95 - 希望は残していたけれど
2月上弦4日。
間者から得られる情報には大したものがない。
とは言ったものの、何か一つくらいは大きな情報が得られるかも知れない、そんな甘いことを考えながらも、牢獄内に拘束した56人の間者達を片っ端から調べ上げた結果、判明した情報は次の通り。
まず第一にどの勢力から来たのかと言う点だけれど、このキヌサと近接している勢力から忍び込んでいるのは56人中21人と過半数を割っていた。
また、ミズイを含めた『キヌサから二つ以内』の近隣勢力で数えても56人中30人に留まり、遠方から送り込まれた間者のほうが多いほどである。
第二に間者の傾向として具体的にどんな情報を流していたのかだけれど、これは56人中42人は軍……特に軍事的召集や行動に関する情報をメインとしていて、12人はキヌサで発せられた政令に関するものがメイン、残った2人は商業的な動きの情報である。
ただしここで言ったのはあくまでもメインの対象であって、もちろん他の分野も情報を流していたようだ。
第三にそれぞれの間者がこれまでに流した情報の中で『最も大きなもの』について。これは56人がそれぞれ別々の答えを当然出すため、リスト化して提出しておいた。
最後に番外、少年少女2人ずつ、計4人の出自について。
少女の片方は出自がシサムで、戦災孤児となっていたところを間者として教育され、その上で実際の親戚であるキヌサの親戚――つまり今の家族――の元に送り込まれたのだそうだ。もちろん、間者であることは伏せて。
少女のもう片方は出自が不明。モズイからの間者ではあるんだけど、自分がどのようなルーツなのかをそもそも理解していないようだ。今生活している家族は元冒険者で、モズイへと冒険に来ていたときに少し接点が産まれ、そのまま拾われる形できたんだとか。なのでキヌサに送り込まれたと言うより、無差別的に送られた先が偶然キヌサだったという感じのようだ。
一方、少年の片方は出自が元のチワカ。チワカはミズイによって攻め滅ぼされており、その際に戦災孤児となった彼はクラ商人会に拾われ、そこで間者としての教育を受けると、闇市で『こども』を買いに来た家庭に売られたのだという。そんな彼が情報を流している先は、クラ商人会ということになる。
で、最後、少年のもう片方は出自がミウトウト。戦災孤児ということではなく、そもそも母親がミウトウトに忍び込んだミズイの間者で、ミウトウトにおいて彼が二歳になった頃、その事……つまり母親がミズイの間者だったことが発覚。父親はその責任を負って自死、引き換えに息子の助命が聞き入れられ、息子はミウトウトにおいて『間者の子供だったから』という理由で間者として育てられたそうだ。その後、彼はミズイにある娼館に送り込まれていたんだけど、今の父親がその娼館から彼を身請けしたのだそうだ。
これらの情報をしっかり纏めてハイゼさんに提出すると、ハイゼさんは一瞬何かを言おうとしてすぐに口を閉じ、黙ったままついてこいとつかつか歩き出し、向った先は御屋形様の私室だった。私室あったのか……って思ったけど、そりゃあるよな……。
「御屋形様」
「ハイゼか。もう一人居るな、誰だ?」
「リリ・クルコウスにて」
「ふむ。妙な取り合わせだ、構わんぞ」
「はっ」
許可を得てハイゼさんが扉を開けると、そこには普段のかしこまった服装ではなく、ゆったりとした服装の御屋形様ことアイラムさん。
どうやら私室ではややだらけ気味になるらしい。
「それで、ここにわざわざ来たと言うことはなにか重要な報告だな。何事だ?」
「こちらを。リリ・クルコウスが先ほど提出してきたものです。本人から報告させた方が良き案件かと」
「ほう」
ハイゼさんは僕が渡した資料を御屋形様へと渡すと、御屋形様はチラリとそこに書かれた情報に視線を通す。
そしてすぐに、僕に視線を向けてきた。
「リリ・クルコウス。これを見た限り、全ての間者が口を割ったと言う事になるが」
「二割ほどは思考を読むミスティックでなんとか。まだそのミスティック自体、構築途中なので普段は使い物にならないんですが、条件を整えられる僕のテリトリーにおいてならば使えるので。残りの八割はこの三日で折りました」
「一応大名として聞かねばならぬのだが、方法は?」
「ふと気がつけば両手両足が完全に拘束され、目を隠されている、そんな状態で三日三晩です。ましてや他の息使いも聞こえて、誰かが近くに居ることも解りますし、尋問の声や音もちらほらと聞こえる、そんな環境になります。一定間隔で栄養素をしっかり含ませた水を飲ませていますから、餓死することはありませんし、喉が渇くことも無いでしょう」
「うむ。その点は人道的だと思うが……」
「いやあ。三日三晩ですよ。その間水場にいける自由なんてありません」
「…………」
