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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
91/151

91 - ※協力してくれた野良猫には後でおやつをあげました

 1月上弦14日。

 雨がしとしと降るそんな日でも、今日のクラはそれほど寒くは無い……というのも、普段とは違って厚着をしているからだ。


 厚着は厚着でも鎧って言うんだけど。

 プレートアーマーじゃないだけマシだけども、やっぱり動きにくいなあとは思う――それでも剣道の防具よりかは動きやすいかもしれない。

 慣れの問題だろうけども。


「さて。こうして集まって貰ったのは他でもない。新たに軍へと加え、将として扱うリリ・クルコウスの力量をここで示して貰うためである」


 そしてここはと言うと、キヌサ、屋形の中庭だ。

 結局、御屋形様は僕を軍に編入する事を押し通そうとしたんだけど、これに今、軍を纏めていた三人の将が反発。

 この反発の理由は一人目から、


『余所者にいきなり一軍を預けるとは何事か』

『実績も無いものを上に据えても兵は動きませぬぞ』

『そもそも毛も生え揃わぬような小僧では無いか!』


 という、清々しいほどに反論の余地のないものだった。

 ただし三人目には周囲の野良猫を嗾けたし、結果やや引っ掻かれた形跡が今でも残っているのは良いザマだと思う。


 ……じゃなくて。

 御屋形様はそんな三人の将と同格として僕を軍にどうしても入れたかったようで、信頼性はともかく、実力面や実績面ならばすぐにでもデモンストレーションができるとサムから入れ知恵があったらしく、そのデモンストレーションとしての模擬戦が組まれたわけだ。


 この模擬戦に参加するのが僕一人では心配だからという理由でフランカが同席を求めると、御屋形様は二つ返事で観戦席を準備してくれた。

 尚、フランカ以外は来ていない。


「御屋形様。本当に本気で宜しいのですな?」

「無論だ、ユーノ。手抜きは許さぬ。リリ・クルコウスよ。その男、ユーノはこのキヌサでも最高位の槍使いにして、キヌサの武威の象徴である。もちろん勝てとまでは言わぬ。が、他の者達が納得できる程度には奮戦せよ」

「はい」


 中庭で僕に対峙しているのは、ユーノ・バウトという槍使い。

 実績も無いものを上に据えてもと言った将の子飼いで、純粋な戦闘力ならばキヌサでトップに位置しているとか。

 もちろん一人の武威で解決できる範囲には限界があるし、また武威はあっても指揮がいまいち得意では無い――といった理由で、将にはなっていないそうだ。


 ユーノが装備している槍は一本、少しサイズは大きいけれど、形状的にはごく普通。でもテクニックが刻んであるかな……使うかな? どうだろう。

 それを抜きにしても構えは美しいとさえ言って良いだろう。隙も殆ど無い。

 一方、防具はポイントアーマー。妥当なところだ。


「それでは、ユーノさんと同じ武器にしますか……」

「…………?」

「フランカ。槍持ってきてたよね?」

「ええ」


 はい、と投げ渡された槍をしっかり受け取る。

 相手に会わせて武器を変えるつもりだったとはいえ、全ての武器を装備していては邪魔なだけだし、というわけでフランカに持っておいて貰っただけのことである。


 で、受け取った槍にはテクニックもロジックも、そう言った便利系は一切刻んでいない。

 また、僕が作ったものというわけでもなく、市販されていたものをそのまま持ってきた。

 フランカたちと稽古をする時に使う用なのだ、本来は。


「お待たせしました。始めましょう」

「俺を相手に槍を持つか……良い度胸をしているな」

「良く言われます」


 言いつつ、ユーノと距離を取って槍を構える。


「いざ尋常に――」


 自然と、そう号令を出したのはユーノが仕える将だった。

 名前はなんだっけ……あとで確認しないとな。


「――はじめ!」


 合図にあわせて突き出されたユーノの一撃を避けるついでに背後に回り、そのままユーノの後頭部に穂先を当てつつ万が一の反撃に備えて手元にミスティックで、衝撃による攻撃魔法をスタンバイ。

 ここまで、一秒にも満たない一瞬の出来事である。


「…………」


 それをようやく認識したようで、場はシン、と静まった。

 一人、フランカだけを除いて――フランカは何度か訓練で、ユーノの立場でこれを体験してるからな。

 他人がやられてるとこんな感じなのか、という類いの、好奇の視線を向けてきている。


「ユーノさんの槍を回避しつつユーノさんに突貫、身体が接触しないように回転しながら一気に背後に回って、槍を突きつけると同時に保険の魔法を準備する。――何も特別なことはしていません。一つ一つの動作を相手の隙に合わせて素早く行う。ただそれだけの事です。決して瞬間移動したわけではありませんよ。ユーノさんには厳しくとも、観戦中の方々ならばなんとか目が追いついたという方もいらっしゃるでしょう」


