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三月賛歌夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 プラマナのグロリア
79/151

79 * グロリア・ウィンターの備忘録

 ――これは、当時プラマナ魔導府に短期間ながら所属していた一人の魔法使い、グロリア・ウィンターが魔導府に残した、題名すらもつけられなかった、恐らくは備忘録に属する類いのメモ、その一部である。

 書き残した本人にとっては何の価値も無かったであろうそのメモは、しかし魔導府において最上級をも遙かに超えるような資料として徹底した保存処理と、内容の転写が幾度となく行われるほどには革命的なものであり、グロリアの備忘録とよばれるこれが発見されて以降、ミスティックという魔法形態は甘く見積もっても五世代分は研究が進んだとされ、それまでの原始的な者から、近代的なミスティックに切り替わる契機となった。


 ただし、メモに含まれる『神智術』『洋輔』『QRコード』などの単語は、現代においてもその正体は解っておらず、暗号である可能性がよく論じられる。


    ◆


 ミスティックの基礎、領域の自覚をしてから二日。

 まだ試行錯誤の段階ではあるけど、方向性を決める意味も含めてメモ書き、思考を纏める。


 まず、ミスティックという魔法は、そのリソースを領域のみで発動する魔法である。

 領域とは各人が所有している概念的なエリアもしくはフィールドであって、神智術のそれを『メモリ』と考えるならば、こちらは『エリア』。この領域の中で占有する部分を明示することで、ミスティックは発動する。

 そもそも各人が持つ領域は複雑極まることから検証が難しいけれど、占有する領域の形が同じならば、『誰でも同じ魔法』として発動できる可能性が高い。


 ミスティックは同時に複数を発動することが難しい。

 例えば二つの魔法を同時に発動しようとするとき、二種類の領域を明示して同時に占有するわけだけれど、この『同時に明示』する段階で『一つの魔法』として認識され、意図しない魔法が発動してしまうことがあるため。

 これを避けるためには領域の指定を同時に行わないというのが最も楽な解決策。発動したい魔法の回数に分けて領域を連続指定するという形を取る。

 同時発動じゃなくなってるけど。


 また、難しいだけで、練習次第でどうにか出来る。

 個人差はありそうだけど、二つなら『困難』程度、三つで『至難』くらいが一般的な感覚になるかな?

 僕の場合は指定する領域を『色分け』して考えることで、明確にイメージできる色の数までは同時に発動できた。

 気合い次第だけど、気を抜いていても十色=十種類くらいは案外いける。


 ただ、同時発動数にはそれほど意味が無い。

 そもそも複数のミスティックを同時に発動する最大のメリットは、同系統のミスティックを同時に発動した際に発生する魔法間の連動と効果拡張。

 この効果拡張は僕の場合、三つまではまだ制御できるけれど、四つ以上を連動させるとこの負担が極めて重くなり、領域の開放すら覚束なくなる。

 僕がギリギリ、領域の開放が出来る……つまり緊急的に魔法の効果を強制終了させることができたのは七つの連動。放っておいたら周囲の街を巻き込んで全部焼き尽くしてたかもな、『光』の魔法だったんだけど、熱量がやばかったし。


 この辺まではミスティックの基礎……から一歩進んだくらいかな?

 更に進むよりも前に、ミスティックの領域をもう少し『単純化』できないかと考える。


 神智術的な領域をメモリと解釈するとき、そのメモリは総量が決まっていて、けれど自由な形を取ることが出来る。だからこそ比較的簡単に発動できたんだろう。

 一方でミスティックの領域はエリアであって、それぞれが固有に持つ複雑な形状そのもので、占有とはその形状の一部を切り取る、もしくはその形状の上に重ねるなどのイメージをするのが早いけど、これではまだまだ難しい。


 領域を図形に落とし込み出力しちゃうのが一番の理想だけど、これはかなり難しい。少なくとも今の僕が行使しうるマジックやミスティックでは出力まで至らない……魔法的に処理をするには発想が足りないし、連想も上手く行かない。

 僕が習得している応用には数が少ないからなあ。『理想』の適応も出来なかったし。

 絶対に無理とも思えないあたりがまた嫌らしい。


 まあ、今は今できる範囲での最善を。

 具体的な手順は存外単純だ。


 まずはとても目の細かい方眼紙を用意する。

 次に己の領域の中心点をまずは定め、その中心点から一定間隔で『線』を引き、方眼紙のようにマス目を無数に作る。

 このマス目単位で方眼紙に対応させ、領域が『ある』ところは黒く塗りつぶし、『ない』ところは塗りつぶさない。

 これを繰り返して、己の領域をマトリックス型二次元コード、いわゆるQRコードのように書き出すというとてもアナログな方法を取る。

 この線、マス目の密度で精度は決まるけど、33マス×33マスの一般的なQRコード化をすることで、簡略化の意味合いを強くする。


 今度は発動したいミスティックの領域形状を、同じく33×33マス以下のQRコードに圧縮変換し、これで生成されたコードと同じ形で自身の領域を占有できる場所を探し、みたっと嵌めてやれば簡略化しても綺麗に発動できるわけだ。

