08 - ルール様々
魔法についてスエラさんから基礎的な説明を一通り受け終え、時間は十三時を過ぎていたこともあり、順番に食事を取ることに。
僕にとってはお昼ご飯、スエラさんやヘーゲルさんにとっては朝ご飯にあたる軽食は、白身魚の包み焼きをメインに据えたパン食で、ちょっと淡泊な気もしたけれど、朝ご飯としては良いかなとも思う。
店員が順番に食べ終わった頃には十四時を過ぎ、酒場のホールにはちらほらと冒険者が現れ、注文も徐々に入ってきた。
お酒の注文もちらほらとあるけど、この時間帯は主に軽食がメインで、時折ハーブティの類いが注文されているようだ。
酒場なのになあ。
とか思ったけど、冷静に考えればここはここは冒険者ギルドハウスで、今きている冒険者達はこれからの方針を仲間と決めたり、あるいは受ける依頼を探しているような人達なんだよね。
そりゃ、これから依頼を受けて冒険しようって人がお酒を飲むのも変か。
妙なことを考えていると、そんな冒険者の一人がちらりとカウンターの内側で休んでいた僕を見て、スエラさんに向けて口を開いた。
『……ところで。なんだかちみっちゃい店員が増えてるけど、彼は?』
『ギルドハウスで保護した子ですわ。失語症でして。自発的に話すことはできませんが、こちらが話すことを理解はしています』
『ふうん。左手を挙げてみろ』
うん?
はい、と左手を挙げる。
『ふうん。話は通じるのか。3225から2019を引いた数は?』
1206だと答えは分かるんだけど言葉がな……。
指でとりあえず伝えようと努力をしてみる。
一、二、ゼロ、六、っと。
『……ああ、そっか。喋れないんだもんな。でも合ってるよ。算術も出来るのか、こいつ』
『…………、』
お手数をおかけします、なんて頭を下げると、冒険者さんはいやいや、と手を振り、『変に付き合わせてごめんな』と逆に謝られた。
この人も良い人だなあ……。
良い人ってだけで善人ではない感じもするし、冒険者向きの性格っぽい。
『ちなみに名前は? 差し支えが無ければだが』
『セタリアと呼んでいます』
『セタリア……、いや、呼んでいます? って、どういう意味だ』
『この子、喋れませんからね。名前も解らないんですよ』
なるほど、と冒険者さんは大きく頷いて、視線を僕の頭から足先へとゆっくり動かしてゆく。解りやすいほどに値踏みをされているようだった。
……いや、それは別に良いんだけど。
この人、セタリアって名前に反応してなかった……?
変な意味じゃない、とは思うんだけど、なにかしらの意味があるってことか?
『となると、名付け親はキーパーか』
『ええ。よくおわかりで』
『セタリア……なら、そうだろうさ』
うん。
この人、確実に何かしらの意味か意図をそこに見ている。
……それは感傷に近しい感情っぽいけど、細かいニュアンスまでは拾い切れそうに無い。
そして、そんな冒険者さんの言葉に引っかかったのは僕だけではない。
スエラさんも疑問に思ったのか、僕の代わりというわけでもないだろうけど、その疑問を口にした。
『あの。セタリア、という名前に何か特別な意味があるのですか?』
と。
冒険者さんはそれに答えること無く、エールを手に持ち去って行く。
言外に、自分はそれに答える立場に無いよ、と告げつつ。
つまり何かしらの意味……もしくは意図がやっぱりあるのだ。
セタリアという名前には。
『……ふうん?』
スエラさんも僕と同じような思考をしたのか、僕に視線を向けると微笑む。
これ以上はまた今度ね、とでも言いたげだ。
ちょうどそんなところで、先ほどとは別の冒険者……のパーティかな、四人組がぞろぞろとカウンターに寄ってくる。
先頭を歩く弓を背負った青年が持っているのは、酒場の壁に貼っていた依頼のプレートの一枚で、プレートは銀色。
『この依頼の詳細を聞きたい。パーティ名は「金色の月影」、このギルドハウスで結成している。前回の依頼達成からメンバーに変動は無しだ』
金色の月影……、影なのに金色……?