 やられた方は『すり抜けられた』と感じている……はず。

 少なくとも僕がやられたときはそう感じた。いや相手が冬華だったから上手すぎたってだけかもしれないけれど。


「なるほど。武勇には確かに優れるようだ。……相手は子供と侮ったな、ユーノよ」

「……はっ」


 そして槍を突きつけられたまま上司に短く答えるユーノさん、なんだか叱られた子供のようだ。

 そして仕合は終了らしいので、槍を引いて魔法も解除。


「だが所詮は個の強さ。個の強さは軍という集団の強さとは異なるものだ。……まあ、あまりにも傑出した個の強さは軍をも凌ぐことがあるが」

「その手の強さを持つ人は、ただ立っているだけでそうと認識させるものですよ。僕とは違って……ね」


 あるいは取り繕うのをやめている状態ならばやれそうだけど、そんな事をしていたら命がいくつあっても足りないので拒否だ。


「けれど、御屋形様。やはり僕を将にするのはやめた方が宜しいでしょう」

「それほどの戦力を捨て置けと?」

「別の使い道があると言うことです。だいたい、僕みたいなものを将としておいてしまえば、『キヌサはあのような子供を将にしている』などと侮られましょう」

「だがリリ・クルコウスにならば勝てるだろう。一勝ならば偶然でも、二度三度と勝てば周りはそれに恐れるはずだ」

「それでも子供に進んで血を浴びさせる大名というものは、人心を握れません」

「…………」


 ま。

 僕があとせめて二歳くらい身体的に年上ならばいくらか言い訳は利いたんだろうけど……声変わりもしていないような子供が軍を率いるというのはなんともな。


 しかも僕の場合完全エッセンシアの服用で成長止めちゃってるし、その時が訪れるとしても僕が僕の意志で解除する道具を作る事に成功し、それを使ったときに限るという。

 そう考えるとあんまり同じ場所に長居は出来ないんだよね、僕。


「それに……お三方の将にお聞きしたい。たとえば先ほどのような仕合を練兵所で兵に見せたとき、僕について行こうと声を挙げた兵を率いたいとお思いか」

「なるほど。それは少々遠慮したいところだ」


 僕の問いの意図を即座に理解し答えたのは、猫に引っ掻かれた形跡が今だに残るその人だった。だからといって手心を加えるつもりもないけど。


「どういうことか?」


 で、そう確認をしてきたのはここまで喋っていなかった一人目の将。

 ただしこの人も理解はしている感じだ。御屋形様の『疑問』を解消する係かな……、恥をかかせては為らないと言うことか。


 ……いよいよ戦国時代じゃあるまいし。


「ユーノさんに従おうとする兵はまだしも、僕という子供が圧倒的な武威をみせ、そんな僕に従おうとする兵がいるとしたら、その兵は『僕の側ならば自分が弱くても多少なんとかなる』という理由で僕を選んだ可能性が高いということです。将としての強さは見せていないわけですからね」

「つまりは戦においていざという時に逃げ出しかねないような連中が真っ先に従うと言うことか」

「有り体に言えば」


 だからこのデモンストレーションでは、この場に呼ばれた将三人と、秤として使われたユーノさんを説得する意味合いはあっても、兵に対してはむしろマイナスの意味合いが強い。

 だからといって、将としての強さを見せるデモンストレーションというのは――


「御屋形様!」


 ――と。

 説明しようと口を開いた丁度その時、中庭へと騒がしく一人の男が駆け込んできた。

 走ってきたのだろう、息が上がっている。

 伝令……か?

 青ざめているし、これは……良いニュースじゃなさそうだな……。


「ジワーが国境に兵を集めており。敵数、およそ二万から三万との報告が」

「何?」


 ジワーというと、このキヌサと国を面している勢力の一つだな。

 地図で見る限り規模的にはキヌサよりも二回りは小さい。

 ……そんな勢力が、二万を越える兵を集めている?

