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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 アカシャのフロス
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09 - 演技の外で

『クタスタのホーゼム卿が出した討伐依頼は無事に達成されたそうだな』

『「ペトラドラゴニュート」討伐か。どこの英雄候補かは知らんが、凄まじい戦果だな。たしかクタスタが一つか二つ軍団を溶かしていただろう』

『ああ。それで報酬額が、クタスタ金貨で三百万だと』

『一度はそういう報酬を貰ってみてえなあ……』

『持ちきれねえけどな。それにレベルも数千どころか万はたりねえよ、俺たちじゃ』

『違いない。……にしても三百万枚って、どうやって渡すんだろうな』

『そりゃあ……まさか現物を渡すわけじゃあ無いとも思うが……』


『クラの政変、というか例の反乱騒ぎ、続報は入ったか?』

『いや全く。主家アーレンを傍系のセイレンが討ち戒厳令、って話が前に来ただろ? あれ以来あの国の情報を流してくれてた奴と渡りが取れなくて。消されたかもな』

『うわあ。ご愁傷様』

『全くだ。にしても、本当に政変はあったのか? 軍が動いた様子も無いんだろ?』

『もともとアーレンとセイレンを一緒に潰すつもりだったのかもな。旧体制(アンシャン・レジーム)の生き残りはもはやあの二家だけだろ? 古く尊き血(クリファ・レッド)も殆ど残っちゃ居ないんだ、切り捨てるには良い機会。軍が仲裁しなくても当然さ』

『となると、アーレンとセイレンの確執事態が仕組まれたものってのもありそうか……』

『政は恐ろしいな。異国ながら』

『全くだ』


『サトサンガの「ラウンズ」、ヘレン・ザ・ラウンズ"サトサンガ"が例のパニックユーザー討伐に出たそうだ』

『へえ、結局ラウンズが出たの。……ラウンズにしては手を打つのが遅いわね。パニック使いなんて最優先で殺さなきゃいけないのに』

『そう言ってやるなよ。ヘレンは直前までもっとでかい仕事をしてたんだからさ』

『パニックよりも優先すること何て無いわよ、そうそう』

『まあ、な。だが発見されてたのが魔狼(ウルヴス)で、そこに不死鳥の卵殻もあったと聞く』

『……微妙なラインね。パニック最優先の原則を歪めてもたしかに、それは仕方ないような気がするし、けれどパニック最優先の原則の方が正しいような気もするし……』

『ラウンズなりにも悩んだんだろうな』


 酒場は日が沈んだ後、夜になるとその活気が加速度的に増して行く。

 ちょうど最初の節目になるような時間帯になるとムギさんも合流し、多少楽になったりはしたとはいえど、あらかじめ言われていたとおり、二十一時を過ぎる頃には調理場が修羅場へと変貌していた。


 飛び交う注文、怒号にさえ聞こえてしまうような冒険者達の会話、そして時々聞こえてくる、何か硬い物がぶつかりあう……というか、武器と武器がぶつかり合うような音……。

 ……そりゃさ、ここは酒場だし?

