94 - 三将が帰ってくる前に
牢獄は地下にある。
それぞれ牢屋として用いる部屋は一部屋あたり四畳程度とやや広く、天井の高さは普通の建物と大差無し。
壁はそれぞれ一面は鉄柵、残りの三面は壁になっており、鉄柵に使われている鉄棒は太く、しかし手を開いた状態でも手首までは通らない程度の狭さで作られていて、部屋と部屋の間にある壁は五十センチを越える厚さが確保されているなど頑丈だ。
ちなみに部屋数は14部屋となっている。
いや部屋数って表現で正しいのか……?
ちなみに既に耐性は付与済み、さらに魔法無効化の仕掛けも全ての部屋に施したので、脱獄できるとしたら看守や見張りを上手いこと利用する必要があるだろう。
あとは錬金術師なら余裕だろうけど……居ないよね? うん。
で、今回拘束したのは56人。
両手両足は鋼鉄で拘束、さらに目隠しもちょっとしたことでは外れないような仕組みで作っておいた。
また、一部屋に四人も詰め込む都合上、ある程度自由に動けてしまうと喧嘩だったり共謀だったりが起きかねないため、それぞれ両手の拘束具は壁、両足の拘束具は床へと鎖で繋いである。
身じろぎくらいは出来るけどそれくらい、なんというか我ながら人権というものをもの凄く軽視してるなあ……。
2月上弦1日。
そんな報告を御屋形様とハイゼさんに済ませると、
「多少は加減しろ馬鹿」
とは御屋形様。
とはいえ、
「妙に加減して逃がすほうが馬鹿らしいので」
「…………」
納得して貰えたようなので、報告を続行。
拘束した56人と、その拘束次いでに発覚した事項は纏めてリスト化、書類にしておいた。
また、ついでに本国とのやり取りと思われる文書なども押収できた範囲で全て提出。
ただし、物質的なやりとりではない部分……例えば『遠隔音声伝達』を初めとした魔法だとかも含めて、そのあたりは残念ながら押収できていない。
なのでこのあたりは身体に聞く事にする。
他に方法が思いつかない――渡鶴があればなあとやっぱり思うけど、さて。
「……身体に? とは?」
「大丈夫です。絶対に死なせません」
「…………」
深く聞かない方が良い、と本能的に悟ったのか、御屋形様とハイゼさんは黙り込んだ。
ちょっと心外だ。
「……一応聞いておくが。冤罪ということはあるまいな?」
「まず無いとは思います。ただ、確約はしかねますね。数が多すぎる。もし間違いだったら……」
「……だったら?」
「その分良い思いをして貰って、我慢して貰おうかなと」
「…………。やれやれ」
要するに買収だ。
まあもっとも、眼鏡の判定的にミスは無いはず……だけど。
むしろ情報が引き出せるかどうか、そこが重要になってくるかな。
「なかなかアレも過激なものを寄越したものだ」
「使い方次第ですよ。偶然今回は過激に見えるだけです」
「包丁と名刀のような関係か」
間違っては無いと思うけど、その表現で済ませても良いのだろうか……。
「ま、よかろう。ハイゼ、書類の解析は頼む。リリよ、身体に聞いた結果何か解ればハイゼに伝えよ」
「はい」
「それで、看守が要るな。どのような者を何名ほしい?」
「牢獄自体は強化したので、ほとんど脱走の恐れは無いと思いますが……、それでも万が一ということはありますから、最低限護身はできる人を。数は同時に四人は確保しておきたいので、三交代として十二人が最低限」
「ふむ。他に条件は?」
「『身体に聞く』の過程で多少の音は漏れると思いますので、それに耐えうる精神も欲しいですね……いえ、むしろこれが最優先かも知れません。下手に捕らえた間者に同情されて、間者を逃がしてしまったりすると、僕はその人も捕らえなければならないので」
「…………。そうさな。軍に看守専門の部隊がある、そこから十二……いや、余裕を見て二十ほどリリ・クルコウスの下に配属しよう。もとはタンタウト・ガーランドの配下だからな、後で挨拶をしておくように」
「御意」
というわけで報告完了。
御屋形様の前からハイゼさんと一緒に下がり、そのまま別室で今後についての調整を行う。
「身体に聞くと言っていたが、リリ・クルコウス。拷問か?」
「ミスティックの読心などを用いるのが先です。それでも何も出てこないようならば拷問と言うこともあるかも知れません」
「治癒術士の手配は」
