88 - クラの街並み
1月上弦7日。
予定通り、僕達が乗っていた船はクラの北東に位置する大きな港街、ポートマツサに到着した。
到着後の下船手続きと入国手続きはセットで行うことができると言う事だったのでそれを使わせて貰い、積立金部分の返金は支払時はプラマナ金貨だったけれど、今回返金される金貨はクラ金貨でお願いした。
サービスの一環だったようで、これの手数料はなし。
五人あわせると金貨九百枚ほどが返金された。
当面の資金としては十分だろう。
で、ポートマツサという港街はどんな街かというと、街の中心を割くように一本の大きな川が陸の内地から海へと流れているのが特徴になるだろう。
外洋に面した辺にはとても大規模な船着き場があり、また活気に溢れた街だ。
サトサンガのハインと比べると船着き場の数は少ないかも知れない。
まあ、外洋船の数的にはこれ以上大きくてもしょうが無いか。
港の部分はそれでいいとして、街の部分の賑わいもなかなかに華やかだ。
船着き場のすぐ近くからいろいろな商店が続いているのは言わずもがなだけれど、建築は木造が多いのかな?
この世界、岩や煉瓦ならばとても簡単に複雑な加工が出来る上、その場で生成できるという便利さから、岩造りの建物が殆どなんだよね。
そりゃ木造建築もちらほらとはあったけど、この街とは比率が逆だったと思う。
潮風に晒される分、岩や石が風化するのを嫌ったのかな……だとしたら他の港街も見習って欲しいところだ。
現実的にはクラでは木材がそこそこ安く調達できるって所だろう。
「で。リリ、この後の予定は?」
「トガナかキヌサあたりが良いだろう、って話だったんですけどね……」
サムは僕達が身を寄せる街の候補として、それほどこのポートマツサから離れていない街としてトガナとキヌサという二つを挙げてくれていた。
マツサからならば馬車でも移動できるトガナと、船便が出ているキヌサ……って話だったし、実際今、ポートマツサの中央広場でその馬車や船便に関する運行・料金表があったから見ているんだけど……。
『トガナ 馬車:運行不可(トガナ・ミワイ戦争の影響)』
『キヌサ 船便運行停止中(トガナ・ミワイ戦争の影響)』
と、どちらも動いていないらしい。
…………。
というか、今僕が見ている図の横にはクラ全域の地図のようなものもあるんだけど……。
あれ?
運行表とあわせて考えると、今この国、ものすごい内乱の真っ最中なんじゃない?
地域単位での戦争がちらほら起きているとは聞いていたけど、なんかこう……、半分以上で戦争しているような……。
洋輔だったら嬉々として天下を取りに行きそうだけど、あいにくと僕はその手の野望ストラテジーはあまり得意では無い。どっちかというと無双系のほうが好きだし。
そう考えるといっそ手当たり次第制圧しちゃおうかなんて魔も、僕一人での行動だったら差してたようなきがするな。
「戦争真っ最中の街に行くのは危険ですから、キヌサにしますか。船便は使えないので歩きですけど」
「普通に歩けば距離的には三日もかからなさそうだしな」
ライアンの同意に他の二人も頷いたので、港街の市場を巡ってまずは食糧を確保から。
四人分の保存食に一人分のミルクと離乳食、距離はそれほど離れていないし、途中の街でも補給できるだろう事を考えると一気にここで調達すると荷物が重いだけという事にもなりかねないんだけど……まあ、内戦が相次いでる国だからな。
『道中で調達できるだろう』という楽観視はしないほうがいい。
まあ、店員さんは『そんなに沢山必要ですかねえ』と困惑顔だったけど。
それでも売れる分には嬉しいらしく、普通に売ってくれた。
買い物次いでにこの街、ポートマツサはその手の戦争に巻き込まれたりしないのかな、とふと気になったので店員さんに聞いてみると、
『そうですなあ。この街に限らずポートイカサだとか、大きな港街は中立地帯なので』
とのことらしい。
中立地帯として周辺から認められていると言うことはそれ相応の裏があるような気もするけど、変に深掘りしても何も得られずむしろ警戒を買うだけだろう。