 静かにしろとまでは僕も言わないけど、武器と武器がぶつかり合うような音に関してはどうかと思う。


 まあ、ムギさんが当たり前のように素手で制圧していたけど。

 冒険者が集う酒場である以上、酔いが回った冒険者を制圧できる『程度』の実力が無いとホールスタッフは務まらないらしい。

 眼鏡を作り直すまではやめておこう、うん。無駄に怪我をするだけだ。


『プラマナでこの前見つかった竜の骨、鑑定結果が出たって話は聞いたか?』

『いや。ただ随分とでかい骨だったんだろ。何者だったんだ?』

『ティアマト原種に近いらしい』

『は……? 世界竜?』

『ああ。さすがに鑑定ミスじゃないかって話がプラマナでも出てるな』

『そりゃそうだろ。そんな御伽噺どころか神話級のもんが出てきても信じられるわけがない』

『だが、鑑定に当たった連中のレベルが軒並み9000オーバーらしいからなあ……』

『うわあ……。荒れそうだな』


『メーダーがまた妙ちくりんな物を作ったらしいぞ。なんでも空を飛べる道具なんだとか』

『空を飛べる道具って……、魔法でも飛行は面倒だろ。それをよくも実現したな……』

『だな。もっとも自由飛行ってほどじゃないらしい。なんでも数十人くらいを乗せて移動できる乗り物だって話だな。名前は空を飛ぶ舟だから飛行船っていうそうだぜ』

『へえ。いつか乗ってみたい……っちゃみたいが、落ちたら生きてねえよな』

『な。ちゃんと地に足を付けて移動したいもんだぜ』

『全くだ。……けど、あれだな。空を飛んで移動できるなら簡単な山くらいは無視できるんだろ? 楽は出来そうじゃねえかな』

『メーダーの場合、山以上に砂漠の回避だろうな……』

『砂漠で思い出したが、この前なんか砂漠に町を作ったって聞いたぞ。わざわざ川を引いてまで。なんであの国、わざわざ生活しにくいところに町を作ったんだ』

『知らねえし、俺たちにはきっと理解出来ねえよ。あの国、色々と変だし』

『確かに六国の中では異質だよな……魔法(アルケミック)の国、か』


『我らがアカシャの跡取り候補のユアン様、またやんちゃをしたそうだぞ』

『へえ。元気で良いじゃない。で、今度は何をしたの?』

『使用人を三人ほど殺した』

『また大きなやんちゃね……流石に陛下が叱責したでしょう?』

『いや、それが賞賛されたらしい』

『……アカシャ、大丈夫なの?』

『俺も同感だったから調べたんだけどな。ユアン様が殺した三人の使用人、全員スパイだったんだよ。クラが二人とサトサンガが一人』

『ふうん……? ああ、いや、なるほど。確固たる証拠はなかったけど、ほぼ特定は出来ていた。だから殺して処分しようとは思っていたけど、騎士にやらせると疵がつく。だったら王子の立場で殺人が容認される自分がやってしまおうって発想か……』

『なかなか決断が強いというか、何というか』

『決断力は国王の必須事項だものね。……とはいえ』

『まあ、ちょっと不安になるよな。恐れ多い話だが』


 そんなわけで二十三時。

 修羅場を終えてさらに一段落、したところで、なにやらどっしりと身体に疲労感。

 ……ずっと動きっぱなしだったわけでも無いし、そりゃ修羅場の時間帯はそれなりに動き回ったとは思うけど、それでも部活やら体育の授業と比べても同じくらいの運動量ごときで、僕の身体は疲労に音を上げているようだった。


 正直言えば、この程度余裕だと思ってたんだけど……。

 普段から眼鏡に仕込んだ『賢者の石』で無意識レベルに回復してたからなあ。

 錬金術師という自覚上仕方が無いとは言え、道具に頼り切っていた点を反省しなければなるまい。


『…………、』

『あ。そろそろセタリアが限界みたいよ、キーパー』

『そのようだね。とはいえ、思った以上に頑張ってくれた。…………。実際、皿洗いがこうもスムーズになるとは……』

『褒め言葉も良いけどキーパー、どうするの?』

『そうだったね。セタリア』

『…………?』


 カウランさんは僕の正面へと歩いてくると、頭を撫でて言う。


『お疲れ様。今日はもう休んでしまいなさい。湯浴みをするならば溺れないように気をつけること』

『…………』


 ここで虚勢を張っても意味は無い。

 そうさせていただきます、と頷いて、僕はカウランさんに、そしてヘーゲルさん、ムギさん、スエラさんへとお辞儀をしてからエプロンを外すと、そのままスタッフオンリーの側へと調理場を出て、三階を目指……と、そのまえにエプロンどうしよう。

 洗い場はあったし洗濯かな。

 一応そこも確認をした方がいいかな、と思い直して、階段の二段目で回れ右、あらためて調理場のほうへと向か――うん?


『それでキーパー。さっきもさりげなくやってたけど、「階位開示(レベル・ビュー)」の結果はどうだったの?』

『何度やっても、「ゼロ」だね。妙な話だ』


 ……っと。

 これはちょっと気配を消して盗み聞きモードのほうが良さそうだ。

 やらないよりマシ理論の僅かな物だけど、空間整理で死角を作ってそこに潜り込む。


『ゼロねえ。「階位開示(レベル・ビュー)」でゼロって、他に例はあったのか?』

『ギルドの記録上はちらほらと存在しているね。世代ごとに数人は居るらしい。セタリアもその一人、ということなんだろうが……。「ラウンズ」との複合例は、セタリアが最初の一人になるかもしれない』

『そもそも、どっちも稀少なのよ。これまで見つかっていなかったのは、希有な才能を両方持っていたやつが表に出てこなかっただけ。そう考えるのが自然かしら?』

『そうなる』


 んっと……、レベルビュー、ゼロ、ラウンズとの複合例。

 ラウンズってのは今日までに聞けた話を総合したり、冒険者の会話を盗み聞きした範囲で整理すると、『能力開示(ステイタス・ビュー)』の結果が円形に近い者、つまりはあらゆる素質を持ち合わせている者の総称っぽい。


 じゃあレベルビューとはなんぞや。

 語感的には能力開示(ステイタス・ビュー)に酷似していて、ニュアンスが『階位開示』でレベル・ビューだとするならば、恐らくは同系統の魔法だよね。

 そのまま受け取るならば『レベル』という概念が普通にあって、それを参照する魔法かな?

