80 - 飛躍の陰で
11月上弦1日。
なんだかんだで一弦ほどは魔導府でミスティックや他の魔法の研究・研鑽に励みつつタック、ニーサ、コウサさんの稽古をつけ、丁度月も変わって切りが良いからと、今日は久々に階位開示を試してみることになった。
「といっても、おれとグロリアは意味ないよな?」
「タックはニーサやコウサさんと殆ど同じくらいに戦えてるからね。二人の平均でいいと思うよ」
「そんなものかい?」
「そんなものでしょ」
タックの疑問に僕が答えれば、コウサさんが首を傾げてニーサははいはいと頷く。
最近ではよく見られる流れだけど、どうなんだろう。
まあいいや。
「階位表示……は、けど、魔導府の誰かに頼まないといけないよね。ディル翁にお願いできるのかな、タック」
「おれが頼めばやってくれるとは思うけど、イノンドのじっちゃん、なんか今忙しいみたいなんだよね。ミスティックの根本的な部分で改善が出来るかも知れないとかで、お偉方集めて大研究中」
ふうん。
そういえばここの所三日は会ってなかったな……、それが理由か。
気配も魔導府の中に無かったし、どこかの実験場で大規模試験でもしているのかもしれない。
「それじゃあ、ギルドに頼む感じかな?」
ニーサのやむを得ない、そんな提案に、けれど僕は首を横に振る。
「階位表示はちょっと前に習得済みなんだよ。ディル翁と取引で貰った『ミスティックを始めようセット応用編その2』に入ってた」
「なんだそのセット」
「ね。初心者向けなのか応用が出来る熟練者向けなのか解んないよね」
「いやそうではなく」
「冗談だよ。いや貰ったのは本当で、名前も本当にその名前なんだけれど――内容は階位表示と簡易結界をミスティックとして行使するためのものでね」
ちなみに。
魔法を行使するときに発生し、魔王としての僕にしか視認はできない『渦』の色は、この魔導府において試行錯誤をした結果、次で確定した。
青い渦は魔力。
赤い渦は領域。
緑の渦は道具。
渦に色が付いて見えるときは、そういうリソースの違いがあると言う事だ。
尚、色別を通して見ると渦は色別側の色、つまり敵対の赤、中立の緑、友好の青に変化してしまうので注意。
まあ、相手がどの種別の魔法を使っているのかを知りたいときより、敵対してるかどうかを確認したいことのほうが多いから、むしろ楽々で有り難い部類なんだけど……。
「それをあっさりと習得しているあたり、グロリアの才能って魔法使いっぽいのに……」
「戦士としてのグロリアのほうが厄介だよね。いや魔法を使いこなす戦士っていうのが完成形だろうけど……」
「もうできるんだよ。やるとおれ達の訓練にならないからやってないだけ」
「さすがはラウンズ。ま、そういう事ならお願いするよ、グロリア」
「はい。じゃあ、早速コウサさんから」
というわけで、『階位表示』。
この魔法はロジック、テクニックで行使されるものと、ミスティック単体やマジック単体として発動するときで自由度が段違いで、僕が習得しているミスティック単体バージョンは表示形式から単位までをかなり細かく設定できる便利仕様だ。
その分習得が難しい……というか、要求される領域の形が複雑で厄介なんだけど、僕の領域がディル翁と同じく『立体』に存在し、それがほとんど完全な球体であること、さらに発動に必要な指定領域は拡大縮小がある程度可能だと気づいた事が複合し、『形』さえ覚えていれば厄介もなにもない事が発覚。
本来ならば記憶が困難なものでも眼鏡などに仕込んでいる『情報保存』などの機能がしっかり記録、丸暗記に近いような事を錬金術で今回は補ったのだった。
……神智術のほうがより相性が良いのは内緒。
あっちは自動でソートできるリストにできるからな……。
話を戻して対象をコウサさんとして、階位表示を実行。
渦が発生してほとんどすぐに行使完了、投影された数字は7169。
そのまま対象をニーサに変更し、投影された数字は7390。
一応タックにも対象を変えてみるけど、投影される数字は0。
僕もやはり0のままだった。
うーん。
レベルゼロという才能には何か共通項がある、と見るのが自然なはずなんだけど……。
なんか行使時に違和感があるような。
それがレベルゼロだからなのか、それとも別の理由なのか……?