やめとこ。
食糧以外にもクラの地図などが複数バージョン売っていたので、このあたりは迷わず購入。内戦があまりにも頻繁に起きており、それによって国境……じゃないな、いやでも国境という表現が近いような……、まあ、クラ国内での勢力図がしょっちゅう変わっているという現実が見えてくる。
……ようするに。
やはり、このクラという大陸は戦国時代をしているのだろう。
その点、キヌサは近頃大きな戦争を経験していないようだ。
それを安全度とみるか、あるいは力を溜めているだけで近く爆発させる予定だと見るか……悩ましいな。
国力がある方が安全には違いないんだけど、力を溜めている最中だとすると余所者である僕達は警戒対象になるはずだ。
けれどなあ。
サムが勧めてきたという事を考えると、単に安全ではないかもしれないけれど、何か意味がありそうだし……。
一緒に勧めてきていたトガナが戦争中というのを考えると余計にね。
このあたりは当然、フランカやライアン、リーシャとも情報を共有した上で、全会一致でキヌサに向う事に。
何かがあるならばそれをそれとなく探れるかも知れない、そんな理由で。
で、陸路でポートマツサからキヌサに向うとなると、およそ半分程度の旅程は街道を使える。残りの半分は街道ほど大きくないとはいえ一応道があるそうだ。
この手の戦争が繰り返されている土地って山賊の類いがかなり多いんじゃないかという危惧があり、だとすると正直街道の方が危険かも知れない。
もちろん魔法が封印状態にあっても斥候としての技術に長けたリーシャと僕が見張っていれば気付けないことは無いだろう。
「賊を見つけたら回避かしら?」
「それが原則……だけど、山賊って大概は敗残兵だからなあ。その辺を考えるとちょっと襲って情報を貰った方がお得かもしれないね」
「山賊をちょっと襲ってって……逆だろ」
「今更よライアン」
「まあ、そうだが……」
賑やかにそんな事を言い合って、いざ、ポートマツサを出発。
一晩くらい休んでいくか、なんて話はしたんだけど、前日の段階で今日到着することが告げられていたし、かなり深い休憩を取ってきていたこともあって、必要無しと判断された感じだ。
陸上にならす意味では必要性もあったけど、まあ、遅かれ早かれだしな。
ともあれ。
まずは南西に延びる街道をゆったりと、五人揃って進んだゆく――いやまあ一人は赤子だけれど。
また、結構な頻度で何かと人とすれ違う。街道に活気があるというのも不思議だけど、実際、活気のある街道って感じなんだよな。ポートマツサに人が集まるって証左だろう。
そんな移動を特に誰も文句を言わず、けれどぴたりと僕とリーシャの歩みが同時に止まったのは、ポートマツサを出てから三時間と少し経った頃、なだらかな平地の中心くらいの位置で、それに合わせてライアンとフランカも歩みを止めた。
「リーシャ」
「リリ」
「ということは正解か」
「そうね」
僕とリーシャの視線は街道の左側、平地に広がった草原へと向っている。
草の高さは膝までくらい。
決して高いとは言えないし、隠れるに向いた場所とも言えないんだけど……。
「リーシャ。三人は任せて良い?」
「そうね。そのほうが多分安全だわ」
「リリ、リーシャ。説明をしてほしいのだけど」
「あの草原、何かが隠してあるわ。私だけなら気のせいかも。でも、リリも気づいた。何かがあるのは間違い無いのよ」
問題はその何かが何なのかは解らないと言うことだ。
気配はないし生き物は居ないと思うけど。
草原へと足を踏み入れ、進むこと十メートルちょっと。
草葉に隠すように置かれていたのは、木製の箱だった。
鍵が掛かってるな……、色別の結果は緑だったので迷わず『解錠』し開封。
はたして、その中に入っていたのは。
「…………?」
かなり上等な剣と服だ。
剣はまあ、上等というだけで特別な効果は無いだろう。
一方、服にもまあ特殊な効果は無いと思うけど、特徴的なシンボルが施されている。
誰かの装備箱ってことだろうか?