「不要です。僕でもある程度は治せますし、治せる範囲でしか傷を付ける予定もありません」
「そうか」
ハイゼさんは一度頷くだけで、それ以上の追求はしなかった。
必要ならばやむを得ない、そういう認識のようだ。
「……というか」
「うん?」
「囚人を置いている環境が環境ですからね。五日もあれば追い詰められるかと」
「……えげつないな」
否定はしない。
というか、できない。
「それで、捕らえるところまでは僕の仕事ですけれど、情報を取り終わったらどうするんですか?」
「それを決めるのは我々では無い。タンタウト・ガーランドだな」
『担いの手』タンタウト・ガーランド。
このキヌサにおける三将の一人で、実際今回の軍事行動を纏めていたことにも顕われているとおり三将のなかでも長とされる人物だ。
ちなみに『実績も無いものを上に据えても兵は動きませぬぞ』と進言をした、例の順でいうならば二人目にあたる。
三将の長ではあるけれど、何かに特化しているわけではない。
役割としては『要』であって、だからこそ看守専門の部隊だとかを持っているのだった。
尚、僕が危惧していた兵站問題は僕の想定よりかはややマシで、そのマシと言わしめた理由もこのタンタウト・ガーランドその人の功績だったりするけど、それはそれ。
「なら、情報は三将にも渡した方が良いでしょうか」
「必要ならば三将から問い合わせが来よう。その場合は聞かれた部分に関しては答えて良いが、それ以外は答えずとも良い」
真偽判定から意訳しよう。
できる限り教えるな。
ただし、『僕からは』。
「では、ハイゼさんに誘導します」
「うむ」
満足そうにハイゼさんが頷いた。
それと合わせて、ハイゼさんは僕に数枚の紙を渡してくる。
これは……、
「これより以前我々が捕らえた間者に関する情報なれば。見ての通り得られた情報は少ないが、多少は役立つかもしれない」
「ありがたく」
本当にこれはありがたい。
受け取った後、もう少し細かい調整をしていく。
具体的には借り受ける人員の指揮権引き継ぎだとか、その人員に関する宿舎の準備だとか、その人員が実際に行う仕事の割り振りだとか。
捕らえた連中の食事はどうするだとか、その他生理現象に関するアレコレはどのようにするのかなどもここで策定し、最後に重要な点へ。
つまり。
「自死された場合はどう対処する?」
「魔法による自死は不可能です。檻に細工をしました、あの監獄の中では魔法が一切使えません。身体への自傷による自死も、四肢を縛り上げていますから難しいでしょうね。捕獲した際に毒物も全部没収しました、毒による自害もできません」
「抜け目ないな。だが舌を噛み切る事はありえるし、そうでなくとも食事を拒否する可能性はあるだろう?」
「前者はやむを得ないですね。後者はできる限り避けたいので、いざとなったら栄養だけでも叩き込みます」
「ふむ。前者でも治癒か」
「可能ならばですが……」
そのあたりはまだ、正直読み切れていないところではある。
間者にも種類があるのだ。
今回は決死タイプとそれ以外で考えれば良い。
「一時的だったり瞬間的に潜入して間者働きをするなら決死の間者ということもあり得ますが、今回捕まえたような街に溶け込むタイプの間者って優秀ですからね。捕まったら自死しろという命令は出ていない可能性のほうが高いんです。どうせ死ぬなら逃げて死ね、なんとか脱走を試みて、その上で死ぬならまだしも、逃げる努力もせずに死ぬのは逆に禁じられているかと」
「だが逃げなければ事実我々がそうしようとしているように、情報を間者から取られるかもしれないぞ」
「先に言っておきます。僕が得られる情報の大半は『この間者はどこの間者で、どんな情報をこれまでに盗んできていて、そしてこれからどんな情報を盗もうとしていた』という類いの者で、間者の本国に関する情報は殆ど手に入らないと見ています」
「ほう。理由は?」
「街に溶け込むタイプの優秀な間者だからです。その手の間者は自国のことを殆ど知りません」
命令通りに情報を探り流すだけで、自分から動く事はしない。
普段はあくまで一般人として溶け込むタイプの間者は、こうであることが望ましい――情報に色が付かないように、それは必要な事だ。
「その説が正しいとすると、逃げたところで意味は無いだろう」