「俺たち三人は、概ね7200前後とみて良さそうかな」
「そうだね。問題はグロリアだけれど……」
「この前おれたちが束になって、かつグロリアは魔法禁止って縛りでもあっさり突破されてるから……おれたちの合計以上はあるんじゃない?」
「そんな適当な数字では無いと思うけど……」
21000て。
さすがにそれは行きすぎだと思う――実際、どのくらいなのかは解んないけれど。
「それに前回その圧倒が出来たのには裏もあるから」
「裏って?」
「いや。ほら、三人は武器を変えてからの連携見直しでまだ慣れてないでしょう?」
「ああ……それはあるかも知れない」
「私は誤魔化されないよ、グロリア。連携でどうこう出来る範囲を超えてたし」
流石に鋭いな、ニーサ。
どう言い訳をしようかと思っていると、
「けどさニーサ、おれたちに動き方を叩き込んでくれてるのがそもそもグロリアだろ。グロリアから教わってる以上、おれたちの動きをグロリアは予期できちゃうんじゃないか?」
「あ、そっか。それもそうだ。完封されてるのはそのせいかもなあ……」
と、思わぬ場所から助け船。
いや、思わぬというのも奇妙か。助け船を出してくれるとしたらタックしか居なかったし。
「タックの件もあって重々承知していたつもりだったけれど。こうやっていざグロリアを考えようとすると、いよいよレベルゼロという才能は厄介そのものだね。まるで指針が存在しないのだから」
「指針って意味なら、『能力開示』……は、そっか。ラウンズじゃあまり意味もないか」
「そうなんだよね」
もう諦めているけれど。
でも何か改善できたらしてみたいなと思う気持ちは残っているので、気が向いたら考えよう。
と、丁度そんな、話が一段落したところを見計らったかのように――いや、実際見計らったんだろうけれど、扉が二回、とんとんと叩かれた。
ただし内側から。
そこには既に、先ほどまでは確かに居なかったはずのディル翁が立っている。
「お邪魔してるよ、四人とも」
「相変わらず神出鬼没だよね、イノンドのじっちゃんって」
「ふふ、結界をちょっと応用するだけさ。タックにも将来的にはできるかもしれないね……と、本題に入らせて貰うよ。コウサ、ニーサ、タック。悪いけれど、少しグロリアくんを借りても良いかな?」
「え? それは私達が決める事じゃ無いけど……」
「僕を借りるって、具体的には?」
「少し君の力を借りたい事があってね」
力を……、うん?
なんかニュアンスが妙だな。
知恵を借りるとかそういう方向じゃ無く、もっと現実的な力が正しいっぽい。
「丁度こっちは一段落したところだけど……。じっちゃん、あんまり無茶させないでくれよ」
「もちろん。グロリアくん、いいかな?」
「はい。それじゃあ三人とも、また後でね」
「ああ。また後で」
「夕飯は私が作っておくわ」
「お願いするよ」
もちろん拒否権があるようで無いことはここに居る誰もが理解しているので、僕としても流れに合わせてディル翁と共に拠点を出るしかないわけだけれど。
拠点を出て少し歩いたところで、ディル翁は結界を瞬時に展開し、その上で僕に言う。
「急に済まないね。緊急で当たらなければならない事態が発生した」
「また壊したんですか、アーティファクト」
「それならばまだ良かったのだけれど」
また。
というのは、一度ワールドコールで修復した『契約の秤』を、その翌日に再度破損させたという事件があったからで、まさか二度目か、という警戒だったんだけれど……。
そうじゃないのか。
しかも言い回しからして、アーティファクトの破損以上に大きな問題が起きたって事だよな。
「君はアルガルヴェシアをどこまで知ってるかな」
「アルガルヴェシア……? えっと、実験都市で――」
プラマナの実験都市、アルガルヴェシア。
電気というリソースの獲得を初めとした、『道具』、アルケミックに関する技術の実験を含め、あらゆる魔法の実験場。
僕の『グロリア』と名前の似た『セタリア・ニューカー』という異彩のラウンズなどを輩出していて、管轄は魔導府ではなくプラマナという国家そのもの。
知っている事と言えばこのくらいか。
「――程度です。詳しい位置も正直に言えば解りません」
「そうか。そこで少々……いや、多大な問題が発生してね。一昨日に対処隊を送ったんだけれど、ついさっきそれが到着したそうだ。で、『対応不可』と。そう報告があった」
…………?
対応不可?
「……そこで。アルガルヴェシアで何があったんですか?」
「さあ。『何かの実験が失敗して暴走した』というのは間違い無いだろうが、どの実験が失敗してどう暴走しているのかまでは把握しかねる」
は……?
