったりな。胸部に心臓を埋め込んで疑似的に命を二重にする、なんて事までは実現していたはず。ただ、その手の『後付けの改造』は嫌われてたから、詳しい研究まではされていないはずだ」

「ふうん……」


 ということは、怪異(おに)に関してはアルガルヴェシアよりもクラのほうが進んでいたのだろう。サムにも問い合わせたけど、サムは単純に知らなかったらしい。

 まあ、サムのことだから、ちょっと調べて『使えない』と判断するかな……これは。


「しかしまあ、そんなものがうろついてるとなると……。いよいよ護身術は必要だな」

「稽古は付けているし、実際そこそこ強くはなってるはず。普通の人間相手ならばだいたい勝てるでしょ?」

「普通の人間相手なら、ね」


 と、答えたのはフランカ。

 こちらもやや不安そうだ。


「実際強くなっているという自覚もあるんだけど……リリが居ない間も、リーシャとかと若干戦闘訓練をしてる分もあるから。けれどリーシャはまだしも、私とライアンは特に、元が『魔法』に関する異彩だから」


 マナに干渉が得意だったライアンと、門番として魔法的な門を操っていたフランカだ。

 どちらも魔法にその異彩は伸ばされていて、だからこそ今、その魔法が一切使えない状況に陥り不安……というか、


「ひょっとして、不安というより落ち着かないって感じ?」

「そうかもしれないな」


 僕の指摘にライアンが目を細めて言う。


「日常的にあったものが認識できなくなった。それまで毎日あって当然だったものが無くなった。それでも非日常として逃亡劇をしている間はそれほど気にならなかったが……。いよいよこのキヌサで腰を落ち着けて、多少の警戒はしていてもだいぶ気も安らいできた。そのせいで緊張が解けつつあるんだろう」

「ふむ……」


 マナ干渉。

 門管理。

 この二人にならばあるいは、アレが実用まで持って行けるかな……リーシャは厳しいか? いや、この二人ならば習得させられるかも知れない。


 そもそもアレを実用まで持って行けるかどうかも微妙なんだけど……、この二人、思った以上に不安を募らせているし、それが落ち着かないと言う方向に伸び始めている。

 不安で落ち着かなくなると、物事はなにもかもが上手く行かないような感触にもなるからな。ロニにとって好ましい環境でもないだろうし……。


「まだ実用段階ではないんだけど」

「うん?」

「発想としては『他人の魔力で発動するマジック』もしくは『他人の領域で発動するミスティック』が近いかな。アルガルヴェシアでも研究はされてたよね?」

「ああ。俺の『マナへの干渉』はその一種だな。他人の魔力が発動に至らせたマジックの制御権を奪うって形だ」


 ふうん。

 そこまで出来ているならばなんとかなるか。


 自室に置いてあるマテリアルを、あえて単体で作った『ロジスの槍』を目印(アンカー)として遠隔認識、錬金術を実行――ふぃん、と。

 作り出したのは、外見上銀色の細い腕輪で、同じものが五つほどである。


「……その、『錬金術』という技術。大概ぶっ飛んでるよな」

「そうね。マジックとかミスティックとか、そういうものを超越している感じだわ」

「月の魔法の方が性質は近いのかもね――その当たりの調査も一段落したら進めないといけないんだけど……今はこっちの説明をさせてね。この銀色の腕輪、名前は『銀の腕(ヌアザ・リード)』って言うものだ。『魔力(オド)を蓄積する道具』であると同時に、『領域を持つ道具』でもある」

「…………? え?」


 魔力を倍加する道具ではなく、魔力そのものを内包する道具――そして定められた領域を道具自身が持つという道具。


「この道具が保有する魔力(オド)は、『魔力の測』で表示される数値としては、最大値が1500。領域は綺麗な正方形。普通の人間と同じで、放っておけば魔力は自動でチャージされる所までは動作を保証できるんだけど……」


