81 - アルガルヴェシアの一風景
「ここが入り口だ」
「……実験都市って、都市、ですよね?」
「そうとも」
はたして――夕方。
アルガルヴェシアに向った僕はというと、ディル翁……今はイノンドか、イノンドさんに道案内される形でプライムから大きく離れると、深い森に包まれた山脈の中でも最も高い山の麓をかすめるように移動、するかと思ったら、その山の麓にある中規模程度の洞窟を指してイノンドさんが先ほどのように言葉を発した。
ようするにここはそこそこ深い森の、それなりに険しい山の麓の洞窟だ。
『都市』というネーミングとは正面から喧嘩を売っているようなロケーションだからこそ、一周回って納得は出来るんだけど……。
つまりこれ、
「偽装結界……」
「ご名答。ここにある『山』はプラマナ領内にある別の場所を原典としている」
やっぱりか……。
イノンドさんは僕の手を取ると洞窟の出入り口、その境目に手を差し込み――あれ、と眉を顰めた。
「これは……鍵が掛かっているのか。私に開けられないということは神智府の仕業だな」
「神智府?」
「アルガルヴェシアはプラマナそのものが管理する実験都市だという話をしたね。プラマナ聖王国が秘匿している組織の一つ――アルガルヴェシアの管理運営を行い、同時に聖王を選定する組織の名だ」
「その言い方だと、実質的にプラマナで一番偉いのはその神智府になってしまいませんか?」
「事実がそうなのだから仕方あるまいよ。聖王はあくまでも民衆や諸外国に向けて用意されている表向きの統治機関に過ぎん――だから『聖王』、国王とは名乗っていない。国の王ではないからな」
えっと……なんか今、もの凄くさらっとサムも知らないであろう情報が開示されたような気がするんだけど……。
良いんだろうか。
「あまり良くはないが、アルガルヴェシアに立ち入ると言うことはそれらを知ると言うことだ。それに事態への対処を『手段を問わず』で要求してきたのは神智府だし、君に教えたとしても特に罰もない」
詭弁極まるな……。
「……鍵、あきそうですか?」
「時間はかかるが……。神智府が使っている魔法の大半は私が原型を作ったものだ、空間を鎖す鍵もその一つ――どのような工夫をしていたとしても時間稼ぎにしかならん」
「そうですか。もう一つ質問をしますが、この結界、壊すのはさすがに問題ですよね」
「可能不可能を論じる前に大問題だ」
「じゃあ、鍵だけ開けます」
「うん。……うん? 開けられるのかい?」
「やってみないと解りませんし、そもそも構造もまるで解りませんけど――」
そこには確かに魔法で何かが展開されているというのは認識できている。
で、それが鍵だと解っていて、かつ現状、鍵が掛かっている状態なのだとしたら――手を伸ばしつつ集中力をリソースとする魔法で『解錠』を実行、かちん、と何かが噛み合う音がすると、先ほどまではただの洞窟の入り口に過ぎなかったはずのその場所からは夕焼け空の下、黒煙を所々からあげている街の景色が見えた。
……サトサンガで遭遇した偽装結界にも『入り口』の概念があったけど、あっちのほうが厳重だったな。
そりゃまあ、サトサンガのそれは頻繁な出入りが無かったからか。
「……しれっと鍵を開けたな、グロリアくん」
「鍵開けは昔から得意なんです。閉めるのもね」
「君が盗賊だったら今頃プラマナの秘宝は全て盗まれているね……」
「あんまり興味はありませ――」
ん、と。
言いつつ、咄嗟に集中力をリソースとする魔法で防衛魔法を展開――直後、そのバリアには青白い熱線が殺到していた。
周囲の空気が一気に膨張しているからか、周囲には轟音がこれでもかとけたたましい……まあ、それ以前にとても熱いんだけど。
「なんですか、コレ」
「防衛機構じゃないことは確かだよ」
「じゃあ、これが緊急事態?」
「……いや」
コレ。
というのは、今、青白い熱線をブレスとして吐き出している黒い翼の、すっとした姿のドラゴン……だ。
魔物だろうけど……、
「これは試験用のドラゴニュート……捕縛調教の仕組みが『どさくさ』で壊れたんだろう。アルガルヴェシアは『この程度』で緊急事態とは言わないよ、精々近所の子供が木から落ちたとか、その程度にはよくあることだ」
「よくある……って。ドラゴニュートと言えば今頃アカシャが大童になって対処してるような相手のはずなんですけど」
「アルガルヴェシアの内側と外側では常識のスケールが異なると考えてくれ」
実際――本当に、手慣れた様子で。
イノンドさんは、指をドラゴニュートに向けて、
「――イノンド=ディルが調伏する。」
と言いつつ、赤く巨大な渦を一瞬だけ産み出す。
ほとんど同時に、ドラゴニュートはその身体を地面にたたきつけると、そのまま地面にずずん、とめり込んでいた。
……重力操作とは違いそうだけれど、発動から行使までの時間と、その効果が現れるまでの時間があまりにも短い。
しかもそれだけでは終わらない。
動きを止めたと思ったら、また赤い渦がいくつか周囲に産まれると、夕焼け空から『輝く剣』が五本落ちてきた――その五本の輝く剣のうちの四本は、さも当然のようにドラゴニュートの身体を貫き地面に縫い付けて、最後の一本は頸を刎ねる。
「これでよし。防御をしてくれて助かったよ。咄嗟に発動した割りには随分と強固だったね」
「お褒めに与り光栄ですけど、イノンドさんの魔法も大概ですね……」
「この街で数年も暮らせば自然とできるさ」
……いや、それは『自然と出来る人間しか生き残れない』というだけなのでは?