「目隠しはしていますが、耳は塞いでいないし、鼻や口にも特にこれといって制限は掛けていません」
「…………」
「僕が用意している水は誰でも飲める、普通の綺麗なお水ですけど……。そんな過酷な状況下において、嫌なことを考えつく人の方が大半というわけです。どうせ間者というものは痛みに耐える訓練はしていますから、こういう精神的な攻撃を与えるほうがまだ効果的だと思ったし――実際、それで八割という数の心を折ることは出来た。大成功ですね」
「……おいハイゼ。ハイゼの入れ知恵か?」
「いえ。……予めこのようにするという事は聞いた上で止めることはしませんでしたし、それに耐えうる人員も選出しましたが、発案者はリリ・クルコウスにて」
「リリ・クルコウス。その年齢で悪魔のような発想がよくできるな」
洋輔が居たらもうちょっとマシだっただろうけど……ね。
「しかし今日の内に報告に来るとは。明日三将が帰ってきた後でもよかったのだが」
「僕もそう思ったんですが……、今、あの牢獄は酷い事になってますからね。そこに三将をお呼びするのはどうかと思いました」
「ふむ。ということは改善すると?」
「御屋形様やハイゼさん次第ではあります。これ以上情報は多分出てきませんが、絶対とは言えませんし、ならば現在の状況を続行した方が良いかもしれない。続行するも良し、状況を改善してとりあえず並の囚人程度にまでは待遇を改善するも良し。どうされますか?」
「その問に答える前に確認したい。今回リリ・クルコウスが捕らえた56人の内何人が死んだ?」
「まだ一人も死んでいません」
「…………、」
まだ。
今のところは、といほど、切迫もしていない。
やはり逃げるところまでが決死なのだろう。
「リリ・クルコウスの配慮は実に有り難いが、そうさな。現状維持が正しいか。ハイゼ、どう思う」
「御屋形様の判断は正しいかと」
……あれ?
改善しろと言われるかと思ったのだけど。
「意外そうだな。理由を説明した方が良いか」
「はい。てっきり御屋形様ならば、むしろ手厚くしてやれとでも言うのかと」
「うむ。普段ならばそう答えるだろうな。だが今回捕らえた間者は帰さぬ、そのまま死なせるほかない」
あれ?
「三将に引き渡せば、あとは人質という形で身代金と引き換えるって話じゃありませんでしたっけ、ハイゼさん」
「普通ならばそうしたが、今回はそういうわけにいかないのだ、リリ・クルコウス。確かにリリ・クルコウスのやり方は抜群の効果を得た。私や三将が56人の監督をしていたとするならば、おそらくまだ数人の口を割らせることができたかどうかという所だろう。それほどまでに効率的で素早く、しかも確実だとも考える。だからこそ、間者は殺さねばならん。生かして帰せば今回の仕打ちを当然だが知らせるだろう、それは諸勢力にとって、キヌサの評判を落とすのに都合が良い。無論公式にそれを発表したり告発することは出来ずとも、風聞を広めるには十分だからな」
なるほど。
つまり僕がやりすぎたと。
「環境改善を行うにあたって行う掃除中に逃げられてもバカバカしいからな。悪いがそのままだ。明日三将が帰還次第、状況については私から説明するとしよう。その後三将も我々と同じ結論を出すとは思うが、その後に処分を行う。その段階までは生かしておけよ」
「はい。わかりました」
「ハイゼ。今回の件に携わった兵には監視を付けておけ」
「初日から常に。今回のやり口、漏れてはやや問題ですので」
「ならば良い」
そしてやり過ぎだと批判したいけれど、結果を出した以上叱責も出来ないというのが御屋形様の立場であるようだった。
捕まえたときも加減しろ馬鹿と言われたような気がする……。
「リリ・クルコウスはどうやら、最大の成果を最大のコストで得るような所があるな。それは美点だろう、伸ばしていくと良い。少々扱いにくいのも事実だが、扱いにくい駒を使いこなしてこそ……だろうしな。アレにせよだ」
……ごもっとも。
「しかしよくもまあここまで調べたものだ。そしてよくもまあここまで間者に好き放題をさせていたものだ、という話にもなるな、ハイゼ」
「まことに申し訳なく」
「責めているわけではない。私にしてもこれほどとは思いもしなかったしな。……これでは到底軍備を削ることすらできんな」
むしろ予算は増やさなければならぬ、と御屋形様はぼやいた。
全国津々浦々から警戒されているのだ、弱みを見せればたちまち攻め込まれるという見立てのようだ。
それは決して間違った見方では無い。実際そうなる可能性も高い。
ただ、それはそれで一つの疑問があるんだけど……間者が属する勢力に重複が無かったことが気になるといえば、気になる。
たった一人の情報源では裏取りが出来ない。一人からの報告では情報にどうしても偏りが出るし、色も付く。
その補整をどうやってしているのだろう。
あるいは……補整をしていないのか?
