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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 プラマナのグロリア
82/151

82 - それはまるで悪魔のような

「不死鳥……? 捕縛措置は――」

「いえ……、イノンドさん、それは『そこに居る』ように見えるだけで、居ませんよ」

「……なに?」

「こうやって対面してもやっぱり気配は無いし、それになにより『微動だにしない』というのはあからさまです。恐らく光学投影をしているだけ――」


 手元に産み出した石を、輝く鳥に向けて投げつける。

 石は当然のように輝く鳥を『貫通』し、そのまま奥にころんと落ちた。


「イノンドさんの『探知』を逆手にとって、(デコイ)としてここに配置したんでしょう。その理由まではわかりませんが、イノンドさんはこのアルガルヴェシアに入るときも、入り口で『鍵』がかかっている、と困ってましたよね。アルガルヴェシアは何らかの理由で今、イノンドさんに入ってきて欲しくなかったんじゃ無いですか? ――でも、万が一入ってきてしまった時のために『ドラゴニュート』を配置しておいた。それも突破されてしまったとき、『探知』を使わせてこの建物に誘導し、あの投影ででっち上げた不死鳥で足止めをする」


 ……問題は、イノンドさんが不死鳥『ごとき』で足止めを食らうかどうかという点だけど。

 対処法が解らないとも思えないし、対処法を知っていて、かつ魔法使いとして才能があるならば、それほど苦戦もするまい――ドラゴニュートを秒殺できたように。


「……私一人だったらそれに気付けず、ここで暫くにらみ合いをしていただろうね。未だに『生命』の反応はある……それも大量に。なるほど、グロリアくんの言うとおりだ、この反応は全て偽装か――」


 だとしたら、誰が、何のために。

 アルガルヴェシアで何かが起きたと呼び出しておきながら鍵を閉めて門を閉ざし、門を潜っても罠を幾重に重ねている状況――何がしたくてそんな事をしているのか。


「――理由はわからないけれど、やったのは『Case.968(クローバー)』か『Case.1021(アイボニー)』のどちらか、もしくは両方だな。あの二つの異彩にならば私を欺けるだろう」

「心当たりはあるんですね」

「ああ。だが理由がさっぱりだ。状況から言えば神智府に反乱を起こしたと考えるのが解りやすいけど、その無意味さをあの二人は知っている――」


 無意味さ?

 と、問いかける直前。


 何かが弾けるような大きな音が『外』でして、僕とイノンドさんの視線がそちらへと向う――扉の向こう、アルガルヴェシアの中心部付近には、二つの人影が空に浮いていて、こちらを見ているようだった。


「左の男がアイボニー、右の女がクローバーだ。やはりあの二人か」


 色別は……赤。

 ひさびさに『解りやすく』、敵だな。


「さて、先に言っておこう。彼らはアルガルヴェシアの異彩としては比較的新型でね――正直、まともに戦うとなると私には勝ち目が薄い」

「まともに戦わないならば?」

「瞬殺できるよ。だが殺してしまうと理由が聞けないだろう」


 そりゃそうだ。

 つまり生け捕りにして話を聞きたいと。


「さっきドラゴニュートにやったみたいに、地面にたたきつけて拘束するのは?」

「やる分には構わないが、効果はそれほど見込めないな。あの二人はさっきも言ったとおり『新型』だ。特にアイボニー……あれは少々厄介だね」

「というと」

「魔法を跳ね返す魔法が得意だ」

「あー……」


 跳ね返されると解っていて魔法を打つわけにも行かないか。

 ちょっと眼鏡の『遠見』機能をオン、二人の状態を確認してみる。


 アイボニーと呼ばれた男は二十代後半ほどの男性、本来の髪の色は黒かな? なんだか銀色にその先端が染まっている。空に浮遊しているのはこの人の魔法じゃないな……、ただ、この人は明確に僕達を睨んでいる。


 クローバーと呼ばれた女はギリギリ二十代……か、十代後半の若い女性で、こちらも本来の髪は茶髪だろうけど、やはり先端が銀色に染まっている。皆そうなのかな? で、空に浮遊している魔法を使ってるのはこっちだな。渦は青だから、マジック由来だろう。


 どちらもしっかりとした、意志の篭った目をしている。操られている形跡は無し――それに先ほどの通り『色別』をかければ赤なんだけど、不思議と殺気や殺意らしきものは無い。

 あれはむしろ困惑だ。


「あちらがこちらに攻撃をしてこない理由はなんでしょう?」

「戦闘になれば死ぬのはあちら側だと自覚しているのさ。それに私を殺したところでその場しのぎにしかならないと言う事も、私が今すぐあの二人を殺そうとはしないだろうと言う事も。……その上で、恐らくはグロリアくんの存在に困っている。『あれは誰で何者だ』と言ったところだろう」


 なるほど……?

