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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 クラのリリ
84/151

84 - 天体観測を始めたワケは

 11月下弦16日。


 この世界には今、六つの大国といくつかの小国が存在している。

 特にその六つの大国を国力の面から見ると、強い方からメーダーとアカシャが均衡、プラマナ、サトサンガ、クタスタ、そしてクラという順序にはなるけれど、メーダーとアカシャの国力には明白な違いがあるし、歴史的に見ればプラマナがダントツだ。


 先の国力順では最下位として扱っているけれど、これはクラが内戦を繰り返した結果疲弊しているからであって、ポテンシャルで言うならば最上級であり、内乱や内戦がなければ今頃、六国で最も栄えていたはずだ、とはサムの言。

 もっとも、同じ会話の中でクラという国から内戦や内乱が無くなることは無いとさえ断定されていたんだけど、同時にクラという国が崩れることは無いだろうとも断定していた。


 これはクラという国が持ついくつかの特殊性が絡んでいる。

 特にその中でも大きな一つが、『他の国と陸地で国境を接していない』という点だ。


 世界地図というものが軍事的なものとして扱われ、あまり一般的に『世界』という考え方はされていないのだけれど、この世界においては現在、大きな大陸と、小さな大陸が一つずつ認知されている。

 これまで僕が行動をしてきたのはその大きな大陸であり、東西に長く、その中央付近を南北に縦断しつつ南側が特に広い『アカシャ』をベースに考えると、東の北側にある『サトサンガ』、そして東の南側には『プラマナ』がある。

 一方、西側の北側は『クタスタ』、西の南側からは『メーダー』だ。


 そう、実はこの世界の大国って、六つの内の五つは一つの大陸に集中しているのだ。

 もう一つの小さな大陸はメーダーから南西にあり、その小さな大陸を丸ごと『クラ』という国家が勢力圏としている。


 クラという国が内乱や内戦を自由に……と言うと妙な表現になるけれど、自由に繰り返し続ける事ができたのは、内乱の隙を乗じて他国から侵略を受けることが無い『独立した大陸』にあるからだ。

 同時に内戦を繰り返しても最終的には一つに纏まるというのも、やはり『独立した大陸』にあるからで、地上に国境が無いが故にどのようなわだかまりがあろうとも、最終的には『同じ大陸の仲間である』として、尊き血統の元に纏まるらしい。


 ……色々と思うところはあるけれど、まあ、サムから聞いた話に冒険者や船乗りたちの会話から察するに、戦国時代の日ノ本が近いのだろう。

 実質的に政権が幕府で、それとは別の、尊き血統が朝廷みたいな。


 尚、五国のある大陸とクラのある小大陸の内、最も距離が狭い部分は距離にして二十五キロほど。五国大陸側ではメーダー領にあたる。

 地球のドーバー海峡よりかは狭い……はず。たぶんだけど。


 今回利用している旅客船の航路はというと、そもそもの始点がサトサンガで、大陸沿いに時計回りでプラマナを介してアカシャとメーダーのほぼ国境上に存在する港へ。

 その港からは海峡を渡ってクラのある小大陸、その港街に一定期間停泊し、その後は折り返す形だ。

 プラマナの港から乗った僕達でもゴールである鞍馬で二ヶ月近い船旅だけど、まあ、やむを得まい。


 早さだけで言うなら、プラマナからクラに直行する外洋突っ切りルートの船が少ないながらにあり、この世界もちゃんと惑星なんだなあと安心するけれど、このルートは決して一般的では無く、安全性も必ずしも万全では無い。

 本数が少ない分だけ足がつきやすいというのも『逃亡者』である僕達にとって、避ける理由としては十分すぎるというのは真実だけど、それが無くても時間的余裕があるならば、僕はこのルートを避けただろう。


 早いと言っても一ヶ月はかかるし、途中で陸に上がれないし。

 自然と性に関するあれこれが問題になりやすいし。


 尚、東西方向への外洋突っ切りルートは実はかなり昔からあるそうだ。

 一方で南北方向の外洋突っ切りルートは未だに一つも存在していない。

 開拓は未だに試みているようだけど、失敗続きなのだとか。


 亜大陸の存在に気づくまでは成功しないだろうなあ。

 その辺は僕の関与するところじゃないので放っておこう。


「リリ、そろそろ昼食にしたいんだけど。いいかしら?」

「うん」


 で。

 新しい偽名は少し悩んだ結果、リリ・クルコウスと名乗る事にした。

 好ましくない愛称であるわたあめ(フロス・コットン)から友人の葵くん(アルテア・ロゼア)の名前を借り、次いでお仲間である冬華のグロリア・ウィンターと来て、今回は担任の緒方さゆり先生の名前のもじりだ。