やや深刻な疑問を浮かべつつも、改めて周囲に視線を向ける。
ここがアルガルヴェシア……ね。
街灯らしきものは恐らく電気を灯りに変換している、道路は石畳ではあるけれど、全体的に品質が良い。建物も二階建てが基本で三階建てもちらほらとある他、高層建築物も三つほど見えた。
まあ、『三つ』と数えて良いのかどうかは微妙だけど。一つ真ん中のあたりで折れてるし。そういうデザインかなあと一瞬現実逃避したんだけど、黒煙も上がっているし……。
ただ、疑問だ。
「ドラゴニュートが原因……ってわけでは無さそうですね」
「そうだなあ。『その程度』でここまでの被害が出るとも思えないし、あの程度で『対応不可』の回答がくるとは思えない……」
だよなあ。
ドラゴニュートは確かに強い魔物に違いないだろう、まともに戦ったらアカシャがそうしているように損害も出ておかしくない。けれどそれだけだ。
皆が皆イノンドさんのようにあっさりと片付けられるとは考えたくないけど、このアルガルヴェシアという場所において、きっとドラゴニュートは脅威としてカウントされない程度の『問題』でしかない。
だとしたらここでは一体なにが起き、そして『対応不可』になったんだ?
「イノンドさんも詳しい事は知らないんですか?」
「ああ……と、少し誤解しているかな。さっき言った『その程度』はさっきのドラゴニュートだけど、『あの程度』は違うよ」
「あれ……」
……真偽判定云々以前に、単に認識がずれていたらしい。
じゃあ、あの程度ってなんだろう。
「『あの程度』って言ったのは、アルガルヴェシアの現状だ。あちこちで黒煙はあがっている、高層建築物も一棟中頃で折れているけれど、『それだけ』なんだよね――被害は確かに出ているけれど、こんなのは一弦に一回あるだろう」
…………。
僕がこの街に産まれていたら、その後の生活がどんなに不便になるとしても移住するだろうなあ……。
一弦に一度この惨状はちょっと……。
ただ、本当にそのくらい『慣れてるんだろうなあ』とは思う。
惨状に対して、人的被害があるようには見えないのだ。
「怪我人……、というか、要救助者らしき人影はありませんね……」
「慣れてるからね。ドラゴニュートが逃げ出す前に避難を済ませたか、あるいは逃げ出した後でもきちんと守りながら避難したか……。既に避難所に集まっているようだ」
「なるほど。……だとすると」
いよいよ何があったんだ、って話になるけど。
少なくとも今、アルガルヴェシアという街並みを見て、まあ放っておいたら火災が広がるかなとは思うけどその程度で、現在進行形で喫緊の脅威といえば先ほど始末されたドラゴニュートくらいだしな。
となると……、空か?
そんな結論に、僕とほとんど同じような思考に至ったのか、イノンドさんも不意に視線を空へと向けた。
夕焼け空にはいくつか雲があるけれど、特に引っかかる影は無い。
…………。
無い、んだけど……。
『色別』すると、赤い『線』があるな……。
一本の直線では無く、折れ曲がった折れ線グラフのような、もしくは星座のような感じだ。
……うん、我ながら『星座』というのは言い得て妙なのかも知れない。
いや、地球の星図とこの世界の星図は言うまでも無く別物で、僕が知っている星座でもないんだけど……なんだ、これ。
『星』を繋いで『線』が作られている。
そしてその『線』が僕にとって害あるものだと告げている。
「……イノンドさん。月の魔法って知ってますよね」
「もちろん。それがどうしたね」
「星の魔法……というのは、あるんでしょうか?」
「星の魔法……? さて。概念的には『占星術』というものがそれに該当するか」
占星術?
