90 - キヌサの実情
「さて、堅苦しい態度は抜きにして、まずは現況を確認して貰いたい」
「……はい?」
1月上弦11日。
キヌサ・ヴィレッジに到着しノ・キヌサこと御屋形様と面通しをした翌日、約束通りに呼ばれた屋形の大広間には大きな地図が開かれており、兵を意味するのだろうか、石がその上に重ねられている。
まずは挨拶だな、とおもったら先の発言。
結構せっかちらしい。
「既にハイゼに聞いているだろうが、我々キヌサとしては正直、一刻も早く軍備を廃止したい。あれにかけている金を領地の整備に使いたいからな。しかしそのような事をすれば隣接する領国が攻めてくることは必定、抑止力として結局は育てなければならぬ。そして抑止力としてある事が前提なのだから、我々は隣接する領国全てから同時に攻められても耐えうるだけの戦力を持たなければならず、さらに軍事費が掛かる。そしてこちらが戦力を増やせば周囲の領国も戦力を増やし……悪循環だな、抜き差しならん」
……ふうん。
なるほど、抜き差しならないってそういう意味合いだったのか。
「どうだ、リリよ。解決策は思いつくか」
「近接する領国と近接する領国……つまり一つ先の領国と手を結んで、挟み撃ちが出来る状況を作っておき、その同盟先と連携する、とかですか。ただそれは一種の野心を持つことになりますね、本意ではありますまい」
「うむ」
「しかし野心が無ければ何も進みませぬ。ずるずると引きずられていくだけ……それに。御屋形様も既にご存じとは思いますが、この悪循環には限界がありますね。限界を迎えればキヌサは攻め滅ぼされるでしょう」
「…………」
キヌサと隣接している領国は全部で五つ。
その五つの領国から同時に攻めてこられても対応できるだけの軍備を、あろうことかキヌサは現状揃えきってしまっているのだけれど……そもそも五対一なのだ、数の多い隣接する領国が気合いを入れて軍備増強を始めれば、あっさりと戦力は逆転するだろう。
で、実際問題、五つの領国が一気に攻めてくることはまず無いと考えて良い。そんな事をしたら後で絶対に揉める、多くて三つ、実際には二つの領国が同盟を結んで仕掛けてくるってのが限度か。
それにならば対応できるように見えてその実、一度でも攻撃を受ければ、消耗した戦力を補充する速度の面でキヌサは圧倒的に不利だ。そのことは他の領国のほうがよくよく解っているだろう。
あとは最初に誰が貧乏くじを引くか、その牽制をしあってるってところかな……。
「隣接する領国と手を結ぶというのはどうか?」
「その隣接する領国が別の領国から攻められたとき、援軍を出せますか?」
「出すしかあるまいな。そして手薄の本国を襲われるか」
「現時点では可能性ですが、否定は難しいかと」
結局は戦国時代と同じ事。
野心なき大名は生き残れない。
守勢も時には大事だけれど、守るだけでは絶対に負けるのだ。
「つまりだ。リリ・クルコウスの考えは、攻勢か?」
「はい。戦力を整え、領国を広くし、また戦力を整え、また領国を得て。その繰り返しです」
常識的な答えならば――だから、これが正解だ。
非常識な解答もあるけど、あえて披露するものでもあるまい。
「本当に道はそれしか無いか?」
ただ、そこまで非常識でも無い程度に、少し裏技のようなものが思いついているのもまた事実。
「確実に行えるのはそれくらいです」
「確実性に欠くものならばあると」
「ありますが……。異国の出身だからという発想かも知れません」
「ふむ。聞きたいな」
「古く尊き血を確保する――」
「…………」
戦国時代に突入している原因は、古く尊き血を支える御上こと、軍政府の力が弱いからだ。
ならば軍政府の力を復活させれば良い。
それも、キヌサで。
「僕が見た所、キヌサの軍力はレベルが高い。その上で市井への政にも問題はありません。現段階での話ですが……裏を返せば、現段階においては今の軍政府よりもよっぽど、古く尊き血を庇護するに相応しい環境でしょう」
「だがな。クラという国において、このキヌサはどちらかと言えば辺境にあたる。このような場所に古く尊き血の止ん事無きお歴々は視線も向けるまい」
「どのみち視線を集めるための仕掛けは必要なのです」
「戦か」
「もっといえば、圧勝です。一方的に蹴散らすほどの圧勝があれば、嫌でも耳には入る。目を向ける前段階ですね」
まあ、結局は戦争をやれと言っている事に変わりは無いんだけどね……。
派手に大勝ちして古く尊き血の確保を目指す短期決戦を挑むか。
地味に価値を積み重ねて単に勢力を大きくする長期戦を覚悟するか。
その違いだ。
「異国の駒という目からみても、今のクラにおいて戦わぬ事はそれ自体が罪です。戦いたくない、けれど滅びたくも無い。そんな考えは通用しない。御屋形様のような人間が、他の領国を八割を占めていたとしても、残りの二割が戦乱を呼びましょう」
「それがリリ・クルコウスの結論か」
「不愉快であるとは思いますが。その通りです」
「ふむ」
御屋形様、アイラムは深く頷き、目を閉じる。
「アレの言うとおりの強硬論か」
「…………」
そしてここまでは、筋書き通りだったらしい。
そりゃそうか、じゃなきゃとっくに激怒されるようなことをずかずかと言ってたし……。
「となれば、アレが言っていた通り、リリ・クルコウスには力があると言うことだな」
「何を以て力とするかにもよりますが」
「単なる戦力としてだ。リリ・クルコウスはこのキヌサの兵を高く評価していたな」
「はい」
「率いるか」
…………。
はい?