 キヌサでさえ一万二千だぞ。ちょっと無理だと思う。


「数は間違い無いのだな」

「はっ」

「兵を集めよ、全軍を以て対処せざるをえまい。だが、二万か……」

「ジワーはどこかと同盟しているんでしょうか」

「二年ほど前だったか。ミズイに臣従したな。ミズイはこのキヌサから見ると、ジワーを挟んだ反対側にある大国だ」


 ということは、その二万の兵の大半はミズイの兵だな。

 その大国がジワーを通ってキヌサを攻めに来た……、素直に受け取るならそうだけど……、その場合、攻める場所がおかしい。

 ジワーを通ってキヌサを攻めてきたということは、百歩譲ってキヌサを見事に陥落させてもジワーを封鎖されればミズイの兵は帰れなくなるわけで。


 後方遮断って定石だよな。無警戒はあり得ない。

 だと「すると後方遮断がされないという自信を持っていることになり、たとえばそれはジワーと面する他の大名貴族も実は臣従しているって可能性だけど、もしそれが出来ているならば、ジワーとその周囲の兵力を抽出してキヌサにまずぶつけ、それで勝てれば万々歳、勝てずとも消耗させてから攻めてくるだろう。


 もしも後方遮断を考慮していないのだとしたら……、例えばミズイの目標がキヌサではなく、ミズイ・ジワー両国と国境を接している勢力だという可能性。数を集めてキヌサに寄せることで『キヌサを攻めるぞ』と見せて、それによってその別勢力を油断させている感じになる。

 もしくは、どちらでもない――つまり、もとより攻めるつもりが無いパターンとかもあり得るな。兵を動かすだけでもお金が掛かるし兵站にも負担は掛かる、そのことを味方に教えたい、なんて理由もありうるかな?


 いや、そんな事のために万が一キヌサと戦端を開いてしまったら馬鹿らしい。いくらなんでも勉強代が高すぎる。

 とはいえ、今後の行動方針を決めるための探りの一手って可能性はあるか。もしもキヌアがカウンターで兵を集めるようならばミズイの兵は引いてジワーに一旦任せるとか。

 勢力差と数の理論でジワーは陥落するだろう、その上でキヌサがジワーを占領するか、臣従させるか、それとも何もせずに帰っていくか。それで今後の攻める方向を決める、とか……。


 なんかふわっとしてるな。

 明確にキヌサを攻める理由が思いつかない。

 であるならば、やっぱり別の所に本意があるか……」


 となると、


「ジワー方面に六千ほどをゆっくり差し向ける。残りは待機。万が一ジワーからキヌサに入ってくるようならばその六千はゆっくり後退、待機させていた残りを急いで合流。こちらが後退しているということはその分、相手がキヌサに侵入していると言うことだ。相手も全軍では動けない。敵地での兵站確保は兵力がかなり割かる以上、最悪でもこちらの一万二千に対してあちらは一万五千程度に抑えられるし、ましてや地の利はこちらにあり。大敗は無いだろうし、一戦すればあちらは引くかな?」

「そもそも入ってこないとしたら、連中の目的は?」

「ジワーとは別の隣国に対する圧力、キヌサの反応確認と攻略方針策定のための布石。あるいはジワーに対する締め付けという可能性もあるかも知れない。だとするとミズイが出した二万の兵はジワー占領用って可能性も出てくるのか……」


 三人の将がそれぞれに頷いたのを見て、あれ、と僕は首を傾げた。


「えっと……皆さん。何に頷いてるんですか?」

「何にって。散々相手の手の内を読んだのはリリ・クルコウス、君だろうが」

「…………? 確かに考えては居ましたけど……、心を読んだんですか?」

「リリ。口に出てたわ」

「え。どこから?」

「えっと……『すると後方遮断がされないという自信を持っていることになり、』みたいな所からだけれど」


 フランカ……もうちょっと早めにこう……。

 にしてもかなり序盤から口に出してたな僕。

 久々にやらかした気がする。気を引き締め直そう。


「幼いというのに、読みが嫌に鋭いな。……なるほど、ジワーが二万の兵を出したのでは無くミズイの兵か。十分にあり得る話だ。それにその推理も大枠では間違っていまい。御屋形様。私はこの者の意見に賛同いたします」

「某も同じく」

「ならば私は反対の位置に立とう。リリ・クルコウスの推測は概ね的を射ているように聞こえるが、その裏付けが無い。単に力攻めを試みているだけと言う事もあろう。また、一万二千と一万五千の戦いに為る前に、六千の段階で奇襲を受ける可能性も否定は仕切れぬ。ともすればずるずると戦力の逐次投入という愚を踏むこととなろう」


 順番は二人目、三人目、一人目。

 ……いい加減名前で覚えたいんだけど、思い出そうとしても名乗られた覚えが無いんだよなやっぱり。

 あとでしっかり名乗って貰おう。


「御屋形様。どうなされますか」

「思うところがある。リリ・クルコウス、先ほどの推を紙に纏め提出せよ。三将はリリ・クルコウスの言を聞いていたな、その通りに差配せよ」


 え……っと?

 それでいいのか……?


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