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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
86/151

86 - いわゆる大晦日

 12月下弦30日。

 この世界における大晦日である今日と、新年である明日は、この世界でもやはりお祝いのタイミングだったようで、旅客船の中でも新年祝いの準備があれよあれよと施され、すっかりお祭りムードになっていた。


 幸い天候もよく、晴れ空の下、甲板には普段より多くのテーブルやグラスが手配され、大人向けには果実酒を、苦手な人や子供向けには果実のジュースなどがフリードリンクとしてあちこちで配られている。

 また、軽食もレストランの調理人達が手がけているようで、豪華でありながら食べやすそうなものも多い。

 こういう場面でサンドイッチは偉いと思う。

 欲を言えば卵サンドが食べたいんだけど見当たらないんだよね。ちょっと残念。


「これはまた、随分と賑やかね。リリは慣れてるの?」

「船上でこの手のお祭り騒ぎは流石に初めてだけれど、そうだね。お祭りごとそれ自体には慣れてる方かも。リーシャは?」

「私達が暮らしていた街ではお祭りごとというより(まつりごと)だったのよ、このあたりの日程だと」

「うん?」


 ちょっと詳しく話を聞いてみると、アルガルヴェシアにおいて年末年始は特別な日に違いなかったらしい。

 ただ、お祭りをしてお祝いする日というより政治的な意味合い……もっと言うなら、『決算』のような感じで、その年に一体どんな成果を得ることが出来ただとか、そういう事を聖王ら国家中枢に伝える儀式を行う日だったと。


「それにあの街自体、そもそもお祭りなんて滅多に無かったしね」

「施設的には余裕で出来そうなのにね。なんでだろ?」

「本来の街とは根っこが違うってのが答えだと思うわ」


 ……それもそうか。

 街という形を取っていたけど、その実、アルガルヴェシアは神智府という組織の箱庭みたいなものだったし、そこは生活の場である以上に研究の場だったわけで。


「むしろどんなタイミングでお祭りってやったの?」

「定期的にやってたのは、私が知ってる範囲だと潤いの月の送り迎えくらいね。不定期に誰かの思いつきが勢いだけでお祭りに発展したことはあるわ。だいたいそう言うときは皆テンションがおかしかったわね、風が吹いて木の葉が散るだけで大笑いしてたもの」


 ああ、煮詰まりきった徹夜会議みたいなテンション……。

 それってもうどうにでもなれって方向になってないか?


「後者はともかく……、前者の潤いの月って何?」

「え? プラマナの言い回しだったかしら。ほら、大概は3年に一度あるでしょ。13月が」


 ……13月?

