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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 プラマナのグロリア
83/151

83 - 脱走劇の顛末

 アルガルヴェシアで待機し。


 イノンドさんがその二人――少女と幼子――を連れて帰ってきたのは、一時間ほど経過した後だった。

 少女は僕と同い年くらいだろうか、一方で幼子はやっと歩けるようになった程度の年齢で、その子を逃がすために少女が抜擢されたのだろうということは、その少女の目に浮かぶ涙を見ればすぐに解る。


 脱走は失敗した。

 すぐに捕まった。

 その不甲斐なさに加えて、己達が連れ戻されるということは、クローバーさんにせよアイボニーさんにせよ、その二人も無事ではないことは理解できていたわけだ。


「少し待たせたかな、グロリアくん」

「そうでもありません。すぐに見つかったようでなにより」

「そうだね。……それで、あの二人は?」

「捕縛を試みたんですけど、僕の手にも余りました」


 待機していた場所のすぐ横、戦闘の流れ弾で屋根や壁に大きな穴が空いている家屋の扉を開ける――家屋の中には二つの死体が並んでいる。

 どちらも胸元を抉り心臓を破壊する一撃だ、確実に死んでいる。


 その二つ並んだ死体を見て、イノンドさんは少し驚いたような表情を浮かべ、少女は鳴き声を上げることを堪えつつ、憎悪を隠しきれずに僕をにらみ付けている。

 ……当然か、仇だもんな。


「可能ならば生け捕り、無理から殺しちゃっても良いとは言ったけど、よく二対一で殺せたね……魔法だとしたら反射されるだろう?」

「ごくごく普通に剣圧を飛ばして牽制したところに、石を投げてたたき落として、落ちてきたところを一刺しです。それほど難しい事はしていません」

「……まあ、君にならばそうだろうね。君以外には難しいことしかしていないのだが」

「お互い様でしょう。で、その子はずいぶんと大人しいようですが……」

「逆らったところで私に何も出来ない事を理解しているわけさ」


 なるほど。

 ……実際、将来的な素質はともかく、今じゃ反抗した瞬間に瞬殺されるよな。

 いや殺してさえもらえないか。

 瞬間的に昏倒させられて、そのまま実験コースと。


「それで、その子達は結局何者だったんですか?」

「この女の子は『Case.1061(トロイ)』。斥候系の異彩として品種改良(はいごう)されたものだね。おかげで見つけるのが大変だったとも。ただ、この赤ちゃんはちょっと解らないな。未登録の異彩……もしくは、単にこのアルガルヴェシアの住民、その子供だとは思うが……」


 ふうん……、そこまで断定的に言えるのか。

 冒険者ギルドの照合みたいな仕組みだな、やっぱり。

 骨格が同じなのかもしれない……ま、千年前がどうとか言ってたし、冒険者ギルドが使っているシステムの制作者がそもそもイノンドさんという可能性もあるんだけど。

 全部では無いにしろ、一部には携わっているだろうし。


「とはいえ、アイボニーとクローバーが死んだか。それぞれの代替も用意しなければ……まあそれは、アルガルヴェシアで神智府が勝手にやるだろうが。二人の死体は私が預かるよ、死体にも使い道はあるからね。それと、これ以上問題が起きないようならば、アルガルヴェシアで発生した一連の問題は解決だし、君のおかげでスムーズに解決できた。感謝しよう。報酬を渡さないといけないね……」

「死体の処理が先で構いませんよ。僕は……ええと、トロイでしたっけ、この子たちを監視しておきますから」

「そうかい? じゃあ……」


 あっち、と。

 イノンドさんが指を指した方向には、高層建築物が一つある。


「あの高い建物に連れて行って、そこで適当に見張っておいてくれ。暴れるようなら拘束しても良いけど、その二人からは事情を聞かなければならないし、殺さないように。殺さず、かつ見張ってくれるならば自由にしてかまわないよ。君が望むなら奉仕させるもよし」