「君も先ほど認識していたようだけれど、『アルガルヴェシアは魔導府の管轄では無い』。もちろん魔導府の出先機関はそこにあるが、それだけだ。アルガルヴェシアの魔導府機関が何を研究しているのかについては解っても、それ以外の部分が何を研究しているのかまでは解らない――ただ幸いにも、『パニック』は今のところ関連していないようだ。最悪の事態は避けているが、災厄という事態ではある」
要するに実験都市で何かの失敗があったということは察知できている、けれど何が起きたのかは解ってない、一方で『パニック』は少なくとも関連していないと断定している。
それはいい。
問題はそれを僕に振ってきた理由だ。
「それで、僕は何をすれば良いんですか」
「闇市の『イノンド』と同行して現地に向って欲しい」
「…………」
……いや。
闇市の『イノンド』って……、それ、つまりディル翁だよな。
え?
魔導府の長が直々に向わないとやばいレベルの何かが起きてるって事か?
「……別に、マナが変に揺れてるとか、そういう事は無いと思うんですが」
「おや、君にもマナが見えるのかい?」
「いえ概念的な話です」
『君にも』。
も――か。
ディル翁には見えてるんだろうな、ある程度。
「いやあ、私もある程度知覚できるという程度さ」
「…………。心を読まないで下さいよ、ここはディル翁のテリトリーじゃないでしょうに」
「私が展開した結界だ。テリトリーに違いは無いさ。……闇市の場合、あの場所に固定する必要と、毎回展開するのが面倒だから大がかりな仕掛けが必要になっただけと言う事でもある」
納得。
そしてその手札をわざわざ開示してきた理由を考えると。
――今回起きた問題は、『化け物』一匹では手に余る、か……?
「その通り。『いざ』と言うときに私は死んでもさほど問題が無いけれど、私が死んでしまうと対処がそこで止まってしまうだろう? だから私の『続き』を、そこで行える誰かが必要だった。……将来的にはその役割をタックが担えるだろうが、今それができるのは君しか思いつかなかった」
「僕はこのまま逃げるかも知れませんよ」
「だろうね。だから相応の報酬は用意した」
報酬ねえ。
お金なんてどうでもいいんだけど。
そりゃ猫を報酬として与えられるなら頑張るけど……、
「……君の猫好きは知っているけれど、それを頼りにはしていないさ。報酬は『私の正体の開示』と、『私が獲得したミスティック』の蓄積した記録全てだ。後者は残念ながら『アルガルヴェシア』の保存しているからね、後払いと言う事になるが――前者は君が頷いてくれるならばこの場で話しても構わないよ。証明しろといわれたら、それはアルガルヴェシアに着いてからになってしまうけれどね」
…………?
嘘、ではない……、むしろ全部真実だ。
この手の交渉で、多少の脚色はあったほうが却って自然なくらいだけど……それがない。
「…………。まあ、正体についてはともかく、ミスティックの蓄積された記録というのにはとても興味があります。わかりました、ついていきましょう」
「そう言って貰えると思っていたよ」
と。
しかしその声は、先ほどまでの声よりも大分若返っている。
声だけでは無い。
見た目も、『翁』という名が相応しい老人から、好青年にまで変貌を遂げていた。
「相変わらずでたらめですね……」
「そうならざるを得なかったのさ。四桁の春を数える過程でね」
…………、え?
四桁の春って、つまり、四桁の年月ってニュアンスだよね?
そして四桁とは――当然だけど、1000以上だ。
「私の本名はディルではなく、ましてやイノンドですらない。『今の私』の名前はリオンと言う。その名を知る親さえもはやこの世には亡いがね」
今の私……、その名を知る親がこの世に亡い……、
「『最初』に私に付けられた名前は『Case.39』――『最高のもの』として品種改良された、アルガルヴェシアが産み出した最初期の異彩。それが今日に至るまで『何度も産まれ変わっている』、そんな化け物というのが私の正体だよ」
……何度も、産まれ変わっている?
「驚いたな。君はあっさりとそれを信じてくれるのか」
「……嘘をついていないことは解りましたし」
それに。
転生という概念自体、『あっても当然だ』――まあ。
こんな形で、思いがけず遭遇するとも思わなかったけれど。
「急ぎましょうか。アルガルヴェシアに」
「そうしよう。『時間稼ぎ』はしてくれているようだが、いつまで保つかは解らないからね」
正直に言えば、理解は全然及んでいない。
解ったことと言えば、アルガルヴェシアで何かが起きたと言う事。
そしてその対処をするにあたって、ディル翁は『体裁』を取り繕っていられなくなったという事だ。
――これへの対処を終えたとき、それでも僕は取り繕ったままでいられているかな?
いざとなったら高く高く、この恩を売りつけよう。
……ま、取らぬ狸の皮算用にならない程度にだけれど。