 なんだか8月32日みたいな不気味さのある並びだな。


 どういうものなのか、は、でもまあ、聞くまでも無いな。

 この世界の暦は太陰暦に近い。

 もしかしたら閏月があるんじゃないかと思ってたけど、どうやら閏月に似たような概念として『13月』が導入されているようだ。

 語感も似てるし。


「……あー。閏月の事か」

「へえ。あなたの地元ではうるうづき……って呼ぶのね」

「うん」


 で、語感は似てるけど、閏月という単語はない、と。


「僕の地元じゃ、そもそもその前後にお祭りをするって事も正直なかったけど」

「そうなんだ? プラマナでは結構一般的なんだけどね。13月に入るときにはお迎えをして、13月を終えるときにお送りする。13月は月を通してお祝いムードになるのよ」


 一ヶ月丸ごとお祭りみたいなものか。

 それは……僕が単に今年に来たばかりだから知らないだけで、他の国もやってるのかもしんないな。

 逆にプラマナだけがそれをしているならば、何か裏があるよな……。


「ま、いいや。リーシャも何か食べる?」

「そうね。果物のケーキとか食べようかしら。リリはどうするの」

「さっき食べたら美味しかったし、もう一度サンドイッチかな」


 というわけで、僕が席を抑えている間にリーシャがまずはケーキを取りに行き、プレートにたんまりと持ち帰ってきたところで、今度は僕がサンドイッチを取りに行く。


 先ほどとラインナップが少々変わっているけど、まずは安定のローストビーフ、ポテトサラダ、葉野菜。

 変わり種として所謂デザートサンドイッチ、生クリームとフルーツを挟んだものがあったので、それも確保。


 テーブルに戻ると、既にリーシャは食事を始めていた。

 僕も食べようっと。


 尚、ライアンとフランカはロニと一緒に部屋でお休み中だ。あとで甲板に出るかもとは言っていたけれど、どうだろうな。

 想像通りと言えば想像通りだけど、見事に人が多い。

 あの二人は追っ手を嫌ってこないかも知れない。


 ただ、人が多いと言うことは『噂話』も多く、それとなく聞き耳を立てれば興味深い話も集まってくる。


「今年は色々とあったわね。不死鳥とか魔狼とか」

「天災とかな。クタスタの大水害、クラの大雪。ホウザの大火、メーダーの震災。特に大きなものでも四つはすらすらと出てきやがる」

「それらと比べれば規模が小さいだけで、それなりに異常気象も多いのにね。特にクタスタなんて原因不明の爆裂現象とかもあったんでしょう? なにか不気味じゃ無い? このまま世界が、滅んでしまうような……」

「それは言い過ぎだろ。けど、確かに何かの転換期って感じはするか」

「何かのって何の」

「さあ。時代ってやつかもな。アカシャの王子様は相変わらずキレッキレ、サトサンガもまた政変がありそうだ。メーダーも先の震災対応で不満が溜まっている。クラに至っては考えるだけ無駄……来年は彼方此方の国で変革が起きるかもしれないぞ」

「良い方向に変われば良いんだけどね。必ずしもそうとは限らないのが……ちょっと不安かしら」

「心配性だな。あくまでも『変わるかも知れない』というだけで――しかも、あえて天災を関連させて考えたらそうなるかもしれないというだけだ。前提条件からして間違ってるし、結論も間違った物になるだろう」

「それもそうね」


 たとえばそれは、今年に起きた様々な事件に関する不安の発露であったり。


「ヘレン・ザ・ラウンズ"サトサンガ"が冒険者を引退するって話、やっぱり本当だったのか。表向きはサトサンガにこれ以上迷惑を掛けないためってなってたが……」

「隠居するには早いよな。まだまだやれるだろうに……ま、ラウンズだろうがブレイバーだろうが、一人の人間として自由に生きれば良い。あまりにも迷惑を掛けすぎない範囲でな」

「違いない」

「ただ――」

「ただ?」

「いや。引退後の拠点をアカシャに置くというのがどうにも気になってな。ヘレンの称号はザ・ラウンズ"サトサンガ"だろう?」

「ああ……そりゃ確かに。けど、アカシャといってもノウ・ラースだからな。あの地帯はサトサンガにも因縁がある。因縁って意味ではクタスタもだが、特にサトサンガ側との結びつきは強いからな」

「ハイン海か」

「そう。ヘレンほどの名前ならばハイン海の交易船団でも組めるだろうし、確かにこの前の一件で悪評もついたが、それでもサトサンガにおいてはヘレンを英雄視しているやつも多い。ノウ・ラース側に拠点を置けば、ノウ・ラース全域とサトサンガに影響力を持ちうるんじゃないか」

「……あるいは、逆もあるかもな。サトサンガに拠点を置いたままだと、冒険者を引退しても尚、『頼み込まれる』かもしれない。それが嫌だったと」

「怪我が引退の原因ともかく、個人的な人間関係だからな。確かにあり得るか」

「美談ではあるんだよな。生き別れの親友と奇跡の再会――ってさ」


 これはサムからもちらりと話を聞いていたけれど、ヘレンさんは無事に親友と再会できたこと――そして、それを理由に冒険者を引退したことであったり。


「それで、わたくし達が到着する頃、メーダーはどうなってるんですの?」

「それを調べるために我々は向っているのですよ」

「それもそうでしたわ。けれど、大地震とは穏やかではありません。かの国に限って魔法が原因ではないでしょうけれど……」

「予断をもって当たってはなりませんよ、お嬢」

「解っていますとも、我が執事(バルター)。急いては事をし損じるということも。しかし先んずれば人を制すとも言うでしょう?」

「何事にも表と裏があると言うことです」

「あら。わたくしにも裏があると言いたいのかしら?」

「もちろん。しかし今はお嬢の事ではありません」

「ええ、そうでしょうね。何の因果があってこのようなところで、このようなものと邂逅するのか……。ふふ、お父様あたりは運命だと言い出しかねませんわね。お母様ならば命運とでも訳すかしら?」

「まことに。……如何しますか?」

「別に。特にこれと言って意味も無いというのに、『痛い腹を探られる』のはお互いに利益になりませんからね」


 そして、何か明らかに尋常では無い男女のペアがいることに気づいたり。

 あっちも僕が聞き耳を立てている事にあっさり気づいたな……そこまで全力で隠蔽してたわけじゃ無いとは言え、それなりに擬態はしていたんだけど。


 何者かな?

