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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
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85 - なにさま

 船旅は驚くほど何も起きないまま、その旅程をスムーズに進行していた。

 天候的にも恵まれていて、時々雨に降られることはあってもその程度で、嵐に遭うようなことも幸いにして無く、船は進んでいる。


 そんな船旅の合間合間に、サムからは愚痴のような報告が相次いでいた。

 重要どころを上げるならば、やはりアカシャに出没していたドラゴニュートに関する続報と詳細が一つ目だろう。


 増えるドラゴニュート、改め『キャリアドラゴニュート』。

 倒すと増えるという厄介な性質を獲得したそのドラゴニュート種の正体は驚くべき事に『本体が存在する』パターンでは無く、単に厄介な性質を獲得しただけのドラゴニュートだった。

 で、その厄介な性質というのが『最大八回まで、二体に分裂する』というもの。


 これはつまり、一体のキャリアドラゴニュートが発見されたとき、その全てが毎回分裂を行ったとすると、最悪二百五十六体にまで増えるのだ。厄介な。

 ただ、これは最悪のケースであって、実際には分裂の成功にはいくつかの条件があるらしく、上手いこと『失敗』させることができれば最初の一体に対処するだけで済むらしい。


 尚、サムたちがどのようにこれに対処したのかというと、『ドラゴニュートを狩れる冒険者を片っ端から雇って片っ端から攻め滅ぼす』という、この上なく解りやすく、なにより力押しな手段だった。

 条件を探るべきだという当然の慎重論も結構出たようだけど、それをするとなると高いレベルでの連携が必要になること、またドラゴニュートを捕縛する設備もアカシャには存在しないことから不可能とサムが断定、強攻策に出たらしい。

 結局、序盤こそ街などに被害はちらほらと出たけれど、終盤では戦力を纏めてしっかりぶつけることで被害を最小限に抑えたようだ。


 で、この一連のドラゴニュート対策において特にその働きが評価された冒険者がいて、その人物の名前はミラン。二十歳ほどの男性で、クタスタ出身、『弓』を主な武器とする冒険者なのだとか。

 彼は今回の功績を根拠としてアカシャ冒険者ギルドから守護する者(ザ・ガーディアン)の称号が与えられる事がすでに決まったほか、アカシャ国から多額の報酬が渡されることになるんだけど、この報酬はクタスタに全額送りたい、とミランが主張していて、少しサムとしては困惑しているらしい。

 大変そうだなあとは思うけど、口出しすることでもない。


 で、船旅が平穏無事という事は、その分特に何かやらなければならないことが出来ると言うことも無く、僕自身、正直に言えば暇との戦いといえば暇との戦いだった。

 けれどまあ、夜は『天体観測』という重要なミッションがある。

 ……『色別』で星座のように見える赤い線、占星術(リリック)という未知の魔法形態。考えるべき事は多い。


 いやまあ、昼でも空を『色別』すると見えるんだけどね、その赤い線。

 でもお昼だと太陽が眩しくてちょっと目に悪いし。

 それに昼間は昼間で、やることがある。


「リリ。解読はどうだ?」

「ついさっき最後まで終わったよ。実践も今のところ、極端に躓いては無いかな……」


 そのやることとは、プラマナのアルガルヴェシアに残されていたディル翁の研究資料の解読で、これの内容はミスティックに関する記述が大半を占めている。

 細かい専門用語だとかもちらほら使われており、これは僕個人では読み取れなかったんだけど、そのあたりはアルガルヴェシア出身の皆が詳しかった事でカバーに成功。

 また、実践面でも細かい助言を貰う事ができ、船に乗る前と比べると、出来る事が爆発的に増えていた。


 マジックの方が個人的には細かい調整が利いて好きだけど、ミスティックは魔力を消費しない都合上、いくらでも使えるという点で優れていると言えるだろう。

 それは僕の領域が思いがけず巨大だったからと言うのも理由だけども。


「呆れたもんだなあ。俺たちだって相応に苦労はしたんだけど……さすがは天然物のラウンズとでも言うべきか」

「天然物……か」

「ん?」

「いや」


 僕がラウンズである事は結構早い段階で明かしている。

 と同時に、レベルゼロであることも。


 この二つが重複する例はアルガルヴェシアでも研究されていたそうで、『Case.100(イット)』という異彩がそれを実現したんだとか。

 もっとも、その異彩は『その重複には其程意味が無い』という証明をしたのが最大の功績と言われるほどに、特にこれと言って特別な力は持たなかったそうだ。

 もちろん、ラウンズとして相応の異彩は備えていたようだけど。


 一方で僕はと言うと、ラウンズとしても結構特殊な例に当たるため、だからこそ『天然物』と表現されてるんだろうけど……。

 天然物とは言えないような気がする。

 だからといって人工的なものかと聞かれるとそれは微妙だけど。

 敢えて言うなら不正だろうか?