 元々はゴーレムに仕込む核の代わりにならないかなあ、と作ってたんだけど……。

 そうそう上手くは行かないもので、ゴーレマンシーの再現には至っていない。


「この道具単体だと、正直言って意味が無いんだよ」

「……意味が無い?」

「僕の場合はこの道具の魔力や領域を使って魔法を発動する、なんてことは出来ると思うよ。けれどそれは僕の場合。『魔法を封じる』指輪を装備している肝心の三人がこの道具を装備していると、この道具も魔法を封じられちゃう。だから意味がないんだ」

「それでも大革命だと思うわ……、え、道具に魔力を与えるとか、道具に領域を与えるって、たしかアルガルヴェシアでも研究の末、無理って判断されたやつよね?」

「ああ……しかもかなり早い段階で諦められてる代物だったはずだぞ……、アルケミックとしての道具でも結局は役に立たなかったからな」


 アルケミックと錬金術は別物と言うことだろう。

 理不尽さでは錬金術に一日の長がある。

 あんまり良い意味じゃないだろうけど……。


「だから、この道具に加えて別の道具も使わなきゃいけなくて……。一応、『僕ならなんとか使える』というものが一つあってね」

「リリにならば?」

「うん。ちょっと特殊な感覚を要求されるんだよね」


 ふぁん、と。

 さらに手元に作り出したのは、黒い棒。


「『識者の物差し(インテリタクト)』。『他の道具を指定することで、その道具の効果を発揮する』道具」

「……えっと?」

「これはあくまで『道具』なんだ。魔法じゃ無い。魔法じゃ無いから無効化されない――つまり、『銀の腕(ヌアザ・リード)』を適当に投げるなり置いておくなりして、それを『識者の物差し(インテリタクト)』で指定、効果を発揮させる。これで疑似的に魔法を使える、っていうのは考えた」


 で、問題点は複数ある。


「問題……」

「一つ目、『銀の腕(ヌアザ・リード)』を一度身体から離さなければならない――『銀の腕(ヌアザ・リード)』は使い切りじゃ無いから、回収のことも考えながら、それでいて身体からは完全に離して、一メートルくらいは離れて使うことになる。それは地味に面倒でしょ?」


 けれどそれはまだ致命的と言うほどでも無い。

 無くしたならば無くしたで、新しく作るなり探すなりをすればいい。


「二つ目、『識者の物差し(インテリタクト)』が邪魔。三つ目、『識者の物差し(インテリタクト)』を使うのが難しい。杖と触媒を使って魔法を発動するイメージになるからね。間にクッションがいくつも入るから咄嗟の発動には向かない。それになにより、『識者の物差し(インテリタクト)』の行使が曲者だ」

「さっきも行ってたわね。感覚がどうとか」

「そう。僕はそれを『マテリアルの認識』と呼んでいるんだけど……」


 ようするにこの道具、錬金術師専用なのだ、本来。

 マテリアルを認識する要領ですらなく、『対象の道具』をマテリアルとして認識する事で、その道具に込められた力を解放する、みたいな効果である。


 尚、この道具自体は僕が錬金術を習得した世界に存在していた。

 ……唯一品(ユニーク)だったけど。


「この感覚、説明が難しいんだよ。ただ、僕が習得できたように、他の人だって時間が掛かるだけで、いずれは習得できる……はず」

「……方法はあるのか?」

「あるよ。…………。そうだね。折角だから、『一通り』作っておくのも良いかもね」


 ふぁん、と。

 大きな錬金鍋、薬草供給の鉢植え、そして水を延々と流す湧水の石の機構をそれぞれ産み出す。


「この鉢植えに生えてる草と水をこの鍋に適当な量入れる。で、僕が言ったその『感覚』を頼りにこの鍋の中身を認識して、あとは強くイメージする。それで『発動』できると――」