「最果ての占星術。星に占い、運命そのものに干渉することを目指す魔法だ。もっとも、まだ基本的な概念すら存在していない。なにせ『頼るもの』さえ解っていないからね」
なのに名前まで付いてるのか……。
そして、運命に干渉する魔法――ねえ。
もしもそれが実現できるのであれば、確かに僕の害になり得るかも知れない。
けれど……、イノンドさんの話しぶりからして、本当にその魔法は全く研究が進んでいないような状態らしいし、となると空のあれは別物か……?
「立ち尽くしていても仕方が無い。とりあえず人の居る場所に行くとしよう、何が起きたのかを確認するためにも」
「そうですね」
となると、あっちか……。
と、視線を僕が向けた方向とは違う方向にイノンドさんは歩き始める。
……って、あれ?
「イノンドさん、そっちなんですか?」
「え? ……だって、あっちだろう? タックのインディケート・サムワンとは少々違うが、私にも生命を探知する魔法が使えるしね」
「…………? そっちからは気配しないんですけど」
サトサンガのホウザであったように、見えているものが違う……のか?
いや、これは感覚の問題だ。僕の感覚がズレている……だけかな、いやでも、やっぱりイノンドさんが向おうとしている方向からは全く気配を感じない。
「むしろグロリアくんはどっちだと思うんだい」
「ええと、あの折れた建物の左側……」
「…………? 確かにあちらにも避難所はあるけれど……、こっちのほうが近いはずだ。悪いけれど、ついてきてくれるかい」
「はい」
……ま、アルガルヴェシアについては何も知らないのだ。
イノンドさんに向うべき場所は任せた方が良いだろう。
イノンドさんが向う方向へと僕も歩きつつ、周囲の様子をうかがってみる。
やや抉れた石畳の下には配管がされていて、一部が折れる形で中身が見えているのだけど、どうやら送電線を保護する管だったようだ。
電線は結構な量に見えるけど、電線そのものの品質はそれほど良くない。そもそも剥き出しだし。
ただ、銅をメインに使っているあたり、きちんと電力を考えているんだなあとは思う――送電管が被覆の代わりなのかな。
絶縁体ではあるようだし。ゴムじゃなく陶器だけど。セラミックに近い感じだ。
で、恐らく建物ごとにしっかり配線されているのだろう。
魔法では無く電気の明かりがちらほらと揺れている。
揺れているということは出力が不安定なのかな……、送電網が傷ついてるからってだけの可能性もあるか。
……まてよ、だとすると漏電してるんじゃ?
気をつけておこう。
で、送電管以外にも管は何本かあり、例によって破損した場所から見た所、どうやら上水道らしい。
途中で壁が砕けた家屋があり、中をのぞけたんだけど、蛇口に近い構造のものもあった。
電気に水道、この街はなかなか先進的なようだ。
まあ……その割には井戸もちらほらあるし、どうにもアンバランスだけど。
実験都市というのがキーワードっぽいな、結局。
そして。
「この建物から生命が探知できてるんだけれど……どう思うかな?」
「どちらかのミスなら良いですねと言ったところですか」
その大きなドーム状の建物の前で立ち止まったイノンドさんの問いに、僕は皮肉交じりに答える。
僕はこの建物の中から気配はいまだに感じ取れていないのだ。
イノンドさんの魔法が誤作動を起こしているのか、それとも僕の気配察知が上手く行っていないのか……。
僕のほうが上手く行っていないんだろうとは思う、なにせ僕のこれは『感覚』だ。
気配などという曖昧なものを感覚で手繰っているのだから、何かに遮断される可能性はあるし、そもそも感じられないものもあるかもしれない。
ただ――逆の考え方があるんだよな。
魔法として存在を探知しているならば、そしてその探知方法が解っているならば、それに対してデコイを作っておくとかができる。レーダーの原理が解っていればその撹乱が簡単、そういう感じでだ。
で、この街に入るとき、イノンドさんは『鍵』をすぐに開けられなかったことを考えると――
「開けるよ」
「はい」
思考を終える前にイノンドさんが扉に手を掛け、静かに開く。
――ドーム状の建物の中には、あたたかな色で輝く鳥が静かに佇んでいた。




