89 - 鬼が出るか蛇が出るか
キヌサ。
クラ中東に位置する『キヌサ・ヴィレッジ』が中心となった、六つの都市から為るその地域を収めているその人は、アイラム・ノ・キヌサと言う。
尚、『ノ』というのは冒険者が用いる称号の冠詞としての『ザ』と同じような者で、その地域の大名貴族であることを意味している。
つまり、『ノ・キヌサ』であればキヌサの大名貴族で、『ノ・キア』であればキアの大名貴族、『ノ・トガナ』であればトガナの大名貴族って感じ。
解りやすいと言えば解りやすいけど、『ノ』という発音、日本人的にはなんかこう……もやもやするな……。
まあいいや。
ともあれ。
「よく私を頼ってくれた。お初にお目に掛かる。私がアイラム・ノ・キヌサ――このキヌサの大名だ」
……話は、ほんの十数分前に遡る。
僕達はキヌサに到着した後、キヌサ・ヴィレッジをまず目指した。
というのも、
『ふむ。キヌサを使うか……ま、それはそれで良いだろう。今はリリ・クルコウスだったな? こちらから連絡は入れておく。そのままキヌサ・ヴィレッジに向え。俺の知古を向わせる。ああ、それとその目印として赤い宝石をネックレスにでもして付けておけ。あとは向こうが案内するだろう』
とサムに指示されたから。
この時点では正直、嫌な予感などは一切無かったし、だから素直に従ってたんだけど……。
ちょっと甘かった。
キヌサ・ヴィレッジという街はこのキヌサの中心というだけあってとても栄えており、またヴィレッジ、村という名前でありながら、その在り方は城下町がとても近い。
いや、お城があるし……。
城の周りに村が広がっていて、その村の周りは空堀で囲われている。
ただし城壁はなく、一応の防衛策、というところだろうか。
村の入り口は空堀で制限されていて、全部で三カ所――その三カ所の全てに門番がいるあたりは、ノウ・ラースでも見た光景だ。
そんな光景に一瞬嫌な予感は覚えたけれど……。
とりあえずはこの街に向えという指示が出ていた以上、街に入ろうとしたところで、門番が僕の胸元、ネックレスを見て呼び止めてきた。
『おや。そのネックレス。もしやあなたはリリ・クルコウスどのですか?』
いいえ人違いですと言って回れ右をしたかったけど、僕一人ならばともかくリーシャたちも一緒なのではいと頷くしか出来ず、結果、そのまま奥のお城……のすぐ手前に作られた大きな屋敷へと連行されたという次第だ。
尚、屋敷に入る際は軽いボディチェックがされ、護身用のナイフなどは取り上げられた。
帰るときに返してくれるらしいからそれは良いけど、バッグはそのまま持ち込み可って、それはボディチェックの意味があるのかね? となったのは内緒だ。
で、屋敷の奥に通されたと思ったら、その青年はさっきの台詞を吐いた。
『よく私を頼ってくれた。お初にお目に掛かる。私がアイラム・ノ・キヌサ――このキヌサの大名だ』
に繋がるワケだ。
……いや全然繋がんないんだけど。
ちょっとステップがいくつかすっ飛ばされてないかなこれ。
「……えっと。リリ・クルコウスです」
「うむ。サムセットから話は聞いている――ふふ、アレはリリ・クルコウスという人物がまだ子供に見えるはずだと言っていたが、まさか本当に少年だとは思わなかった。君もアレと知古ならば解ると思うが、アレは時々意地の悪い言い方をするだろう?」
「そうですね……」
そしてアレ扱いされているけどサムセットと呼ばれている。
当然サムのことで――しかも『アレ』呼ばわりをしているって事はこの人、サムの駒の一つって可能性が高いんだよな……。
サムも大概よく分からないところに駒を持っているな。
この人、クラの大名貴族だぞ……。
アイラム・ノ・キヌサ。
二十代後半くらいの好青年――黒炭のような黒髪は短く揃えている他、両目共に金色に近い目をしているのが特徴だろうか。
纏っている服には複雑な紋様が刻まれているけれど、何か特殊な効果があると言うより、単に家紋みたいなものかな?