「いえ。キヌサではもう使えなくても別の勢力にならば送れますし、それこそキヌサでの経験を生かして本国におくのもありなので、逃げることはやっぱり義務なんです」
「……それもそうか」
それになにより、逃げられる方が都合も悪い。
だから逃げるものだと考えておく――自死されるのも結構堪えるけれど、逃がすよりかはマシだと割り切っておく。
……その辺も踏まえると、いよいよ囚人にどのような夢を見せておくかが重要になるか。
「タンタウト・ガーランド。彼は間者をどうするつもりでしょう。用済みになったら殺しますか?」
「それも一つの手段として否定はしないはずだが、恐らくは人質として利用する事になるだろう。身代金を支払えば解放すると」
「ふむ……クラの事情はよく知りませんが、よくあるんですか」
「将クラスではちらほらとある。間者でやることはあまり無いが、皆無でもない」
なるほど。
……ま、優秀な間者ならば金を払ってでも解放させる意味があるか。ましてや『なぜ今回いきなり大規模に捕まったのか』という原因を探りたいだろうし。
もちろん顔が割れる以上、他勢力に出すわけにも行かない。
自領での活動に制限されるけれど、それでも優秀な手足に違いは無い。
「『インディケート・スペシフィク』の効果範囲、もう少し拡大しておきますか」
「確かミスティックだったか」
「はい。特定人物の居場所を探るミスティックです。今の所、対象は収容している56人ですが……」
「なるほど。わざと逃がすか。よく泳いでくれると良いが」
「最初から泳がせる必要もないでしょう。暫くは水槽の中で問診です」
「そうだな――」
結局、見張りなどに関しての指揮権はハイゼさんに渡す案もでたんだけれど、当面の間、リリ・クルコウスとしての僕が握ることになった。
ただし、三将が帰還した後、改めて会合を開き、そこで改めて確定するとも――たぶん、その上で変更は無いだろうと言うことも。
そんな三将の帰還予定日は2月上弦5日。
その日までにどの程度絞り取れるかは僕次第と言うことでもある。
ハイゼさんとのそんな打ち合わせを終えて、再び牢獄へ向う――さすがにまだ目を醒ましている者は居ないようで、ずいぶんと静かな地下空間だ。
間者として入り込んでいた56人の内訳は、男24人、女32人と女性が多め。
年齢層は二十代、三十代が大半を占め、特別目を引く年齢層としては、少年少女という年齢の子がそれぞれ2人ずつ。
ちなみにこの56人、僕が調べた限りで特に深い接点は無し――そりゃ会話をしたことくらいはあるだろうけど、それぞれが別々に家庭を持っているし、友人ということもないようだ。
つまりはそれぞれが独立しているタイプ。そもそも『上』が違う可能性も高いんだけど、だとすると結構この街の防諜はボロボロだったと言うことになるような……。
それに大人衆が入り込む理由はいくらでもあるとして、問題は少年少女の計4人なんだよね……、この4人、それぞれ違う家庭で普通に子供として生活していたのだ。
その上で、『子供だけが』間者として僕の判定に引っかかった。
この子達がどうやって紛れ込んだのか、これはしっかり調べる必要があるだろう。
もちろん、別領の親戚から養子を取っただとか、あるいは預かってるだとか、そういうだけって可能性が高い。
ただ……このキヌサにおいては見ないけど、クラという国で見ると、少ないなりに闇市はちらほらあるからな。そこ経由というのも十分にあり得る。
だとすると闇市は利用されただけか?
それとも闇市にその手の子供を使ったビジネスが成立していて、何か奇妙な組織が背後にいるとかもあるのか――情報ギルドの性質を悪くしたようなものがあるのか。
見極めはしっかりとしないといけない。
「それと――親はどう動くかな……」
この子たちの親からして見れば、突然子供が誘拐されたようなものだ。
ようなものというか、モロにそうなんだけど。
しかも権力者によって唐突にやられたのだ、どこかに告発したがるはずだ……、そこら辺は、ハイゼさんに頼んで探ることが難しいんだよね。
かといって僕はこっちの調査を優先したいし。
仕方ない、リーシャとフランカに頼もう。あの二人ならばなんとかするだろう。
ライアンは……保留で。