 本来の英語に近づけるならリリー・クルーコースとかクルコースとかその当たりになるんだけど、なんかブドウ糖(グルコース)っぽくなるなあと思ったので、クルコウス。

 カタカナ的には微差だけど、発音は違う。うん。


 ファーストネームの部分はリリーって名乗っちゃっても良かったんだけど、やっぱりリリーは女性の名前というイメージが強く、リリという名前にしたのだった。

 大差無いのは内緒。


 一方で、アルガルヴェシアの四人組はというと、アイボニーさんがライアン、クローバーさんはフランカ、トロイがリーシャで、幼子ことクローバーさんとアイボニーさんの息子さんはロニとなった。

 姓については、ライアンがクラウディオ、フランカがクラウディオ=クルコウスの二重姓、リーシャとロニはクラウディオのみを名乗る形になっている。


 つまりアルガルヴェシアの四人組は完全に一つの家族としつつ、フランカの旧姓という形で僕の姓であるクルコウスも名乗ることで、僕がこの四人から完全に浮かないように、かつ別に行動していても決定的な問題にならないように配慮してくれたわけだ。

 設定上、僕とフランカは歳の離れた姉弟で、ライアンは僕にとって義兄になる。リーシャとロニは姪っ子と甥っ子になっちゃうんだけど……ま、そこまで注文をつけてもあんまり意味は無いし。


 外見は正直、似ても似つかないというのが実情だけど、そこまで重要視はしていない。ただしアルガルヴェシア組、特に大人の二人は髪の毛が『先端だけ銀色』と、ぱっと見で判別し易すぎる特徴がありすぎたので、承諾を得た上で染めて貰った。

 ちなみに髪の毛の先端が銀色になったのは魔法の副作用だったらしいから、魔法が封印状態にある今、これ以上の毛染めは必要無いだろう。


 また、設定上とはいえ姉弟という関係であることから、口調はお互いに砕けた形になっている。最初のうちはややフランカとライアンがぎこちなかったけど、二日もあれば慣れるあたり、人間は慣れることができる生き物なんだなあと思う。

 僕は演劇部だったからな……。そういう役だと考えてしまえばいいだけだった。

 まあ――これは、ちょっとした裏もあるんだけど。


「それにしてもリリは甲板がよっぽど気に入ったの? 隙あらば外に居るみたいだけれど」

「そうだなあ。嫌いじゃないよ。部屋でゆっくりとしているほうが好きと言えば好きだけど、部屋だと他の人の話を聞けないからね」

「他の人の話……」

「噂好きなのは知ってるでしょ」


 定期旅客船なだけあって、この船はかなり大きく、乗員も客もその数が多い。

 だからこそ、甲板の椅子に座ってのんびりとしていると、それだけでいろいろな『お話』が聞こえてくるのだ。


 聞こえてくる会話の内の九割はどうでも良いような個人的な話なんだけど、残りの一割くらいで思いがけず重要な話が聞けたりするのだから侮れない。

 たとえばクタスタの大水害の続報だとか、アカシャが出しているドラゴニュート討伐情報だとか――プラマナとサトサンガの冒険者ギルドが手を組んで、とある奇妙な冒険者をの消息を追っているだとか。


「そう。なら良いのだけれど――もしかしたら私達に遠慮したのかなって、ライアンが言ってたのよね」

「まさか。……いやまあ、全く遠慮をしてないと言えば嘘になるかも。新婚旅行についてきちゃったし。でも、僕がいないと水回りが大変でしょ?」

「そうなのよね」


 ちなみにこの船はクラで作られた、らしい。

 外洋を渡航しても殆ど揺れない、紛うことなき大型豪華客船で、各客室ごとに水場が用意されている。下水は流しっぱなしで船側が処理をしてくれる便利仕様なんだけど、上水道は無い。

 水やお湯の補給は係員に頼んで補充して貰うか、自分で魔法を使ってください、という感じだ。


 本来、フランカにせよライアンにせよ、なんならリーシャでも水やお湯程度は片手間に魔法(ミスティック)で作れるんだけど、封印しているため使えない。その当たりの不便を解決するというのが一応、僕が同行する名目になっている。

 まあ、係員さんは呼べば一分もしないで来てくれるんだけどね。


 尚、豪華客船と言うだけ会って、流石にプールは無いけれど、ホールレストランや音楽が楽しめるカフェ&バー、わいわい騒げるダンスホールに混浴の展望大浴場、子供向けの見世物(ショー)が定期的に行われるようなアトラクションつきの空間、託児所、その近くに併設されているのはマッサージや日光浴を楽しむ空間などなどが用意されている。