「他の三……、いや、失礼。四名について、私は名前を聞いていないのだが。名乗ってくれるだろうか?」
「これは失礼を。ライアン・クラウディオと申します」
「リーシャ・クラウディオです。この子はロニ・クラウディオ」
「フランカ・クラウディオ=クルコウスですわ」
「うむ。ということは……ふむ、フランカと言ったな。君はリリと血縁、そして君の家族がライアンとリーシャと言う事だな。ロニという子は君の子供かな? よい心がけだ、子は宝なのだらから」
まあ……設定上はそうなるので、はい、と頷いておく。
……サムのヤツ、本当に中途半端にしか伝えてなかったんだな。
いやまあ、あえて同行者の詳細まで教える意味は無いと考えただけかもしれないけど。
「さて、リリよ。アレからはこのキヌサの中で、リリとその同行者に住処と、一平民としての身分を与えて欲しいとの事だった。相違ないか? だとすると、君たちをクラの一員として迎えることになるのだが……」
「僕の方からアレにお願いはしていませんが……さすがはアレとでも言うべきでしょうか、僕達にとっての理想はその通りです。ですが異国人である我々が、簡単にそのような身分を得られるのでしょうか?」
「尋常の手段では厳しかろうな。クラでは戸籍という制度が存在しているからして。だが、大名貴族ともなれば多少の無理は通せるとも。アレが望んでいるのだ、その程度ならば構わぬよ」
「感謝します」
「うむ」
……で、ここまでは良い。
問題はこの後だ。
「その代わりと言っては悪いがな。リリ・クルコウスよ。君の力を、このキヌサのために使ってはくれぬか」
「僕の力をですか」
「ああ。アレは君の事を高く評価していた――君ならばこのキヌサの、抜き差しならない状況を解決できるだろうともな」
抜き差しならない状況?
……いや、ここまで来た感じ、特に変な様子は無かったんだけれど。
「他の四人にその役目を課さないとお約束していただけるならば、僕――リリ・クルコウスの力。キヌサにお役立てましょう」
「そうか!」
まあ、今は拒否権が実質的には存在しないし、リリ・クルコウスとの契約であるならば正直どうでもいい。
複数の名前を持つ人物に対して、この世界のシステムは脆弱すぎるのだ。
「うん、うん。感謝しよう。よし! この者達に屋敷を与えよ。一平民としてこれより領民とする。よいな」
アイラムさんの命令に、ははぁ、と周囲の人々が平伏した。
ううむ……いっそ袴とか着てくれないかな……、それならなんかこう、時代劇っぽくなるんだけど。
今の所服装はどちらかといえば西洋的なので、言動とのギャップがえらいことに……。
「具体的な話は明日にしよう。今日のところは屋敷で休むが良い。リリ・クルコウス、期待しているぞ」
「はい。ありがとうございます」
「こちらにどうぞ。お屋敷までご案内いたします」
はあ。
…………。
いや、まあ、いいか……。
案内されるがままに屋敷の通路を歩く。
その所々で聞こえる訓練の音は、近くの練兵所から聞こえているようだ。
うーん。
ますます抜き差しならない状況というのがよく分からないな。
「まずはこちらをお返しいたします」
で、屋敷の一番外側に位置する部屋で一旦没収されていた護身用のナイフなどが返却される。
得に細工をされた様子も無い。
「申し遅れました。わたくしはアイラム・ノ・キヌサ様に仕える、ハイゼと申します。今後は暫く、わたくしが皆様の生活をお手伝いさせていただきます」
「それは有り難いけれど……ええと、監視という事かしら?」
食い付いたのはリーシャ――特に話を合わせたわけではないんだけど、さすがというか何というか。
一番自然な形にできた。
「まさかそのような事はありませぬ。クラは他の五国と比べ、やや独自の文化が多くありますれば、その細かい違いをお教えするのが役目となります」
「……なるほど。ごめんなさい、疑ってしまって」
「いいえ。それが正常な反応ですとも」
むしろ安心した、そんな仕草を見せつつ、ハイゼと名乗ったその男性は一礼し、さらに言葉を続けた。
「それではお屋敷までご案内いたします。その中で普段から使うような施設について、説明をさせていただきますね」
と。
「まず第一に、今いるこの屋敷の名称から。『屋形』と呼びます。また、単に『御屋形様』と呼ぶ場合、キヌサにおいてはアイラム・ノ・キヌサ様を指し……、リリ殿? 何か?」
「いえ。……何でもありません」
屋形で御屋形様……いややっぱり戦国大名だよな……、それも結構大きい方の。
なんで西洋な見た目で大河ドラマを……?