「……そういえば、ロニとリーシャはどうしたの。一緒にいるのかと思ってたんだけれど」

「フランカと一緒に甲板に出てるよ。窓からも見えるが、なかなか綺麗な岬だからな。たしかテュールの岬だったか」


 テュールの岬……なんか……惜しいな……、もうちょっとで猫まっしぐらだったんだけど……。

 まあそんな感想はさておき、テュールというと国境的にはアカシャ側だったはず。

 もうアカシャの領海に入ってるのか……ここから先は停泊する港が増えるから、ちょっとペースが落ちると解っていても、やっぱり順調だな。


「ライアンも見てきたらいいのに」

「邪魔か?」

「まさか」

「ならば部屋に居させてくれ。綺麗な岬だと言うことは認めるが、俺は正直、景色を眺めることにそれほど有意義さを感じられないからさ」


 納得。

 まあ、それを言うならリーシャも微妙なところだし、ロニに至ってはそれ以前という気もするけれど。


 ぱたん、と資料を閉じたら鞄に仕舞い、ライアンへと向き直る。


「それで、本題は?」

「隠し事ができないなあ。……まあ、直球で聞くが。リリ。お前はいつまで俺たちと一緒に居られるんだ?」

「…………? どういうこと?」

「リリにはリリの理由があって旅をしているんだろう。アルガルヴェシアに来たのもその一環で、俺たちを救ったのは結果的にそうなっただけ――恐らくは気まぐれが偶然、俺たちにとって都合が良い形で起きたんだと思っている」


 あってる。

 けどよく本人に言えるなそれ。

 僕の性格を読み切っているという証左か……。


「だからこそ、いつまでその気まぐれが続くのかを確認したくてな。それまでになんとか、俺たちは俺たちなりに護身術を学ばないといけない。魔法に頼らないものをな」

「なるほどね」


 そういう事ならば真剣に考えて真剣に答えるべきだろう。

 うーん。


「僕の当面の目標はちょっとクラで調べ事をしながら、技術の研鑽をする事。それが一定量済んだらメーダーに向うと思う。魔法で使う『道具』に関する技術がメーダーにならばあるかも知れないからね。ただ、それは少し先の事になるはず」

「というと?」

「技術の研鑽に時間が掛かるし、調べ事もすぐに答えが出る類いのものじゃないからだ。僕自身が調べるわけでも無いこともあるからね……」


 まあ……大半は僕自身で調べる事だ、ミスティックの限界とか、『星の魔法』……最果てと表現された、占星術についてとか。

 ただ、それらは僕が個人的に調べたいことだ。


 個人的ではない部分においては主にサムと一緒に調べている、黒床の神子や陰陽の国ドアに関する事が主体であって、その傍証として『月の魔法』やサトサンガの湖底神殿に眠っていた聖竜のようなものに関する詳細に飛び火している。


 ――僕自身が調べるわけでも無い事というのは、けれどそれらとはまた別だ。

 まあサムもサムでさらに深いところまで調べてるんだろうけど、それらとは文字通りに次元の違った調べ事を僕にとって最も身近な存在がしているはずだから、である。


 つまりは地球で。

 洋輔が、頑張っているはずなのだ――時間の流れる早さが違う可能性もあるしなんとも言えないけど、もうそろそろ現代錬金術の方はマスターしてるかな?

 普通の錬金術を覚えてくれたら、世界の壁はある程度乗り越えられるはずだ。少なくとも今回の、この世界と地球の間にあるそれは。


 ちなみに僕も集中力をリソースとする魔法をある程度深めているつもりだけれど、そろそろ限界っぽいんだよね。僕は所詮魔法使いであって魔導師では無いのが響いている。その分魔王という性質がなんとかしてくれるかとも思ったんだけど、そうでもないらしい。

 神智術の独自研究も頑張らないと、と考えると、案外やるべき事って多いんだよな。

 できるかどうかが分からない事も多いけど。


「けれど、確かに……、四人を置いていつかは旅立つ事になると思う。特に他の要件がなければ、長くても一年くらいじゃないかな」

「長くて一年か……。俺たちが頼めばもう少し延長して貰えたりするか?」

「場合によるね。僕としては吝かじゃ無いけど、緊急事態が起きたら優先せざるを得ない可能性はある。緊急事態が起きない限りならば大丈夫だよ」

「そうか」

「魔法が使えなくても護身術程度なら、半年もあれば形にはなると思うけど」

「俺たちは……な。リーシャも含めて大丈夫だとは思うんだ。ただ、ロニがな」


 …………。

 いや。

 ロニってまだ一歳とかそのくらいだよな。

 そのロニに護身術を叩き込む……って、それ、結構遠くないか?