 ふぁん。


「こうやって、『別の道具』が作れる。これが錬金術の初歩だ」

「初歩……」

「あるいは第一歩かな。これが出来なければ始まらない」


 現代錬金術を踏み台にするのがあの世界では主流になりつつあった。

 けれど、僕単体ではその現代錬金術に必要な特殊な錬金鍋を用意できない。

 用意できたとしても正直あの方法は面倒なのだ、最初は勘でやった方がよっぽど良い。


「僕は習得までに二日とか三日とか、そのくらいかけた。延々鍋の前でああでもないこうでもないって試しながらね。最初に成功した時はびっくりして転び掛けたくらいだ」

「つまり……延々とそれを頑張れば、『錬金術』を習得しうるということか?」

「可能性はあるし、努力を怠らないならば素質・素養に関係なく使えるようになるはず。ただ、その感覚を掴むまでにどれくらいかかるかってだけのこと。僕みたいに数日で『済む』かもしれないけれど、僕が知りうる中で一番時間を掛けたのは、『八十年』。人生を掛けても習得できなかった人も知ってる。だから、やれとは言わないよ。別の方法でも、魔法を限定的にでも使えるようにできるかもしれない――ただ、もしも」


 そう、もしもこれを習得することが出来たならば。

 この世界においては存在しなかった錬金術というカテゴリに入ることが出来るならば。


「魔法なんかが使えなくてもどうにでもなるようになる。僕はその錬金術師の中でも例外的な才能を持っていたけれど、『真っ当な錬金術師』でも大概、ぶっ飛んだことが出来るようになっちゃうから」

「ぶっ飛んだ事って……?」


 恐る恐る問いかけてくるフランカの手元に、ふぁん、と宝石を作り出す。


「例えば石ころを宝石にしたり、するのは応用に近いけれど」


 さらにふぁん、と宝石に複雑な細工を施し、指輪にしてしまう。


「適当な金属と宝石から指輪を産み出したりするのは基本だし」


 ふぁん、と大きさを変更。


「サイズを変更したり。この手のことは初歩だから、覚えちゃえばすぐに出来るようになる。発展に手を出せるようになればマテリアル――材料を多少曖昧にできたりもするし、たとえば何も無い平地に、立派な一軒家を瞬間的に作り上げることだってできるようになる」

「そんなでたらめな技術が存在しているとして――いや、目の前で見ている以上、認めるしか無いが。だが、これは疑問としてどうしても聞かねば為らん。なあリリ。なぜそんな便利な技術を、今の今まで『俺たち』でさえも――『アルガルヴェシア』でさえも知らないんだ。怪異(おに)だって知っているんだぞ――月の魔法も星の魔法も、そしてその先に訪れるはずの、未だ存在を証明できない完全魔法(グラマティック)でさえもだ」

「それは当然の疑問だよ。だからこそ僕は、いよいよここに至ってこの世界で二人目、三人目、四人目に、僕の正体を明かす必要があるんだろうね」


 サムにも結局、既に伝えてしまった。

 ……納得だけされたけれど。


「僕はこの世界の人間じゃ無い」

「…………」


 別世界から来たこと。

 本名は――渡来(わたらい)佳苗(かなえ)であること。

 その別世界には魔法なんてものはなかったこと。

 最初の異世界でそれを学んだこと。

 二度目の異世界ではさらに踏み込んだこと。

 そしてここが三度目の異世界であること――


「ああ――だからか」


 と。

 僕の説明に、ただ、ライアンとフランカは納得する。


「だからあの時、バードからの干渉がお前にあったのか」


 …………。

 ……おっと?


 なんか、思いも寄らないところに飛び火した……のか?


「陰陽の国バード。星の魔法、占星術(リリック)に栄えた国――陰陽の国ドア、月の魔法の対として存在していたはずの、咎無き罪人」

「……えっと?」

「そうか。リリはこれを知らないのか。――アルガルヴェシアという実験都市はそもそも、プラマナという国とは『別の国』だったのさ。性質的にはバードやドアのほうが近い」


 ……え?


「『陰陽の国』が置いた『在プラマナ大使館』が大元なの。そのことはアルガルヴェシアの異彩で、ある程度活躍している連中ならば知っているわ。忌むべき己のルーツとしてね」


 待って……、ちょっと話が急すぎる。


「船の上で『バード』が何らかの干渉をしていたことは私達も感知できていた。リーシャは微妙でしょうけど、私とライアンは殆ど確信できていた――ただ、確証は無かった。あなたからも特に聞かれなかったし、何よりあの時は『逃げる』ことが最優先だったから」


 これは、しっかりと話をする必要がありそうだな……。

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