 あとから読み直したらわかんないよなコレ。


 例をとても簡単に出そう。

 3×3マスで領域を書き出したとき、


  □■■

  ■■□

  ■□■


 と表記できる人物がいるとする。

 一方で、発動したい魔法側が要求する領域を変換した結果、


  ■

  ■■


 という形状が必要だと解っているとしよう。

 先の領域をそのまま見ると要求されるパーツは存在しないけど、ミスティックの領域に『上下左右天地』は存在しない。自由に回転できるのだ。

 だから、領域でも魔法形状でもいいから回転させてパーツを当てはめる。

 今回の場合、


  ■□■

  ■■□

  □■■


 と左に九十度回転させてやれば、発動したい魔法の要求を満たす場所が見つかる。

 つまりは、


  ★□■  ■□■

  ★★□  ■★□

  □■■  □★★


 って感じ。

 よし簡略化できたぞ。

 簡単なパズルだ。


 ……現実的には3×3マスでは全く役に立たず、僕が提案した33×33マスでもかなり厳しい。

 タックに関しても『なんとか形にはなった』程度だったからなあ。まともになるのは1500×1500マスくらいからだろうか?


 あと、この方法を取ることで致命的な問題を発生させるタイプの素質を持つ人物が複数種類で存在することも解った。


 先のマス数では到底足りないような細かさで領域のあるなしが別れているというのが一つ目のパターン、このタイプの素質であるならば、マス数を増やすしかない。

 それこそ何万マス単位でやらないといけないわけで、途方もない労力が必要だ。だからこそこのあたりは自動書記ができればそれに越したことは無いし、それの完成形が領域の図形出力なんだけど……。

 いずれ解決できるかな?


 他の可能性として、このミスティックで用いる領域が『立体』としてある場合。

 先の方法はマトリックス型二次元コード、つまりは『二次元』なのだ。立体は三次元、これを表現することは出来ない。

 いやまあ、紙を重ねるとかで『高さ』を定義してやれば出来るには出来るんだけど、もの凄い手間になるんだよね。


 今挙げた二つは複合することもあるだろうし。何万枚って紙にいちいち記述してたらそれだけで何年かかるやら。

 ミスティックの基礎としてこのあたりの簡単な考えが共有されなかったのは、このあたりの例外に対処できないから一般化出来ず、またこういう例外を持つような人がミスティック使いとして最初の第一歩、領域の自覚に至りやすいからなんだろう。

 むしろとても綺麗な形で、しかも大きな領域を持つ人こそ、違和感を感じない分自覚に至れず、才能に気付けてない可能性は高い。


 僕自身が持つ領域も異常の方だろうし。


 一段落したところで次。


 ミスティックの行使には領域の占有が必要で、その占有を行う形状によって発動するミスティックの効果が決定する、と考えられる。

 簡略化の変換を行ったとは言え、僕が作ったミスティックの形状を先に挙げたQRコードによってタックに教え、その通りにタックが占有を行ったとき、同一の魔法として発動できたという実例アリ。


 これは何を意味するのかと言えば、形状さえ正しければ同一の魔法として発動するという点で、『スケール』に関する問題でもある。

 さっきと例を会わせよう。


  □■■

  ■■□

  ■□■


 という領域に対し、


  ■

  ■■


 という形状で明示しなければならない。

 先ほどは回転させることでこの形状を用意したけれど、今度は『拡大』と『縮小』を使う。

 たとえば自身の領域を3×3マスから6×6マスにそのまま引き上げると、


  □□■■■■

  □□■■■■

  ■■■■□□

  ■■■■□□

  ■■□□■■

  ■■□□■■


 となり、L字型の領域を指定できる場所は多すぎるほどだろう。

 まあ、流石に元の3×3マスというのが極端に荒い例だったし、発動したい魔法の例としてあげたものが2×2マスで表現できたからより簡単になっちゃっただけだけども。


 そしてこれ、言うは易しって言葉がまさに相応しいもので、タックもこの概念それ自体は理解してくれたけれど、領域のスケール変動に関しては慣れるまで大分時間が掛かりそうだ。