 料金はプラマナの港から目的地であり終点、クラの港まで、一人頭プラマナ金貨三百五十枚。

 飲食代とサービス代は全て込み込みの価格で、先に述べた施設はオールフリー。一日中、自由に使って良い。


 一方、別料金を支払うことでたとえば家族向けの予約制大浴場を貸し切りで使ったりはできる他、僕達には無縁な代物ではあるけれど、一種のヘルスケアなども依頼できる。

 尚、この別料金分はその場で支払うわけではなく、最初に支払った金貨三百五十枚から差し引かれる。この最初の三百五十枚にはこういったオプションサービスへの積立金って意味合いもあるわけだ。

 尚、下船時に行われる精算処理で使わなかった分は返金されるし、よっぽど生活を乱していない限りオーバーすることは無いけど、万が一不足した分は追加で支払うことになる。


 ……地球でもいつかはクルーズ旅行をしてみたいような、そんな事をするくらいなら適当な公園で野良猫とじゃれ合ってみたいような。

 いっそ猫と一緒に行くクルーズ船とか?

 猫が船酔いするか……。


「ちなみにご飯はどこで?」

「特に決めてないわ。たまにはホールレストランで食べる?」

「そうだなあ……。たまにはそうした方が良いけど、今日は別にいいかな」

「じゃあ、例によって船員さんにお願いして運んで貰いましょ。……楽で美味しいから良いけど、豪華な生活に慣れると後が大変かしらね」

「……それはあるかもね」


 いや、豪華な生活というより、楽な生活というほうがたぶんデカイけど。


 甲板から内部に内部に入り、通路を歩くこと少し。

 僕達五人はこの大型客船において、最上級にあたる船室を利用しているので、結構近い上、他の人とはあまりすれ違わないよう工夫までされているし、そこそこ静かだ。

 もっと普通の部屋でも良かったのにとは言われたけど、人数が五人と多い事、幼子(ロニ)の存在や、僕達がこっそりと行動するのにもっとも優れた環境が、たまたま最上級の船室だったというだけの事である。

 ベッドの数も四つで丁度良かったし。


 お金も錬金術師としての僕の前では無限に増やそうと思えば増やせてしまうものなので、気にならなかったしね。


「ところで。リーシャと少し話してたんだけど、リリ、色々と溜まってきてるんじゃない?」

「凄まじい方向に『ところで』ですっ飛ばしてくれたね、姉さん……。それ、家族だからこそ踏み込むべき場所じゃないと思う」

「まあ、そうなんだけどね。けれど鬱憤にせよ何にせよ、溜めっぱなしだと辛いでしょ。いつか爆発するかも知れない。それこそ、方法を聞いたりはしないし、注文をつけるわけもないけど……」

「…………。その心は?」

「まあ……。私もリーシャもライアンも、そろそろ我慢が限界気味というか」


 我慢してたのか……。

 となるとむしろ鈍感だったのは僕の方だな。


「……今度大浴場を貸し切ろう。僕はそのついでに展望デッキで一晩くらい天体観測でもしてるよ、デッキチェアもあるし、軽く寝るくらいはそこで大丈夫だから」

「それは……、私達はそれでいいけど、あなたは大丈夫なの?」

「大浴場のついでで済ませるかもね」

「そ。なんなら一緒になんて話もしてたんだけど、」

「あのさあ姉さん。家族だから。一応」

「遠慮なんて要らないのに」


 いや遠慮も何もないと思うんだけど……。

 この辺の考え方、やっぱりこの世界がズレてるよなあ。

 いやズレてるのは地球の方か……?


 妙な事を、けれど真剣に考えつつも、船旅はまだまだ序盤だ。

 これは思ったよりも気を遣ったほうが良いのかも知れない、他でもない僕自身のために。


 と言っている間に船室へと到着、ただいま、と入れば、ロニの元気な泣き声と、それをあやそうと必死になっているライアンが目に入った。

 あれ、リーシャがいない?


「リーシャは?」

「船に頼んだ洗濯物の受け取りにいったよ」


 質問をしたのは僕では無くフランカだ。僕よりも一瞬、疑問を持つのが早かったらしい。


「ロニ、よしよし。お母さんは横にいますよ」

「いや、抱っこを、」

「ライアン。父親たるもの音を上げてはいけないわ」

「……はい」


 そして尻に敷かれる父親だった。

 かわいそう……ともさほど思えないのはなんでだろうな……。


「例の話は済ませたわ。早めに大浴場を貸し切っちゃおうって事になったからそのつもりでね、ライアン」

「待ってフランカ。なんかそれもの凄い誤解を生みそうなんだけど」

「え、そう? 伝わったよねライアン」

「間違って伝わったということは解ったよ。つまりどうなったんだ?」

「大浴場を貸し切って、その後僕が展望デッキのデッキチェアで天体観測でもしながら一晩過ごすので、その間はご自由にどうぞということです。水やお湯は満タンにしていくのでご安心を」

「なるほど納得だ。悪いな」


 どういたしまして――いや、どういたしましてって感想はなんか違うよなあ、やっぱり。

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