だとすると、キヌサに――
――と。
思考が進み掛けたその瞬間、妙な気配を北に感じる。
「…………?」
なんだかぼやけた気配だ。
気配を隠そうとしていて上手く行っていない……のかな。
あるいは別の何かを隠す事を優先している、みたいな気配だけれど。
ただ一つ言えることがある。
これは人間の気配では無い。
「すみません、話を突然変えてしまいますが。この付近で魔物が発見されたということはありますか?」
「魔物? ……まあ、それほど多くは無いが、ちらほらとはあるな。それがどうした?」
「北の方向に妙な気配が『今さっき、そこに産まれた』という感じがしまして」
「ハイゼ」
「はっ」
うん?
御屋形様がハイゼさんの名前を呼ぶと、ハイゼさんは赤と緑の渦から魔法を発動。テクニックか。
何かを探知するタイプかな?
「確かに反応がありますな。ただ、魔物というより怪異の類いかと」
「怪異?」
「このクラという国では一時期、軍では無く個人の武威によって全てを決めるという時代があってな。万の軍をも蹴散らしうる一人の武威によって領を纏め、そしてクラを統一しようとしていたその時代。一人で得られる武威には限度がある、ならばその限度を取り払う事が出来ないか。取り払うことが出来ずとも、限度を超えた力を得ることは出来ないか……与える事は出来ないか。そう皆が考え、そして産まれた存在であり概念だ。『人間や動物に、魔物の力を埋め込んだもの』、これを纏めて怪異と呼ぶ」
人間や動物の魔物化……いや、魔物化とは違うのか。
魔物の力を埋め込むに過ぎないわけだし。
「ま、その時代は結局長続きしなかったが。怪異による支配は結局、恐怖を生むものにすぎなかったし、恐怖は人の心に蓄積し、ついには怪異をも凌ぐ集団としての力を与えた。そういう意味では、怪異という存在は武威のために作られながら、武威の時代を終わらせるための存在でもあったのかもしれん。……怪異の製法は既に殆ど失われているが、今でも時々怪異が見つかる。今回もその類いだろう」
「…………」
……ふうん?
殆ど失われている、ということは、一部は残ってるんだろう。その一部の仕業かな?
だとするとタイミング的に……間者の状況を確認するためか?
「ハイゼ、怪異を撃滅せよ。必要ならばキヌサ・ヴィレッジの駐屯兵を使え」
「はっ」
「リリ・クルコウス。牢獄を直接監視しておけ。タイミング的に怪異の目的はそこである可能性が高い。ハイゼならば怪異を遅かれ早かれ撃滅しうるが、それまで全く干渉を受けないとも限らん」
「御意」
「ハイゼ、帰還したらリリ・クルコウスに怪異の死体を見せてやれ。どうやら興味があるようだ」
「かしこまりました。御屋形様も御支度をお願いします」
「無論」
支度?
何の?
「怪異が出たことはクラ全体で共有するべき情報だからな。他領の大名貴族に伝えねばならん。まさかこの格好では外に出て行けまい」
……納得。
それにしても怪異、ね。魔物の力を埋め込んだ存在……また妙な概念があったものだな。
アルガルヴェシアでも研究されてそうだけど……、どうなんだろう。
後でライアンにでも聞いてみるか。