 ……だとすると、ちょっとズレてるのかな?

 例えば、


「ロニに魔法を教えたいとか?」

「……ご明察」


 一回目で正解だったようだ。

 当てずっぽうも馬鹿にはならないあれ、ちょっと前にも似たような事を考えたような……。


「俺とフランカ、リーシャは魔法を使えないにしても、ロニならば大丈夫だろうからな。ロニは俺の子供だけど、あの街(アルガルヴェシア)の異彩としては登録されていない。登録されていない以上、ディル翁による命の支配は及んでいないはずだから」


 必ずしもそうとは言い切れないけど。

 でも今回は大丈夫だろうな、命を終わらせることが出来るという魔法をディル翁は権限とも表現していたし、ライアン達の話を聞く限りアルガルヴェシアの根元にはやはり、冒険者ギルドで使われているようなシステムに近いものがある。

 恐らくその魔法はシステムを介さないと実行できない。でもなきゃ効果が似合わない。


 それに――実際問題、魔法を無効化する道具を今のロニには渡していないけど、特に問題も無いみたいだし。


「ロニにも魔法の才能はあると思う。俺とフランカの子供だからな――素質の全てが必ずしも受け継がれるわけじゃ無いが、俺やフランカを産み出す過程で、その手の素質は揃えられているはずだ。いずれ『能力開示』で解るだろうけどな」

「それもそうだね。だとしても、僕が魔法の先生かあ……」


 僕が言うのもなんだけど、真っ当な魔法使いにはなれないだろうな……。

 攻撃魔法より補助魔法、もっというなら生活で便利系の魔法ばっかり教えそうだし。


「どうだろうなあ。周りが許してくれるかどうか……特に事件が起きなければ、まあ……っと。ちょっと待った。その前に一つ聞きたいんだけど、ライアン。クラって猫、居るかな?」

「は?」


 素で聞き返された。

 ごもっともだと思った。


「いやまあ、居るとは思うぞ。アカシャじゃあるまいし」

「だよね。ならば、特に何も起きなければ……具体的にはアカシャから『助けに来い』って命令が来たり、『調べ事』の都合で呼びされない限りはクラに留まるよ。ただ、そのあたりの命令やら呼び出しやらがあったらそれには対応しなきゃいけない。それでも構わないかな?」

「ああ。心強いさ」

「ならばそうしよう。呼び出された時も、解決したらできる限り帰ってくるようにするし……ね」


 僕はそう答えると、しかしライアンはすっと目を細めた。


「……頼んでおいて本当に何だが。どうしてリリは俺たちにそこまでしてくれるんだ?」


 そしてその問いはとても切実で。

 けれど僕にはどうしようもなく軽い動機(こたえ)しかない。


「『思いついたからやりたくなった』、それだけ――というのが、本当なんだ。その上で、やったからには一定の責任を果たすべきだとも思っている。けれどそれも結局はその程度の動機だよ。ライアン達にとっては命がけでも、僕にとっては気まぐれでしか無い。『両親が犠牲になって誰かから子供を逃がす』よりも、『両親と子供が誰かを出し抜いて生き延びる』ほうが楽しいと思っただけで、別にライアン達を助けたかったわけじゃ無いし、ディル翁を裏切りたかったわけでもない。ただ、ディル翁は僕に『裏切るな』と言わなかったというのが理由になるかな? ……ならないよなあ」


 そんな偶然。

 そんな思いつき。

 そんな気まぐれ。


「リリは……何様(なにさま)のつもりで、そんな事をするんだ?」

「そりゃ決まってるよ。他所様(よそさま)のつもりでこんなことをする。僕の気まぐれが誰かの命を救うことがあれば、僕の気まぐれが誰かの命を奪うことだってあるだろう。誰かにとっての利益になる事も、誰かにとっての不利益になる事もあるだろう――利益をたまたま得ている誰かも、次の瞬間には不利益を被っているかもしれない」

「……その生き方は、恨みを買うだろうな」

「そうだね。ろくな生き方じゃ無い。ろくな死に方も出来ないとも思うよ」


 けれどそれで良いとさえ思っている。

 ――だって、ここには僕にとってなにより大事なものが無いから。


 そこに思い至って、頭を振る。

 危ない兆候だな。


「……ごめん。なんか最近、僕はどうも精神的に不安定みたいだ」

「――リリ?」

「何かに影響を受けている……の、逆かな――」


 普段ならば……洋輔が居るからと無意識に我慢できる一線を、けれどここには洋輔が居ないから、我慢が利かずに飛び越えている。

 そんな自覚をしながらも、己を律することが出来ない。


「僕はまだまだ子供なんだろうね」


 ――悪い意味で。

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