そんな疑問が中途半端に表情に出てしまったらしい、もの凄くハイゼさんが怪訝そうにこちらを見ていたので振り払う。
いや突っ込みたいけど。
ツッコミは後で寝床に突っ伏してから色々とやろう。うん。
「えっと。僕達も、『御屋形様』と呼んだ方が良いんでしょうか?」
「そうですね。そうして頂ければ妙に思われる事もありますまい。ただし、他領国の大名貴族様が……リリ殿?」
「…………。何でも、ありません……」
領国って単語まで出てきた……。
「こほん。他領国の大名貴族様が来られている場合は、敢えてノ・キヌサ様とお呼びすることもあります。このあたりは少々、他領国との力関係も踏まえる必要がありますので、当面はそのような場合、わたくしがどのように呼ぶのが適切かをお知らせいたしますね」
「それは助かる」
この様子だと元服とかも出てくるよなあ。
……で、屋敷ってのは武家屋敷かも。
僕のそんな投げやりな予想は、しかし見事に的中してしまうのだった。
案内された先の屋敷は、城からかなり近く、また屋形からも近い反面、城下町からはやや距離の離れた場所にあったからだ。
ちなみに平屋の一戸建て。
ただしその屋敷の規模は大きく、玄関を通るとまず正面と左右に道が分かれていて、正面に進むと右手側には調理場とダイニングがあり、突き当たりは右折が出来、右折した先の左手側には水場があった。
この水場を通り過ぎて更に突き当たりを右に曲がると、またも右手側にはダイニングと調理場。というかさっきの場所と同じだな、ぐるりと一周しただけだ。
一方、左手側には個室が五部屋あったので、一番手前から僕、空き部屋、リーシャ、空き部屋、ライアンとフランカ、そしてロニということに。
将来的には一人一部屋になるだろう。
さて、入り口まで戻って左側の通路の先の解説も。
この左側の通路を進むと、右手側には大きな中庭がある。
中庭にはいかにも日本庭園というような形で整備されているけれど、このあたりは自由に造り替えて良いとはお墨付きが付いたので、追々他の皆と相談してどうするかを決めよう。
「当面の生活費は御屋形様が支給するとのこと。しかし近いうちに職に就いて貰う事には為るでしょう。構いませんか」
「ええ。異存ないわ。私達だってただ、ここに居るだけでは気が重いもの」
「かたじけない。では、最後にもう一つ、説明をさせていただきます」
そして始まった説明は、概ねこの領土が抱える問題についてだった。
キヌサはクラでも上位の戦力を持っている。
にもかかわらず、キヌサはこれ以上進むことが出来ない。
……要は、中途半端に力を持ちすぎている癖に野心が無いのだ。
もっと言えば現状の軍備だってさっさと放棄したい。使う予定が無いものに費やすほど無意味なことは無いのだから。
しかしここで戦力を落とせば周囲が攻め立ててくることは目に見えている――だから軍備を放棄するなど論外で、整えることはしても増強はしないというのが限界だ。
で。
「今がとりあえず平和ならば、あえて停滞させてしまうのも良いんじゃ無いか?」
「そうできれば理想なのですがね。我々が停滞している間、他の領国は前進しているでしょう。そうなればいつかは我々の停滞は越えられ、破られ、そしてキヌサは滅ぶでしょう。それは到底寛容できない。我々は我々の意志で先へと進みたいのです」
……なるほど。
まあ、それでも僕が力を貸したところでどうこうって感じはしないんだけども……。
「当面の食糧は氷室に投入しておきました。ご自由にお使いを。私はこの屋敷の向かいの小さな屋敷に居ますので、何か不明な点があればお伝えくださいね」
「わかりました」
「では、これで」
ハイゼはそう言って深々とお辞儀をすると、そのまま屋敷から去って行った。
最低限にしてはそれなりに本質的な案内だったな……。
「それにしても、思っていた以上にノ・キヌサという人物は影響力が強いんだな。良い忠臣も持っている」
「そうですね」
ま、不安視しても今のところは意味は無い。
ここから先に鬼が出るか蛇が出るか……とりあえずは明日だな。
僕に何をしろと言ってくるかな?