 なのか?

 イノンドさんを殺したところでその場しのぎにしかならないというのは、転生するからだよな。数年も経たないうちにイノンド=ディルは復活する。


「……イノンドさんがあの二人をすぐに殺そうとはしていないって、なんでバレてるんですか」

「私の性格を読んだ所もあるだろうね。だがそれ以上に、『今あの二人が生きていること』が何よりの証明になっているんだろう」

「…………?」

「私は『Case.51(コア)』よりも後に産まれた異彩の命を強制的に終わらせることが出来る権限を持っている」


 ……なるほど?

 造物主と被造物の関係かな……まあ、『実験都市』だ。

 異彩という完成品も、結局は『実験品』という考えなのだろう。

 人道的な問題が深いこと極まりないけど、サトサンガの闇市とは方向性が違うだけで、深さ的には大差が無いのかも知れない。


「けど、このままにらみ合いをしているわけにも行かないですよね」

「ああ。最終的にはあの二人の命を終わらせる――殺すことは変わらないが、理由は最低限探らないとな……。同じような事が起きないようにという意味も込めてね」


 確かに。

 これで二人を殺して帰り、またすぐに呼び出されてはたまらない。


「ちなみにイノンドさんが送り込んだ対応隊は今どうなってるんでしょうか」

「さて。突入前に連絡が無かったあたり、すでに殺されているか、あるいはどこかに囚われているか」

「連絡は付かないんですか」

「解らない。アルガルヴェシアを出れば連絡出来るかも知れないね」


 …………?


「以前少し話したが、プラマナのマナは歪んでいる。そのマナの歪みを産み出しているのがアルガルヴェシアだ。この街の中から外に、あるいは外から中に伝達を行う事ができないようにする仕組みの副作用というのが真相だ」


 ああ……もともと防諜の仕組みだったけど、それはアルガルヴェシアに対するものであり、プラマナ全土のマナが歪んでいるのはその副作用にすぎないと。

 ……すごい力業でやってるってことにならないかなそれ。


 まあいいや。

 事情は概ね見えてきた。


「…………? 何が解ったんだい?」

「あの二人もまた『陽動』、囮に過ぎないと言うことです。本命は別にある。アルガルヴェシアで反乱を起こして対応を行わせ、それに対応不可である旨を報告させてイノンドさんをアルガルヴェシアに呼び出す。アルガルヴェシアにイノンドさんが入ると同時に時間稼ぎの作戦開始……」

「…………、ええと。つまり何がしたいのかな、あの二人は」

「十中八九、己の命を捨ててでも『誰か』を逃がそうとしているんだと思います。このアルガルヴェシアという街からね」


 アルガルヴェシアで反乱を起こせばイノンド=ディルとしてイノンドさんがこの街に飛んでくることは解っていた。

 だから鍵を掛けておいた。


 鍵が開けられたと同時に作戦開始、『誰か』を街から外へと運び出させる。この動きを察知されないようにドラゴニュートによる奇襲を行った。

 次に生命反応の探知を使いアルガルヴェシアの民と合流することを目指すはずのイノンドさんに対して、投影された不死鳥というデコイを作り出してそこで足止めを行う。

 もっともそれだっていつまでも騙し通すことはできない、だから決死と解っていても、イノンドさんの前に出て、一秒でも長く時を稼ぎたい。


 ――稼いだ時間で、街の外に運び出された『誰か』は逃げ切りを図る。


「ようするにこれ、反乱という形でカモフラージュした『脱走』じゃないですか?」

「根拠はあるかい?」

「根拠というには弱いですけど、アルガルヴェシアから離れて行く『気配』ならばずっと追いかけてます」

「…………」

「僕のこれは魔法じゃあない。感覚的なものです。魔法じゃ無いから、このアルガルヴェシアの特異性を無視して適応できる――離れていく気配は二つ。年齢までは断定できませんが、一人はかなり幼いかと。気配が小さすぎます」


 子供とさえ言えない年齢かもしれない。

 だとするとこの脱走劇、親子か、もしくは兄弟か……。肉親っぽいな。


「確認をするためにも少し揺さぶってみるか……、グロリアくん、君が感じる気配の方向に少し走ってみてくれるかい。アルガルヴェシアを出ても構わない」

「解りました」


 揺さぶりを掛けるというのは大賛成、というわけで捕捉していた気配の方へと走り始める――と、最初の数秒は『二人』は無視していたけれど、だんだんと焦りのような感覚がにじみ始め、そしてついにアルガルヴェシアとその外の境界に近付いたとき、大きな渦を観測。