「あいにくとその手の行為には僕なりにポリシーがあるので」

「紳士だねえ。ま、それじゃあ……、処理にはちょっと時間が掛かるかな。二時間くらいはかかるかもしれない、頼むよ」

「解りました」


 さて。

 というわけで、トロイという女の子と、その女の子が抱える幼子に、「ついてきてね」とだけ言って歩き始める。

 イノンドさんの目があることもあってか、トロイはあっさりと従った。

 あるいは……この子も僕に怯えているのかもな。今は憎しみでそれがセーブされているようだけど。


 暫く進んで距離が離れたところで、一応周囲の気配を確認。

 問題なし、鞄の中から指輪を二つ取り出して、トロイには手に握らせて、幼子にはネックレスを介して首にかけさせる。


「これからの予定を話すよ。しっかり聞いておいて。それと、その指輪は絶対に手放さないように――今は未だ機能を有効化していないけれど、それが君たちをイノンドさんの探知を弾いてくれる」

「…………。…………?」


 唐突な僕の言葉に、トロイは黙り込んだ。

 いや、今までも一言たりとも喋ってくれていないけれど。


「アイボニーさんもクローバーさんも生きてる――さっきの死体は僕が作った偽物(フェイク)だ。本物の二人はその指輪と同じものを持って、ある事をやっている。それが済んだら集合する手はずだ」

「え……?」

「ま、詳しい事はその二人から直接聞いて貰った方が早いね。ついてきて」

「…………」


 そのまま、僕達はまず、イノンドさんに指定された高層建築物へと向う。

 その入り口の横に、予め指定して居た『目印』はあった――つまりもう、アイボニーさんとクローバーさんの仕掛けが終わっている。

 指定されていた通りに扉をノックしてほの暗い建物の中へと入り、トロイたちも引き入れたら、扉を閉める――魔法で灯りを灯せば。


「トロイ、無事か」

「……アイボニー!?」

「静かに」

「…………、」


 そこには、アイボニーさんとクローバーさんが既に待機していた。


 さて、一応整理をしよう。

 アイボニーさんは『マナへの干渉』に関する異彩であり、クローバーさんは『門番』としての異彩だ。

 この二人が共謀したことで、さきの反乱劇と脱走劇は実現していた。


 反乱劇を主に成り立たせたのはアイボニーさん、マナに干渉する事でアルガルヴェシア内部のあらゆる施設を『成り立たなく』させる。

 脱走劇の鍵になったのがクローバーさん、門番として『門』に鍵を掛け、イノンドさんの突入を察知し、同時にトロイと幼子を最高のタイミングで逃がすことが出来たわけだ。


 実際、対処に当たったのがイノンドさんだけだったならば、トロイと幼子は二割くらいの確立で逃げ切れただろう。

 クローバーさんとアイボニーさんは間違いなく死んでいただろうけど、逃がすという目的は果たせる可能性があった――だから博打に出たわけだ。


 けれど現実として対処にあたったのはイノンドさんだけではなく、僕もいた。

 そして僕のせいでその計画は一気に崩壊してしまった――本来ならば最後まで気付かせないのが理想だった脱走劇が、ものすごい早期段階で露見してしまうほどに。

 ……結果、イノンドさんによる探知範囲から抜け出し街に紛れるなど間に合うわけも無く、現状のように連れ戻されてしまったわけだ。


「それで、そっちの首尾は?」

「イノンド=ディルの書斎にあっためぼしいものは全部持ち出したわ」


 けれどこの僕の動き、なんというか、悪役側だよね。それはちょっと面白くない。

 面白くないけど、ミスティックに関する資料をくれるというのだ、恐らくミスティック使いとしては世界最高峰にあたるのがイノンドさんだと考えれば、このチャンスは逃せない。


 それでも、『思いついてしまった』のだ。

 クローバーさんとアイボニーさんを犠牲に二人の脱走者が逃げ延びることができるか、というスリル溢れる物語よりも、『全員が揃って逃げ延びる』という穏やかな未来が実現できる可能性を。