「無論全てでは無いがな。キヌサの全兵力は一万二千。そのうちの三千をリリ・クルコウスに預けよう。その三千を以て隣国を攻略せよ――と命じるのは無理筋か?」
「たとえ僕が個人としてどのような武を見せつけようと、僕のような子供の命令を兵が大人しく聞いてくれるとも思えませんね」
「もっともだな」
よって無理筋というか、論外の部類だ。
「ただ……、だからこそ、攻略の算段を用意することならばできるかと。子供だからこそ、忍び込むのは難しくも無い」
「諜報か」
「はい。敵の兵力。砦や城の構造。あるいは指揮系統を探るくらいならばそれほど時間もかかりますまい」
忍者というわけじゃ無いけれど。
というかクラには忍者のような諜報特化集団が存在しないっぽいけど、諜報概念それ自体はあるようで、その重要性は深く理解して貰えたようだ。
「アレとも少し話してみるか……、その上でキヌサの上位に位置する者達とも話してみよう。リリ・クルコウスよ。大義であった。下がって良いぞ」
「はい。失礼します」
とまあ。
これが御屋形様と僕の、最初の秘密会議の内容なのだった。
当然、これが終わった後ハイゼさんらに何を話したのかと聞かれたのだけれど、御屋形様に聞いて貰うことに。僕がどこまで喋って良いのか解らなかったし……。
与えられた屋敷に戻ると、他の四人は揃ってお出かけしているようだ。
書き置きによると買い物らしい。
帰ってきたら起こしてほしい旨をさらに書き置きしなおしたら、僕は僕の部屋へと戻り、そのまま寝床のベッドにぼふんとうつ伏せになるように飛び込み、枕に顔を埋める。
なんか中途半端な時代劇って感じなんだよな……。
ヨーロッパの時代劇とかってこんな感じなのだろうか?
いやヨーロッパに戦国時代はないか……あるとしてもそれほどメジャーでは無いだろうしな……。
なんだか微妙に納得のいかない部分をそうやって消化しながら、それとは別に、御屋形様ことアイラムさんが見ていた地図を眼鏡の機能で呼び出して確認。
……昨日の夜、寝る前に錬金術で作った地図より大雑把だし、やや間違ったところもある。あれを基に軍事行動を考えるのだろうか? だとするとなんか失敗しそうだけど。
ちょっと無理な言い訳をしてでも地図は供給しておいた方が良さそうだ、キヌサの軍事力は兵力あってこそ。その兵力が制限される戦場を見落としている。
それはきっと、これまでまともに戦争をしてなかったことへのツケなのだろう。
戦力はあるけど実戦経験に乏しく、実戦も防衛戦が基本だっただろうからなあ。
「…………」
これまでの戦いの記録は要求しよう、過去にキヌサが経験した戦いの記録。
それを見てみないと優先順位は定まりそうに無い。
ただ、現状で把握できる限り、このキヌサには軍師の役割を果たせる者が足りない。
現場の指揮官に全てを任せていたんだろう、それでなんとかなる範囲でしか戦っていなかったとみるべきか。
場合によっては兵站管理とか、そういう概念も叩き込まなきゃいけないかもな。
地球の学校じゃついに習ってないけれど、最初の異世界でその辺の基礎中の基礎は一応修めている。あんまり役立てたい記憶じゃ無いけど、ベストやベターを尽くすためにはやむを得まい。
にしてもアイラムさん、いきなり僕に全軍の四分の一を渡してこようとしてたけど……。あれ、どういうことなんだろう。
引っかけとか、そうじゃなくても僕がどう断るのかを見たかったっていうなら未だ解るけど、あれ、百パーセント本気だったぞ。
ひょっとしてキヌサってまともに将がいないのか……?