 冒険者も何度か言葉に出してたな。

 だとすると僕のレベルがゼロで、それが異常事態だとみられている?


『やっぱりあの子の同意を得て、正式な手段で「階位開示(レベル・ビュー)」を試した方が良いと思うわ、キーパー。昨日今日でキーパーがやったのは抜け道、レベルの強制表示の方でしょう。そうすると数値の正確性が失われるはずだし』

『そうだね……、そうするべきなんだろうね。幸い、こっちが勝手にやっていたことには気付いた様子も無いし……』


 ……この会話を聞けなかったら気付けなかっただろうな。

 というか今でもいつやられていたのかがまるで解らない。

 なにかの魔法の対象に取られたとしたら、渦が見えると思うんだけど……。


 いや、だとしたら渦が見えないほどに小規模な魔法として発動しているとか?

 あるいは渦を僕の死角に生み出している……、いや、渦が見えるのはたぶんこの世界でも所謂『魔王』の素質を持つ僕くらいだ、それをカムフラージュするなんて概念があるとも思えない。

 だとすると渦を隠す意図ではない、別の理由で何かカムフラージュをして、それが結果的に渦の隠蔽にも繋がっている、とか……。

 隠蔽というか、隠れてるだけか。


『……明日だね。明日、「階位開示(レベル・ビュー)」の説明をして、セタリアの正確なレベルを改めて開示する。セタリアならば恐らく、拒否することは無いだろうしな』

『そうね。ま、案外ゼロじゃなくて、普通の数値が出るかも知れないわよ。あの子が何歳なのかも解るでしょうし』

『どうだかな。何も訓練をしていない一般人なら年齢と同じ数字になるが、セタリアはかなり「手際」がいい。訓練とまでは言わなくとも、何らかの分野に才を既に持っているかも。だとしたら百から二百くらいには達しているかも知れないぞ』

『ムギの言うとおりだね。それらも含めて、やっぱり確認しないとなあ……』


 そこまでを聞いて、僕は結局、こそこそと三階の自室へと一度戻って着替えを確保。

 したらば湯浴み場に向かって、湯浴みを開始しつつ、思いもよらず出てきた情報を纏め直す。


 カウランさんは僕をラウンズと呼んでいる。

 そして僕はレベルがゼロという状態らしい。

 ラウンズにせよレベルがゼロという状態にせよ、どちらもレアケースではあるけれど、皆無というほどではない。

 ただし、ラウンズでレベルがゼロという重複例はかなりのレアケースだ。


 次に、カウランさんは僕に対して『階位開示(レベル・ビュー)』を僕に悟られないように使っている。

階位開示(レベル・ビュー)』も本来は同意が必要なものであるらしく、けれど正確性こそ犠牲になるけれど同意が無くても行使は可能。

 少なくとも僕に対して二回は行っていて、今日も一回は行われていた……。


 うん、『階位開示(レベル・ビュー)』を使われたのは頭を撫でられた時ってのが第一候補だな。

 手の甲にでもレベルを表示したのだろう。頭を撫でた手の周りには渦が産まれていたのかも知れないけど、僕の目は頭の上についていないため、それを見ることが出来なかったのではないか。


 レベルというものの具体的な「ふつう」は今のところ解らないけど、ゼロは珍しいと言う。

 そして何の訓練もしていない一般人ならば年齢と同じ数字になり、僕がこのギルドハウスで見せた範囲でもレベルは百から二百になっていてもおかしくは無い。

 つまりこのレベルという概念は、よくあるゲームとは違い、かなり上限が高いんだろうな。そのあたりは……恐らく明日、説明をして貰えるはずだ。


 まあ……孤児として入ってきて、出身も明かしてないからな。

 ましてや失語症というあからさまに怪しい点もある。

 僕に悟られないように、僕のことを調べまくってるんだろう。


 不快感が無いと言えば嘘になるけど、それ以上に安心感がある。

 詳しい事は、明日考えよう。


『…………』


 十分ほど湯船に浸かって身体を温めたら脱衣所のような場所で水気を取り、着替えを来たら自室に戻る。

 真っ暗な自室にある燭台には近場の燭台から火を貰い、灼かな光に包まれた部屋のベッドにそのまま身体をなげうった。


 このまま眠りにつく前に、課題点を纏めよう。

 体力が思ったよりも足りないのは、眼鏡に付与した賢者の石の効果による体力回復がなくなっているから。この代用をなんとか用意しなければならない。

 この世界の魔法もどうやら習得できそうだ。その為にも入門書を読み込む必要は出てくるだろう。

 そして、眼鏡の機能復旧……。


 大丈夫、十分なんとか出来る範囲だ。

 焦る必要も無いだろう。


 ふぁあ、と大きなあくびを一度挟んで、僕はベッドの上で目を閉じる。

 眠りにつくまで、時間はほとんど掛からなかった。

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