 ただしそれを行うと、イノンドさんを敵に回す。

 敵に回したところで、お互いに『手を出しにくい相手』ではあるから、すぐさまどうにかなるわけじゃ無いけれど――もちろん、イノンドさんから貰えるはずだったミスティックに関係する資料は貰えなくなる。


 だから、『資料を貰って、ついでに四人も逃がす』という欲張りプランを実行に移した。


「良い仕事をしてくれました。じゃ、トロイとその子の髪の毛をちょっとだけ貰って……、ついでに僕の髪の毛もちょっと切って、と」


 予め用意したマテリアルと一緒に錬金術を行使。

 ふぁん、と完成したのは僕とトロイ、幼子と『遺伝子レベルで同一』の肉体で、衣服も今、僕達が身につけているものと同じような見た目に加工しておいた。

 さらに、同時に二人に渡していた指輪の機能も有効化。


「え……? 私……?」

「細かい原理はいずれね――さてと」


 錬金術で作り上げた肉体は完膚なきまでに、本物と同じように作られる。

 心臓だって動いている、肉体的には生きている。

 ただ――錬金術では魂魄(プシュケー)が作れない。

 だからその肉体は、血肉で作られ、心臓が鼓動を刻んでいる『人形』であって、それ以上ではない。


 けれどそれで十分だ。


「イノンドさんの探知は生命反応に特化しているのだから、たとえ『魂』が存在しないただの人形でも、生命反応が行われているならばそれを探知してしまう。同時にそれはミスティックに過ぎず、魔法の効果に過ぎないのだから、『全てのミスティックを無効化する』道具を使っていれば、イノンドさんの探知からは簡単に抜け出せる――」


 クローバーさんやアイボニーさんと『お話』をしてこのあたりの情報を一部共有した所、たとえ僕の言葉が虚言でも、このままならば間違いなく死ぬのは目に見えているのだからと、提案に乗ってくれた。

 その時点で僕は二人の肉体を複製、その複製した方の肉体を殺害。

 同時に二人にはミスティックを無効化する指輪を渡し、『イノンド=ディルが持つミスティックの資料を持ち出す』ことを要請した。


 尚、特定の魔法形態の全てを無効化する指輪は本来、洋輔と喧嘩をするときに洋輔の魔法を封じる目的こっそり開発していたのは内緒。

 あっちはあっちで錬金術へのメタを張ってるだろうからお互い様だ。うん。


 あと、資料を持ち出すとセキュリティが働くかなとも思ってたんだけど、アルガルヴェシアの内側と外側で『やり取りが出来ない』と教えてくれたのはイノンドさんだった。

 つまりイノンドさんが外側に居る限りはイノンドさんの部屋に押し入ってもそれを警告する仕組みが存在しない可能性が極めて高く、バレそうだったらその時は僕がやったと言う事で誤魔化す方向だったんだけど、事実は推測通りだったようで、『運び出し』には未だに気づかれていない。


「……けど、この大荷物は――」


 ふぁん。

 クローバーさんの言葉が終わる前に錬金圧縮術で強引に鞄の中に収納、これで良し。


「色々と説明を要求したい所でしょうけど、まずはアルガルヴェシアを出ること、そしてプラマナを出るのが最優先です。プラマナから出る事が出来ればアカシャと連絡がつくはずなので、その後のことは改めてその時考えますが、まずはクラを目指します」

「クラ? それは何故だ」

「あの内戦の国ならば僕達五人が住民として突然増えても、『どっかの街から逃げてきたんだろう』で済むからですよ」

「ああ……」

「待って。クラに行くためには外洋船を使わなきゃいけないはず。調達できるの?」

「問題ありません」

「……大した自信ね」

「奥の手はいくらかあるものです」


 それこそ単に越境依頼(ボーダーレス)を提示してしまっても良いし、そんなことをしなくても、たぶん問題は無い。定期便はあるのだ、お金さえ払えれば問題は無いし、身分的な証明は僕が冒険者ギルドの試練を与える者(ザ・オディール)として、僕を含めた四人分と幼子の分くらいは保証できる。