実際、あり得るんだよな。
軍備を整えるばかりで実際に戦おうとしないアイラムさんに愛想を尽かして別の領国に出奔した――とか、そういう可能性が結構思いつく。
だとすると……指揮官集めと軍師集めか。緊急だな。
今本格的に攻め込まれたら対処が追いつかない危険性さえある。
で、僕の考えが取り越し苦労ならばそれはそれでいい。
その場合僕の行動は無駄になるし、アイラムさんは不快感を覚えるだろうけれど、それで嫌われるのは僕だけだ。それならば其程気にしないで良い。
感情を整理するのは得意だし、指揮官不在の状態で押しつぶされるのを見ていることしかできないよりかは比べものにならないほどマシだ。
「…………」
そして指揮官集めと軍師集めをしたいとなると、隣接する領国の指揮系統をぶち壊すついでに暗殺するって計画はやめた方が良いよなあ。
どっちかというと取り込みたい。登用の前に調略を試みておきたいけれど……。
その辺はアイラムさんの許可を取ってからだな。
才能はあってもそれを振るう場所が無い、なんていう都合の良い軍師や指揮官がそうそういるとも思えないけど、居たらラッキー。居なければ居ないで妥協して、なんとかして集めるべきだ。
そのついでに別領国を混乱指せることが出来れば万々歳。
……うーむ。
やっぱりこの手の戦略系は苦手だな僕。洋輔なら得意なんだろうけど。
僕の得意分野で平定していいならそうするんだけど。具体的には錬金術による物量戦で。洋輔が激怒するだろうな……。
「…………」
……物量戦で思い出したんだけど、兵站って本当にどうなってるんだ?
そもそも食糧ってちゃんとキヌサで作ってるのかな?
まさか他の領国から買い上げてるとかはないよな……、あり得そうなのが怖いんだけど……。
これも要確認。
「ふう……」
だめだ、前提条件が全然揃っていない。
これでは思考を纏める以前の問題だ、サム側からも少し調べて置いて貰おうっと。
幸い、半年ほどはキヌサが攻め込まれないだろう。
表面上の戦力差でいうならばそれほど差がある――実質的に動かせる戦力では実は結構既にギリギリなんだけど、まあ、防御だけならばなんとかなりそうだしな。
最悪でもクラの冒険者ギルドを動かせば半年は稼げる。はず。
その半年間でどこまで『まとも』に出来るかだな。
長いようで一瞬だぞ、こと軍事的な準備の半年って。
「……となると」
プランB、古く尊き血の確保もこっそり進めておくか……、バレたときは叱責で済むか微妙だけど、何もフォローの手を打たずに滅ぶよりかはマシだろう。
方法は……当面は献金くらいしかできないか……?
ま、解りやすくて良いと考えよう。
……いや献金の窓口が解らないぞ。
となると、冒険者ギルドを使うってのが結局の結論か……。
アイラムさんの許可を得るべき事、アイラムさんに隠すべき事。
しっかり区別と整理をして進めていこう。
何せ僕が戦火を煽るのだ、このくらいの責任も負う覚悟なしにやるべきではない。
取り越し苦労で終わるなら、それはそれで構わないしね。
◆
「キヌサに妙な動きありと聞いたが」
「は。ノ・ジワーより報告が」
「ふむ。……眠れる獅子ならまだしも、眠れる猫が爪を出したところで、恐れることもあるまいに。ノ・ジワーも随分と臆病よな」
「まことに。どうなされますか」
「捨て置け――と言いたいが。どう思う」
「ノ・ジワーは揺れましょう」
「脆弱極まれり。やはり滅ぼすべきだったか……今更だな。『物見』を出してやれ」
「数は如何なさいますか」
「そうさな。キヌサの推定戦力はどれほどだったか」
「間者によると、最大でも一万ほど。軍略所の判断では、それより少なかろうとのことで」
「ならば二万だ。ノ・ジワーもそれだけあれば安心するであろう。それでも安心できぬというのなら――その時は、解るな」
「御意」