 気にならないと言えば嘘になるけど……詮索はやめておくか。

 あっちもサインをいくつか出してくれているわけだし。

 船上なんていう狭い空間で、変に敵を作る意味もない。


「ねえリリ。あなた、どこでその斥候を学んだの?」

「随分昔に基礎だけ教えて貰ったんだよ。あとは独学」

「独学であなたみたいなものができあがるのだとしたら……、いや、それがラウンズだったわね」


 肩をすくめて。

 リーシャはケーキをフォークで丁寧に、食べやすいよう整えると、確認の意味を強く込めて、


「いいの?」


 とだけ聞いてきた。

 僕はそれに「いいよ」と頷いて、葉野菜のサンドイッチを手に取って、ぱくりと一口。

 マヨネーズではないけど、ドレッシング風のソースが中々マッチしていて、ゆで野菜の甘みを強調していた。つまりは美味しい。


 そしてそんな食事をしている間に、『最後』の一組、その男女も何事も無かったかのように甲板から去って行く。

 何があろうとお互い不干渉。

 別に契約を交わしたわけでは無いけれど、そんな暗黙の諒解が産まれた瞬間だった。


「リリ。軽食を食べ終えたら、後はどうする? 何か用事があるかしら?」

「特には無いかな……、部屋に戻ってゆっくりするのも良いし、どこかリーシャが行きたいところがあるなら付き合うよ。もちろん、一人で行動したいならば別だけれど」

「心遣いに感謝するわ。そうね、ちょっと付き合って貰いましょう。さっきすれ違った子供がイベントホールで、吟遊詩人の英雄譚を聞いたって言っていてね。それが気になったの」

「へえ?」


 ヒロイックサーガ……それも吟遊詩人か。

 それは僕としてもちょっと気になるな。


 基本的には単に娯楽として。

 けれどその手の伝承には、記録に残されていない重要な真実が混じっていることもちらほらとある。

 まあ、全部が全部作り話と言うこともあるけど。


「良いね。僕も聞いてみたいし、食べたら行こうか」

「そうしましょう」


 残りのサンドイッチを……急いで食べる必要は無いな、リーシャもゆっくりとケーキを味わっているし。

 昼から夕方にかけてのイブニングタイム、ふんわりと潮風を頬に受けつつも大海と青空が視界のほとんどを占める、そんな贅沢なひとときを、喧騒というほどではない、けれど確かな人の営みの中で味わう。


 これで空の一件さえ片付いていれば、もっと心根から楽しめたのだろうけれど――ま、今年はダメでも来年がある。

 来年のこの日の段階で、そもそもまだ僕がこの世界に居るかどうかさえわからないけれど。


 時間の流れに差があるとしても――既に半年どころか九ヶ月か。

 ある程度洋輔たちならば僕の不在を誤魔化しうるだろうし、なんなら僕の『身体』は冬華が、偽りの人格(イミテーション)は洋輔が僕をほとんど完全にトレースして作れるだろう。

 学生生活とかも概ね僕の代わりを偽物でこなせるだろうし、それほど心配はしていない。


 ただまあ、僕本人の学生生活という思い出が減るというのはちょっと寂しいかな。

 そりゃ、呪文(スペル)多少(すうねん)ならば誤魔化(まきもど)すんだけど。

 そしてどうせ巻き戻すならば、その学生生活の記憶はあるほうが邪魔なのかもしれない。


「さてと、ごちそうさま」

「私もこれで、まずはごちそうさまね。後でまた来ましょう、さっきレモンのケーキが新しく出てたのよ。ちょっと気になるわ」

「……まだ食べるの?」

「甘い物って不思議よね。全然お腹がいっぱいにならないんだもの」

「食べ過ぎて後で大変な目に遭わないようにしてよ。ここは船の上なんだから尚更さ」

「…………。そうねえ……」


 視線を逸らしながらそうねえと頷かれた。

 多少はまずいものを感じているようだった。


 席を立つと片付けるまでも無く係員さんが片付けをしてくれたので、リーシャと揃って甲板を突っ切り、船内へ。


「あ。僕、ちょっとお手洗いに寄っていきたいんだけど」

「じゃあ私も寄っていくわ。水場の前で待ち合わせで良いかしら?」

「うん」


 お話の最中に中座するのは避けたいし、念のためと言うことで。

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