いやそういうツッコミは野暮だろう。うん。
『はい。まずは簡単な確認をさせていただきます。この依頼の分類は、討伐依頼。討伐対象は確定名称「バウンドハウンド」が三体。成功時報酬はアカシャ金貨四千。これとは別に達成報酬も設定されています。失敗時のペナルティはありませんが、依頼受諾時の前金もありません。よろしいですか』
『ああ』
アカシャという国が発行している通貨は三種類。
価値の低い物から銅貨、銀貨、金貨となり、レートは銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚となっている。
物価的には軽食一人前や麦酒一杯で銀貨二枚、普通の食事一人前で銀貨四枚。
金貨四千という数字の大きさは言うまでも無い。
普通に生きるだけならば数十年は大丈夫だし、冒険者に出される依頼への報酬額としても高い部類だ。
即ち、それ相応に難しい依頼であるとも言う。
バウンドハウンドやらがどんな生き物だか魔物だかは知らないけれど、かなり強いのだろう。
『この依頼は詳細説明をキーパーが行いますわ。プレートを持って二階、面談個室へどうぞ』
『ああ。では失礼する』
そう言って青年たちはまたぞろぞろと、酒場側の階段を上って行った。
ちなみにこっちの階段は二階の面談個室まではいけるけど、部屋を挟んだ反対側、つまり僕が上り下りする方の階段に出るためには面談個室を通り抜ける必要がある。
あくまでもお客さん用。スタッフオンリーの方とは別なのだ。
そりゃあ詳細を伝えるためだけに毎回調理場を通すわけにも行かないよね。
『バウンドハウンドか……』
四人の姿が見えなくなって、さらに少しの時間をおいてからスエラさんは言う。
少し悔しそうな、そんな声音で。
『…………?』
『……いえ。ごめんなさいね。個人的にその魔物に……いえ、その魔物と同一個体じゃないと思うけれど、種族に対して恨みがあるというだけよ』
……ふうん?
詳しく話は知りたいけれど、教えてくれるとも思えないし、そもそも聞き出す術を持たない現状の僕だった。
『魔物を恨んだところであまり意味は無いと思うぞ、スエラ』
『…………。あら。来てたの、ホーク』
そしてつい先ほど酒場に入ってきた、右目を眼帯で隠した男性はスエラさんに向けて言う。
眼帯のせいでちょっと見えにくいけど、眼帯の奥には青い渦がいくつか見える。眼に魔法が掛かっているのだろうか?
魔法毒、だっけ。ああいう感じで。
『ふん。ギルドハウスの受付をして居る間は愛嬌もあるだろうに、どうして俺の前ではそうもツンツンするんだ』
『ツンツンなんてしてないわ。サバサバはしているでしょうけど』
そんな男性の名前はスエラさんによればホークさん。
ホークさんはスエラさんに好意を寄せている……、のかな、それとも嫌がらせか?
一方でスエラさんはホークさんを心底『嫌っている』のが傍目からみるだけでも解るあたり、人間関係はどこの世界でも複雑なんだなあと思う。
『おい、坊主。この店で一番高い酒を持ってこい』
『セタリア。ダメよ。ホークはいつもツケにして、お金を満足に払わないんだもの。こんなの客じゃ無いわ』
『いやいや。そんな事は無い。ほら、今日はちゃんと財布を持ってきている。中身を確認してみるか?』
ホークさんはそう言うなり、僕に革袋を投げ渡してきた。
良いのかな、と首を傾げると、さっさと開けろ、と促されたので開けてみる……と、確かに中には金貨が結構……いや、大分入ってる。百枚は下らないな。
けれど――
『あら、本当にお金持ってきたのね。珍しい事もある物だわ』
『ふん。たまには払う気にもなるんだよ。坊主、というわけでそこから勘定してくれるか』
――僕はそんな二人に首を横に振ることで答えにする。
『うん?』
『ああ、セタリアはまだ会計周りを仕事にしてない……え、何?』
違う。そうじゃない。
言葉の途中で手を振って意識を引っ張り、僕は財布の中から一枚の金貨を取り出し、スエラさんへと向ける。
『……その金貨がどうしたの?』
『…………、…………?』
『……ん? なあスエラ。この坊主、喋れねえのか』
『え、ええ……今も何かを伝えたいというのはわかるんだけれど、ちょっと今回はわかりにくいわね』
『ふうん……勿体ないな』
ホークさんはそう言って、財布を返せ、と言わんばかりに手を差し伸べる。
僕はそれを無視して、スエラさんへと渡した。
『セタリア、流石にそれは失礼よ。他人に財布を渡すなんて事をしたホークにも非はあるけれど、……え、中身? …………? 金貨よね?』
僕は首を横に振り、そのままボディランゲージを試みる。
『違う? ……金貨だけど、金貨じゃない?』
『…………』
『…………』
よし通じた。
スエラさんの言葉に僕は頷き、奇妙な沈黙が訪れる。
まあ、要するに。
『ホーク。まさかとは思うけれどこの金貨、偽金なの?』
『ははは。……スエラには遅かれ早かれ見抜かれるとは思ったが、まさか小僧が一目どころか「手にした瞬間」に感じ取るとはな。驚きだよ』
偽金で支払いをしようとした……わけだ。
ただし、多分失敗するだろうと考えた上で。
もし万が一そのまま支払いが通ったならばそれはそれでツケが解消できて良しとでも考えたか?