「さて、それじゃあそろそろこの建物から出ましょうか。結界とは少し異なりますが、他人から『見えにくくする』という技術を僕は持っています。それを使うので、僕から五メートル以上離れないようにしてください。アルガルヴェシアを出て、森を出る所までは一定のペースで歩きます。休憩はありません、頑張ってください。森を出たら街道に紛れ、適度に距離を稼いでから休憩です。クローバーさんとアイボニーさんは大丈夫ですね、いざとなったらトロイと幼子を担いで貰うのでそのつもりで」


 クローバーさんとアイボニーさんはあっさりと頷く。

 僕に全てを委ねている感じだ、やはり『取り繕わない一面』を見せたのが利いたらしい。

 一方でトロイは混乱しているけれど、混乱が行きすぎてもうどうにでもなれという状態になっているようなので、正気に戻る前に行動を始めてしまった方が良いだろう。


「それじゃ、早速逃げましょう。街道まで無事に出る事が出来れば、あっちは追いかけてこないと思いますけどね――」


    ◇


 結論から言おう。

 追っ手らしい追っ手は、ついに僕達が外洋に出ても尚、掛けられることが無かった。


 錬金術で作った遺伝子レベルで完全に同一の人形が効いたのだろう。

 あれを本物だと思い込んでくれたらしい――ま、それにいつ気づかれるかという問題はあるし、もし僕達の人形が人形であるとバレたならば、クローバーさんとアイボニーさんの死体として置いてきた人形もまた人形だとバレて、二人の命を改めて奪おうとするだろう。


 ……実を言えば、だからどのタイミングでバレたのかを確認するためにも、あえて無防備にさせるという選択肢はあったのだ。

 けれどそれは、そこまで面白くも無い。

 だからこそ、トロイも含めた三人には、『全ての魔法を無効化する』効果の指輪を改めて渡している。

 ぶっちゃけ、それでも防ぎきれるかどうかは不明だし、それを持っている限り三人も魔法が使えない状態にはなるのだけど、それを渡す理由もしっかり伝えたところ、三人は『その程度のデメリットならば』と受け容れてくれた。


「ということがあってね。今後どうしようかなって相談なんだけど」

『随分振りにようやく連絡が付いたと思ったら……、何? ミスティックは習得したけど結果的にディル翁と敵対し、プラマナの実験都市アルガルヴェシアの異彩――人工的に作り出した天才――を連れて逃亡するついでにディル翁の研究資料も盗難してきたと? 貴様の行動がよく分からない方向に暴発することは今に始まった話じゃあないが、何がどうなったらそうなるんだ』

「大分ざっくりとした説明だからね。もうちょっと細かく言うともっと問題はあるんだけど」

『……今度纏めて報告してくれ。今は連絡が付いたことで人心地としよう……頭が痛い……。あー。次から次へと問題をよくもこう……。とりあえず貴様は今、何処に向っている』

「クラ。当初の予定にも沿うしね。ただ、外洋突っ切りルートだと数が少ない分足がつきやすいから、大陸沿いの一般旅客船」

『…………。妥当だな。一応こちらでも受け容れの準備はするが……、アカシャはプラマナに近すぎるな。クラの適当な都市をピックアップしてやる。当面は大人しくしておけ』

「解ったよ、サム」


 本当に久々に。

 サムと連絡を行って、今後の方針はこれで確定――外洋船の甲板でそんなやり取りを終えた後、不意に空を眺めてみる。

 相変わらず星座のような、『赤い線』は残っている。あれは結局何なのやら……。


 ま、今はそれよりクラについた後の名前を考えないとな。

 クローバーさんたちの分も、一緒にね。 

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