 時間が掛かるなりに、習得それ自体はできそうだけれど。


 次、ミスティックとテクニックについて。

 ミスティックをより簡単に発動するのがテクニック――とも受け取ってたんだけど、それは間違いで、この二つの技術は同じリソースを使うだけの別物だ。


 ミスティックが上記のようにリソースとしての領域を明示して占有して初めて発動するのに対して、テクニックは道具側に刻まれた術式が行使者の領域形状を指定し、その術式と会わせて何らかの効果を引き起こす。

 ソレは例えば『矢』を生成するなどの効果だったり、あるいは動作的なものだったり、場合によっては自然現象の再現だったりするけれど、それをミスティックだけで再現しようとすると、その領域は途方も無く大きくなる。


 つまりは道具による制御という部分が、僕の想定を遙かに超えた処理をしていることになる。

 こうなって思い出してみれば、最初に僕へと魔法の基礎を教えてくれたとき、その当たりは示唆されていたんだよね。

 魔力だけで発動するマジック。

 魔力と道具で発動するロジック。

 領域だけで発動するミスティック。

 道具と領域で発動するテクニック――『領域と道具』ではなく、『道具と領域』と、敢えて明示されているのはこれが理由だったわけだ。

 そういえば『比率を逆転させるのは現実的じゃない』とも言われてたな……。


 で、何が言いたいのかと言えば、じゃあこれまで漠然としていた『道具』とは結局何か、という所だ。

 魔力というリソースを整えることが出来る。

 領域というリソースさえも利用して効果を引き起こせる。

 それを纏めて『道具』と呼ぶ――そんな『道具』の根本的な部分は何か?


 マジックに由来するだけならばミスティックを制御しテクニックに出来る説明が付かないし、ミスティックとマジックの複合だと考えるとそれは『パニック』になるはずだ。

 つまりロジックにおける『道具』とテクニックにおける『道具』は別物であると考えるのが本来はスマートである。


 ただ、実際に何点か『テクニックの移植』と『ロジックの移植』をやった範疇で、道具の部分にカテゴリが別物と言うほどの違いは感じなかった。

 同じ技術の内部モードを切り替えただけ、みたいな。

 それも正反対ではなく、百二十度くらいの余裕ある角度で。


 マジックが習得済み、ミスティックも習得した今、『道具』――アルケミックがいよいよ謎めいてきたな。

 アルケミックの国といえば『メーダー』らしいけど、メーダーの『道具』はどちらかというと機械的なもの、飛行船とかの方だから……どうかな、別物かもしれない。


 魔導府にいくらか情報があるならば少し貰おう。

 無いなら片っ端からロジックやテクニックを買って、そこから逆算分解(デコンポーズ)するしかない――それは洋輔の得意分野であって僕の得意分野とは全く違うけど、洋輔との関係上、全く出来ないわけでもないし。


 陽極まれば陰となし、陰極まれば陽となすのだ。

 ……ま、だからこそ今の僕は不安定極まるんだけど。


 話を戻して、ミスティックの基礎はとりあえず習得した。

 マジックも概ね基礎は大丈夫、よって今後はミスティックの応用と、『道具』の部分の習得に入ろう。


 あとはマジックとミスティックの相互変換とかもやりたいな……、同じような効果の魔法を組み上げて、それらから逆算してやれば出来るかな?

 でもあんまりがっつり連動させると、魔力と領域、つまりマジックとミスティックの完全連携になっちゃって、それは『パニック』のリスクを負うわけで。

 ギリギリの所を攻めるのは嫌なので、これはついでに出来る範囲で済ませる感じだな。

 ただ、結界の展開くらいはやりたいものだ。


 立体的な領域の利用を許容するなら、既に(かt)


    ◆


 と、このメモは明らかに途中で書くのをやめた形跡があるが、これはこれの筆者、つまりグロリア・ウィンターにとって、『この程度の価値しかなかった事』であった証左だ。

 それでもこのメモに書かれたグロリアによるミスティックという技術、特に領域周りをグリッド化して変換するという発想や、立体や欠けといった特異領域保有者は『領域の心理的違和感』がミスティックの自然習得の要因になりやすく、結果ミスティック使いになりやすいだけで、綺麗な領域と才能を持つ者はむしろ自然に習得しにくいだけ――などの指摘はこれ以降のミスティックという素質を大きく変えたとさえ言われている。


 だからこそ後世においてあらゆる魔法使いは口を揃えてこう言うのだ。


『もしもグロリア・ウィンターが三年でも魔導府に留まっていれば、魔法(グラマティック)は彼が完成させていただろう』


 と。

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