あるいは敢えてバラした上で何らかの交渉を吹っかけるつもりだったのか。
『というわけでだ、スエラ。冒険者ギルドに依頼を出したい。内容は偽金の出所調査。俺の店で使われた分はそこに入ってる百八十九枚で全部だ』
『……そういう事ね。わかったわ、正式な依頼として受けます。けど、報酬は出せるの?』
『そこが問題でな。金が無い。まあ、その偽金ならあるが、ダメだろ?』
『当たり前じゃないの……』
改めて聞かないでよ、とスエラさん。
…………。
あれ、意外とこの二人、仲が良いのかな。
スエラさんがホークさんを心底嫌ってるのは間違い無いけど、こう、腐れ縁みたいな方向性で……違うか。
子供と子供ならばまだしも、大人と大人の関係は読み解くのが難しい……。
『で、何か案はないのか、スエラ』
『案を出すのはホークの方よ』
『お前なら一つや二つは思いつくだろう』
『あらそう? じゃあ一つ目。ホークの家財と商売道具の全てをうちのギルドハウスで差し押さえて現金化、それを報酬に充てるのはどうかしら』
『……いや。さすがに論外だろ。なあ?』
いや、そこで話題を振らないでいただきたい。
ていうか差し押さえって出来るの?
『普通はやらないけどね。「この後の生活がどうなっても構わないから、何が何でも冒険者に依頼したい」とか、そういう時にたまーにやるのよね』
視線で問いかけたらまさかの答えが返ってきた。
どんな依頼だ。
『それ、あれだよな。殺人事件の仇討ち闇討ちの類いの秘匿依頼』
『知ってるなら話が早いじゃない』
『だから論外だっての』
ああ、そういう……。
『仕方ないわね。じゃあ二つ目……、ホーク、今何歳だっけ?』
『え……? 今年で三十八、だが……』
『そうよねえ。そのくらいになるわよねえ。ならば労働力としてはいまいちだし、愛玩用としては年を食いすぎて論外か……。となると、人体実験の材料としてホークの身体の所有権を報酬として充てるのはどうかしら。たぶん丁度いいくらいに釣り合うわ』
『怖いことを言うんじゃねえ、やめろ。もっとマシな、こっちが譲歩しうる手段を提示しろ』
『ちっ』
スエラさんは隠す気ゼロといった様子で舌打ちをした。
いよいよこの二人の関係がよく分からなくなってきたなあ……憎しみまでは行ってないと思うんだけど……。
『やむを得ないわ。三つ目、現取りルールかしらね……』
『……それで大丈夫なのか?』
『あまりおすすめはしないわ。冒険者にも依頼主にもリスクが出てくる以上、正式な依頼として出したところで、よほど巡り合わせが良くなければ依頼を受ける冒険者は長期間出てこないこともあり得るでしょうね……、一応、現取りルールを確認しておくけど――』
と、ここでスエラさんが僕では無くホークさんに向けてっぽいけど、現取りルールというものを説明してくれた。
現取りルール。
正式名称は報酬現地取得方式依頼。
依頼主が報酬を出さない代わりに、その依頼を受けた冒険者がその依頼で獲得した全てのあらゆる戦利品を、その冒険者のものにする、というルールだ。
冒険者にとってのリスクとは『最悪の場合、報酬が無いこともある』点。戦利品が『ゼロ』ならば、当然だけど冒険者のものになる戦利品がないので、冒険者はその依頼で得るものが存在しない、なんてことになりかねない。
一方で依頼主にとってのリスクは『そもそも受けてくれる冒険者があんまりいない』点。依頼を出してから数年越しで『そういえばあの依頼がようやく斡旋できた』なんて話になることもあるんだとか。
なにせ普通の依頼でもほぼ全ての戦利品は冒険者の物になるのだ。
その『ほぼ全て』から微妙にはみ出た範囲に『報酬金/なし』を埋め合わせるだけの物がないとかなり厳しいと。納得。
『今回の場合は偽金の出本調査よね。偽金は作ろうとすると結構な設備が必要だし、集団犯罪である事はほぼ確実。しかも偽金を作る連中って、だいたい作った七割分くらいは「本物のお金」に換金していることが多いのよ。この町だけを標的にしているとも思えないし、被害額はそれなりにはなるでしょうから……、まあ、受ける冒険者もそれなりには期待できるわ』
『なるほどな……』
ん……?
この街だけを標的にしているとも思えない、イコール、他の町でも偽金被害が起きている。
で、他の町にもギルドの窓口はあるわけで。
別口で依頼が出されてる可能性もそこそこあるんじゃ……?
『で、他のギルドハウス分室との兼ね合いはどうなる?』
『重複依頼だと、「結果を出した順での早い者勝ち」が適応されるわね。それは冒険者側が背負うリスクよ』
『ならば俺にはリスクが無いと』
『そうね。逆恨みした冒険者が時々憂さ晴らしに依頼主を襲撃するけど、そのくらいよ』
その……くらいか……?
それ、けっこうでかくない?
僕と同じようなことを考えたのか、ホークさんは首を振って言った。
『……俺は仲裁を今から頼んでおくからな』
『仲裁料を支払ってくれるならばね。いや、その前にツケの代金かしら』
『……わかった。わかったよ』
主導権はどうやらスエラさんが握りきっているらしい二人の関係性だった。
大人の考えることはよくわかんないなあ……。