手入れはそれなりにされている……戦利品を放り込んだだけ、ってわけでもなさそうだ。
周囲を見渡す。
他に箱らしきものは無し――よし。
ふぁん、と。
錬金術で服を二重化して作り直し、増やした方を光輪術でスキャン、情報を神智術の領域内に用意した図鑑に登録しておく。
光輪術によるスキャンは対象を消滅させてしまうので、錬金術との相性が抜群なのだ。
長い船旅の最中、占星術などを検討する息抜きがてらに光輪術などのこの世界に由来しない技術をブラッシュアップしておいた成果が早速出せたと思えば嬉しくもなる――ま、容量には気をつけないといけないのは変わらないんだけど。
やることはやったので箱に戻し、施錠で鍵もかけ直してから痕跡もふぁんと消して、街道へと戻り合流。
「何があった?」
「剣と服。盗賊の戦利品にしては上等すぎるし、一人分しかなかった癖に手入れはされてたから……。たぶん、戦利品じゃないね。『誰かの装備箱』だとは思う」
「誰かのって、誰の」
「さあ。服に特徴的なシンボルはあったから、この辺の勢力のお偉いさんってところかな――逃げ延びたとき、装備を調えてポートマツサに逃げ込む時用とみれば自然だけど」
「そうね。それの存在に気付けたのは私とリリが揃ってたからでしょうし」
ごもっとも。
僕だけでもリーシャだけでも『気のせいか』、で済ませていただろう。
それほどまでに自然な、『空間整理』に近いことが行われていた……つまりは技術だ。
魔法では無い。
だからこそ、気付けない。
「クラにとってそういうものがどの程度妙なのか……」
あとでサムに聞いておこうっと。
尚、それ以外に特筆するべきものも見つからなかったので移動再会。
それ以外に奇妙なものは見つからなかった。
一方、街道沿いには一定間隔で休憩処があり、ちょっとした食事は当然として、しっかりお金を払えば個室で休憩できることが発覚。
「そういえば保存食を買った店で、『そんなに必要か』って聞かれてたわね……」
「これが理由か……」
フランカとライアンが続けざまに言う。
うん、まあ、これが理由だろう。
というわけで今、僕達はそんな休憩処の一つで、個室を借り上げて身体を休めていた。
個室は決して広くもないけど、寝床が四つあるタイプでも多少のゆとりがあり、食事も一応この部屋で取れなくもない感じである。
「旅人さん。休憩処を使うのは初めてだと言っていたね。異国の人かい?」
「はい。プラマナとアカシャの国境近くから参りました。キヌサに私とこの子……リリの親族が居るのです。私が結婚した報告もしていないのは失礼になるのではないかとなりまして、偶には直接お会いしようかと」
「おお、随分と遠方だ。しかしその義理人情はとても尊いものだねえ」
えびす顔のような、満足そうなほっこりとした笑みを浮かべて休憩処の主は言う。
他にお客さんが今のところ居なかったこともあって、フランカとの会話を契機に少し長話が始まる。
「そうかい、クタスタで大水害が……。無事だといいんだけれどねえ……」
そんな世間話の中で、この主さんの親戚がクタスタに居ること、けれど連絡がこの所途切れている事への不安だったり、僕達が向っているキヌサの近況を聞いたり。
また、近頃この付近で起きた戦争についてもちょっとだけ話を聞くことが出来たんだけど……なんというか、ますます戦国時代的な戦争のようだ。
具体的には、
「このごろは御上の力が弱まっているからね。地方の大名貴族が土地を奪い合っているし、御上にはそれを止める力が無い」
という言葉に代表されるように、そもそも大名という単語が出てきてしまった。
ただ幸いなるかな、幕府という言葉は無いらしい。
……軍政府って呼ばれてるだけだけど。
「変なことを言うようだけど……よくそれでこの国、纏まるわね」
「ええ、いいえ、お嬢さん。それは当然の疑問ですよ。しかしこの国には尊き血を持つ方々があられます。古く尊き血と言いましてね」
「古く尊き血……」
…………、なんだか、おぼろげに記憶にあるような、ないような……。
どこかでその名詞を聞いた事はあるんだけど、どこだったかな。ぱっと思い出せない以上、たぶん噂話でちらりと聞いていたのを一応頭の片隅に放っておいたって感じだよな?
眼鏡に情報が残ってないってことは、眼鏡を復旧する前だろうから、まず間違い無くアカシャの序盤だとは思うけれど。
「彼ら以外にこのクラという国を治めるものは存在しないのです。だからこそ、彼らを最も強く支援する者が、この国を導く軍政府の長となり――その軍政府を曖昧に、我々のような市井の者達は御上と表現するのですよ」
……ようするに。
古く尊き血という血統主義としての国の象徴があり、軍政府の長はその象徴によって指名され、その命の下で実質的にこの国を統治する機関である。
……いよいよこれ、戦国時代の朝廷と幕府じゃない?