「どうやら君の考えは正解に近いようだね」

「ならばどうしますか」


 改めて『防衛魔法』でこちらに飛来してきていた雷の槍を防ぎつつ、そんな会話をする。

 とはいえかなりの威力だな……、僕の防衛魔法だと、このままじゃあと三発程度しか耐えられないだろう。ちょっと集中力(まりょく)を増やしておこう。

 もっとも、『気配の追跡に集中する』という現在進行形の行為だけでも、もりもり増えてるんだけど。


「気配を探知できる間に捕まえておきたいというのが本音だね。だがグロリアくん、君は乗り気ではないだろう?」

「乗り気は乗り気ですよ」

「だが君の価値観から言って、『逃げる方が主役で、追いかけるイノンド=ディルやアルガルヴェシアは敵!』じゃないかい」


 …………。

 ノーコメント。


「やれやれ。……脱走者は私が追いかけて捕まえるアルガルヴェシアを出れば探知のやりようもあるからね。グロリアくん、君はあの二人を可能ならば捕縛してくれるかい」

「可能ならば……というと?」

「捕縛、つまり生け捕りが不可能ならば殺してしまっても良いよということだ。どうせ私がやるとなると命を奪うしかないしね。だが……私が脱走者を捕縛して帰ってきたとき、もしその二人が生きていれば、より真相が見えやすいだろう。だから可能ならば生け捕り、捕縛をしてほしい。不可能ならば最悪ころしてしまっても構わないが、それならばむしろ勝負が付かない状態にあってもらったほうが都合は良い」


 なるほど。


「解りました。可能ならば生け捕り、できそうになければ足止めをしておきます」

「ああ、頼んだよ。それじゃあ、また後で――」


 イノンドさんはそう言って、アルガルヴェシアの境界から外へと出る――別にだからといってその姿に変化があるわけでは無いけれど、イノンドさん側からはこちらが見えていない様子だ。

 それでも気配は見つかったようで、その方向へと一気にかけ出している。


 当然――それを防ごうと、あの二人は空中を移動している。

 魔法は反射されると解っている以上、眠らせて確保も難しいんだよな――魔法だと。

 錬金術ならどうとでも出来るか。


 けどまあ。

 その前に、聞くべき事がある。


「お二人が逃がそうとしているのは、お二人のお子さんですか」

「…………!」

「…………、」


 答えは無い。

 ただ、空中での移動がぴたりと止まった。


「僕がお二人の立場なら、きっと同じような決断を下したでしょうね……方法は違ったとも思いますけれど」

「……ならば、ならばだ! 俺たちの邪魔をするな! こんな地獄(アルガルヴェシア)に産まれたと言うだけで、ただ道具のように使われ続けるだなんて――『そういうもの』として作られた俺たちはともかく、俺たちの子供がそういうものとして扱われるのは……それは、許せないんだよ!」


 やっぱり、それが強い意志の理由か。

 ……当てずっぽうでも結構当たるものだ。


「だから邪魔をしないでくれ! どうかそのまま何もせずに――見逃せ!」

「はい。行ってらっしゃい」

「ああ行ってきます! ……って、え? あれ? 良いのか?」


 この土壇場でノリのいいアイボニーさんだった。

 もっとも、クローバーさんは猜疑心を全力に駆り立ててこちらを見ているけれど。


「行くのは自由ですよ。足止めを試みたけれど逃げられた、僕の方はいくらでも言い訳が利きますから。けれどお二人がイノンドさんを追えば、イノンドさんは迷わずにお二人の命を奪うでしょう。『グロリアの奴、サボったな』とか思いながらね」


 そう、この二人が追いかけたところで事態はまったく好転しない。

 というより、この二人の死が確定するだけだし、この二人が死ねば、この二人の子供だという脱走者も後が無くなる。


「もちろん無理にとは言いませんが、よければ少しお話をしませんか。追いかけたいならば追いかければ良い……間違い無く追いかければお二人は死にますし、そうなればお二人の子供はお二人の代わりになりますけど。要するにお二人の望みは、お二人のお子さんを逃がすことでしょう?」

「…………」

「でもそれじゃあ本当のゴールじゃない。僕はどうせならもう一歩先の良い結末が見てみたい――全部は気まぐれ、思いついたからやってみたくなった、ただそれだけの好奇心ですけど。どうですか?」

「どうもこうも――早く助けに行こうよ、アイボニー」

「クローバー……けど……」


 もう一押しだな。


「僕の気まぐれが上手く成功したならば、お二人はお子さんと一緒に暮らせますよ。もちろんアルガルヴェシアでは無く――プラマナでも無い、別の国で」


 笑顔で。

 僕は、問いかける。



【だから僕とお話をしませんか?】



 と、取り繕わずに。

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